第2部第190話 マロニーの冒険その8
(10月31日です。まだ弓の練習が続きます。)
私は、10歳児の女の子にしては、かなり力が強い方だと思うんだけど、この弓の重さは私の限界を超えているわ。まあ、これ位強く無いと、300m先の敵を狙うことなんかできないわよね。でも、無理だからと諦めるのも癪に触るし、ちょっとだけズルさせて貰おう。内緒で『身体強化』をかけてから、同じようにやってみたの、あらあら、ちゃんと引けるじゃない。でも、腕が短いせいで引きしろが短いのか、まだ矢に勢いが足りない気がするの。でも、20m先の的位なら一直線に中心の黒点を射抜けたわ。さっきまで笑っていたドンキさん達、シーンとしてしまったのね。それから、残りの8本、概ね的の黒点付近に当ててやったわ。付近よ、付近。30センチ以内は付近なんだから。
わたしには、弓の才能があるかも知れないけど、緊急の時には石を投げたほうが良いかも知れない。でも、ここにいる間は、毎日練習しようっと。
弓の練習が終わっても、ドンキさん達はまだ剣の稽古を続けていた。剣の稽古を見るのは初めてだった。皆、真剣に打ち合っている。何か面白そう。私が、じっと見ていると、ドンキさんが『やってみるかい?』と声を掛けてくれた。私が頷くと、ドンキさんは相手の方に手を挙げて、『やめ』の合図をしてから、こちらに来た。
ここには子供用の木刀など無いので、ドンキさんの木刀を貸してくれた。持ってみるとズッシリと重たい。あれ、ドンキさん達、こんなに重い物を振り回しているんだ。まず持ち方を教えて貰う。ドンキさん達は、盾を持って片手で使っていたが、私には両手での持ち方だ。左手で柄頭辺りを持ち、右手を唾の付近で握る。この時、親指の付け根の部分がVの字になって、剣尖の方向に一直線になる様に意識する。方に力を入れずに、左手はお臍の前10センチ位、剣尖は相手の喉元を狙う意識で。足は伸ばし切らず、右足を前、左足を後ろ。両足がハの字にならない様に少し隙間を開けてと。うん、これは構えて立ってるだけで大変。緊張して方に力が入るは、剣尖はプルプル震えるはで、これだけで疲れてしまう。
次に素振りだけど、右足を前に出しながら剣を振りかぶり、左足を引き付けながら振り下ろす。この時、相手の頭、私の場合、相手も子供と想定して私の頭の辺りに剣尖が止まる様にする。その時、両腕は伸ばしておく。それから左足から下がりながら、同じ振りをする。これを何本も繰り返すんだって。
やってみると、手足がバラバラになったり、腰が曲がったり頭が下を向いたり。ドンキさん、その都度矯正してくれるんだけど、何となく自分のいけなかった事が言われなくても分かる様になって来た。そうすると剣の振りも速くなってきて風を切るピュッ、ピュッという音が気持ち良い。
ドンキさん、しばらく見ていて止めてくれた。気が付かなかったけど、皆も稽古をやめてこちらを見ていた。
「お嬢ちゃん、前に何処かでやっていたかい?」
「ううん、見るのも今日初めて。」
冥界では、私の周りに戦士など居なかったので、剣の稽古をする人など誰もいなかった。アイアン・アーマーなんて低級なゴーストだし。あれ、そういえば、私、戦争だって知らないんだ。それなのに、こちらに来て狼や野盗が相手とは言え、何で戦えているんだろう。
「まあ、何にしてもお嬢ちゃん、剣の才能があるよ。剣士になりたかったら、毎日千本、この素振りをするんだ。できる様になったら、今度は型を教えてやる。」
「うん、お願いね。」
にっこり笑ってお願いしたら、ドンキさん、少し顔が赤くなっていた。若いメイドさんが、朝食の準備が出来たって知らせに来た。あ、みんなの分ね。みんなは専用の食堂で食べるんだけど、伯爵達よりも早く食べ始めるんだって。それで、今、門の前や邸内を警戒している夜勤明けの人達と交代するの。大勢いる様だけど、シフトが大変そう。それに、このお屋敷とは別に、騎士団本部があって魔物の討伐や街道の警備、市内の巡回などに当たっているって言っていた。ドンキさん達みたいに伯爵とお屋敷を専従に警護している騎士さん達を側近騎士って言うみたい。
私は、弓を持って部屋に戻ると、新しい下着がベッドの上に置いてあった。ルルさん、有難う。汗を拭いて着替えると、ソニーさんが部屋を訪れて、今日のお買い物、一緒に行きたいんだって。私は構わないけど、ルルさんが気を使わないかな。でもルルさんも了解しているんだって。なら良いかな。うん、ちょっと楽しみ。お買い物をして、美味しいものを食べて、珍しいものを見てって、完全に女の子モードね。まあ80歳の私が女の子っていうのも何だけど。
今日は、ブルーのワンピースと赤白チェックのブラウスを着せられてから朝食の間に行ったの。昨日の食堂と違ってキッチンが見える簡易的なダイニングね。自分でパンやミルクを持ってくるんだけど、お好みで卵をつけたりするの。シェフは通いなので、夜勤明けのメイドさんが朝食の準備をするんだって。私、立っているメイドさんに断って、キッチンで卵料理を作らせて貰う。
ベーコンとタマネギを刻んで、さっと炒めてから溶いた卵と混ぜ合わせ、塩、胡椒をしたらバターを温めたフライパンにさっと流し込み、少し固まったらトントンと片側に寄せて、クルッ、フワトロオムレツの完成です。トマト系の調味料がないのでお鍋に残っていたデイミグラスを少し貰って上からちょっとだけ掛けておく。丁度4人前ができた時にソニーお嬢様と伯爵ご夫妻がいらっしゃった。さあ、美味しい朝食よ。ソニーお嬢様は、私が作ったオムレツをとても美味しいと褒めてくれたけど、本当はもっと色々作れるの。だって80年のキャリアだもん。でもオムレツが一番得意料理だって事は内緒ね。
食事後、いよいよお出かけね。ルルさんも明るいグリーンの上着にダークグリーンのスカートで、おしゃれな帽子を被っている。ソニーお嬢様は、薄ピンクの上下でフリルの胸飾りがついたブラウス、同系統の色合いのツバ広帽子を被っている。帽子かあ。私、帽子も持っていなかった事に初めて気が付いた。うん、今日は帽子も買おう。
最初は、大きな商店に行ったの。ソニーお嬢様の馴染みの店らしく、直ぐに店長らしい人が挨拶にきて、それから女性店員の案内で色々な商品を見て回ったの。このお店、何でもある。帽子から上着、スカート、ズボン、靴下に靴、ベルトにリボン。もう目移りしそう。清掃用のドレスから普段着、それと旅行着と、お付きの人が持ち切れないくらい買ったんだけど、子供用だからそれ程高くなかった。応接室でお茶を飲んでいる時に、店長が請求書を持ってきて支払いをどうするか聞いてきた。全部で金貨2枚近くだったんだけど、ソニーお嬢様が、伯爵家に付けておくようにと言っていたのを断って現金で払わせて貰った。金貨2枚を出して、お釣りはお付きの店員さんへのチップにして貰った。あらかじめ金貨3枚を出しておいて良かった。ここで空間収納から財布を出したくないもんね。
買った物は、後でお屋敷に届けて貰う事にして、次はルルさんの馴染みの店に行ったの。ここは、服よりも小物を多く扱っていて、串にブラシ、タオルに石鹸、歯磨きブラシにリボン、シュシュにベルト、最後に鏡を買ったんだけど、信じられない位に安い。このお店って、魅了の悪魔が住み着いているんじゃない。
お昼は、ルルさんが行きたがっていたスイーツのお店に行った。私は、ブルーベリージャムと林檎のクレープにしたんだけど、ルルさんは揚げパンにお砂糖をかけたガッチリ系、ソニーお嬢様はフルーツサラダに濃厚クリームスープにしていた。後は、ガールズトークで、側近騎士さんの中でのイケメンは誰だとか、貴族の誰々さんとあそこのお嬢さんが怪しいとかのたわいのない話だった。ルルさんの彼氏さんの話になったら、顔を真っ赤にして、来年の3月に結婚するんだって。相手は准男爵様の後継で、同じグール人だから子供も出来やすいだろうとの事だった。ルルさんも一人っ子なので、お家が大丈夫かと聞いたら、私が二人産んだら、一人を実家が引き取る事で話が纏まっているんだって。子供ができにくいアンデッドさん達にはよくある話だそうだ。それでも毎年何軒かの貴族家が無くなっていくらしいの。大変ね。
午後は、鍛冶町にあるリッカーさんのお店に寄ってみる事にした。ソニーお嬢様は、初めて鍛冶町に来たらしく、興味深そうに周りを見ていた。ルルさんは、騎士である父親と何度か来たことがあると言っていた。リッカーさんのお店は直ぐに見つかった。それ程大きな店ではなかったが、表に並べられている武具や剣も、それなりに良いものに見えた。
お店に入って行くと、若い魔人族女性の店員が一人で店番をしていた。私が、近づくと驚いた様な顔をしたが、直ぐに
「お嬢ちゃん、何かお遣いかな?」
ドニーお嬢様やルルさんは、他の品物を見ていたので私一人で来たと思われたみたい。私は、例の剣を空間収納から取り出して、
「この剣を研いで貰いたいんですが。」
と用件を言った。空間から剣が出てきた事にも驚いていたが、こんな立派な剣を、私みたいな女の子が使っている事にも吃驚したみたいだ。一瞬腑抜けた様になったが、すぐに気を取り直して裏の工房に声を掛けていた。
「親方、親方ー。お客さん、お客さんです。」
大きな声。耳が痛くなりそうな程の大声だった。後ろから聞こえていた槌の音が消えて、背の低いガッチリした男の人が出てきた。アンデッド族でも魔人族でもない。初めて見る種族だ。この人がリッカーさんなんだろう。
リッカーさん、カウンターの上に置かれたショート・ソードを見て直ぐに呼ばれた用件が分かった様だ。何も言わずに、剣を抜くと刃体を色々調べていた。目線を刃体から逸らさずに、
「嬢ちゃん、こんな使い方をされているこいつが可哀想だ。これじゃあ研ぐ気にもならねえ。持って帰んな。」
あ、ひどい言い方。この刃こぼれ、最初からだから。私のせいじゃあないから。多分。でも、諦める事なく、
「あのう、ヨッヘン村のコテツさんから紹介されたんですけど。」
「ああん、コテツだあ?なんだ。コテツの紹介かよ。あいつとはだいぶ会ってねえけど、元気だったかい?」
「はい、とてもお元気そうでした。」
「そうかい、そうかい。」
あ、このおじさん、完全に思い出に浸っている。
「あのう、それで、この剣なんですか・・・。」
「ああ、この剣か。ミスリルの研ぎ賃は高えぞー。」
「構いません。」
私は、金貨4枚をカウンターの上に並べた。それを見たリッカーさん、
「研ぎ剤にもっと掛かるかも知れねえ。その時は追加な。」
「はい、構いません。」
「じゃあ、2週間いや3週間くれ。この剣を生き返らせてやる。」
「お願いします。」
これで安心、でもこれから3週間か。長いなあ。こちらのやりとりを見ていたソニーお嬢様に事情を話したら、顔がパアッと明るくなった。どうやら、私がこれから3週間は滞在することが嬉しいらしいのだ。
お店を出る前に、店内を見て回ると、三角垂の金属製の塊を見つけた。何に使うのだろう。ルルさんも知らない様だった。
「それ、投げビシ。」
「え?投げビシ?」
「そう、投げて使うの。」
「どうやって。」
その女の人が持ち方を教えてくれた。人差し指と中指を伸ばして、第一関節の部分と親指の腹で挟んで投げるらしい。あ、面白そう、1個銅貨40枚だったので100個買う事にした。使う人は、三角垂の頂点を研いで尖らすらしいのだが、私は、そのまま使う事にする。明日、お屋敷の裏庭で弓の練習の後、練習してみよう。使える様ならもっと買う事にしよう。例えば1000個とか?
買った物を全て空間収納に入れて、ブラブラお屋敷の方に向かって歩いていたら、何やら女の人の悲鳴が聞こえた。
「ドロボー、誰か捕まえて!」
ひったくりらしい。逃げる魔人族の男の後ろ姿が見える。被害者は、グール人のおばさんだ。私は、ダッシュで男を追いかけながら、さっき買った投げビシを3個左手で取り出す。念のため『身体強化』も掛けておいた。1個を右手で持って、思いっきり投げつける。手首のスナップが効いた投擲だ。一直線に男の後頭部に向かって飛んで行く。音こそ聞こえないが、男がモンドリ打って転倒した。
でも、男がピクリとも動かない。あれ?やっちゃったかな。近づいてみると、男の後頭部から何か気持ちの悪いものが流れ出していて、呼吸をしていない様だ。ああ、今度からちゃんと手加減しよう。




