第62話 少し残念なイレーヌさん
ゴロタは、無事、帝国へ入国しました。帝国としては、凄く迷惑なゴロタ達一宏ですが、それはもっと後の話になります。
ビッツ町には、冒険者ギルドは無かった。帝国のギルドがどうなっているのかは、次の町に行くまでお預けとなった。
仕方が無いので、武器屋を見に行く。今の装備を変えるつもりはないが、どんな武器や防具があるのか、見るだけでもいいから見てみようと思ったのだ。
武器屋は、すぐ分かった。王国では、鍛冶師はドワーフが多いが、ここでは全て人間だった。ドワーフもいるにはいるが、奴隷として働かせられており、石炭を運んだり、クズ鉄を破砕したりと肉体労働に従事していた。短い首に太い首輪が食い込んでいて痛々しい。
武器屋さんに、変わった武器は無かった。素材的にも王国と同様である。防具については、質実剛健という感じの防具が多い。金線の模様とか、宝石をはめ込んだりとかの防具はあまりなかった。カウンターの中にいる店長が、シェルさんを見ている。あれ、この店は『亜人お断り』じゃなかったはずだが。
店長が、近づいてきて、申し訳なさそうに言った。
「すみません、異国の方、帝国法により、亜人又は亜人を連れた人間に武器、防具を売ってはいけないんです。すみませんが、出て行ってくれませんか。」
なるほど、そもそも亜人が入ってとしても、買える商品が無いので、『亜人お断り』の看板が必要無かったのだ。
早々に店を出た。こんなことが何度か続いたら、シェルさん、きっと病気になってしまう。どうしよう。訳の分かんない心配をする僕だった。
次は、彼女達が一番行きたがっていた洋服店である。町に数件しかない婦人服店に行った。店内に入るのを見送り、今日は何時間待つのかなと思っていたら、直ぐに店から出てきた。なんでも、黒と紺色、明るい色でも茶色のアースカラーしか置いてなく、デザインも古臭くて中世の庶民の服のようだと言っていた。中世っていつのことが分からないが、早く出てきたのは嬉しい。
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行くところもないので、ホテルに戻ることにした。買い物は、次の大きな町に期待しよう。
夕食は、ホテルのグリルでコースを予約しているので、時間が余ってしまった。暇なので、お風呂に入ることにした。
僕の部屋には、シェルさんとエーデル姫が泊る番だ。ツインに寝るのはクレスタさんとノエルだ。
僕は、脱衣所のカギをちゃんと掛けた。安心して風呂に入っていると、二人がお風呂場に乱入してきた。この時、僕はピンと来た。エーデル姫だ。僕は、後ろ向きのまま、エーデル姫に聞いた。
「エーデル姫、『開錠』の呪文、どこで覚えました。」
「え、マーリン先生からよ。」
すぐに白状したエーデル姫。本人は、全く白状した認識はない。シェルさんがアワアワ焦っている。深いため息をついて、背中を流させる僕。エーデル姫、泡の付いた手で、どこをこすっているのですか?
最近は、前を隠さなくなった僕だった。お風呂から上がったら、服を着る前に、そのままベッドまで連れていかれた。シェルさん、エーデル姫、まだ夕食前なのに僕に何をするつもりですか?
夕食は、豪華なディナーだった。
オードブルは、チョウザメの卵とガチョウの肝臓のフラッペ。
濃厚な貝柱のスープ。
舌平目のムニエルとクルマエビのムース。
熟成鹿肉のリブロースのバター焼き。
アイスクリームと季節の果物のシャーベット。
そして紅茶。
とても満足した食事だった。さすが、一人銀貨2枚だけの価値はあった。そこで、クレスタさんが爆弾発言をした。シェルさん達に、
「さっき部屋で何をしていたの。部屋の鍵を掛けて、ノックしても全然出てこないし。絶対に何かしていたでしょう。それに何か匂うし。」
横を向いて口笛を吹く二人。結局、二人は今日泊まる部屋を変えさせられることになった。僕にとっては、せっかく、今日は、セレモニー無しで眠れると思ったのに。
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翌日、ゲール総督から、相談があるので総督府まで来て貰いたいとの事であった。僕達は、普段着で総督府に行ったが、総督府に入った途端、この服装では場違いであることを痛感したのである。
中にいるのは、殆どが軍人であった。カウンター窓口は文人の女性だったが、中で事務を執っているのは全て制服を着た軍人である。そこへパステルグリーンやシャイニングレッドのミニスカートの女性軍団が入っていったのである。注目を浴びるなんてもんじゃなく、男性全員が仕事をやめて、こちらを注視している。普通はチラ見程度なのだろうが、免疫がないというか常識がないというか。まあ、軍人さんだからしょうがないが。
そんな中、総督室に案内された。ゲール総督は、僕達にソファを勧め、自分は直角になる位置にある一人用ソファに腰かけた。
相談というのは、簡単だ。というよりも相談ではなく、ほぼ命令に近い。僕達に帝国内の自由行動を認める。その代わりに随行員を一人付けて貰いたいとの事だった。随行員と言えば聞こえが良いが、いわばお目付役だろう。僕は仕方がないと思って申し入れを飲むつもりだったが、シェルさんが条件を出してきた。
「随行員のお話は了解しましたわ。お一人、同行されるのは構いません。ただし、一つ条件があります。随行員は男性の方にお願いしたいのですが。」
何となく、シェルさんの言いたいことが分かるような気がする。これ以上、修羅場を増やしたくないのだろう。しかし、僕は、それ以上の事を考えているとは思わなかった。それは、あわよくば、随行の男性軍人と仲良くならせて、一人脱落させようとまで考えていることを。
「ほう、それは何故ですかな。」
「理由は言えませんわ。」
そりゃ、そうだろう。
「しかし、そのご要望にはお応えできませんね。既に人選は済んでおります。イレーヌ、入ってくれ。」
入って来たのは、軍服を来た女性将校だった。イレーヌと呼ばれた人は、部屋に入ってきて、総督の6歩手前で直立不動の姿勢で『気を付け』をし、15度の敬礼をしてから、申告した。
「帝国国防軍ビッツ砦守備隊小隊長イレーヌ少尉、総督閣下のご命令により参上いたしました。」カチン
イレーヌさんは、年齢18歳位、身長は165センチ位だから、ほぼエーデル姫と同じ、中肉中背、金色の髪と灰色の瞳の美人さんだった。
シェルさんは、僕を睨み、深いため息を付いた。どうして僕を睨むのですか?
「イレーヌ少尉、今回の任務は了解しているかな。」
「はい、イレーヌ少尉は、エーデルワイス王女殿下と帝国内での行動を共にし、身命を賭して王女殿下をお守りする事だと命令されました。」カチン
イレーヌさんは、話す都度、軍靴の踵を『カチン』とぶつけているので、その内、踵が壊れるのではないかと心配だ。
「よし、それでは最初の命令だ。本日、イチニイマルマル、旅装の準備をして総督府前に参集すること。以上。」
「了解しました。失礼します。」 カチン
イレーヌさんは、また15度の敬礼をして、その場で回れ右をして退室しで行った。シェルさん始め、全員が重い空気に包まれた。
「ゲール総督、一つ確認したいのですが。もしかして、厄介払いができたと思っていません?」
急に横を向いて、口笛を吹く真似をするゲール総督だった。
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僕達は、必要な書類をゲール総督から貰い、総督府前でイレーヌさんを待った。僕達は、帝国の人でないので、『イレーヌ少尉』とは呼ばず、『イレーヌさん』と呼ぶことにした。
12時丁度、イレーヌさんが総督府前に現れた。実は15分前から総督府の角まで来ていて、こちらをチラチラ覗きながら、時間が来るのを待っていたのを、皆は知っていたが、可哀そうなので黙っていた。
イレーヌさんと一緒にホテルに行き、イレーヌさん用にシングルを一つ取ってあげたところ、皆と一緒の部屋が良いと言う。行動を共にしろとの命令なので、床に寝てもいいから、同じ部屋でなければ困ると言うイレーヌさんの意見を無視して、僕の部屋の隣のシングルに、荷物とイレーヌさんを投げ捨てた。
また、夕食まで時間が余ってしまった。ニヤリと笑うシェルさん達だったが、僕は無視して、ダブルベットの部屋に走り込んで、鍵を掛けた。誰かを感じて、振り返ったら、イレーヌさんが、直立不動の姿勢で立っていて、
「お帰りなさい。」カチン
慌てて、部屋を出たらシェルさん達が廊下に集まっていて、エーデル姫が『開錠』の魔法をかけている最中だった。イレーヌさんに、どうやって部屋に入って来たか聞いたら、普通に壁を抜けて来たという。
「「「「はあ? 」」」」
皆で、実験してみる。イレーヌさんに廊下に立ってもらって、ドアにカギを掛ける。『どうぞ』という合図とともに、ドアをすり抜けて来た。隣の部屋も同様だった。もう一度、廊下に立って貰い、ドアにカギを掛け、僕がシールドを掛けてから、『どうぞ』と合図したが、入ってこれなかった。本人は、入ろうとして入れなかった経験は初めてらしく、しきりに首をひねっていた。彼女の『壁抜け』は、魔法ではなく、スキルのようだ。入ろうと思うと入れるのだ。小さなころから、普通にできていたので、イレーヌさんは、軍隊に入るまで、誰でもできると思っていたらしい。
とにかく、イレーヌさんが部屋にいたら、夜のセレモニーが出来なくなるので、『通り抜け』は絶対に阻止することで皆の意見は一致した。あ、当然、『皆』に僕は入っていない。
夕食は、近くのバーベキュー酒屋に行った。今日は、イレーヌさんの歓迎会だ。本当の事をいうと、昨日、あまりにも豪華な食事をしたので、今日は節約しようという事にしたのだった。
このお話に出て来る登場人物でまともな人は、モブだけです。台詞がある人は、話している間にどうしても小市民的な言動をさせてみたくなってしまいます。