第2部第179話 第二次神魔戦争その10
(10月1日です。)
昨日、シルフからラザニア君が万引きでお店の警備員に捕まったと連絡があった。それで、今日、母親のメフィロさんとシルフが学校に行くことになっているそうだ。僕は、シルフではなくシェルに行かせることにした。やはり皇帝秘書よりも皇后陛下の方が、なんとなく圧力になるような気がしたのだ。ラザニア君は、今日は自宅待機だ。ゴーレシア王国から来てもらっているメイドに面倒を見て貰っている。このメイドさん、今までは両親のもとで森の果実やキノコの採集しかしていなかったので、メイドとしての教養を身に付けるために来てもらっている。純粋なゴブリン族なので、見た目まんまゴブリンなのだが、髪が銀色で目の色が青いのが、この世界のゴブリンとは違うようだ。
午後1時、メフィロさんとシェルが校長室を訪ねていく。校長先生は、ゼロス教のマザーであるが、小さな子供たちに神の福音があるようにと、わざわざ大司教国の高位司教から来てもらった方だ。校長先生は、ニコニコしながらメフィロさんを見ていたが、脇に立っている男性の教頭先生はかなり神経質そうな方だった。その教頭先生が、今回のことについて説明をしてくれた。
「以上が今回の事件の内容なのですが、お店の方では、商品をすべて買い取っていただいたし、小さな子供のしたことですから問題にするつもりはないと言っております。しかし、小さな子供と言えども、行為そのものは犯罪ですので、学校としてもこのままと言う訳には行かないと思うのですが。」
メフィロさんは、昨日、ラザニア君が万引きをした店から連絡を受け、すぐにお店まで迎えに行ったのだ。その時は、シルフも一緒だったので、お店に対する品物の代金の支払いなどについて処理してもらっている。ラザニア君は、ずっと泣きどおしだったが、『チューダ宮殿』に戻って、温かいミルクを飲んだところで落ち着いてくれ、少しずつだが事情を話してくれた。
クラスメイト3人から、お店に誘われたこと。お店ではランドセルを開けさせられて勝手に商品を入れられたこと。そして、お店を出たところでラザニア君だけが捕まったことなどだ。それに転入以来、いろいろと意地悪されていることも話してくれた。シルフがキティちゃんに確認したところ、ほぼ事実であろうということが確認できたが、そのいじめっ子3人が誰なのかが分からない。学校では名札を付けることになっているのだが、その3人は、いつも名札を付けていないし、ラザニア君には確認しようがなかったからだ。もちろん、その3人から自己紹介などなかったし、ラザニア君を呼ぶときも『おい、お前。』とか『ゴブリン野郎』としか呼ばれていなかったそうだ。しかし、その3人がどこの誰かは判明済みだった。担任の先生が調査して、他のクラスメイトから証言を得ていたのだ。
ラザニア君は、留学と言う形を取っているが他国の王族だ。ゴロタ帝国としても最重要人物として処遇しているので、扱いには慎重を期しているのだ。本人たちには分からないように忍びのイチローさん配下に護衛をお願いしている。その護衛からも、昨日の状況については報告を受けている。
「それで、今回の件でラザニア君に対してはどのような処遇をする予定ですの?」
シェルがいつもの高ビーな雰囲気で問いただした。母親のメフィロさんは、ずっと下を向いている。きっと零れ落ちる涙を見られたくないのだろう。シェルの威迫のこもった目を見て、教頭先生は黙ってしまった。校長先生が口を開いた。
「お母さまにはまことに申し訳ありませんが、この国ではゴブリン族に対しての偏見があります。実際にゴブリンに家族を襲われ犠牲になった方もいらっしゃるのです。そのような状況で、子供たちに偏見・差別をなくせと言っても中々難しいことをご理解いただきたいのです。」
メフィロさん、ハンカチを目に当てながら頷いている。
「しかし、これからは、魔物ではないゴブリン族もいるのだということを子供達にも知ってもらいたいのです。そこで、提案があるのですが、もっとゴブリン族の子供達を受け入れて、子供たちにゴブリン族と一緒に学ぶことが普通の事だと言う風に思っていただきたいのです。いかがでしょうか?」
メフィロさん、顔を上げて不安げに校長先生に尋ねた。
「そ、それは、どういうことなのでしょうか?」
「はい、お母さまはゴブリン王国の王女とお聞きしております。是非、ゴブリン王国から留学生を大勢派遣していただきたいのです。とりあえずは、小学校からですが、ゆくゆくは中学、高校いえ大学まで大勢のゴブリン族の子供達を受け入れていけば、社会のゴブリン族に対する偏見・差別もなくなるのではないかと思うのです。」
「で、でも私達の国は大変貧しい国で、今日寝るところ、今日食べるものにも不自由しております。とても子弟に教育を受けさせる余裕などないと思うのですが。」
「それは十分に理解しております。でも、たった2週間ですが、ラザニア君を見ていて、素直な性格、勉学に取り組む態度、絶対に他の生徒達にも良い影響をもたらしてくれるものと思います。ラザニア君のように優秀な人材に教育を受けさせないということは国家としても大きな損失になるのではないかと思うのですが。」
校長先生のお話は、シェルの予想の遥か斜め上を言っていた。今回のラザニア君の措置とは全く関係のない話のように思ったので、つい聞いてしまった。
「あのう、それでラザニア君の件に対してはどうなるのですか。」
「あ、失礼しました。皇后陛下には先に報告しておくべきでしたね。今回の件で、万引きをさせた3人については放校処分、つまり退学となります。地元の公立小学校にでも行って貰うことになるでしょう。教頭先生、宜しいですね。」
「え?退学ですか?しかし、実行犯のラザニア君が処分なしとなると、親御さん達が納得されないのではないかと。」
「構いません。別に納得される必要などありません。ただし、説明だけはきちんとお願いします。この2週間の間にラザニア君に対して行った陰湿極まるいじめについてもです。分かりましたね。」
「はあ・・・。」
『うん、この教頭先生は、来年、どこか辺鄙なところの小学校か中学校に転勤だな』と決意したシェルだった。
学校から戻ると、ラザニア君が迎えに来ていた。心配だったらしい。
「母上、お帰りなさい。僕、学校辞めるの?」
メフィロさんは、ラザニア君をハグしながら、
「いいえ、明日からまた通えるわよ。あの意地悪をした子達は、ほかの学校に転校になるみたいなの。」
「え?あの子達、いなくなるの。何か可哀そうだね。ねえ、このまま一緒にお勉強できないの?」
メフィロさん、何も言わずにギュッと背フィロ君を抱きしめ続けていた。
次の日、ラザニア君が登校すると、あの3人組はクラスにおらず、空席になっていた。虎人の女の子が近づいてきて
「ラザニア君、おはよう。今までごめんね。何もしてあげられなくって。」
「え、どうして謝るの。えーと、リカちゃんだっけ?君は何も悪くないのに。」
「ううん、ラザニア君が来るまで、ずっと私が苛められていたの。でもラザニア君が苛められ始めてから、私に対する苛めがなくなったの。私、これではいけないと思っていたんだけど、怖くて何もできなかったの。ごめんね。」
「ううん、気にしなくていいよ。僕、何とも思っていないから。それより僕と友達になってくれないかな。僕、まだ友達がいないんだ。」
「ええ、私で良ければ。」
「あ、リカ、ズルい。私だってラザニア君と友達になりたかったのに。」
傍で聞いていた人間族の女の子も声をかけてきた。それからは、『私も、僕も』と皆が友達候補として名乗りを上げてきた。ラザニア君は、嬉しくって涙が零れ落ちるのも気が付かずに頷き続けていた。
「それで、今日のラザニア君の様子はどうだったの?」
ここは、白龍城の皇帝執務室、シェルが皇后用の執務席に座って忍びの猫人から学校の様子を聞いていた。現在、護衛兼情報収集用の忍びを4人、ラザニア君に付けている。授業中は、天井裏や床下で様子を伺い、校外授業や登下校の時は、見えないように見張っている。猫人の忍びが気配を消すスキルを使用すると、目の前を通り過ぎても意識の外になっているために、そのことに気づくことがない。そのため、追尾や情報収集に際しては最強の能力を持っている。ただし外見は猫人のままなので、組織に潜入してのスパイ活動は不得手だったが、その点は、別動隊がいるので大丈夫だとのことだった。
イチローさんは、とある縁からゴロタの私設警備員をしていたが、今では『神聖ゴロタ帝国中央情報局』、通称『GCIA』の局長をしている。陸軍や海軍、空軍にも情報機関があるがGCIAの情報収集能力は他を圧している。これは表向きにはなっていないが、犯罪は犯しているのに証拠がなくて断罪できないような者に対し、非合法で証拠を収集し、犯罪が確定した段階で暗殺をするということまで行っているという噂がある。ゴロタ帝国は、『法の支配』を標榜する国である。いわゆる法治国家ではあるが、皇帝の絶対君主制をしいているので、完全な法治国家と言う訳ではない。超法規的措置がなされることがあるのだ。しかし、一般犯罪程度で、ゴロタ皇帝の専権行使がなされることはない。だが、世の中には法の網をくぐっても悪いことをしようとする者が後を絶たない。そのため、闇から闇へと葬ることが求められるのも、現在の国家体制では仕方がないことであった。GCIAの非合法活動は、そのような面をあわせもっており、そういう面で他軍の情報機関とは一線を期しているのであった。
話がそれたようだが、今回のラザニア君の1件は、落着したかに見えても、ゴーレシア王国からの一般留学生の受け入れという難問が生じてしまい、シェルはまたまた忙しくなる予感がした。とりあえず、文部科学大臣に対して、ゴーレシア王国からの留学生受入れに関するプロジェクトチームを作るように指示をしてから、忙しく『人間化計画』を進めているティタン大魔王国統治領シェルナブール市の領主館に行くゲートをくぐることにした。




