第2部第187話 マロニーの冒険その5
マロニーは、これからの重要人物と遭遇します。
(10月23日です。まだマロニー視点です。)
私は、どうしてもムモちゃんのことが気になって、後を付いていくことにした。建物の裏庭には自由に出れるみたいだったので、そっと裏庭に出た。もう、外は暗くなっている。裏庭の周りは2m以上の高い鉄柵で囲まれていて出れないようになっていたけど、『身体能力が強化されます様に。』と思うと『身体強化』がかかるみたい。その時、身体が少し光るし、力が漲ってくるから、なんか変わったって分かるんだけど。今回も『身体強化』を念じてから、ジャンプで飛び越してしまう。これくらいの高さなら、全く問題はなかった。
教会の表側にいくと、表通りの東側300m位のところを、小さな女の子を連れている大柄な女性の後ろ姿が見えた。あれだ。私は、見失わない程度の距離を開けて尾行を開始した。二人は、街角を右に左に曲がって、街の北東部にある貴族街の中に入って行った。あたりは、大きなお屋敷ばかりが並んでいるが、その中の1軒の前まで行くと、守衛の魔人族の男と話していた。それから、お屋敷の裏手に回っていき、裏口から屋敷の中に入って行った。私は、周囲に誰もいないことを確認してから、高いレンガ塀を飛び越えて中に忍び込んだ。裏庭は、いろいろな木が植えられていて、隠れるのにちょうど良かったが、あの二人は、そのまま建物の裏口から中にはいっていったので、それからどうなったのか分からない。私は、適当な木の上に登って、時間が立つのを待つことにした。
しばらくすると、あの女、一人だけが屋敷から出てきた。しきりに誰かにペコペコしている。屋敷の中からの光で良く見えないが、相手はグール人のような感じがした。背が高く、執事服を着ている。女は、そのまま裏門から出ていったので、私は、そっと建物に近づいた。裏口のドアは鍵がかかっている。どこか入れるところはないかなと思って、周囲を見渡したところ、2階の窓のうち、一か所だけわずかに隙間が空いているのを発見した。うん、あそこなら大丈夫だろう。でも、まだ皆起きている時間だ。もう少し待ってみることにして、再び木の上に登って時間をつぶすことにした。
2時間位経っただろうか、いくつかの部屋の明かりが消えたので、寝ている使用人もいるのかも知れない。私は、建物に近づくと、少しだけ開いている窓に向かって、レンガ壁を昇り始めた。レンガのわずかなでっぱりに指をかけてグイっと上っていくのだが、『身体強化』をかけているので、特に問題はない。ジャンプして窓枠に飛びついても良かったのだが、音が出たらまずいので、そっとよじ登っているのだ。上げ下げ窓を外側から30センチ位上げてから、部屋の中に潜り込む。部屋は、物置か衣裳部屋のようで、廊下に出るドアには鍵がかかっていなかった。扉を少しだけ開けて、廊下の様子を伺うと、薄暗いランプが幾つか置いてあるだけで、誰もいないようだ。
あれ、ムモちゃんはどこだろう。気配を消して、そっと廊下に出る。廊下の端から端までかなりあり、ドアが幾つかならんでいる。ムモちゃんのいる部屋を探すために、一つ一つの部屋のドアに近づいて、中から聞こえてくる音を確認する。ドアの中から鼾や寝息が聞こえてくる部屋やおしゃべりに夢中になっているメイドの部屋などは無視して、探索を続行した。廊下は、ぐるっと回りこんでいて、表に面した部屋に続いていた。そして、表の角にある部屋の中から女の子の泣き声が聞こえてきた。くぐもったような声だが、確かに泣き声だ。なにか叩いているような声も聞こえる。扉には鍵がかかっていた。どうしようか。扉をけ破ってもいいのだが、なるべく騒ぎは起こしたくない。私は、ドアのノブに手をかけて、『鍵を開けて』と念じた。私は使った事がないけど、メイド魔法に『開錠』の魔法があると言うことは先輩メイドから聞いたことがあるし、自分で使えるかどうか分からなかったけど、使おうとしなければ魔法って使えないって何かの本に書いてあったような気がする。まあ、ダメなら、ドアをけ破るだけだからいいんだけど。
カチャリ!
ドアの鍵が開けられる音がした。メイド魔法『解錠』を覚えた。
少しだけ開けて中を覗いたが、ドアの死角になってムモちゃんの様子が分からない。私は、大胆にドアを開いて、中の様子を伺う。ムモちゃんはベッドにいた。手足を赤い紐で縛られ、ベッドの四隅にある柱に結ばれている。顔には猿轡をされている。ムモちゃんは何も着ていない。傍に立っているブヨブヨに太った男も何も着ていない。男は、こちらに背中を向けているので、私が部屋に入ってきたことに気が付かないようだ。
その男は、ムモちゃんを平手でパチン、パチンと叩いている。ムモちゃん、いっぱい叩かれたのか、体中が真っ赤だ。目から大粒の涙が流れているが、男は叩くのをやめようとしない。
「エヘヘ。痛いか。痛いだろう。でも、もう少しすると気持ちよくなるからな。それからもっと気持ち良いことをしてあげるぞ。」
ムモちゃん、首を横に振ってイヤイヤをしているが、まったく許す素振りなどない。まあ、そうだろうな。私は、男の後頭部の付け根を手刀で思いっきり叩いて、軽く脳震盪を起こさせてやった。その場で、気を失い崩れ落ちる男を支え、音が出ないようにしておく。男をひっくり返し、顔が上を向くようにしておく。男の下半身は気持ちが悪いので、見ないようにしながら、男の口と鼻を抑える。膝で、男の上半身を抑えているので、苦しくても動くことが出来ないだろう。そのまま、3分、最初暴れようとしていた男も、2分位からおとなしくなり、3分経過したところで、身体がピクリとも動かなくなってしまった。胸に手を当てても心臓の鼓動が感じられない。念のため、あと5分、そのまま鼻と口を押え続けた。もう、いいかな。私は、男をうつぶせにしてから、そっと後ずさった。カーテンで手の涎を拭く。縛られているムモちゃんからは見えないようにしゃがみながら扉の方に向かった。本当は、手足の紐をほどいてあげたいのだが、今の状態の方がムモちゃんが疑われることがないと思い、そのままにしておいたのだ。
これでムモちゃんが助かったなんて思わないし、ムモちゃんがどうなるのかも知らない。でも、これ以上酷い目にあうことはないのかなと思う。私は、入って来た窓から外に飛び出し、そのまま塀を超えて孤児院に帰ることにした。あ、ついでに教会の2階で暮らしているシスター2名の首も切り落としておくことを忘れなかった。
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次の日の朝、食堂で朝食を取っているときに、いつも監視に来るシスターが来ないことを不審に思ったググが孤児院の事務室などを調べ回っていた。その間に、黒パンと水だけの貧しい朝食を食べ終えた私は、廊下にいたググにお別れの挨拶をした。
「お別れって、どうやってここから出るの?」
「裏から。」
「裏って、柵が囲んでいて、出られないよ。」
「大丈夫。」
私は、そういって裏庭に出た。ググも付いてくる。私は、昨日のように柵を飛び越えて外に出てしまう。ググが吃驚していたが、自分も外に出たいとは言わなかった。もし出たいのだったら、引っ張り上げてあげても良かったんだけど。
「これから、どこに行くの。」
柵越しに聞かれたので、
「ゴロタ帝国領。」
とだけ答えておいた。後は、後ろを振り向かずに街の西に向かう。もうググのことは気にならなくなっていた。
街の西門から出るのには、特に手続きはなかった。私のような小さな女の子が一人で外に出るのは珍しいのか、グール人の門番がじっと私を見ていたが、特に気にせずに外に出てしまった。外には、まだテントやバラックが続いていたが、そのまま街道をまっすぐに進んでいった。しばらく歩くと、周囲は草原と森だけになってしまった。時々、馬車や歩いている旅人とすれ違うが、追い抜く人はいない。私の歩く速度って、かなり早いようなので、馬車も中々追い抜けないのだろう。結局、その日の夕方、野宿をするまで、馬車に追い抜かれることはなかった。
そのまま歩き続けて、途中、村が2つほどあったが、旅館には止めて貰えないだろうから、村の近くの森の中で野宿をして夜を明かした。飲み物は、小川や泉の水を沸かして飲んでいたし、黒パン以外は、森や草原の獣を狩って料理していたので、特に問題はなかった。
ハンス市を出てから3日目、かなり歩いて、大きな森の近くまで来たとき、前方から何かと争うような音が聞こえてきた。私は、姿勢を低くし、街道脇の草地の中を進んで行く。気配を消しているので、気づかれることはないだろう。
現場には、乗車用の馬車が1台止まっており、馬車の前では、騎士ではなさそうだが鎧を付けた男の人達と、バラバラの鎧をつけている柄の悪そうな男達が戦っていた。私は初めて見るが、柄の悪い方が野盗という者達かもしれない。野盗たちと戦っているのは馬車にお付きの警護の人達なのだろう。しかし、野党は7~8人位いるのに、警護の者は4人しかおらず、そのうち1名はどこかやられたのか、蹲っている。あれ、向こうの木の上から1人の賊が弓矢で狙っている。あれで警護の者が1人でもやられたら圧倒的に不利になってしまうだろう。まあ、今でも3対8で不利なんですけど。私は、近くの石を幾つか拾って、弓矢を構えている男に投げつけた。うん、命中。落ちた時、嫌な音が聞こえたので、首の骨でも負ったのかも知れない。そんなことは構わず、続いて地上で戦っている奴らにも石を投げつける。狙いは眉毛の間だ。ここって確か急所だと思ったんだけど。本当は、警護の人の相手をしている体の大きい人を狙いたいんだけど、警護の人の背中が邪魔をしているので、狙いやすそうな人に当てることにした。まあ、真正面を向いていない場合は後頭部や耳の上あたりを狙っているんだけど、皆、確実に気を失ってしまうみたい。あれ、後頭部に当たったひと、頭から何かこぼれてきたみたい。少し、勢いがありすぎたかしら。結局、周りの4人は、その場で伸びてしまった。警護の人、チラッとこちらを見たけど、ゆっくり見ている暇はなかったみたい。
私は、ワザと姿を見せながら現場に近づいて行ったの。馬車の中から、女の人の声で、
「お嬢ちゃん、危ないわ。近づいたらダメよ。」
と叫んでいたけど、無視してドンドン近づいて行ったの。そうしたら案の定、野盗の一人が私を人質にしようとして近づいてきたわ。馬鹿ね、今、戦っている相手がいるのに、私を捕まえようとするなんて。私は、背中を見せて逃げ始めたの。なんか馬鹿な男の習性って、逃げると追いかけるんですって。それで追いかけるのに夢中になって、後ろからバッサリと切られてしまっているの。ふう、あと2人ね。
私は、そのまま走って回り込んで、野盗の人達を挟み撃ちにしてやった。もちろん、私の武器は石投げよ。だって、ソードで切ると血が噴き出してえぐいんだもん。一人の後頭部を狙ったんだけど、当たる寸前にこっちを見ようとしたもんだから、右耳の上にモロにあたってしまった。側頭部って結構弱いのよ。完全に石がめり込んでしまって、その場でズズーンと倒れてしまった。もう、3対1だもん。逃げるよね。普通。勿論、逃がさないけど。必死に逃げ出す野盗のおじさんの側まで近づいて足をかけてあげたの。あら、見事に転んで、2回転位していたわね。とどめは、警護の方の内でも一番強そうな人がやっていたわ。うん、助かってよかったね。私、野盗の人達の中で一番強そうな人の側に行ったの。さっき、耳の上に石がめり込んだ人ね。その人の懐の中を探ったら、案の定、ぎっしり詰まった財布を発見、即ゲットしたわ。もちろん、警護の人達も他の野盗にとどめを刺しながら、所持品を漁っていたわ。それって世界共通の常識なんだろうか。まあ、死んだ人にはお宝必要ないし。それから、一番最初にやっつけた弓手の所に言ったら、首が変な方向に曲がって死んでいたの。お金はたいして持っていなかったけど、弓と矢が10本程入っている矢筒をゲットしたの。よし、これでいいかな。
馬車の所に戻ると、女の人が馬車から降りてきていた。物凄く高そうなドレスを着ていて、金色の髪を手間をかけて結い上げている。間違いなくお貴族様ね。その女の人が、私を見て、手招きしている。私も一応、元メイドだから礼儀作法位知っているわ。貧相なワンピースしか着ていないけど、ちゃんとカーテシで挨拶をしたの。向こうがちょっと吃驚していたみたい。
「お嬢ちゃん、助けてくれてありがとう。お嬢ちゃん、強いのね。石を投げて大人の人をやっつけるなんて初めて見たわ。私はソニー、この先のブレナガン伯爵家の者よ。あなた、お名前は。」
「お貴族様に名乗るような名前ではありませんが、マロニーと申します。姓はありません。」
私の本当の名前は、マロニー・ユイット・ドラキュウラと言うんだけど、そのことは内緒にしておくわ。あ、ユイットというのは数字の『8』を意味すんだって。私がご主人様が作られた第一世代眷属メイドの8番目だから付けたらしいわ。
「お貴族様なんて辞めて下さい。あなたは、私達の命の恩人ですわ。幸いに犠牲は警護の者1名だけでしたのよ。」
あ、そう言えば、一人ケガをしていたっけ。振り返ってみると、一人の男の人が手当てを受けていた。鎧を脱がされていたが、お腹を横払いで切られてしまったようで、青色のポーションを何本もかけているが、傷が深くて塞がらないようだ。私は、傍まで行って、皆をどかせた。ちょっと嫌だったけど血だらけの傷口に手を当てて、『聖なる力』を流し込んでみたの。ピンク色の光が傷口を包んで、その光が青から白くなるまで手を当て続けたわ。最初のピンクの光は、身体の中の損傷した臓器を復元させる光。次の青い光は、傷口をふさぎ、出血を止める光。最後の白い光は、本人の体力と気力を回復させる光。失った血液を戻す力は私にはないので、それは我慢してもらう。
「あれ、俺、どうしたんだろう。」
意識不明だった若い男は、あたりをキョロキョロ見回している。この人も顔色が良くなった。頬がピンク色の若々しい肌になっている。私の癒しの力って、美顔効果があるのかしら。
警護隊長が、私の手を取って、深く頭を下げている。なんか、物凄く嫌。私の手って血まみれだし、その手を持って上下に振られても。
「水。」
「え?」
「お水、頂戴。」
「あ、水ね。おい、水を持ってこい。」
若い警護の人が馬車の所に走って、水を持って来てくれた。その水で、手を洗ってから、ワンピースのポケットの中のハンカチで拭いていると、さっきのお嬢様が傍まで来ていて、
「あなたは、戦士なの?それとも癒し手なの?」
と聞いてきたの。私は、ただの一言だけ返事をした。
「メイドです。」




