第2部第203話 マロニーは小学4年生その8
(12月1日です。)
今日の朝7時、王都へ向かう伯爵家専用馬車が出発する。ドンキさん達護衛の方々4名も別の馬車で随行だ。以前は、騎馬で随行していたが、今回は、私がいるので馬車にしたそうだ。うん、良く分からない。ソニーお嬢様、ルルさん、そして私の3人が一緒の馬車だ。3賢人様に献上するコカトリスの頭と翼それに綺麗な宝石箱に入れられた魔石は、私の空間収納へしまっている。腐敗防止処理はしているが、やはり生ものだ。痛まないように空間収納へ入れておいた方が安心ということね。
私の服装は、今回新調した冒険者服セットにしている。ショートソードを下げ、矢筒をいつでも背負えるように脇に置いて、弓は、キチンと手に持っている。見ているだけで心がワクワクしてくる弓だ。まあ、あまり使わないとは思うけど、リムの形状といい、ハンドル部分の造形といい、私の思った通りの出来だった。でも、ソニーお嬢様は弓よりもショートソードに興味があるみたい。
「ねえ、マロニーちゃん、その剣、随分高そうなんだけど、ブレナガン市で買ったの?」
「いいえ、以前から持っていたんですが、かなり汚れていたので、今回、きれいにして貰ったんです。武道具屋さんに言わせると国宝級の名剣だそうです。」
「ふーん、凄いわね。それに、その弓だって、普通の弓とはかなり違うみたいな気がするんだけど。」
「ええ、私のような小さな体でも大人の人と変わらない位の飛距離を出すために特別に作ってもらったものです。」
「へえ、私、良く知らないけど、弓の矢ってどれくらい飛ぶの。」
「単に遠くへ飛ばすだけでしたら山なりで700~800m位です。相手に致命傷を与えるとなると300m位かな。私は、50m位先の得物を一撃で倒すことが出来れば良いと思ってます。」
「凄い飛ぶのね。それに一撃って。マロニーちゃんと話していると、なんか世界が違うという気がしてくるわ。」
「はい、私はメイドですからソニーお嬢様とは生きる世界が違うのも当然かと思います。」
「「それって絶対に違うわ。」」
ソニーお嬢様とルルさんがハモって否定していた。
王都までは、約1000キロ、馬を変えないで旅をすると、約2週間の旅となる。途中、何回か野営があるけど、メインの街道を行くので、野盗や魔物も少ないはず。でも、ずっとキャビン内にいると飽きてしまうので、御者台に乗ったり、屋根の上に登ったりしているが、さすがに屋根の上は寒いのでそれほど長時間は上がっていられない。あとは、トレーニングを兼ねて馬車の横を走ったりしている。馬車は時速20キロ程度で走っているので、私の体力なら『身体強化』を使わなくても1日中でも走っていられる位だ。
ブレナガン伯爵領を出ると、ミシガン伯爵領、メイソン伯爵領と通過していき、王都に隣接しているモーガン侯爵領まで来たところで、初めて領主であるモーガン侯爵様に挨拶に行くことになった。モーガン侯爵家は300年以上前にはブレナガン伯爵家の本家筋だったそう。今は子供が少ないので珍しいが、当時は次男、三男が別の家を興すことは珍しくなかったそうだ。でも、そのためには既存の貴族家が邪魔だったので、領地争いの貴族間の戦争が良くあったそうだ。モーガン侯爵領の領都モーガン市は、ブレナガン市の2倍近い大きさであり、王都に近いだけあって、賑やかさも格別であった。
モーガン侯爵のお屋敷も、とんでもなく大きい物で、正門を開けて貰ってからお屋敷の玄関まで500m以上はありそうだった。玄関前には、メイドさんや執事さんが並んで出迎えてくれ、執事さんの一人が馬車の扉を開けてくれた。ルルさん。私。ソニーお嬢様の順に降車して、執事さんの案内で玄関から中に入っていく。既に知らせを出していたので、モーガン侯爵ご自身が玄関ホールで出迎えてくれていた。ソニーお嬢様は、王都で何度か挨拶をしたこともあるようで、挨拶にも親しみを感じるものだった。
ブレナガン伯爵からのお土産品は地元のワインとチーズの詰め合わせと言う無難な物でしたけど、貴族社会では、形式上はあっさりしているみたい。モーガン侯爵との晩さん会は、上級貴族らしい気品と優雅さのあふれたもので、多くのメイドさんからのサービスを受けていると、自分がメイドだと言うことを忘れそうだった。
食後にサロンに移動し、カクテルを飲みながら、あ、私はジュースだけど、の歓談では、先の大戦において、王国軍が手痛い目にあった話をしてくれた。幸いなことに、ブレナガン伯爵からの派遣部隊は被害がなく帰って来られたが、王都防衛軍に編入されたモーガン侯爵麾下の騎士達は、敵の新型兵器の前で手も足も出なかったようだ。それに北のゴブリン支配地への侵攻の際は、後方から精霊級の魔物に襲われ、部隊が壊滅しかけたそうだ。それが何故か、ある時からピタッと攻撃が止んで、残った兵たちは無事帰還することが出来たと言う事だった。
モーガン侯爵の話では、ゴロタ帝国に対抗するためには、あと300年はかかると言われているそうだ。しかし、話はそこでは終わらなかった。大戦のあと、とんでもない量の魔物が東の荒野から湧いてきたそうで、いくつかの辺境柏領が消滅してしまったそう。特に、中央部の被害が酷かったらしいのだ。あ、その話って、確か冥王様がお話になった話で、私がこちらに来ることになった原因となった事件だ。そのとき、ゴロタ皇帝陛下の支援がなかったら、王都をはじめ、ティタン大魔王国は滅亡していたのではないかとお話しておられた。なんか、よく分からない。それまで戦争をしていた相手国に助けられたんですか?でも、それよりも気になることがあるんですけど。
「あのう、侯爵閣下様、失礼とは思いますが、お聞かせください。ゴロタ皇帝陛下とはどのような方なのですか?」
「おお、マロニー嬢は異国から来たので知らないだろうがのう。儂も会ったことはないが、人づてに聞いた話では、ゴロタ皇帝は、魔人族にしては大男で、無口な男だそうだ。いつもは、15歳位の少女が折衝に当たっているそうじゃな。」
「年齢は幾つくらいの方なのでしょうか?」
「ウーン、詳しくは知らないがかなり若く、まるで少年のようじゃと言っておったのう。」
「重ね重ね申し訳ありません。ゴロタ皇帝様は、太っていて禿げていると言うことはないのですか?」
「そんな話は聞いたことがないのう。どうしたのじゃ、マロニー嬢は、いたくゴロタ皇帝のことが気になるようじゃが。」
「いえ、特に気になると言うことはないのですが、そのような強力な兵を持つ方がどのような方かと思いまして。ありがとうございます。」
この会話を聞いていたソニー達は、以前、マロニーが言っていた会わなければいけない人というのがゴロタ皇帝のことではないかと思ったが、黙っていることにした。
次の日、朝早く侯爵邸を出発した私達は、それから3日後のお昼前、王都グレート・ティタン市に到着した。本当は昨日の夜にでも到着できたのだが、王都到着時間を調整する必要があったため、半日ほど手前の街で前泊することにしたのだ。
グレート・ティタン市は、街壁が5層になっており、途方もなく大きな都市だった。最初の街壁は、土壁でそれほど高くはない。城門を入ると、ゴブリンやオークが多く住んでいる街だった。奴隷達かと思ったが、そうでもなさそうで、皆の雰囲気も何となく明るい物を感じられた。その内側の第2壁の中は魔人族であったが、ここも皆、身なりも良く、血色の良い魔人達ばかりだった。聞けば、王都では奴隷制度が廃止され、魔人族も能力に応じた仕事を与えられるとともにグール族などと賃金に差を設けてはいけないという法律が施行されたそうなのだ。ブレナガン市では、まだ、その法律が周知されていないが、もともと奴隷そのものが少なく、魔人族の協力がなければ街の運営ができない程、グール族やレブナント族が少なかったので、貧民街や風俗街はあっても、それほど人種差別がある街ではなかった気がする。
それでも、優越的立場に立っていたアンデッド種達が良く身分差別を撤廃したものだと思ったら、これもゴロタ皇帝の影響だというのだ。私にはよく分からないが、ゴロタ皇帝は何が狙いなのだろうか。戦争に勝ったのなら、この都市を自分のものにするのが当然なのに、身分差別をなくさせるだけなんて信じられない。冥界にだって身分があり、貴族と庶民が一緒に食事をしたり働いたりなんてあり得なかったのに。ゴロタ帝国ってどんな国よ。ますます興味がわいてきちゃった。
第3壁は魔人族とグール族を隔てるための壁で、レンガ造りの立派な壁だった。でも、城門がフルオープンになっていて衛士も騎士もいないのでは、隔離効果など皆無と言えるだろう。もう、誰でもが自由に行き来している。グール族の区域って、ブレナガン市の一般街みたいなものね。ブレナガン市には区分けをする壁なんかないけど、領主館を中心に地価が安くなっていくので、街の中心街は裕福なレブナント人やグール人が住むようになっていたわね。
第4壁から内側は貴族街みたいで、王立の学校や図書館などの施設もここに建てられていた。さすがに城門には衛士が立っていて、許可のないグール族や魔人族は入れて貰えないみたい。騎士団本部などもここにあるみたいだった。
最後の第5壁は、王城及び司法省や行政庁などの国の中心的機関が建てられており、緑の多い区域になっている。まるで公園の中にお城がたっているような雰囲気だわ。私達は、今朝、宿屋で準備してもらった軽食でお昼をすましてから王城に向かうことにしたの。
午後1時、私達の馬車は、まっすぐ王城まで進み、王城の正門に掛けられた橋を渡った王城の中に入ることができた。入ってすぐの馬車だまりで待つことになったのだけれど、貴族と言えども、ここからは、自分の馬車で入っていくことは許されず、城内の馬車を使うか歩いて登城するみたい。私達は、馬車から降りて、脇に建てられている来賓者待機所でお迎えが来るのを待つことになったの。
30分位待ったかしら。その間、お茶もでないので、私が空間収納からだしたティーセットでソニーお嬢様たちにお茶をお出ししたんだけど、これって絶対に失礼よね。ようやくお迎えに来た女性の方が、私達が優雅にお茶をしているのを見て吃驚していたみたい。
「お待たせいたしました。ブレナガン伯爵様のお身内の方々ですね。本日はキロロ宰相にお会いになる予定とお伺いしておりますが、あいにく、政務が立て込んでおられまして、今日の面会時間は午後4時30分からの予定となっております。これから、城内の白松の間でお待ちいただきますの、ご案内いたします。」
3賢人にお会いして、コカトリスの貴重部位を献上することは事前に手紙で出しており、本日、午後に来られるようにとの返事もいただいている。それなのにこれって、酷いと思ったけど、これも仕方がないわね。
私達が案内された『白松の間』って、伯爵と伯爵家の者が待機する部屋みたい。壁に真っ白な幹の松の絵がかかれていたから、『白松の間』って言うんだろうね。あと、別の壁にはいっぱい札が貼ってあった。札には現伯爵の名前が書かれてあって、驚いたことに上段最左翼はブレナガン伯爵だった。それからずらっと右に伸びていて、21人目からは下の段になっていた。これって伯爵の序列?ということは、ブレナガン伯爵が筆頭伯爵なのかな。すごいわね。
この部屋には、先客が何組かおり、私達は一番奥のテーブルに案内された。席に座ると、すぐに他のお客様達が挨拶に来ていた。やはり筆頭伯爵の娘に挨拶して置こうと言うのと、もしかすると婚姻関係への期待もあるのかもしれないわね。さすがにこの部屋にはメイドさんがいて、キチンとサービスしてくれたわ。
ゴロタの情報を断片的でも入手できました。




