第2部第191話 マロニーの冒険その9
今日は、3人パーティーで魔物狩りです。
(10月31日の夜です。)
今夜は、ソニーお嬢様のご帰還パーティーが開かれるの。もう何日も前から予定されていて、ハンス辺境伯家との縁談成立の発表会も兼ねているんですって。領主の一人娘がいつまでも独身でいると自薦・他薦のお婿さん候補が一杯現れて断るのが大変なんだって。午後3時前にはお屋敷に戻って、パーティーの準備をする事になったの。
冥界でもパーティーは数え切れない位あったけど、私達メイドは、お手伝いだけで参加者になった事はないの。デーモンのメイドもいたけど、私達8人に対抗意識を燃やしていたわ。私達だけが冥王様のお世話をしているのが気に食わないみたい。でも冥王様に直接サービスできるのは、上位3人のメイドだけで、私は、ドアの近くで使いっ走り専従だったし。それにご主人様の御用の方が多かったわ。兎に角、人生80年、今日が社交界デビューよ。
私のドレスは、ソニーお嬢様がお選びになったんだけど、お嬢様がピンクのドレスなので私は水色のドレスにしてくれた。短めの丈で、ショートバニエでスカートをフンワリ広げている可愛らしいものだった。胸に大きなリボンを結んで、ペッタンこの胸を隠すのもセンスが良いわね。今日はルルさんがお休みなので、一人でドレスを着ようと思うのだけれど、後ろの留め具が止められなくって、悪戦苦闘していると、ルルさんが部屋に来てくれて手伝ってくれた。もう私のしている事なんか丸わかりね。
ルルさんは、これから彼氏さんとデートなんだって。彼氏さんのお父様は、今日のパーティーにご夫妻で招待されているので、彼の家に遊びに行くのって喜んでいた。ルルさんって大人ね。
時間になったので、先に会場である大広間に行こうとしたら、ソニーお嬢様のエスコートをする事になったの。お花が一杯のバスケットを持って、お嬢様の手を引くの。お嬢様は、お花をお客様に配りながら入って行く段取りだって。
執事さんが大声でお嬢様を紹介してから、広間の両扉が開けられた。私は、お嬢様の左手を取ってゆっくりと中に入って行く。皆、お嬢様のお綺麗な姿を褒めていた。なんだか私まで嬉しくなったのは何故だろう。伯爵様の前まで行くと、お嬢様の手を伯爵様に渡して、私のお役目はお終い。後は、食事を楽しむだけなんだけど、バスケットの中にはまだお花が残っていたので、奥様方やお嬢様方に配る事にしたの。何人かに配っていると、ある事に気がついた。みんな、私に大銅貨1枚を渡そうとするの。勿論、断ったけど、そばの執事さんに聞いたら、この様なパーティーでは貴族のご令嬢が小遣い稼ぎで花売り娘をするだって。今回は、私がいるのでお断りをしていたんだけど申し込みが8人程あったと言っていた。その子達には悪いことをしたけどしょうがない。兎に角、早く花を配ってしまいましょう。
もう直ぐ配り終えようとした時、正装の騎士服を着ている紳士に呼び止められたの。ご挨拶をすると、ルルさんのお父様だった。隣のご婦人は奥様だろう。あれ、ルルさんが今、どこで何をしているのか聞かれるのかと思ってドキドキしていると、用件はそうじゃなくって、昼間捕まえたというか殺してしまったひったくり犯の事だった。あの武器の事を知らない様だったので、『投げビシ』の事を教えてあげた。現物を胸から出してあげたんだけど、勿論、胸にしまっていた訳ではないわ。
持ち方や投げ方を見せて上げたら、『実演で見せてくれないか。』と言われたの。え、ここで?流石にここでは無理でしょう。私が、返答に困っていると、お父様、あっという間に伯爵様のところへ相談に行ってしまった。奥様がすまなそうな顔で、
「ごめんなさいね。主人たら筋肉馬鹿で、戦闘や武器の事になると周りが見えなくなってしまうの。」
うん、なんとなく分かります。そう思ったら、話がついた様で、しばらくするとドンキさんが弓の標的を持ってきた。でも、その後ろは藁束ではなく、
分厚い板だった。藁束では、貫通して危ないと思ったのだろう。華やかなパーティー会場で、こんな事をして良いのだろうか。ルルさんのお父様が私の事を紹介してくれる。
「えー、皆さん。ご歓談中のところ申し訳ありません。本日、市内でひったくり犯人が捕まりました。今まで何度も反抗を繰り返した重罪人です。そして、その犯人を捕まえたのが、なんとここにおられるマロニー嬢です。マロニー嬢は、こんなに可愛らしいのに、謎の武器の名手です。今日、伯爵閣下の御許可をいただき、この場で、その技を披露していただきます。それではマロニー嬢、お願いします。」
紹介された私は、可愛らしくカーテシを決めてから、的の方に向かった。距離は15m位か。『身体強化』を使ったら、後ろの板を突き抜けて壁の大穴を開けてしまいそう。ノーマルでやろう。最初は、単発の技でいいか。胸に右手を差し込んで、1個の『投げビシ』を取り出す。何回かの事前モーションの後、ビュッと投げつける。
ドガン!
的の真ん中を射抜いて後ろの板に突き刺さっている。もう一寸で突き抜けそうだった。危なかった。続いて、的を3枚張ってもらう。胸から3個の『投げビシ』を取り出す素振りをする。3個を左手に持って、胸の前に腕を差し出している。投げるのは、右手だ。大きく深呼吸をして連続で3個を投擲する。モーションは小さく、スナップを十分に効かせて素早く投擲した。
ドドドガン!!!
3つの的の全ての黒点に命中する。皆、ポカンとしていた。あれ、なんか間違えました?
「マロニーちゃん、貴女、今、なにをしたの?」
ソニーお嬢様が大きな声で聞いてきた何って、次々と投げたんですが。あ、もしかして、早すぎて見えませんでした?いや、それほど早くは無かったはずなんですが。多分。
パチ パチ!
伯爵様が拍手を始めてくれた。続いて会場中から拍手が沸き起こる。良かった。皆、喜んでくれたみたい。それから、大勢の方が私の周りに集まって『投げビシ』の事について聞いてきた。私は、現物を見せながらリッカーさんのお店の事も教えてあげた。あのう、もうソロソロ、ご馳走を食べたいんですが。
ようやくひと段落して、お料理を食べ始めたら、後ろから声をかけられた。若い男の子の声だ。
「おい、お前!」
お前って誰だろう。私では無いと思って無視をして料理を食べ続けた。このパエリア超おいしいんですけど。
「おい、お前。そこの女。こっちを向け。」
私は、口にパエリアを頬張りながら振り向いた。右手にフォーク、左手にお皿という情けない格好で。
「フェ!わ、私でしゅか?」
口に物が入った状態で喋るのはやめましょう。特にパエリアの時は。ご飯粒がビュッ、ビュッと飛んで行く。勿論、ご飯粒の行き先は目の前の8歳位の生意気そうな男の子の顔面だ。
「ワッ!汚ねえ。物を食いながら喋るな。」
物を食べている時に話しかけてきたのは、そちらでしょうが。
「そ、そうだ。お前だ。お前、俺の子分にしてやる。」
うん、無視しよう。私は、再び料理のテーブルの方を向いて、次に食べる物を物色し始めた。山鳥のローストもいいし、鮭の燻製をクラッカーに乗せて食べるのも美味しそう。悩んでいたら、後ろから、また声が掛かってきた。
「おい、無視するんじゃあねえ。俺を誰だと思っている。次期子爵のロブ様だぞ。」
この世界、若い男子は貴重な後継としてチヤホヤされる。特に貴族であるレブナント族は子供が出来にくいのだ。そのため、跡継ぎの男子が生まれると一族の慶事と喜ばれ、以後、継嗣様と呼ばれて甘々に育てられる事が多いのだ。勿論、私には全く興味がない。ただ、今の私には、このウザい馬鹿ガキをなんとかして、料理爆食に専念したいだけなのだ。しょうがない。振り向いて、思いっきり可愛らしい (と自分で思っている)笑顔を作って、
「それで子爵様のお世継ぎ様がなんの御用でしょうか?」
ちょっと引いた感があったが、直ぐに思い直した様で、
「うむ、お前は強そうだし、可愛いから俺の護衛として子分になれ。」
「嫌でございます。」
「何故だ?俺は次期子爵だぞ。」
「子爵になられてから、もう一度お仰せくださいませ♪」
完全に無視していた。後ろから『父上に言い付けてやるからな!』と言う捨て台詞が聞こえてきたガキの喧嘩じゃああるまいし。まあ、ガキだけど。ソニーお嬢様が近づいてきて、小声で
「あいつ、バーカス・フォン・ロブって言うの。子爵家の馬鹿息子。まだ8歳であれじゃあ碌な者にならないわね。貴族界の鼻つまみ者ね。」
あんなのでも、貴族が務まる様じゃあ、この世界もお終いね。そう思ったけど、チーズとハムのコンビネーション・サンドに夢中のマロニーだった。
次の日の朝、騎士さん達よりも少し早く裏庭に出た私は、まず弓の練習だ。最初は無理しないで『身体強化』を掛けて弓を引く。徐々に身体強化の度合いを弱めて行く。矢が的の下に当たり始めたところで『身体強化』をキープ、そのまま100本の弓を引いた。徐々に的に当たり始めた。
次に『投げビシ』の練習だ。3発をなるべく早く、正確に投げる。左手の位置も重要だと。自然に右手の伸ばした位置に左手がなくてはならない。板に当たる音が『ドドドン!!!』ではなく、『ドーン!!!』と聞こえる様になるまで練習だ。勿論、的に命中しなければならない。
投げ終わった『投げビシ』を回収するのも大変だ。木の板に深く刺さった『投げビシ』をナイフで抉り出すのだが、何回か繰り返すと板がボロボロになるので、ひっくり返したり裏返したりして使っている。紙の的も黒点ではなく、穴が空いただけの髪になってしまうが、しょうがない。
それが終わってから、木刀の素振りだ。素振り用の木刀はリッカーさんにプレゼントされた。でも、これって太すぎませんか?ほぼ、丸太でしょ。仕方がないから、ちょっとだけ『身体強化』を掛けて振る事にしたの。振る時の音が、昨日の『ピュッ!』から、『ブオン!』に変わったけど気にしない、気にしない。
流石に、丸太の千本素振りはきついわあ。まあ、最後の100本は、『身体強化』を解除して降ったんだけど。あ、手の平に豆ができてる。直ぐにヒールを掛けて治しておいた。女の子が、剣だこなんかあったら引いちゃうもんね。
朝食の後は、『投げビシ』の手入れをした。三角垂の4つの頂点を砥石で尖らせるの。地味な仕事だし、100個位研ぐと、1時間以上掛かってしまったわ。
それから、街に出て行くの。お昼は、好きなところで食べるからと断っておいた。この街も、美味しそうな物がいっぱい。ブラブラ歩いていると、変な店があった。お店の看板には、『素材高価買取』って書いてあるの。なんの素材かなと思ったら、魔物の皮とか、牙それに爪ね。後、魔石も買い取っているみたい。皮は損傷状況で値段が変わるけど、牙や爪は売値の6割ってところかしら。魔石は、大きさと色で値段が決まるらしい。
店のおじさんに、私が持ってきても買ってくれるか聞いたところ、『持って来れるんなら、割り増しで買ってやる。』って言われた。絶対、持って来れないと馬鹿にしてるのが丸分かりだった。




