第2部第176話 第二次神魔戦争その7
(9月17日です。少し前です。)
僕は、ハイ・ボラード市に新しく出来た冒険者ギルドからの使いから最重要機密の情報を入手した。現在、平和条約を締結したとは言え、この世界で最大の敵対勢力であるティタン王国のトップであるキロロ宰相が、この街に潜入していると言うのだ。冒険者ギルドは、3週間前に、大きな商店を改装してオープンしたばかりだ。能力測定器や素材鑑定機などはゴロタ帝国から人員と共に持ち込んでいる。勿論、ギルド長も帝国のギルドから派遣して貰っている。そのギルドからの極秘情報だ。間違い無いだろう。
僕は、早速、冒険者ギルドに向かった。ギルド長のブンガさんは、モンド王国から帝国への移民で、冒険者をしていたが、能力を認められて小さなギルドの長をして貰っていた。ティタン大魔王国に冒険者ギルドを設置するにあたり、魔人族のギルド長を選任したかったので抜擢された訳だ。
僕は、ブンガさんとともに、キロロ宰相の行動について調査した結果、何故か冒険者登録をするために講習を受講したり、試験を受けたりと一国の宰相としては信じられない行動をしている。また、能力測定結果記録を見せて貰ったところ、この国にしてはトップクラスどころかあり得ないほどの高レベルの能力だった。このままでも帝国内でSランク冒険者になれるのでは無いかと思うくらいだった。
ギルドでは、宿泊先は聞いていなかったが、この辺のホテルで宰相が止まりそうなホテルなど一つしかない。僕は、早速、そのホテルに行って支配人に聞いたところ、該当人物が昨日から止まっているそうだ。しかし、今、このホテル内にはいないそうだ。行き先の当てを聞いたところ、昨日は、ホテルのグリルでは食事を取らず、近くの焼肉居酒屋に行ったそうだ。物凄く気に入ったようで、今日も行ってみたいような事を言っていたそうだ。僕は、その店を聞いたところ、ホテルから30分くらいの所だとの事だった。時間的にも、もう言っているだろうと思って行ってみると、驚いた事に警護の者も付けずに一人で焼き肉を焼いているのを見つけた。脇には、高級そうな魔杖を立て掛けていて、ミノを焼きながら焼酎のお茶割りを飲んでいる。
僕は、店員に頼んで彼と相席をお願いした。彼は、嫌な顔一つせずに快諾してくれた。席に座ると、ニコニコしながら話しかけてくる。王城の謁見の間で見た宰相と同一人物とは思えない笑顔だ。色々と話を聞いていたら、あの奴隷を迫害している国の宰相とは思えぬ良識と優しい心情を持った人だと言う事が良く分かった。僕とは一度会っているはずなのに、まさか一国の皇帝が、こんな安い大衆焼肉店に来るなど思いもしないのだろう。最後まで、僕が誰か分からなかったようだ。
もう、そろそろ良いかなと思い、正体をバラす事にした。
「でも、そこはきちんとキロロさん達が制御しなければいけないんじゃないですか。」
「そうは言っても、あれだけの貴族達を・・・・エッ?!」
「どうも、僕です。お分かりになりませんか?」
キロロさん、目を白黒している。そして、急に立ちあがろうとしたので、僕も慌てて手で制してあげた。
「ここでは、キロロさんとゴロタ、同じ冒険者として飲もうじゃないですか。」
「そ、そうじゃな。しかし、陛、いや貴殿に内緒で入国した事を咎めないのか?」
「でも、バレても良いと思って冒険者登録をしたのではないですか?」
「いや、まさか能力測定で全てバレるとは思ってなくてな。あの機械は凄まじいのう。」
「この世界では、あそこに置いてあるだけですが、上の世界では結構ありますね。」
「上の世界か。どんな世界なんじゃろう。行ってみたいもんじゃ。」
「今は、かなり良くなりましたが、以前は、この世界とあまり変わりのない世界でしたよ。」
「うーむ、ゴロタ殿がどのような生まれかは知らぬが、私は貧しい小作農の倅として生まれたのじゃ。当時は、この世界は魔人族の世で、私達人間族は小作農や奴隷としてしか生きていけなかったのじゃ。奴隷は金銭で売買するだけの価値があったが、小作農は、その価値さえなく領主様のお情けで生かせて貰っているような者じゃった。」
キロロさんは、遠くを見るような目をしていた。
「そんな私でも、魔力があったおかげで死なずにすみ、こうして生きておられたのじゃ。」
「キロロさんは、どうしてアンデッドになったのですか?」
「ハハ、アンデッドと言っても、私達は、本当のアンデッドではないんじゃ。死んでからこうなったのではなく、生きたまま変異したのじゃ。その証拠に、みな寿命があるし、屍肉など食べたこともない。普通の人間が、アンデッドの能力、それも劣化版の能力を得たに過ぎないのじゃ。」
「何故、そんな事に?」
「ゴロタ殿は、あの『名前を言ってはいけない者』の事は知っておるかの?」
「ええ、何度か戦った事があります。」
「おお、なんと。『あのお方』と戦って生きながら得るなど。やはり『あのお方』がおっしゃる通りじゃったのじゃない。」
「すいません。あいつの事を『あのお方』と言うのはやめていただけませんか。あいつの事は『冥界の王』または『ルシファー』と呼び捨てにして下さい。」
「ああ、こうして私たちを『かの者』から救ってくださる方が現れるとは。この300年の悲願が成就する時が来たのかもしれません。」
キロロ宰相は、突然、泣き始めてしまった。周りの人たちは、どうみてもお年寄りのキロロさんが、僕みたいな若造の前で泣き始めたのを見て、ヒソヒソ話し始めたので、もう店にはいられなくなってしまった。
僕は、泣き続けるキロロさんを連れて店の外に出ると、そのまま伯爵邸の応接室に転移した。勿論、お店には1デリス金貨を置き、キロロさんの魔杖も忘れずに持って来ていた。
結局、その日はキロロさんもホテルに戻らず、屋敷の客室に泊まる事になってしまった。
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次の日、僕とキロロさんは、グレート・ティタン市の王城に転移して、2人の賢人とともに話し合う事になった。司法長官のエメルさんは、誠実かつ真面目な方で、法の執行者として法に遺灰する事は絶対にしてはならず、宰相といえども法に従う義務があると、最高権力者としては理想的な方だった。また騎士団長のドスカさんは、国民の保護を最優先に考え、また騎士としての名誉のためには自分の命など塵ほどの価値もないと言う騎士の鏡のような人だった。そして、先の大戦で多くの部下を失った事に対し、その責任は全て自分にあり、エメルさんに重罰を与えてくれるように頼んだが、現行法上、敗軍の将を処罰する規程がない以上処罰する事は出来ないと断られたそうだ。
聞いているだけで、ボラード侯爵領内の貴族達とのあまりの差があり過ぎて、これが同じ王国の貴族達なのかと信じられない気持ちでいっぱいだった。3人と話し合った結果、自分達の気持ちとしては人間に戻りたいが、子孫が残せなくても少しでも長生きをしたいと言う者もいるだろうから、強制的に人間に戻す事はしたくないそうだ。誰か、試しに人間に戻ってみたらどうだろうかと言う事になり、騎士団長のドスかさんが立候補する事になった。キロロ宰相やエメル司法長官は、余人に代え難い重職であり、もし万一の事があったら国政が停滞するどころか、大混乱を招きかねないそうだ。それに比べ、騎士団長であるドスカさんなら、何かあっても副団長に指揮権が委譲されるだけで騎士団の活動に齟齬はないそうだ。まあ、軍隊と言うものはそうでなければならないんだけど。そうは言っても、『あいつ』が言う通り、ドスカさんに『聖なる力』を注いだ場合、通常のアンデッドのように消滅してしまうことも考えられる。また、300歳以上のドスカさんが、そのまま人間になった場合、即、老衰で死亡ということも考えられる。この場合、どんなに回復や治癒の力を使っても蘇生させる事は不可能だ。考えれば考えるほど危険要因があり過ぎて、単なるお試しの域を大きく逸脱している。
しかし、ドスカさんは平気な様子で豪語していた。
「ゴロタ殿、心配無用。もし運悪く死ぬ等な事があっても覚悟の上じゃ。『老兵は死なず、ただ消え去るのみ。』じゃ。」
え?そんな言葉、聞いた事はないのですが。
『その言葉は、地球世界で20世紀に米国元帥ダグラス・マッカーサーが引退した時の言葉です。』
はい、シルフさん、無駄知識ありがとうございます。
実験は、すぐに行う事にした。僕は、一旦、ゴロタ帝国の『白龍城』に戻り、フランちゃんに事情を話した。フランちゃんは、少し考えてから、城内の祭壇の間に行き、1冊の本を出して来た。生と死を司るゼロス協会の秘法が書かれている禁呪書だそうだ。この書には生きたままアンデッドに変える秘法が書かれているともに解呪の秘法も書かれているそうだ。
フランちゃんは、若い時にサボっていたせいか、この禁呪書をスラスラと読む事は出来なかったが、何となく理解したそうだ。相変わらずの残念大司教だが、他に方法もないことから、とっても不安だが、
やらせてみる事にした。
二人でティタン大魔王国王城の宰相執務室に転移して事件の準備をする。準備といってもフランちゃんがドスカさんの身体を診察するだけだが。ドスカさん、今のところ、とても健康だそうだ。内臓疾患や循環器系の疾患もなく、しんちょうに比べて体重がやや多い程度だそうだ。さすが騎士団長として身体を鍛えているだけのことはある。
さあ、実験の準備は整った。やり方は簡単だ。フランちゃんの『神の御技』をかけるとともに、僕の『復元』スキルで元の身体に戻すのだ。『神の御技』だけでもアンデッドになる要素を消滅させられるらしいのだが、300年の間の組成変化を元に戻すのは、『復元』スキルを使った方が速いらしいのだ。
さあ、実験開始だ。




