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第2部第182話 第二次神魔戦争その13

(10月17日です。)

  『名前を呼んではいけない男』と呼ばれている冥界の王『ルシファー』は、つまらなそうに大きな欠伸をしていた。ここは冥界の奥にある冥界王の居城『暗闇城』の玉座の間である。傍には、どう見ても15歳程度の美少女が8人ほど並んでいる。肌の色も髪の毛の色も違うのだが、誰が見ても美少女であるという点では一致している。ただし、みな、目の光彩が怪しく深紅に光っているところが、普通の少女とは違うところだろう。


  男の前には、多くの貴族達が並んでいた。貴族筆頭は、バンパイアの王である『真祖ドラキュウラ』であった。彼の名をルーヴラド・フォン・ドラキュウラと言い、この世界でたった二人の公爵を叙爵されている者のうちの一人である。公爵位のもう一人は、『デーモン・エンペラー』の男だ。ドラキュウラ公爵の下座に立っているがデーモンの中では最高位の男だ。ドラキュウラ公爵は、黒のタキシードに真っ白なシャツとネッカチーフ、黒く艶のある髪は、後ろにきれいに撫でつけられている。手には、禍々しさを振りまいている髑髏の形の魔石を付けたステッキを小脇に抱えていた。他のバンパイアやデーモン達も、侯爵級や伯爵級であり、玉座の間の入り口付近には冥界王に即答がゆるされていないが、それでも高位な爵位を得ているアンデッドやゴースト達が立ち並んでいた。


  「ああ、どないなっとんのや。今度の戦争は、あいつの力を試そうと思っていたんやけど、訳の分からない武器にやられてしもうたわ。」


  冥王の嘆きに対して、一人の高位バンパイアが発言した。彼は冥界軍の最高指揮官であり、侯爵を賜っているバンパイア・ジェネラルだ。彼だけは、ほかのバンパイアやデーモンと異なり、黒の軍服を着ている。真っ赤なマントが印象的だ。見た目は20歳位の好青年なのは。


  「恐れながら申し上げます。かの者が率いている軍隊は、どのような軍隊なのでしょうか。我々の知らない武器を使い、あの地龍の成体をことごとく殲滅するなど考えれないのですが。」


  「わてかて知らんがな。あいつがこの世界に現れてから突然出てきた武器なんや。特に、あの空飛ぶ馬車、と言うか翼?あいつのせいで、一瞬であれだけの魔物が蹴散らかされたんやで。これ以上、どうやって戦うと言うんや。」


  「それに、あんたらは知らないか知らんけど、あのゴロタと言う男、かつて、『災厄の神』達を何人やっつけてしまったか。真の大魔王でっせ。あんなのと戦争などしてみなはれ。この世界なんか、消し飛んでしまいますわ。」


  皆、黙り込んでしまった。冥界の王がそう言うほどの男だ。自分たちなどでは相手になるわけがないと分かっているからだ。しかし、それでは手を打つことなどできないのか。皆、いろいろと手段を考えているとき、貴族筆頭のドラキュウラ公爵が発言した。


  「至高の御方に申し上げます。かの者を亡き者若しくは排除することが出来ないにしても、今、何をしているのかの情報入手は大切かと思います。さすれば、かの者の目の届かないところで我が勢力を伸ばすことも可能かと。聞くところによれば、かの者は無類の幼女好きと言われております。我が眷属のうちから1名選んで、かの者のもとに送り込まれてはいかがでしょうか。」


  これを聞いた他の高位貴族達は、『おお!』と感嘆の声を上げた。今、考えられる最善の対抗策に思えたのだ。


  「ふむ、あいつの所には『アスモデウス』がおるんやが、あいつから逃げ回っているばかりだし、もう正体がばれているみたいなんや。よっしゃ、えーと、マロニー、あんたはん、これからあいつの所に行ってや。うん、見た目は、そうやなもうちょっと若くなってや。」


  言われたマロニーなる吸血鬼は、冥界の王の玉座の傍らに居並んでいるメイド達の中で一番末席に立っていた少女だ。少女は、静かに膝を曲げて会釈をすると前に一歩進み出た。ドラキュウラが髑髏の杖を差し伸ばすと、黒い闇の光がマロニーを包み込む。しばらくして、光が消し去ると、そこには見た目10歳位の美少女が立っていた。わずかばかりに膨らんでいた胸もなくなり、ダブダブのメイド服は、肩から滑り落ちそうだった。髪の色は銀色に近い金色で、目は限りなく透明に近い水色、肌の色は極めて白いが、病的でもなく、ほんのりとピンクがかった頬は彼女が極めて健康であることを物語っていた。


  マロニーが控えの間に下がったところで、今日の玉座の間の会合は終わりとなった。





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  メイド溜りに下がったマロニーは、先輩たちの帰ってくるまでの間に、この部屋に置いてある自分の私物を片付けて空間収納にしまっていた。もう、この部屋に戻ってくることはないかも知れない。何も未練はなかった。一番後輩のマロニーは、皆のパシリをさせられていた。この広い部屋を掃除するのもマロニーの仕事だ。


  さすがに顔に傷がつくような暴行は受けなかったが、言葉の暴力は日常茶飯事だった。それに食事も、いつも一番最後のため、固くなったパンと水しかないこともしょっちゅうだ。たまに、本当にたまに出てくる人間族の血だって、皆にはコップ1杯はあるのに、マロニーには何も入っていないコップが置かれているだけだ。底に微かに血糊が乾いていてこびりついているので、それを指先で拭いて舐めるのが唯一の楽しみだった。


  荷物を片付けていると、ドラキュウラ様の筆頭執事の方が自分を呼んでいた。部屋を出てみると、付いてくるように言われたので、黙ってついていくと、ドラキュウラ様の執務室に案内された。大きすぎるメイド服が脱げそうになってしまうが、胸に手を当てて、脱げ落ちないようにしながら入って行った。ドラキュウラ様が機嫌良さそうに話しかけてきた。


  「おめでとう、マロニー。あの方に選ばれるなんて、なんて光栄なんだろう。これで、お前も一人前のバンパイアになれるかも知れないね。わからないけど。」


  マロニーには、一人前のバンパイアと今の自分のどこが違うのか分からないが、あの7人の先輩メイド達に意地悪されないのならば、一人前になるのも悪くないと思ってしまう。


  「はい、ありがとうございます。これも全て、ご主人様のお陰でございます。」


  「ふむ、それはそうとして、お前の貧弱な服をどうしようかな。いや待てよ。お前が、あの国で、どうやって彼奴に近づくか考えなければな。うん、少し考えよう。」


  沈黙が流れる。マロニーも、黙って自分の主を見つめている。この主は、自分を作り上げた男だが、見た目は20歳位のイケメンなのに、目は凍るように冷たい感じがしていたし、じっと見られていると体が震えだして我慢できなくなる。恐怖の大王、それがこの男に付けられた二つ名だ。もう500年以上、いや1000年以上生き続けていると言われている。この男にとっては、自分などは、小指の爪の先に付着した土くれ以下の存在でしかないだろう。


  「よし、お前はあの世界で冒険者になれ。それで魔物に襲われる。もちろん、あの男に助けてもらう様にするんだぞ。あの男の妻になるのも良いが、とにかく、あの男のそばから離れるな。分かったな。」


  この時、ドラキュウラ公爵は重要な事を見逃していた。10歳では冒険者になれないという事をである。


  「お前には、呪いをかけておく。闇の力が使えない様にするぞ。代わりに必要な知識や能力は与えておくので、あちらの世界で使えるようになるはずだ。」


  「うーん、服はそのままで良いかな。考えるのも面倒だ。あと、荷物は何も持つな。この世界の物を持っていて、お前の正体がばれてはいかんからな。あ、ちょっと、待て。」


  ドラキュラは、マロニーの額に手を当てた。マロニーは目を閉じていた。体の芯から、なにか焼けつくような痛みを覚えた。


  『痛い、痛い!』


  あまりの痛さに、マロニーは思わず目から涙が流れ落ちてきた。この世に存在してから初めて流す涙だった。


  「これでお前は、太陽の光を浴びても、聖なる水を飲みほしても体が滅ぶことはない。というか、お前には『聖なる力』を受容する体にしておいた。ここでは無理だが、あちらの世界に行けば、大地や大気から聖なる力を吸収できるであろう。それと、これだけは注意をしておく。絶対に血を飲んではいけない。自分の血であってもじゃ。血を飲むことによって、お前は、元の自分に戻り、そして灰となるであろう。よいな。これだけは忘れぬようにな。それではサラバじゃ。」


  マロニーは、自分の周囲が光に覆われ、目が開けられなくなった。意識が遠のいていく。そして、気が付いたとき、そこは別の世界だった。




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  マロニーは、周囲を見まわしてみた。何もない荒野だ。空には見たことも無い明るい物が丸く光り輝いている。熱い光だ。あれが、太陽なのだろう。マロニーは、初めて見る太陽をじっと見つめていたが、目が痛くなってきたので、見るのをやめることにした。


  マロニーは、空間収納の扉を開け、中のものを確認した。冥界では、ティーポットやカップやソーサー、掃除道具に身だしなみ道具などメイドの必需品が入っていた筈だ。あと、わずかばかりのマロニーの私物も。しかし、中は空っぽだった。きっとドラキュウラ公爵が処分してしまったのだろう。


  荒野を見渡しても、ところどころに何かの死体が転がっているだけで、人のいる様子はない。マロニーは、どこに行けばよいか分からなかったが、とりあえず、太陽の方向に歩いていけば何かあるだろうと思い、歩き始めた。しばらく歩き続けたら、足が痛くなってきたが、まだまだ歩き続けなければいけないのか分からなかった。西日が眩しくて、前を見ていられなかったので、地面を見ながら歩き続けた。


  初めて見る虫がいた。大きさは30センチ位だろうか。平べったくて足がいっぱいあり、両手がハサミになっている。尻尾が丸く曲がっていて、先っぽに変なトゲが膨らんでいた。あのトゲは危険かな。確か冥界図書館で見た蠍という虫だ。毒虫と思ったマロニーは、その虫を踏み潰した。ノロマな虫だった。マロニーが踏み潰すまでじっとしている。馬鹿な虫だ。この時、マロニーは知らなかった。蠍が反応できないほどの速度でマロニーの足が踏み下ろされたことに。


  その日、マロニーは、この世界で初めての夜を迎えた。かなり冷え込んでいたが、マロニーに我慢できないほどの寒さではない。お腹がすいていたので、死んでいた気持ちの悪いものを捌いて食べることにした。料理道具はナイフ一つ持っていなかったが、腐れかかった魔物の皮を手で剥ぎ、肉をむしってから手の平から出てきた火をかざして料理した。それが『肉体強化』と『ファイア』の魔法なのだと言うことなど知らないマロニーだった。

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