第2部第183話 マロニーの冒険その1
マロニー編が始まります。ゴロタはその内出て来ます。多分。
(10月15日です。)
マロニーは、ずっと歩き続けた。もう、この世界に来てから3日目だ。その間、誰にも会わない。生きているものは、あの平べったい虫、冥界の図鑑では『蠍』と書いてあったけ、それとクネクネガラガラうるさい蛇だけだった。蛇は、冥界でも料理の一品だったので、見ただけで分かった。筋っぽいので、あまり好きでなかったが、腐りかけた魔物の肉よりは新鮮な蛇の方が良いかと思い、すぐに踏み潰して夕飯にすることにした。踏み潰した後、まだ死んでいなかったのかマロニーの腕を噛んだが、右腕に二つの穴が開いただけで、特に何もなくすぐに穴は塞がってしまった。
3日目の夕方、小高い丘に登ると、ようやく前方に草原が見えてきた。草原があると言うことは、きっと誰かがいるのだろう。でも人の気配は感じられなかった。マロニーは丘を下りて、そのまま草原の方に向かっていく。草原の先に、少しばかりの林が見える。林に近づいてみると、きれいな花が咲いている。真っ赤な色で、細い花弁がいくつもある花だ。マロニーにとっては、初めて見る本物の花だった。食べられるかと思って口に入れたら、苦かったので直ぐに吐き出した。林の奥には、開けたところがあり、そこには小さな泉があった。傍には、平らな石をくみ上げたようなテーブルもある。マロニーは、泉に近づく。きれいな泉だ。この世界で初めて見る水だった。もう3日もまともな水を飲んでいない。喉が渇くと手のひらを絞って水を出して舐めていた。コップ一杯位の水をイメージしても、舐めるくらいの水しか出てこなかったのだ。
マロニーは夢中になって水を飲んでから、着ていたメイド服を脱ぎ始めた。考えてみれば、この世界に来てから風呂もシャワーもない生活だった。体が匂うような気がしていたのだ。シャンプーもトリートメントもないが、水洗いだけでも我慢できる気がした。下着は、ユルユルのパンティだけだ。ブラジャーは、ブカブカだったので、この世界に転移してから捨ててしまった。真っ白なストッキングとパンティ、それに上着の中に来ている下着のシャツを水洗いして木の枝に干しておいた。全てサイズが合っていなかったがしょうがない。メイド服は、とりあえず水の中でジャブジャブ流してから、広げて干すことにした。あちらの世界では、みんなのメイド服を夜遅くまでアイロンがけしていたことを思い出す。
すこし肌寒くなってきたので、枯れ木を集めて火を付ける。相変わらずしょぼい火しか出ないが、枯れ木の下に敷いた葉っぱに火を付けるのには十分だ。何か食べるものはないかと思って周りを見渡すと、木の上にフクロウが止まっていた。こちらをじっと見ている。マロニーは、付近に落ちている小石を拾って投げつけた。それほど力を入れていなかったし、狙ってもいなかったが、一直線に投げられた小石は、見事にフクロウの胸にあたって、フクロウは何もできずに木から転落した。
すぐに落ちたフクロウの所に行き、首を持って持ち上げた。フクロウは、しきりに鋭い嘴と鋭利な爪で、マロニーの腕を攻撃するが、気にすることも無く、マロニーはフクロウの首をねじ切ってしまった。そのままフクロウを逆さ吊りにして血抜きをし、羽をむしり始める。あらかたむしり終わったら、皮に残っている羽の根をファイアで焼き尽くしていった。後は、焚火であぶってから美味しくいただくだけだ。
待っている間に、下着が乾いたようなので、身に付けておく。さすがに素っ裸のままだとレディとしてまずいかと思ったのだ。まあ、誰もいないから構わないのだが、身体は10歳児のようだが、心は80歳なのだから。知っている世界は冥界の一部とお城の中の事しか知らないが、それでも恥じらい位はある。下着もつけないままで動き回るのは淑女にあるまじき行為だと教わった気がする。
次の日、土を盛り上げてコンロを作り、その辺の土から固めた鍋に水をはって掛けてから、フクロウの骨や内臓を煮込んでいく。マロニーにとっては、こんな物が出来ないかなとイメージしたら、土がムクムクと動いて形になったのだが、メイド魔法しか知らないマロニーは、それが『土魔法』だと言う事を知らなかった。
鍋の中は、濃厚なスープになったが、ちっとも旨くない。当たり前である。調味料がないから、美味いはずがないのだ。しかし、そんなことは気にせずに、熱いスープを飲んでいく。食事が終わったら、コンロや鍋はそのまま放っておいて泉のほとりを出発した。行き先はわからないが、この泉からは太陽の方向に直角になるような角度で道が続いていた。今は朝だけど、太陽に向かって右側の道を進むことにした。理由は分からない。まあ、進んでいけば何かがあるだろう。
お昼過ぎに、嫌な匂いがしてくる。死肉の匂いだ。かなり強烈だ。道をドンドン進んでいくと、その匂いの原因が分かった。村だ。というか、元村だ。その中から死臭が漂ってくる。中には、燃えて炭になってしまった家もある。村の中央にあるのは教会だろうか。玄関ドアが壊れている。中に入ってみると、何人かの子供だろうか、皆、肉のかけらとなっていた。中には、内臓だけ食いちぎられている女の子もいた。
マロニーは、教会の裏手に行ってみる。そこは、大きな家になっていたが、中には小さな死体がいっぱいだった。この家は、小さな子供が暮らす家だったのだろうか。マロニーは、その家の裏手に干されていた服の中から自分に合いそうなサイズの下着とシャツを探した。今、履いているパンツは少し大きくて歩くたびにずり落ちそうになってしまうのだ。あと、ズボンと靴下、それと靴を探してみる。男の子用の服はあったが、靴は、どこにもなかった。仕方がないので、死んでいる男の子から合いそうな靴を外して履き替えることにした。今、着ているブカブカのメイド服や下着と靴は捨てることにした。
最後に武器を探す。この家の中には、料理用のナイフしかなかった。マロニーは、そのナイフを見つけて、試しにその辺の柱に切り付けたところ、すぐにグニャリと曲がってしまった。これでは役に立たない。その家を出てから、隣の大きな屋敷に入ってみる。そこは、かなり立派な造りで家財道具などもそれなりに豪華なものだった。中には誰もいなかった。というか死体もなかった。逃げたのか、外で戦って殺されたのだろう。武器を探したら、奥の部屋にショートソードが飾られていた。銀色の刃体には錆一つなく、拵えも立派そうだった。長さも、マロニーが振るのにちょうど良いサイズだ。
奥の台所に行ってみると、いろいろな食器や調理用具とともに、塩や砂糖、胡椒などの調味料が入っている壺があった。マロニーは、これからの旅に必要と思われる物を物色してみると結構な量になってしまった。これらを入れる袋がないかと探したけれど、適当な袋が見つからない。仕方がないので、そのまま空間収納に仕舞うことにした。ティーセットや掃除用具を常に持ち歩くのはメイドの嗜みだ。空間収納は、冥界で唯一覚えさせられたメイド魔法だ。まあ魔法と言っても呪文も使わないし。
右手で何もない空間に扉があるつもりで、その扉を開ける動作をすると、何もない空間に黒い切れ目が入った。そこに、今、集めた物を次々と入れていく。全部入れ終わってから、見えない扉を閉めると、黒い穴が塞がってくれる。いつも思うのだが、とっても便利だ。ショートソードは用心のために持っておくことにした。
今日は、ここに泊まることにして、ほかの家もいろいろ探し回ることにした。ところどころに転がっている腐乱死体は気にしないことにした。村の鍛冶屋では、切れ味の良さそうなナイフを見つけたので、回収したし、肉屋では冷凍庫に格納されている肉を大量にゲットできた。何の肉か分からなかったが、きっと人間が普通に食べる肉なのだろうと思い、凍ったまま空間収納にしまう事にした。空間収納は、温かいものは温かいままに、冷たいものは冷たいままに保管できる便利なメイド魔法だった。
それから、八百屋に行っていろいろな野菜と果物を集めたが、マロニーが探しているものがなかなか見つからなかった。マロニーが探しているものはパンだった。冥界では、毎日、焼き立てのパンを食べていたのだが、ここではパンは食べないのだろうか。
いくつかの家では、食べ残しの固くなった黒パンを見つけたが、マロニーの探しているのは、真っ白なフワフワのパンだ。あらかた探し回っても見つからなかったので、この村が襲われたのは、きっと次のパンを焼く前の時間だったのだろうとあきらめることにした。この日、マロニーは村のお屋敷の風呂にゆっくり入り、石鹸で体の隅々まで綺麗にすることが出来た。
次の日、マロニーは屋敷の外から聞こえる大勢の人達の声で目覚めてしまった。男性の声に交じって女性の声も聞こえる。マロニーは、身支度を整えて、ショートソードを抜いて、屋敷の外に出てみた。鞘は空間収納にしまっておいた。そこには、人間族にしては血色の悪そうな人達がいた。皆、銀色に輝く鎧を付けているが、兜は被っていなかった。
「生存者を探せ、もしかしたらいるかもしれない。死体は、村の外に集めろ。後で、燃やさなければならないのだ。」
一人の女性が大声を張り上げている。きれいな金髪の人だ。顔色が悪いのは皆と同じだった。彼女だけ、皆とは違って飾りの多い鎧を着ているので、きっと高位の騎士さんなのだろう。マロニーは、その女性騎士の方に近づいて行った。その女性騎士もマロニーの事に気が付いたのだろう。ハッとした顔をして、大声で叫んだ。
「おい、生存者がいたぞ。子供だ。子供が生きていたぞ。」
しかし、その女性騎士さん、何かに気が付いたのか言葉を飲んでしまった。
「お、お前は人間族か?ここは人間族の村だったのか?」
マロニーは、人間族と言われたことに奇異感を覚えた。まさか人間族が珍しいのだろうか。
「おまえ、いえ、お姉さんは騎士様ですか。」
マロニーにとっては、はるかに年下だが、見た目上はマロニーの方が下なのだろうから、相手を『お姉さん』と呼ぶことにしたのだ。
「お嬢ちゃん、安心していいよ。もう、魔物はいなくなったから。それより、お嬢ちゃんはこの村の子なの?」
「ううん、あっちから来たの。」
マロニーは、荒野の方向を示した。
「え、荒野から?荒野って『人間族』がいるの?聞いたことないけど。まあ、そんなことより、お嬢ちゃん、よく無事だったね。」
「うん、ここに来た時、みんな死んでたの。私、昨日、この村に来たの。」
「そう、そうか。よかったね。もう少し早く来ていれば魔物にやられていたかも知れないのに。でももう安心だよ。お嬢ちゃん、私達は、明日、南にある街に戻るから、それまで一緒に居ようね。」
マロニーは、黙って頷くだけだった。
マロニーちゃんは、単なるメイドでしたが、人間界に来てから、とても苦労するようです。




