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第2部第186話 マロニーの冒険その4

少しずつ、マロニーの能力が明らかになっていきます。

(10月23日です。マロニー視点です。)

  店の中に入って、裏の狭い部屋に案内された。玄関を入った時の煌びやかな印象とは逆に、壁は薄汚れ、粗末な椅子と板を渡しただけのテーブルがあるだけだった。何かのスープの匂いが立ち込めているところから、きっと表に立っていた女達が食事をしたりする所なのだろう。


  冥界には、このような場所は有るには有るが、グールはグール、オーガはオーガと同種族同士で付き合うみたいで、多種族間の交接は禁忌とされているのだ。そして種族間の上下はないが居住区は歴然と分かれており、グールの街は、領主から下働きまで、全てグールだし、オーガの郷では、里長から森の見張り番まで、全てオーガだ。相互に交流はあるが、あくまでも商売上の付き合いだけに限られていた。バンパイアには、この種の商売は存在しない。低級のバンパイアは、血を貪るために異性を誘う事はあっても、真祖の眷属たる私達位になると、一生、生娘のままというのも珍しくないのだ。ご主人様が望まれれば、いつでもこの身体を投げ出す覚悟はあるが、この世に生を受けて80年、そのような事は一度たりともなかった。


  そのような考え事をしていたら、ジョーの大声でふと我に帰った。


  「オーイ、ママさん、ママさん。ちょっと来てくれ。」


  奥の扉が開いて、太った中年の魔人族の女が出て来た。この女が、この店の女主人なのだろう。ジョーが、その女にヒソヒソ耳打ちをしているが、私の聴覚はコウモリ並みだ。ハッキリと喋っていることが聞こえている。


  「ええ、どうだい。上玉だろ。今はあれだが、後、2年もしたら立派に使えるぜ。好き者には、このままでも高く売れるぜ。」


  「馬鹿お言いでないよ。こんなのを店に出したら、アタシが捕まってしまう。こんなんじゃ下働きにしか使えないよ。」


  「じゃあよ、将来の上玉ということで、銀貨15枚でどうよ。」


  「先のことなんかわかりゃあしないね。銀貨5枚だよ。これから飯だって食わせなきゃあならないし。それが嫌なら、連れて帰んな。」

 

  「しょうがねえな。分かったよ。じゃあ銀貨5枚な。」


  女は、懐から財布を出して銀貨5枚を男に渡していた。私は、男の手に銀貨が渡されたのを確認してから、椅子から立ち上がった。手には、ショートソードの抜き身を持っている。


  「おじさん、そのお金は私の紹介料でしょ。4枚は私が貰っておくわ。」


  そういうと同時に、男の首元にショートソードの刃を当てておく。男は、ギクリと硬直したが、直ぐに懐に手を入れようとした。私は、少しだけショートソードに力を入れると、男の首から血が噴き出して来た。頸動脈を少しだけ、本当に少しだけ切り裂いたのだ。


  「おじさん、これ以上動くと。、頭が離れてしまうよ。それでも良いの?」


  男は、びくりとも動かなくなった。あ、出血が酷そう。放っておくけど。ママと呼ばれた女は、小さな悲鳴を上げながら裏の扉から出ていった。私は、男の右手に握りしめられている銀貨の内、4枚を抜き出すと、ショートソードを男の首から離してあげた。


  「じゃあ、おじさん。私は帰るね。死にたくなかったら、追いかけない方が良いと思うんだけどね。」


  ピクリとも動かない男に、力一杯の笑顔を見せてからショートソードを鞘にしまい、そのまま異空間収納にしまってしまう。店を出てみると、見るからにチンピラ風の男達が3人、待ち構えていた。真ん中の男が、声をかけて来た。


  「お嬢ちゃんよう。銀貨4枚をただ取りは酷えなあ。お店に返してくれないかな。」


  「えー、私、お店からは何も貰っていないんですけどー!」


  可愛らしく答えてあげた。両手を顎の下に添えることも忘れずに。


  「ふ、ふざけるな。ジョーに銀貨5枚を渡したって、ママさんが言っているんだよ。」


  「へえ、それならジョーという人から取り返したら。お店の中にいるから。」


  小さな声で、『生きていればね。』と言ったが、店な中の生体反応から、一人、死にかけがいる。そいつがジョーなんだろう。まあ、普通、頸動脈を切られれば、それが僅かでも出血多量で死んでしまうだろうけど。


  私は、男達の脇をすり抜けて、街の方に向かう。脇の男は、私がどうやってすり抜けたのか分からなかったようだが。


  「待ちやがれ!」


  真ん中の男が、私のお下げ髪を掴もうとしたが、その瞬間、男の腕が曲がらない方向へ曲がってしまった。私が、男の腕を掴んで、ほんの少しだけ曲げてあげたのだ。


  「あ、間違えた。」


  私は、男の腕を払い除けようとしたんだから。それだけだから。信じてね。蹲る真ん中の男を見て、何が起きたか分からない他の男が、私に掴みかかろうとした。動きが遅いし、両腕を開いて隙だらけだ。私は、右手の人差し指と中指を伸ばしてブイの字にしたまま、男の鼻筋に沿って上に滑らせた。


    ズボッ!


  あ、いけない。両目に突き刺さってしまったみたい。ウエー、気持ち悪い。それを見た残りの男が、腰を抜かして這いずりながら逃げようとしていた。私は、腕を折られた男のそばに行き、


  「ねえ、おじさん。分かったでしょう。私、このお店からお金なんか受け取っていないんだから。それじゃあね。」


  私は、周りの野次馬の間を通り抜けて、街の中心街を目指した。







  こんな筈じゃあ無かった。街の中心部にあるホテル、1泊朝食付きで銀貨4枚の部屋を予約しようとしたんだけど、子供は一人で泊まれないからと断られてしまったの。お金だって、ちゃんと見せたのに。お金の問題じゃあないんだって。ホテルの信用問題だそうだ。


  ここよりも安そうなホテルを探しても、どこでも同じだった。ああ、本当は80歳だからと叫びたかったが、それも出来ずに、今日、寝る場所が完全に無くなってしまった。しょうがない。まず、夕食を食べよう。屋台で焼いたお肉をパンに挟んだ物と、緑色の飲み物を買って食べたら、800ピコだった。銀貨で払ったら、大銅貨9枚と銅貨20枚を返してくれた。銀貨1枚は、10000ピコで、1デリスっていうそうだ。


  そんな事はどうでも良いから、今日の寝るところをどうしようか?困った。焼肉サンドを食べながら途方に暮れていると、黒いロング服を着た女性2人がこちらを見ている。頭にも黒い布を被っているが、見たことのない服装だ。


  その女性2人は、私に近づくと声をかけて来た。


  「あなた、お一人ですか?」


  突然の質問に、さっきのジョーのことを思い出して黙っていると、さらに色々聞いてきた。『どこから来たのだ。』とか、『親は何処にいるのか。』とかだ。一体、私に何の用なんだ。


  私が、何も答えずにいると、私が喋れないのかと思ったらしく、突然、身振り手振りを始めた。ジェスチャーと共に言葉が出ているので、何を言いたいのか直ぐ分かった。


  「あなたはあ、私達とお、一緒、来る。分かりますかあ?」


  この人、ちょっと残念かも知れない。私が頷くと、ニッコリ笑って、私の手を取り引っ張って行こうとする。いや、普通に歩けますから。でも、私の手を離そうとしないので、仕方なく付いていく。10分位歩いて着いた所は教会だった。この二人は、ここのシスターと言う方達らしい。この教会は、世界を救った神を信じているらしいのだが、その神が、大魔王国を創造したものとされているそうだ。


  その神様の名前を聞いたら『名前を呼んではいけない者』ですって。それ、絶対に違うから。あの方は神ではあっても『大魔王』なんかではないわ。でも、ここで本当のことを言っても仕方がないので、黙っていることにしたの。


  礼拝堂の奥の祭壇には、真っ白なローブを着た聖人のような像が置かれていたけど、右手を差し出し、左手は本を抱えていたの。どうやら、あの像が『大魔王』なのだろうが、私が冥界の図書館で見たのとは全然違うわ。頭に角も生えていないし、コウモリのような翼もないし、これじゃあ普通の人間じゃあない。大体、頭の上の輪はなあに?あれって光輪?何か色々な神々が混じっているような気がするんですけど。


  シスターさん達は、礼拝堂の入り口で膝ま付いて手を合わせ、何やらブツブツ言ってから、礼拝堂の横にある扉の方に向かって行ったの。扉の向こうは長い廊下になっていて、礼拝堂の裏の方に行けるようになっている。近づいて行くと、子供達の声が聞こえて来た。大きな部屋があって、小さな机が並べられている。そこには子供達が大勢座っていて、何か本を読んだりノートに書いている。あ、ここは学校ね。見た感じ、皆10歳以下らしいけど、皆、レブナントやグールの子だった。魔人族の子は1人もいないみたい。


  シスターは、教室の脇の出入り口から外に出て、教会の裏手にある建物に案内してくれた。古びた木造2階建てであまり大きい建物じゃないみたい。建物の入り口の大きな木の扉には鍵がかかっているようで、ガチャガチャと鍵を差し込んで開けていた。建物の中は薄暗く、狭い廊下や階段には大勢の魔人族の子供達がいた。


  皆、一斉に私の方を見ている。何人かの大きな子が近づいて来た。


  「シスター様、その子、新しい子供ですか?」


  「ええ、種族は分からないけど、身寄りのない子なの。仲良くしなさいね。」


  「分かりました。君、名前は?」


  「マロニー。」


  私が、初めて声を出したので、シスターたちは吃驚していた。


  「マロニーちゃんか?君、魔人族?角はどうしたの?」


  「私は、魔人族じゃあない。人間。人間の子なの。」


  「よく分からないけど、ここにいれば安心だよ。ちゃんとパンも食べられるし。」


  「それじゃあググ、頼んだわね。」


  「はい、シスター。神の加護が有りますように。」


  ググは、両手を合わせてシスターに一礼すると、私に施設の中を案内してくれた。シスター達は、私の方をチラチラ見ながら出て行ったけど、外に出てから鍵をかける音がしていた。この建物は、1日中、鍵を掛けられているのだろうか?


  建物の中は簡単だった。食堂とトイレ、シャワー室が1階で、2階が寝室だった。寝室は大きめの部屋が2つで、男女別になっていた。裏手は、狭い運動広場で鉄の柵で囲われていて、表には出られないようになっていた。建物の窓には、鉄格子がはめられていて、窓からも外に出られないようになっている。


  「ここ、なあに?」


  「え?知らないの?僕達のような孤児の魔人族を助けてくれているんだ。シスター達は、『神の家』って呼んでいらっしゃるんだけど。でも、僕、まだ神様に会った事ないんだよね。ここにいれば、毎日、2回、ちゃんとパンが食べられるんだよ。」


  「みんな廊下で何やっているの。」


  「うん、お勉強。本を読める子が、小さい子に読んであげているんだ。」


  「机やノートは?」


  「何言っているんだ。それはグール人様やレブナント様しか使っちゃいけないんだよ。あの本だって、心優しいグール人様から頂いたものだし。」


  さっき、読んでいる本を見たけど、あれって教科書?それも低学年用の。きっと使い古しだわ。


  「ここって、いつまでいられるの。」


  12歳になると外で働けるんだって。それまでに里親が見つからないと、シスターが働き口を見つけてくれるんだ。でも女の子は、直ぐ見つかるんだけど、男の子は中々見つからなくって。僕なんか、もう直ぐ13歳になってしまうんだよ。」


  どうやら、ここでは魔人族の子達に職業斡旋をしているらしい。でも、なんか怪しい。まあ、今日、一晩泊まったら逃げ出せばいいんだから。


  夕食は、1階の食堂で食べたんだけど、黒パンと具が少ししか入っていないスープだけだった。これでは絶対に足りないと思うのだが、子供たちは、食事の前に感謝の祈りをささげてから、食べていた。でも、この食堂、狭すぎるんですけど。どう見ても80人位はいるのに、大きな子達は、小さな子達が食べ終わるのを待っているみたい。食事中に昼間のシスターが食堂に入って来た。あれ、後ろにいる人って、今日のお昼に娼館であった『ママさん』って呼ばれていた女じゃない。偉そうに立っているけど。シスターが大きな声で話し始めた。


  「みんな、静かに。今日は、お仕事を世話してくれる人を連れてきました。グレンドリアさんです。これから、呼ばれる子はここに来て。」


  「サザ、メメ、ムモ。前に出て。」


  皆、12歳位の女の子だ。何か喜んでいるみたいだ。前に出て、期待に目を輝かせているみたい。ママさん、一番小さな子を選んでいた。


  「その子、ムモって言うんですが、すこし小さいような気がします。宜しいんですか?」


  「依頼者が、小さい子が欲しいって言っていたんだよ。この子が良いね。」


  どうやら、どこかの大商人かお貴族様が欲しがっているみたい。まあ、小間使いとかメイド見習いではないのは間違いないだろう。でも、そのムモって子、飛び上がって喜んでいる。シスターから包みを渡されている。


  「食事が終わったら、これに着替えてきなさい。私達は応接室にいますから。」


  シスターが食堂から出て行った。サザとメメとよばれた子が残念がっている。まあ、この子達の将来は、皆、似たようなものだと思うけど。ググが、ため息をついている。


  「いいなあ、女の子は。仕事が見つかって。」


  「ググさん、あのグレンドリアさん、魔人族スラムにある娼館のママだよ。」


  「あ、知ってんだ。そんなこと、ここの子達はみんな知っているよ。でも、きちんと働けるんだもん。うらやましいよ。僕の知っている子なんか、小さい時から外で客を引いていたからね。それに比べればお貴族様や商人様の囲い者になるのって、とても幸せだよ。娼館だって、きちんとご飯を食べさせてくれるんだもん。街の立ちんぼよりはずっとましさ。」


  私は、それを聞いて何も言えなくなってしまった。小さな女の子が身体を売らなければ生きていけないこの世界では、より良い条件で売れるなら喜ぶべきことなのだろう。冥界では、生きていくために体を売るのではなく、趣味と実益を兼ねての労働という側面があり、もともとグールやレブナントなどはアンデッドなのだから、餓死など存在しない世界なのだから。


  「それよりも、マロニーちゃん、どうしてここに来たの。人間族ってどこにいるの。」


  私は黙っていた。まさかホテルに泊まれないからここに来たとは言えない。それに人間族ってどこにいるんだろう。ここは魔界。人間界でないのに人間族っているのかな。そういえば冥界では元人間族っていっぱいいるけど、人間族そのものは1人もいないみたい。先輩メイドから、ここは『瘴気』が強いから、生きた人間は来れないんだって教わったことがあったな。


  しばらくしたら、ムモと言う女の子、ピンクのメイド服を来て、あの女に連れていかれた。あの子がどうなるか気になるけど、どうしようかな。

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