第2部第216話 聖女様マロニーその2
(1月2日です。マロニー視点です。)
今日の午後、バーカス君が遊びに来た。両親と話した結果、そのまま、8歳児の小学2年生として学校に戻るそうだ。かなり小柄な2年生だが元レブナント族の子達は、皆、同じ条件だから何とかなるだろう。あ、と言う事は私のクラスも、ボニカちゃんのように極端に小さい子がいるってことね。
今日は、みんなで教会に新年のお祈りに行くことになっているの。庶民は、元旦の朝というか、大晦日の夜からお祈りに行っているみたいだけど、貴族達は、伯爵家での新年参賀があるので、2日の日に行く事になっているんだって。庶民は、教会の入り口に設置されている大きな箱に心付けを投げ入れてから、両手を合わせてお祈りをするんだけど、お酒に酔っているもんだから、大変な騒ぎでいつも怪我人が出ているんだって。特に、大晦日から元旦にかけての切り替わりの時間は、皆で大声でカウントダウンするから、その勢いのまま大暴れする馬鹿者が多いの。あと、何のご利益があるのか、元旦朝の日の出を見るために高いところへ登ろうとして、落ちて死ぬ者も後を絶たないって聞いたわ。
私達が行く2日の日は、そういう事はなく、伯爵家が先頭で礼拝所の中に入り、厳かに新年の祈りが始まったの。私も、目を閉じて祈りを捧げていると、スーッと意識が遠のく感じがした。気が付くと白い世界の中、目の前にはご主人様がいた。お顔が赤いのは、きっとお酒を召し上がっていたのね。私が吃驚していると、
『ようやく会えたな。今まで何をやっていたのじゃ。して、ゴロタ皇帝には会えたのか?』
と聞かれたの。今までの事を簡単に報告するとともに、3月位までの計画をお伝えしたの。
「申し訳ありません。この国には冒険者ギルドがないので、まだ冒険者登録もしておりませんし、また、4月以降旅に出て、ゴロタ皇帝陛下様にお会いする頃には11歳になってしまうかも知れません。」
『なんじゃ、そんな事を心配しておったのか。安心せい。その心配は無用じゃ。マロニーよ。そなたは歳をとらん。永遠の10歳じゃ。アハハ』
そこで、意識が戻った。時間にして数秒か。それより何?永遠の10歳だって。冗談はやめて下さい。それは確かに冥界にいた時は『永遠の15歳』だったけど、この世界じゃあ化け物扱いされるでしょうが。あ、元々そうか。
でも、これで安心。それじゃあ、ゆっくりと『人間化計画』だっけ。やってあげましょうか。それに、その間に剣の稽古をすれば、もっと強くなれるだろうし。あ、ドンキさんに聞いたんだけど、長剣の技に『居合』って言うのがあるんだって。鞘に入っている剣を、抜き様に相手を切り、その後、剣を鞘に戻すまでの一連の動作、そう言う技があるそうだ。残念ながら、ドンキさんは使えないそうだ。
あと『武技』と言うのがあって、これは『スキル』の一種らしいの。『スキル』ってよく分からないけど、何となくかっこいい。今度、調べてみよう。
ドンキさんが言うには、この国には『剣聖』と呼ばれている人と、『剣姫』と言われてる方がいるみたい。お二人とも王都にいらっしゃるとの事だったので、機会があればご指導を受けてみたいな。こんな事なら、冥界にいる時から訓練をしていれば、もっと強くなっていたと思うんだけど。
バーカス君には、今の木刀は大きすぎるので、体にあったものに変えようと思うの。あまりにも幼い身体で、無理に過負荷を掛けると骨格の成長に異常が発生したり、関節に重度の障害を及ぼす可能性があるって読んだことがあるわ。だから、未就学児童の体になってしまったバーカス君には、厳しい練習もしない事にしたわ。勿論、魔物狩りも当分禁止ね。
次の日、武道具屋のリッキーさんからお届け物があったの。何かなと思ったら、メイド服だった。え、何でって思ったら、私にメイド服を着てもらいたいとの事だった。ルルさんに聞いたら、そう言う男性って多いらしいの。それだけメイド服の人気が高いって事みたい。プレゼントされたメイド服は、濃い緑色で、要所要所に白のレースがあしらわれた標準的なスタイルなんだけど、流石にピンク色は使われてなかったみたい。そう思ってたけど、甘かったわ。布地を縫い合わせている糸がピンク色だったの。リッキーさんのこだわりを感じるわね。
でも、このメイド服の本当の真価はそんなところではなかったの。この濃緑色の布地、蜘蛛の糸を織った物だったの。その蜘蛛って、伝説の蜘蛛の魔物『アラクネー』らしいの。この世界でも現存する量が僅かで、糸だけで1キロ金貨30枚はするらしいわ。リッキーさんの手紙には、以前渡したクワガタの角で作った剣や槍が物凄い高値で売れたので、お礼だって書いてあったけど、すいません、現金が良かったです。
とにかく、このメイド服、切れにくいし耐毒性能が凄いらしいの。早速試着してみたんだけど、やっぱり私にはメイド服が一番ね。胸に何か入っているんだけど、え、これミスリル銀でカップにしているじゃない。無駄に高級素材を使っているわね。
早速、白のレースの靴下と赤のパンプスそれと白色レースのヘッドセット型のカチューシャを買って来たんだけど、ヘッドセットの真ん中部分が濃緑色になっているものは特注ですって。勿論、注文しておいたわ。
お屋敷に戻ってから、髪の毛をツインテールにして貰って完成。鏡でメイド姿の私を見ていたら、何故か涙が出て来てしまった。あの荒野で、大きすぎるメイド服を引き摺りながら歩いていた事を思い出し、やっとここまで戻れたんだって思ったの。冒険者服も活動的で魅力だけど、普段使いは、やはりこれよね。
夕食の時にメイド服のままでテーブルに着いたら、伯爵様は喜んでらしたけど、奥様がそれを見て嫌な顔をされていたのは見なかった事にしよう。
1月4日の朝、メイド服を着て、裏庭に出た。勿論、ミスリルのチェインメイルを下着のシャツの上に着け、それからブラウスを着込む。寒いのでニットベストを着込んでからメイド服を着たが、素材に若干の伸縮性があるようで、ジャストフィットだった。
剣帯を腰に巻き、矢筒を背中に背負っても違和感は無かった。でも、違和感が無いのは自分だけみたいで、ドンキさんが出て来ての第一声は『何じゃ、その格好は!』だった。失礼しちゃうわ。
最初は、コテツの抜き打ちの練習をした。左腰を少し引くとスムーズに抜けるけど、目標は、体をあまり動かさずに抜く事なので、結構難しい。前進しながら前から敵が切りかかろうとする事を想定して抜きながら逆袈裟に切り上げ、さらにかえす刀で袈裟に切り下す動作をしてみる。抜いた時には相手を切っている意識が大切だ。
直ぐに納刀して振り返り、3歩前進して抜き様に右斜め面を抜き打ちし、さらに諸手で相手の水月付近を突き刺す。その後、振り向き様に正面打ちをして納刀する。次に後ろの敵を真っ向から切り下す。これは一度に3人の敵に囲まれている事を想定しての練習だ。
朝の練習メニューが増えたせいで、ソニーお嬢様達との朝食の時間に間に合わなくなったので、先に食べていただいて、私はルルさんや他のメイドさん達と一緒に食事することにしたの。メニューはスープとパン、チーズと質素だけど私には十分だわ。
今日は、マリーちゃんのおばさんを探しに行くことにした。魔人街ってあまり良く知らないんだけど、誰に聞けばいいのかな。ドンキさんが、魔人街には4人の元締めがいて、東西南北の4区域を仕切っているんだって。その中でも北区を仕切っているデザイアさんが人格者らしいので、最初に尋ねることにしたの。
マリーちゃんのおばさんはお母さんの妹でブレアさんと言って、結婚のため王都からこっちへ来たんだって。他に手がかりを聞いたら、後は分からないらしいの。貴族街から一般居住区を抜けたら、魔人街なんだけど、一遍に家の大きさが小さくなったし古い家も多かった。お店も個人営業の小さなお店ばかりで、街道に出るための門の周りは倉庫や工房などが並んでいる。特に多かったのが、革細工と鉱石精錬工房だった。北の森や川から採集されてきたものを処理するために、ここに集中しているのだろう。
デザイアさんは、鉱石精錬工房を開いている魔人族の人だった。採集した鉱石を細かく砕き、水を混ぜてかき混ぜて比重で分離し、それを何回も何回も繰り返すと言う手間のかかる仕事だ。ようやく分離できた功績を、今度は炉で溶かすのだが、ずっと火の番をしなければならないし、これもつらい仕事なのだ。このような辛い仕事は、魔人族が従事することが多く、そのため労働力が得やすく、工房の音や煙、匂いによる苦情が少ない魔人族の街にこのような攻防が多くなるのだった。
私は、正月で仕事がお休みの工房の前に立っていたが、扉は固く閉ざされていた。あれ、今日は駄目だったかなと思ったけど、裏の方に回ってみると、普通の家のようになっていて、玄関ドアには正月の飾りがされていた。
ドアのそばの紐を引くと、中でベルが鳴って、しばらくするとドアが開いた。魔人族の年配の女性が出てきた。奥様だろうか。私は、メイドの服装できていたので、お貴族様か大商人の使いかとも思ったらしく、姿勢を正していた。
「おはようございます。私は、ブレナガン伯爵様のところでお世話になっているマロニーと申します。今日はデザイアさんにお聞きしたいことがあってお伺いしました。」
「はあ、どのようなご用件でしょうか。」
「はい、こちらにいる女の子のおばさんを探しているのですが、デザイアさんがご存じでないかお聞きしたくて。」
奥様とやり取りをしていると、奥から男の人の声で、『入ってもらえ。』と言う声が聞こえた。奥様の案内で、家の中の応接間に入ると、すでにデザイアさんがソファに座っていた。デザイアさんへ、もう一度自己紹介をしようとすると、手を横に振って、
「いやいや、自己紹介のことは結構です。貴方様のことは、この街では有名ですから。魔物退治に悪人退治とご活躍されてますから。」
と言っていたけど、何か恥ずかしい。早速、用件を切り出して、マリーちゃんのおばさんの所在を知らないか聞いたところ、マリーちゃんに色々質問していた。全ての質問が終わった時、デザイアさん、暫く目を閉じて考え事をしていた。
「この子のおばさんという人のことは、もしかすると分かるかも知れない。王都から来た魔人族など、この街にはそれほど多くはないから。名前は、分からないが、年回りや角の形から、西区にいる魔人専門の食堂を経営している奴の女房かも知れない。食堂の名前は、『蜂蜜亭』と言っていたな。西の一般居住区と魔人街の通用門のそばにある食堂だ。行ってみればすぐに分かると思うがな。」
うん、思ったよりも簡単に分かりそう。そう言えば、魔人族って、気楽に旅行できる種族じゃあなかったわね。奴隷で主人に連れていかれるか、アンデッド族のお付きとして荷物持ちや馬や馬車の世話をする位しか旅行のチャンスが無いもの。私は、デザイアさんにお礼を言って、さっそく西門に向かってみた。
西門近くの『蜂蜜亭』という食堂はすぐに見つかった。外見は、かなり古く、窓や入り口ドアには至る所に補修のしてある、まあ、貧しい街の食堂と言う感じだったが、店の中からは何かを煮込んでいるようないい匂いがしていた。営業時間中だったが、店の中に入ると『いらっしゃいませ。』という元気の良い女の子の声が聞こえた。うん、この女の子は、間違いなくマリーちゃんのおばさんではないわね。若すぎるもの。その女の子に、ママさんに合わせてくれるようにお願いした。
「おっかさん、おっかさんに会いたいって女の子が来ているんだけど。」
カウンターの奥から、太った女の人が出てきた。白い割烹着を着て、頭に茶色い頭巾をかぶっている。頭巾の脇から出ている角は、羊のようなくるくる角でマリーちゃんの角とそっくりだった。
「なんだい、そんなに大声でなくったって聞こえているよ。おや、あんたは?」
「初めまして。マロニーと言います。この子、マリーと言いますが、この子のことでお聞きしたいことがありまして。」
「マリー?」
ママさんは、マリーちゃんをしばらく見ていて、目を大きく見開いた。
「あんたマリーかい。マサミの子の。あんたのお母さんはマサミかい?」
マリーちゃんは、頷いていたが、近寄って来たママさんをちょっと怖がっていた。本人には全く記憶がないのだろう。でも、間違いなくマリーちゃんのおばさんだろう。だって、顔つきがそっくりなんだもん。それから、しばらくママさんと話していて、マリーちゃんの事や両親のことを説明していた。私も詳しく知らなかったが、マリーちゃんが生まれてすぐはママさん達夫婦と一緒に王都で暮らしていたそうだ。料理の腕の良かった店主が、物価の安いこっちで店を開くことになって、夫婦でこちらに引っ越してきたそうなのだ。それ以来、マリーちゃんの母親、つまりママさんのお姉さんとは会っていなかったそうだ。もう6年も前のことになるそうだ。一昨年、マリーちゃんのお父さんが仕事中に荷物に挟まれて死んでしまい、王都では暮らしにくくなったので、母親の妹であるママさんを頼って旅をしている途中、セント・メイソン市で、今度は母親が流行り病で死んでしまい、それからはあの男に世話をされていたみたいだった。
今日は、マリーちゃんはこちらに泊まることになった。荷物はたいしてないが、セント・メイソン市やこの街で買ってあげた服がすこしばかりあるので、明日持ってきてあげることにした。




