第2部第212話 マロニーは小学4年生その17
(12月26日です。)
これからソニーお嬢様一行を追いかけることになる。旅館の奥さんに長いストールを貰っておいた。街の外に出てから、マリーちゃんを背負い、ストールで縛って固定させる。マリーちゃんが心配している。そりゃあそうでしょ。10歳の女の子が、7歳の女の子を背負って旅をするなんてあり得ないし。でも、本当は80歳だから。
しっかり縛ってから、北に向けて歩き出す。勿論、ショートソードは空間収納の中に入れておいた。最初は、普通の速度で歩いていたが、徐々に速度を上げて行く。先輩メイド達が使っていたメイド魔法の『空間浮遊』が使えれば楽なんだけど、使った事ないし。あれって、手の先で持ち上げる感じだったわよね。そうすれば、空中から落ちないで静止していたの。私なんか使えないから、部屋の模様替えの時なんか、重い家具を運ぶのに本当に苦労したわ。お掃除の時だって、テーブルの下なんかちょいと浮かばせれば、楽だったのに。
確か、手の平を、こう上に向けて上の方にグイッと。アレッ!今、私、浮かなかった?え、飛んだだけ?もう1回やってみようか。こうやって、グイッと。あ、ホントだ。浮いたわ。でも何故?マリーちゃんだけ浮かせるつもりだったのに。こうやってグイッと。あ、これ良いかも知らない。今度は、助走をつけてジャンプしてグイッと!凄い、こんなに飛んだ。え、じゃあ、じゃあ。グイッとグイッとグイッと!
何これ、ずっと浮いているじゃあない。ちょっと怖いから、着地してっと。
「ねえ、マリーちゃん。怖くない?」
「ううん、面白い。走ってる方が怖い。」
そりゃあそうね。走ってる時の振動が凄いもんね。じゃあ、トップスピードまで加速してジャンーーープ!それから
浮けーーーーー!
マロニーは、メイド魔法『空間浮遊』をマスターした。
あ、コツを覚えて来たわ。そうだ!ジャンプした時に後ろから風を吹かせたら、もうちょっと飛べるかしら。どれ、走ってジャンプして、浮いて浮いて、風さんお願いね。浮いて浮いて、風さんお願いね。
マロニーは、メイド魔法『飛翔』をマスターした。
お昼前、隣村に到着した。昨日、ソニーお嬢様達が宿泊した村だ。馬車で1日の行程を、半日で踏破してしまった。この村でお昼にしよう。マリーちゃんを降ろしたら、道端で吐き始めてしまった。飛行酔いをしたのだが、何か悪いものでも食べたのかと心配になってしまう。
「マリーちゃん、ごめんなさい。もっとゆっくり飛ぶわ。」
「いえ、大丈夫ですから。ウウプ!」
村には特に買いたい物は無かったが、大人用の大きなラムコートが売っていた。安かったので、1着買っておく。色々使い道がありそう。裏皮を表にして、モフモフの羊毛側を内側にしている。これなら暖かいわ。
村を出てから、マリーちゃんを背負って、さっき買ったコートを羽織った。大人用だから二人でも十分に包むことが出来た。さあ、メイド魔法に応用だ。結局、グイッと手を動かさなくても、思っただけで浮かんでいくの。地上100mも浮かぶと、地平線の先が見えて来る。後は、ゆっくり風を後ろから当てていれば良いみたい。加速したい時は後ろから。減速したい時は前から。後、曲がりたい時は、その方向の反対から風を吹かせれば良いのよ。それでも私が起こす風邪なんか大したことないので、馬車の倍くらいの速度かな。
考えても仕方がないので、考えるのを止めようっと。でも、この魔法も欠点があるの。向かい風で加速して行くと目が痛い。風が目に染みて涙目になってしまう。マリーちゃんは、目をぎゅっと瞑っているから大丈夫なんだけど。今度、街に行ったら眼鏡を買おうっと。
進行方向を確認するため、街道沿いに飛翔していたら、街道を通行中の旅人や隊商が私に気がついて、見上げていたが、きっと魔物か何かと思ったんでしょうね。もっと高度をあげれば大丈夫だったかも知れないけど、寒いし、それにこれ以上高いと墜落した時に確実に死ぬわね。
午後の3時に、一旦森に降りてみたの。少し休憩。お茶を入れて、クッキーを食べましょう。マリーちゃん、顔が真っ青。余程寒かったみたい。今のシーズン、空を飛ぶもんじゃあ無いわね。タオルを温かいお湯で蒸して、マリーちゃんの顔を拭いてあげる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているもんね。
私は、何故か大丈夫そう。寒さ耐性があるのかな?メイド魔法に『寒さ防御』なんて聞いた事もないわ。後、先輩メイドが使っていて、私に教えてくれなかったメイド魔法に『化粧』と『気配消去』があったけど、『化粧』は当分いらないわね。先輩メイドの中には『お化粧しないで人前に出るのは、裸で人前に出るのと一緒よ。』っていう人がいたけど、それって違うと思うの。『気配消去』は、今、普通に忍び足で気配を消して敵に接近してるのと何処が違うんだろう。こんなの誰にでもできるじゃない。
あれ、もしかすると、メイド魔法ってほぼコンプリートかな。銀食器磨きや包丁研ぎはずっとやらされていたし、お料理とお裁縫、お掃除だって結構得意だし。何か『できるメイド』っぽいと思わない?でも、もっと私の知らないメイド魔法もあるのかな?
お茶も終わったし、少し歩くましょうか。ショートソードを提げ、矢筒を背中に背負って、弓を左手に持って歩いていると、いかにも冒険者って感じね。今日は天気もいいし、後1時間もすると日が暮れるけど、次の村が何処か知らないんで、野営も覚悟していたの。マリーちゃんを背負っていたストールは、マリーちゃんの首や頭をぐるぐる巻きにしてあげたの。あったかいでしょ。あ、後ろから馬車が近づいて来た。振り返ってみたら、ソニーお嬢様達の馬車だった。いつの間にか追い越していたのね。手を振ってたら目の前で止まって、ソニーお嬢様が降りて来たの。私達が先にいるんで吃驚したみたい。
それから、ロキちゃんが誘拐されたことや、バガーニ男爵が黒幕だったことを話したんだけど、ソニーお嬢様、どうして泣きはじめるんですか?
「マロニーちゃん、ごめんね。マロニーちゃんばかりに辛い思いをさせて。」
いえ、ロキちゃんが死んだのは辛いけど、男爵一味を殲滅した事は、ちっとも辛く無かったわ。でも、もう少し力があれば、ロキちゃんを、ああいう目に合わせなくても済んだかも知れないの。最初から、あの男一人だけでなく、組織のボスまで殲滅していればロキちゃんだって攫われなかったのに。
もっと強くなりたいけど、どうすれば良いのか分からなかった。元々メイドだった私が戦闘能力を求めたって絶対に無理があるに決まっている。男性バンパイヤ達は、コウモリになって自由に空を飛んだり、狼になって血を走ったり、それに色々な攻撃魔法を使えるし。私の使えるのはメイド魔法だけだし。
まあ、出来ないことをクヨクヨしてもしょうがない。私が、この世界に来たのはゴロタ皇帝陛下のお側に仕えることだけだし。アレ、どうして使えるんだっけ。何か大事なことを忘れているような気がするけど、まあ、いいわ。その内思い出すでしょう。
マリーちゃんは、ソニーお嬢様と一緒の馬車に乗ったが、このような豪華な馬車に乗ったのは初めてらしく、最初は緊張していたけど、快適な揺れにすぐに眠くなったようでウトウトし始めた。
「ところでマロニーちゃん、マロニーちゃんが向こうを出たのは昨日でしょ。どうして、私たちより前にいたの?」
「走ったの。」
「マリーちゃんも?」
「マリーちゃんは背負ったの。」
「え?じゃあ、ここまでずっとマリーちゃんを背負って走って来たの?」
「途中ジャンプしながら走ったの。」
マリーちゃん、途中で気がついたらしく、
「あのね、あのね。マロニーねえちゃん、ピョーンってお空を飛んだの。ずっと高く高く飛んだの。周りがビューって過ぎていったの。」
ソニーお嬢様とルルさんは頭を抱えていた。3賢人様のような最高位魔道士なら浮遊魔法が使えると聞いていたが、こんな10歳程度の女の子が空を飛ぶなんて規格外過ぎる。人間族って、みんなこんなのかしら。もしかして、私も人間族に戻れば、このように高位魔法を使えるのかしら。そんな事を考えていたソニーお嬢様だった。
一行が、ブレナガン市に到着したのは30日の夜だった。流石に、皆、疲れてるようだったので、バタートーストに蜂蜜を塗ったものと、ホットミルクだけの簡単な夜食を作ってあげたの。ルルさんも疲れていたみたい。食べながらうつらうつらしていた。
食事が終わり、マリーちゃんを私のベッドに寝かしてから、伯爵様に呼ばれた。ソファに座ると、2通の手紙を見せてくれた。1通は、メイソン伯爵からのもので、今回の事件について捜査して分かったことと、事件解決に対する感謝の言葉が書かれていた。最後に私のことが『鮮血姫』と言う二つ名で呼ばれているそうだ。何ですか、それ。あ、きっとバガーニ男爵の所の騎士どもだな。どうせ碌な事を言わないだろう。こんな事なら、しっかりと止めを刺しておけば良かった。
「その書面によると、20人以上の人身売買・誘拐組織を完全壊滅させ、男爵家の騎士隊を殲滅し男爵に天誅を加えたとあるが、これは事実なのかな。」
仕方がない。正直に話そう。
「はい本当のことです。」
「マロニー嬢は、『投げビシ』の達人と思っていたが。」
「いえ、今はこのような武器を使っています。」
私は、空間収納から、今、使っているメイン武器を全てテーブルの上に出した。投げビシもそうだが、特注の弓、ショートソードにコテツだ。伯爵は弓を持って引こうとしたが、全く弾けなかった。次にショートソードを見て、目を見張っている。おもむろに柄の目釘二2本を抜いて。銘を確認している。また、元に戻して鞘に収めてテーブルの上に置いた。
「マロニー嬢、この剣を如何された。」
嘘を言えない雰囲気だ。正直に話そう。
「はい、ハンス辺境伯領内の荒野との境界にある村の村長宅で見つけました。村は、魔物のために全滅していました。」
「そうか、この剣は、今から300年前に魔人族との戦争で失われたとされている剣だ。名前を『聖剣エスプリ』と言う。この剣の真の力は『聖なる力』を持つ者にしか引き出せないとされている。作刀は『ガチンコ』と言う刀鍛冶だが、余りにも古い事なので、その鍛冶師がどこの誰かは分からないそうだ。」
あ、リッカーさんとコテツさん、絶対知っていたでしょう。なぜ、教えてくれなかったのよ。伯爵は長刀コテツを手にした。ギラリと抜き放つと、刃体を見て息を飲み込んだ。
ほんのり赤みがかった刃部分と綺麗な波型の波紋、刃体の長さは約70センチ、やや腕が長いマロニーちゃんでようやく抜ける長さだ。伯爵は、やはり柄に差してある目釘1本を抜いて、柄をトントンと叩きナカゴを確認する。
「この剣はどうしたのかな。」
「はい、この街の『リッカー』と言う店で買いました。」
「何と、この町で売っておったのか。知らなかった。」
「あのう、その剣も曰くがあるのですか?」
「この刀は『妖刀コテツ』と呼ばれている。作者は異国のヒゼンの国のナガソネ・コテツと言う刀鍛冶が今から1000年以上も前に作刀されたもので、切れ味は他の剣に比類なき物とされている。ヒヒイロカネという金属とミスリルのハイブリッドだが、その製作方法は謎とされている。そのような剣が、何故現存しているのかも謎だ。この世界では、もう一本、『魔剣ベルゼブ』があるとされているが、誰も見たことはないそうだ。」
えーと、それって国宝級の剣のうち2本を私が持っているって事ですよね。
マロニーちゃんの『飛翔』は、ゴロタの飛翔とは仕組みが違う様です。




