第2部第215話 聖女様マロニーその1
(グレーテル王国歴2032年1月1日です。ゴロタ視点です。)
ここは、神聖ゴロタ帝国の王都セント・ゴロタ市にある『白龍城』の皇帝執務室だ。新年の祝賀行事がようやく終わった僕は、執務室でシェルが入れてくれたお茶を飲みながらまったりしていた。去年は、本当に忙しかった。冒険の旅に出たはずが、なんでこうなるのか、誰か教えてもらいたい。しかも、去年から続いている魔界の『アンデッド人間化計画』は前途多難だ。まず、ティタン大魔王国の領土が非常に広い。そして貴族領が多すぎて、それぞれに市町村があるので訪問先が無限にある気がする。何かが間違えた気がする。何だろう。どうして、こうなったろう。
そう考え事をしていたら、ドアの近くにイフちゃんが現れた。いつもは次元の狭間で思念体として自由にしていながら、僕の周囲の事象も把握していてくれるのだが、自分から現れるのは珍しいことだ。
ドアの近くに現れるのは、一応ノックもせずに室内に入ってくるせいか、少しだけ遠慮しているのだろう。いつもの赤い吊りスカート姿だ。
「明けましておめでとう。まさか新年の挨拶で来た訳じゃあないでしょ。」
「それもあるが、雑煮を食いにきた。」
イフちゃん、実体化している時は、味覚もあるらしく結構グルメだ。
「今年の雑煮は、鮑入りと伊勢海老入りの2コースの豪華版だよ。」
「ほう!なら両方食そう。」
「分かった。シルフに言っておくよ。」
白龍城の使用人に対する指揮権はシェルが握っているが、細かなことはシルフに一任している。まあ、丸投げだけど。あ、留守の時はアンドロイド・シェルにかな。
「今日の用件は、それだけでは無いのじゃ。実は、面白い者に会ってのう。」
「面白い者?」
「うむ、この世界ではなく、お主が最近入り浸っておる『魔界』の者なのじゃ。」
「へえ、どんな感じなの?」
「其奴は、火魔法の『ファイアボール』の呪文を詠唱しておったんだが、何を血迷ったのか、儂の名前を呼んで力を求めたのじゃ。」
「ああ、良く有る事だね。力のない者が、詠唱だけは高位魔法級のものを使いたがるって。」
「そうなのじゃ。よって普通なら無視というか、儂の知らぬところで名を呼ばれたりしても何も無いのじゃがの。」
「それが違ったの?」
「うむ、異次元の狭間でのんびりしておったら、名を呼ばれる感覚と共に、力をごっそり持っていかれたのじゃ。まあ、儂にとっては痛くも何とも無いが、それでも面白く無いでのう。」
「へえ!そんな事があったの。」
「不用意に召喚される時と似ておっての。そう、あのノエルが分不相応の魔法詠唱をした時以来かのう。」
「面白い事があるんだね。」
「それで、その者のところに行ってみたんじゃ。そうしたら、そいつは何と10歳程度の幼女で、生まれて初めて呪文詠唱をしたそうなのじゃ。」
10歳の女の子がイフリートの力を借りて火魔法を使ったなんて、何の冗談なんだろう。それ自体にも驚いていたけど、もっと驚く事があった。
「その女の魔力量は、とても人間とは思えない位じゃった。お主程では無いが、それに近いかも知れぬのう。」
「ちょっと待って、今、人間の女の子って言ったよね。それに10歳位って。その子、マロニーって言わなかった?」
「うん?お主の知り合いかの?確かに自分でマロニーと名乗っておった。」
「へえ、彼女、火属性の適性もあるんだ。」
「いや、儂の感じたところでは、闇属性以外の全ての適性を感じたのじゃ。本人は知らぬようじゃが。」
「へえ、面白いね。」
「それにな、其奴の持っていたのはワンドではなく、聖剣だったのじゃ。あのガチンコが作って、お主が聖属性を付与した。」
「え、僕、そんな事していないよ。」
「その内するんじゃ。その聖剣エスプリを使って火魔法を撃ちやがった。それも、お主のような規格外のものじゃ。」
「その子、どんな子だった?」
「うむ、穢れのない素直な子じゃったの。ただ、かなり非常識そうじゃったの。そうお主のような。」
あのう、言葉の端端に『お主の様な』って入ってますが。そうか。あの子か?あった事は無いが、面白そうな子だな。そうだ、会いに行こうか。いや、どんな子か見に行こう。あれ、何処だっけ。あの子のいる貴族領は?
「ねえ、イフちゃん。その子のいる所にゲートを転移出来る?」
「それはできん。儂が転移できるのは、お主とその剣の間だけじゃ。」
ああ、そうだった。異次元のゲートを開けるのには、それなりのパワーとテクノロジーが必要なのだ。自分で普通に使えるからと言って、皆も使えるとは思わない方が良いとシルフも言っていたっけ。
しょうがない。新年の行事が終わったら、フランちゃんより先に向こうの世界へ行ってみるか。そんな事を考えていたらマリアちゃんが遊ぼうと部屋に来た。マリアちゃんにとっては、3回目のお正月だが、お正月らしい事など何もしていないことに気がついた。僕が小さかった頃、お正月には汁が作った甘いお菓子を食べ、ベルと一緒に大きな凧を揚げたり、3人で双六をした記憶がある。あの双六、この世界の何処にもないけど、あれは何処のゲームだったのだろう。後、お正月だけ誰かが遊びに来ていたような気がする。シルがいなくなってから来なくなったので、きっとシルの守護神か使い魔だったのかも知れない。
よし、マリアちゃん、何をして遊ぶ?何をしたい?いや、マリアちゃん、いつも何をして遊んでいるの?考えてみれば、マリアちゃんと遊んだ記憶がない。アンドロイド・クレスタは、僕に聞かれた事は堪えるが、自ら積極的に意見を言う事はない。
「マリアちゃん、何かして遊ぼうか?」
「ピアノごっこ。」
「ピアノごっこ?何、それ?」
「はい、最近マリア様は、ピアノをお弾きになるのがプチブームみたいで。」
アンドロイド・クレスタが説明してくれた。この部屋にはピアノはないので、3階の居室エリアにある広間に行く。そこには、小さい家庭用のグランドピアノが置いてある。
マリアちゃん、トコトコとピアノの椅子のところに行くと、椅子をポンポンして
「パパ、ここ。パパ、ここ。」
と言っている。僕に吸われと言っているのだろうか。あのう、僕、ピアノ弾けないんですけど。仕方がないので、ピアノの椅子に座ると、膝の上によじ登ってくる。
あ、これ自分が弾いたつもりになるのかな。しかし、僕は弾けないのにと思って困っていると、マリアちゃん、自分一人で弾き始めた。ピアノの事はよく分からないが、ちゃんと弾けてるみたい。僕が聞いたことのある曲だ。右手だけでメロディーを弾き、左手で単音だがリズムを取っている。そう言えば、亡くなったクレスタもピアノが上手かったな。ふとクレスタの事を思い出してしまった。
ピアノの音を聞いてシェルが広間に現れた。ソファーに座って、お茶を入れてくれている。エーデルが来てニコニコ笑いながら、聴いている。ノエルが、ビラがと次々に集まって来た。独身者で実家のある子達は、それぞれ帰っていたが、妻達は、ティタン大魔王国の『人間化計画』に尽力してくれていたので、お正月は、ゆっくりしているのだ。
マリアちゃんのピアノ、よく分からないが、きちんと曲になっている。まだ手が小さいので右手の人差し指だけで弾いているが、間違う事なく正確に弾いている。もしかして、この子、ピアノの才能があるのかも知れない。
こうして、白龍城の元旦はまったりとした時間の中で、夜になろうとしていた。
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(マロニー視点です。)
今日は、本当に疲れちゃった。あの魔法暴走騒ぎの後で、裏庭を直すのがたいへんだったの。家令の方達がシャベルやツルハシを持って大きく開いた穴を埋めようとし止んだけど、底にはマグマが溜まっているし。どうして良いのか途方に暮れていた。
私も責任取って、お手伝いをするんだけど、あの熱いマグマに直接水をかけちゃあいけないのよね。確か『水蒸気爆発』と言うのが起きてしまうって、何かの本で読んだ記憶がある。それで土を生成して、埋め戻そうとしたんだけど、何も無いところから土を作った事がないので どうしよう。
あ、そうだ。穴の縁に土を盛り上げて土塁にし、それを穴の内側に崩してゆけば良いんじゃない。それなら私にもできそう。でも、こんな大きな穴の周りを囲う土塁なんて作った事ないし。うーん、イメージとしては出来ているんで、後はそれを実現させれば良いのよね。高さ1m位の土塁をイメージして、手を前にかざして『土よ!』土の精霊にお願いしたの。もう名前は呼ばないわ。ムクムクと土塁が盛り上がって来た。あ、向こう側が低い。力を向こう側に集中する。ある程度盛り上がったら、内側に崩して、穴の中に落としていく。何回か繰り返したら、何とか平らになった。地面に手を当てると、ボンヤリと温かい。そのまま、雨が降っているイメージで『水よ!』、狭い範囲だけど雨が降って来た。ほんわかと湯気が立っている。
今度は、『風よ!』と風を吹かせて湯気を飛ばしてしまった。ふう、これで終わりかな。ソニーお嬢様が、引き攣った声で、
「マ、マロニーちゃん、そ、それ。四大魔法全部!」
て、叫んでいたけど、『魔法』じゃあありません。イメージです。生活する上での火を灯したり、灯りをつける程度の力を拡張しているだけですから。
あと、流石に壊れた煉瓦塀は直せなかったけど、穴を塞いだ時のように土塁を盛り上げて、今度は、それを固くしておいた。これで本格復旧する前に不審者が入ってくるような事は無いはずよ。
夜、また伯爵様に呼び出されたの。昼間の魔法の事、特に詠唱のこと。口に出すと危ないから紙に書いて示した。詠唱文の中で『イフリート』に関する部分を示して、
「あのう、炎の中から現れちゃったんです。」
あ、伯爵様、頭を抱えて上を向いてしまわれました。
マロニーちゃんの初めてのお正月は、大変でした。