第2部第185話 マロニーの冒険その3
(10月25日です。マロニー視点が続きます。)
40頭の狼を相手にして確定勝利を得るためには80名以上の戦力がひつようなのだが、現戦力は30名程しかいない。荷馬車の御者さん2名は戦力外だろうし。しかし、飢えた狼を相手に円陣を組んでの持久戦では、絶対に勝ち抜けないだろうし、ここはボス狼が倒された今、少しでも脅威を感じさせて、相手に撤退させることが勝利条件となるであろう。そう考えたグラナダさんが、楔形隊形で前進を始めたのも理がある者と思われた。しかし、そこには大事なことが見落とされていた。荷馬車の存在である。防護人員がいなくなった荷馬車は無力であり、そのことを見逃さない狼たちは、何頭かがこちらに向かってきていた。それに気が付いたグラナダさんだが、対応している余裕などなかった。
「マロニーちゃん、逃げて!」
グラナダさんが、大声で叫ぶ。御者さんが、荷馬車を引いている馬に鞭を当てる。しかし間が悪いことに、狼におびえた馬たちが勝手に動き出さないように、馬車の車輪には車止めが噛ませられていた。そのため、すぐに動き出すことが出来ないでいた。
冥界では、メイドとしての練習はしたけど、戦闘訓練などした事はなかった。私は、初めてショートソードを正面に構え、『もっと速く、もっと強く』と念じた。そう思っただけ身体が強化される様な気がしたのだ。私の身体が青白く光る。力が満ちてくる。そのとき、先頭の狼が私に襲い掛かろうとジャンプした。私の頭に、狼の牙が触れようとした瞬間、狼の身体は頭蓋骨から骨盤にかけて真っ二つになっていた。噴き出す血飛沫を避けて、次の狼まで飛んでいき、着地とともに首筋を切り開いた。ボトリと言う音ともに落ちた首に見向きもせずに、直ぐ傍の狼の心臓にショートソードを突き刺した。『キャイーン!』という鳴き声とともに絶命した狼にかまわずに、すぐにショートソードを抜いて、次の狼の前まで走り寄る。狼が、牙を剥きだして襲い掛かろうとするが、遅い、遅すぎる。私は、狼の右前足と右後ろ脚を関節の所から切り落として行動不能にするとともに、次の狼に向かっていく。危険を察知した狼が踵を返して逃げようとするが、振り向く暇もなく首を切り落としておく。頭のなくなった狼の首から血が吹き出ているが、構わずに、前方で乱戦になっている狼の方に向かうことにした。
私が接近していくと、狼たちは、急におびえた様子を見せ始めた。私は、子供の姿をしているが、高位バンパイアだ。狼など使徒となることはあっても敵になることはない。私から漏れ出る気配が狼たちの恐怖を呼び起こしているのだろう。狼たちが、尻尾を脚の間に挟んで、ジリジリと後退を始める。私が、ショートソードを振りかぶって攻撃の姿勢を見せた瞬間、狼たちは脱兎のごとく逃げ出した。残ったのは騎士さん達に殺されたり、戦闘能力を奪われた10頭ばかりの狼たちだった。私は、空間収納から鞘を出して、血まみれのショートソードを納め、直ぐに空間収納にしまっておいた。
戦闘後、生き残っている狼たちに騎士さん達がとどめを刺していたが、騎士さん達の被害も少なくなかった。一番最初に襲われた斥候の方は、残念ながら絶命していた。あと、狼に喉元をかみつかれ瀕死の重傷者が3名、命に別状はないが、かなりの傷を負っている騎士さん達が9名程いた。残りの騎士さん達は、軽傷なようで、回復ポーションを飲んだり傷口にかけて治療していた。グラナダさんは、幸いなことにケガはしていないようだった。
私は、重傷の騎士さんのそばに近づいていく。喉を食い破られて出血がひどい。あと、顔もかみつかれて唇と鼻がなくなっていた。私は、まず、騎士さんの喉の傷に右手を当てた。ご主人様から与えられた『聖なる力』を注ぎ込む。『治って、治って。』と祈り続ける。私の右手が赤白く光っている。傷口が塞がるイメージを持ち続けて祈っていると、ようやく傷口が塞がって治り始めた。うん、ここはもう大丈夫だろう。続けて、欠損した鼻と口に手を当てる。こちらも欠損したお肉が盛り上がってきて、最後は皮膚を形成して完治してくれた。騎士さんは、安らかな顔つきで眠っている。今まで、苦しんでいたことが嘘のようだ。
私は、残りの2人も含めて11名全員の傷を治してあげた。さすがご主人様から頂いた力だけの事はある。全員、傷一つない状態まで治癒してあげた。但し、血液だけは生成できないので、後は栄養のあるもの、特に鳥や獣の肝臓を食べて元気になってもらおう。
それよりも、12名の方々が、皆、血色が良くなったと言うか肌がピンク色になってしまったの。あの、グールさん特有の土気色の肌が健康そうな肌色なんだもん。何故かしら。
続いて、軽傷の皆さんには一箇所に集まって貰い、全体に治癒のイメージを掛けてあげる。『聖なる力』とは違う力で大きなピンク色のドームが皆を包んだ後、ドームが収束した時には全ての傷が消失していた。これが聖魔法の『エリアヒール』だったとは知らなかったんだけど。
グラナダさんが私の手を取って、目に涙を浮かべながら
「ありがとう、ありがとう。」
と言い続けていた。私としては大した事をしたつもりも無いし、まあ、一人の騎士さんが犠牲になったけど、それだけで済んだのは奇跡みたいなものだと誰もが納得しているみたい。私としては、騎士さん達にもうちょっと強くなって貰いたいんだけど、この世界で半人間みたいな中途半端な存在なのが弱い原因かも知れない。
死んだ騎士団の遺体は、荷馬車の荷台にスペースを作って安置し、殺した狼達は毛皮を剥いだ後、穴を掘って埋めておいた。放っておくとゾンビになってしまうかも知れないからだ。当然、私は何もせずにブラブラしていた。
グラナダさんは、私がどこから来たのかよほど気になるらしいが、勿論、はっきりと答える訳には行かない。一番最初に私が石を投げてボス狼をやっつけた事は、御者さんしか知らないし、ショートソードで狼達を殲滅した事も、グラナダさん達の向いている方向とは反対の位置だったので、それほど見られていなかっただろう。まあ、見られて大して気にならないが。人間界に行った事は無いが、冥界ではメイドとしての力程度しか持っていないし、先輩メイド達に虐められて泣いている弱虫メイドだったので、自分が強いなどとは全然思っていなかった。
その日、遅くなってから、今日の宿泊先である村に到着したが、宿で食事中、グラナダさんにこれからのことについて聞かれた。自分としては、ゴロタ帝国に行って冒険者になりたいって言ったら、冒険者って何か聞かれてしまった。どうやら、この世界には冒険者は存在しないらしいのだ。私は、冒険者について、魔物を討伐したり、旅の護衛をしたりと、本で学んだ事を話して聞かせたが、イマイチ理解されなかったようだ。この世界では、魔物を討伐するのは騎士の重要な役割であり、そのために騎士達は日々鍛錬を重ねているそうだ。
グラナダさんは、それよりも私の『癒しの力』に興味があるようで、私のような強力な癒し手は初めてだそうだ。どこで修行したかと聞かれたが、特に修行したわけではないし、自然に覚えたものだと答えておいた。この世界に来るために、『闇の力』と交換して手に入れたなどとは口が裂けても言えない事だった。
ハンス市に行った後はどうするのか聞かれたので、ゴロタ帝国の領都であるハイ・ボラード市を目指すと言っておいた。とにかく、この国にいてはゴロタという男との接点は無いし、会えるチャンスが皆無な事は間違いない。そのため、ゴロタ帝国の領都に行ってゴロタに直接面会を求めれば何とかなるかも知れない。
グラナダさんは、出来ればこの国の騎士団に入ってくれないかと言ってきた。今は無理でも、『癒し手』としての実力は本物だし、15歳になれば正規の団員として処遇できるからと言うのだ。私は、『考えておきます。』とハッキリした答えはしないでおいた。何となく、それが良いと感じたからだ。お城では、先輩メイド達からいつも『貴女は、本当にハッキリしない人ね。』と叱られていたのを思い出された。
ハンス市で騎士団の人達と別れ、さあ今日はこの街のホテルに泊まろうと思って、ハタと気が付いた。ホテルに泊まるためのお金を持っていなかった。ご主人様もそこまでは考えていなかったようだ。今の季節、野宿でも大丈夫だが、たまにはホテルに泊まってお風呂に入ったりシャワーを浴びてみたいし。と言って、10歳の子にお金を稼ぐ手当てなどある訳もない。
仕方がないので、街の中をブラブラして見たが、どこにも泊まれそうな所が見つからなかった。街の西外れの寂しげな所まで来た時、男の声で後ろから声を掛けられた。
「お嬢ちゃん、どこへ行くのかな?」
振り向くと、どちらかと言うと薄汚れて下品そうな魔人族の男の人が立っていた。この男が何を企んでいるか分からないが、明らかに『負』のオーラを発散しているので、何かしらの犯罪を企図しているのだろう。
「え?どこって?何処に行けば良いのか分からないんですけどー。」
と、可愛らしく答えておく。ここでツンツンしてもしょうがない。上手く行けば、今日の宿くらい何とかなるかも知れない。男は、ニヤリと黄色い歯を剥き出しにして笑い、
「そうかい。そうかい。じゃあ、おじさんが良いとこに連れて行ってあげるぜ。」
「えー?何処に行くの?マロニー怖いんですけど。」
この『ぶりっ子モード』も先輩メイドの真似だ。ぶりっ子からツンデレまで色々なタイプの先輩がいて、ご主人様や冥王様のお相手になるべく努力している先輩達を見て覚えたものだ。その男は、目尻から目が溢れのでは無いかと思えるほど垂れ下がった目で私を見ながら、
「そうか、そうか。腹も減っているだろう。上手い物も食わせてやるぜ。」
「えー、どうしようかな?知らない人について行くと、ご主人様に叱られるしー!」
「え、お前、お貴族様の何かかい?」
「違いますよお。ご主人様は、ご主人様ですよお。」
本当は、冥王様に次ぐナンバー2なのだが、正直に答える必要などない。私の狙いは、人気のないところに行って、この男から今日の宿泊代を巻き上げる事だ。男は、自分の後をついてくるように言って、先に歩き出した。向かった先は、汚い建物が密集して経っている場所で、真っ赤な布が玄関先にぶら下がっている場所だった。何の建物か知らないが、魔人族の女達が短いスカートや、腰までスリットの入ったスカートを履いて気だるそうに立っていた。
「ジョー、その子は何だい。余り小さいとパクられるよ。」
少し年配の女が声をかけてくる。あれ、ちょっと予想と違っちゃった。本当は、人気のない所でコイツの持ち金から幾らかを巻き上げるつもりだったけど、こんなに人が多いとそう言う訳にも行かないだろう。歩きながら、どうしようか考えていたら、ある店の前に着いた。やはり、玄関先には赤い大きな布が掛けられていて、ドアを開けても中が見えないようになっている。建物の壁は、ピンク色の漆喰で塗られており、店の中からは化粧と何かの混じった変な匂いがしていた。店の前には、さっきと似たような女が3人立っており、ジョーと呼ばれた男を毛虫でも見るような目で見下ろしていた。
「入るぜ。」
ジョーは、そう言って、私の背中に手を添えながら、店の扉を開けていった。




