第2部第175話 第二次神魔戦争その6
(9月16日です。まだまだキロロ宰相視点が続きます。)
その日の夕食は、レストランのグリルではなく、街の居酒屋に行くことにした。市井の者達の声を聞くには、安い居酒屋が一番だからじゃ。どこに行こうかとブラブラしていたら、何やら肉の焼く良い匂いがしてきた。大きな明かりがともっていて、その明かりの丸い表面には『元祖焼肉蛇々苑』と書かれていた。窓から青い煙が吹き出ており、それが何とも言えない良い匂いじゃった。私は、その店に入ると、もうすべての席が埋まっていたが、魔人族の女の子が、
「今、お席が空いているのは相席しかないのですが、それでよろしいですか?」
と聞かれた。私は、特に異論がないので案内を頼むと、窓際の席に案内された。そこには魔人族の若い男と、年齢は分からぬがゴブリン族の男が座っていた。王都周辺では、ゴブリンは臭く、誰も近寄らないものだが、ここのゴブリンは全く匂いがしない。私は、一礼をして席に着いた。店員が私の前に、小さなコンロを持って来て、火魔石を底に置いて、上に金網を置いてくれた。
「お客さん、元お貴族様のようですが、魔力を使えますか。使えなければ魔力石が追加料金になりますが。」
「うむ、使えるので魔力石は必要ない。」
私は、コンロの底にある火魔石を見つめ、魔力を流し込んだ。火魔石はすぐに赤く熱せられてきた。それから、メニューを見ながら、いろいろと注文したが、品名だけではどのようなものか分からなかったので、聞きながらだったので、結構手間がかかってしまった。飲み物は、何を頼んでいいか分からなかったが、とりあえず、ゴロタ帝国で流行っているという『エール』という麦酒を頼んでみた。ワインは置いていなかった。
注文した品を待っている間、隣の魔人族の男が声をかけてきた。
「あのう、お貴族様、すごいですね。手をかざさずに火魔石に魔力を流すなんて。きっと凄い魔法使いなんでしょうね。」
「うむ、魔力の操作にはちと自身があっての。お主たちは、魔力はつかえないのかな?」
「あっしは、魔人族でも体力勝負の体質でして。こっちのゴブリンは、アーチャーなんですが、魔力はからっきしで。」
「お二人とも、何の仕事をしているのかな?」
「あっしらはなりたての冒険者なんですよ。今日は、薬草採取がやっと終わったんで、慰労会と言うところですかね。」
ふむ、冒険者か。どうりで席の脇に大剣と弓矢が置いてあるわけだ。
「ほう、冒険者とな。私も明日、冒険者講習を受けるんじゃが。」
「え、あの講習を受ける人がいるんですか?私達は、全く講習を受けないで試験を受けたんですよ。答えだって、教えてくれるし。」
「はあ、試験だろう。答えを教えて貰ったら、試験にならないだろうに。」
「あっしらは、無学で文字が読めないので、問題を試験官様に読んでもらうんでさ。それで分からない場合は、どこに印を付けていいのか聞くと、こっそり教えてくれるんでさ。でも文字さえ読めれば誰でも受かるそうですぜ。」
「そうか、失敗したかも知れないな。」
「ところでお貴族様は、今、お幾つなのですか?大分、お年を召しているようですが。」
「私か?それは営業上の秘密じゃのう。ところでお主たちは幾つなのじゃ。」
「あっしはメグメグと言います。今年、19歳になります。こっちのゴブリンは、キガと言って15歳になったばかりです。」
「ほう若いのう。私はキロロと言って、王都から来たばかりじゃ。一応、魔導士なのじゃが、冒険者は初めてなのでいろいろ教えてくれんか。」
「教えるなんてとんでもない。俺らだって新参者でさあ。なあ、キガ?」
ゴブリンは、将来の無口なのか黙ってうなづいていた。そうこうしているうちに注文した飲み物と料理が来たので、さっそく食べ始めた。結局、彼らにもエールや肉をごちそうしてしまったが、それでも店への支払いは6000ピコ程度だったので信じられない位安かった。
次の日、冒険者ギルドの2階で講習を受けたが、受講者は私と若い魔人族の女の子だけだった。依頼書の読み方とか、依頼達成の際の手続きなどを教わったが、すべて昨日買った教則本に書いてある内容ばかりだった。この講習は、きっと字が読めない者用の講習なのだろう。講習終了後に試験があったが、今日教わったことばかりだったので、全問正解となってしまった。隣の魔人族の女の子は、試験官にいろいろ聞いていたが、優しい試験官が丁寧に正解を教えていた。今日の講習は一体何だったのだろう。
試験が終わってから、冒険者登録の手続きになった。手数料1デリスを支払うと、何やら不思議な機械の所に案内された。どうやら、私達の能力を測定する機械らしいのだ。機械の下側に隙間があいており、そこに手を差し伸べると、測定が始まるとのことだった。早速、私の能力を測ってみる。
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【ユニーク情報】
名前:ボンテ・サイロン・キロロ
種族:ハイ・リッチ(人間族)
生年月日:ティタン王国歴1733年1月28日(327歳)
性別:男
父の種族:人間族
母の種族:人間族
職業:貴族(ティタン王国宰相)
冒険者ランク F
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【能力】
レベル 120
体力 30
魔力 1658
スキル 990
攻撃力 1890
防御力 5
俊敏性 15
魔法適性 闇、火、風、水、土
固有スキル なし
習得魔術 *****
習得武技 なし
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あら、ばれてしまったかな。しかし、試験官は表情も変えずに、淡々と冒険者証を交付してくれた。犯罪歴がない限り、適性さえあれば誰でもが冒険者になれるというのが基本らしいのだ。でも、測定記録をチラッと見たときに眉毛が吊り上がったことを私は見逃さなかった。まあ、体力などは年相応かも知れないが、やはり魔力は尋常ではないようだ。この能力測定は、どのような仕組みでできているのだろうか。指先に針がチクッと刺しただけで、これだけの測定ができるなど、私の魔法でも全くできる気がしない。
冒険者ギルドをでると、もう夕食時間だったので、昨日と同じ店に入ることにした。他のレストランでもよかったのだが、どうも、あの牛の胃袋のコマ切れが気に入ってしまって、もう一度食べてみたかったのじゃ。たしか『ミノ』とかいう料理だったのじゃが、噛み応えがあり、また上質な油と肉とのコラボが私の琴線に触れてしまったようじゃ。飲み物は、穀類から醸造・蒸留した透明なお酒を紅茶で割って飲むのじゃが、これも飲みやすく癖になってしまう飲み口だ。今日は相席ではなく、お一人様用の席に案内されたが、私としては相席の方が良かったのだが。まあ、お一人様用と言っても、店が混んでくれば相席になるそうなのだが。
ミノとレバーそれとカルビを頼んで、一人で焼きながらお茶割を飲んでいたら、店員から相席をしても良いか聞かれてきた。もちろん、異論はないので、承諾したのじゃが、相手は魔人族の男だった。身長が高く、まだ若いようだが身なりもキチンとしていて、なかなかの美青年だ。これなら女の子にもてるだろうと思ったが、まあ、私だって若い時はもてた時もあるので特にうらやましいと思うこともなかった。しかし、この青年、どこかで見たことがある気がするのじゃが。
「失礼します。相席になり申し訳ありません。一緒のコンロを使っても宜しいですか?」
相席になると、一緒のコンロを使うのだろうか。そう言えば、昨日もあの冒険者たちの肉を私のコンロで焼いていたな。それが、この店のしきたりなのかも知れないので、私は、黙って頷くだけだった。その青年は、次々と肉を注文していたが、そんなに食べきれるのだろうか。それと、なにやら幅の広い葉っぱをたのんでいたので、それをどうするのかと見ていたら、焼きあがった肉を挟んで食べている。あ、旨そうだと思い、私も追加でその葉っぱを注文することにした。食べながら、会話を楽しむことにした。
「おぬしも冒険者なのかな?」
「はい、冒険者ですがどうして分かったのですか?」
「昨日来た若者も冒険者だったのじゃが、なかなかしっかりしていたし、肉体労働者と言う雰囲気もないものでな。」
「はあ、そうですか。あなた様は、こちらの方ですか?」
「いや、昨日、王都から来たばかりじゃ。この街がなかなか良いとの噂を聞いたので、尋ねてみることにしたのじゃ。」
「へえ、それだけで、あの遠い王都から来られたのですか。王都では何をしているのですか。見たところお貴族様のようですが。」
「私は、王都ではいろいろ忙しい仕事をしているのじゃが、貴族らしいことなど何もしておらんよ。領地も他人に任せっきりだし。」
「そうですか。この街では、貴族制度は廃止されたので、ここの貴族は皆、王都に行ってしまわれたようですよ。」
「ふむ。馬鹿なことを。領地をしっかり守り、領民のために経営をするのが貴族の責務なのにそれを放棄するなど。領民に対する責任と義務を果たさずに逃げ出すなど、貴族の面汚しじゃわい。」
「ふーん、そんな貴族様を見たことはないですけど。」
「それは、お主が本当の貴族を知らないからじゃ。真の貴族は、自分の利益など考えずに領民、国民の幸福のために存在しているのじゃ。そのために神は我々に優れた能力を与えてくれたのじゃからな。」
「でも、王国では魔人族やゴブリンの奴隷達が虐げられているそうじゃありませんか?」
「それは認識が間違っておる。王国法では、相手の合意のない奴隷は、犯罪奴隷だけじゃ。魔人族やゴブリン族だからと言って、奴隷にすることは絶対に許されないのじゃ。しかし、学問もなく、家もなく、仕事の能力もない彼らが生きていくためには奴隷になるしかないというのも現実じゃな。」
「それでは、奴隷ではなく、労働者として雇用すればよいではないですか。キチンと労働の対価を払えば、彼らだって生きていけるでしょうに。」
「うむ、王国法では、そこいら辺はしっかりと定めているのじゃが、無学な彼らをだまして奴隷として扱う貴族連中が多くてのう。しかも貴族となるべきアンデッド族は、年々減少していくので、むやみに貴族を廃爵できないのも現実なのじゃ。」
「でも、そこはきちんとキロロさん達が制御しなければいけないんじゃないですか。」
「そうは言っても、あれだけの貴族達を・・・・エッ?!」
「どうも、僕です。お分かりになりませんか?」
私の前には、ゴロタ皇帝陛下がニコニコしながらタン塩を美味そうに食べていたのであった。




