第2部第174話 第二次神魔戦争その5
(9月15日です。またキロロ宰相視点です。)
キロロ宰相は、ハイ・ボラード市の東方5キロほどのところにいた。ゴロタ皇帝陛下への親書を送達する飛竜騎士のワイバーンに同乗させてもらったのだ。警護の者はいない。自分は、ハイ・リッチであり、戦闘系の魔法において王国内でもトップレベルにあることから、グール族やレブナント族の護衛など役に立たないと思ったからだ。今から300年ほど前、『あのお方』と一緒に王国内を旅していた時、自分一人で200匹もの魔物を殲滅したことを、ふと思い出してしまった。
飛竜騎士が、ハイ・ボラード市に飛び立った後、街道を一人で西に向かった。日差しが強く汗ばむようだが、5キロや10キロ程度歩くのは苦にならなかった。身体強化魔法をかけて急いでも良いが、それほど急ぐ必要もないので、氷と風の複合魔法で自分の身体の周りに冷房効果をまとわせてテクテクと歩いている。夏だというのに長いローブを羽織り、麦わらのつばの広いとんがり帽子をかぶっている。その辺に転がっている枝からつくったような杖を持っているが、クレイスという古の大樹から作られた杖は、国宝級の魔道具だ。しかし、そんなことは普通の者には絶対に分からないだろう。ハイ・ボラード市に近づくと、街壁の東門前には、大勢の旅人と馬車が並んでいた。東門は、大きく開かれており、魔人族の旅人やグール族やレブナント族の商人たちが馬車に乗って市内に入ろうとしている。門番の衛士は、人間に良く似たゴーレム兵のようだったが、変わった服装をしている。丸いお椀のような兜をかぶり、鉄と木で組み立てたような杖を革ひもで肩にかけている。ゴーレム兵4名で、城内に入ろうとする者達の通行証や身分証明書を確認している。私は、身分証明書しかもっていないが、そこには種族と氏名及び職業・役職が書かれているので、このままでは自分の身分がばれてしまうので単なる旅人を装うことにした。さすがに何も所持せずにフリーパスとはいかず、アンドロイド兵から質問を受けてしまった。
「あなたの種族は何ですか?」
「一応リッチ族じゃが。」
「お仕事は何ですか?」
「旅の商人じゃが。」
「お名前は?」
「キロロと申す。」
「この街へのご用件は?」
「何か珍しい物でもないかと思って。」
「どこから来ました?」
「グレート・ティタン市からじゃ。」
質問が終わった。裏の詰め所に行ったと思ったら、すぐに出てきて私に1枚の紙を渡してくれた。紙には『市内通行許可証』と書かれており、今、私が答えた内容が印刷されていた。絶対に印刷するような時間など無かったはずだが、きちんとした許可証だった。私は、通行税がいくらか聞いたところ、現在は特に徴収していないとのことだった。アンドロイド兵の丁寧な扱いと、市内に入る際のノーズロぶりに驚いてしまったが、まあ、市内に入れるのだから特に文句はない。市内に入ると、一般居住区になっていて、大通りには大商店が並んでいたが、最近まで王国と戦争をしていたなどとは思えない程、街は恪勤あふれていた。アンデッド族だけではなく、魔人族も普通に歩いており、驚いたことにゴブリン族まで小奇麗な服を着て街を堂々と歩いている。中には大勢の子供を連れている親子もおり、本当にこの街は、種族間の差別など無いのだなと思った。
さすがに道路工事や街路の清掃は魔人族やゴブリン族だけが働いていたが、監視役などおらず、グール族の現場監督みたいな人がヘルメットを被って図面を見ながら作業員に指示をしていた。その口調は、きちんと雇用している者に対するもので、奴隷や下働きに対する横柄な対どでないことは一目でわかった。商店も賑わっており、買い物に来たのか魔人族の子供4人が手をつないで大通りを歩いていた。ちょうど昼時だったので、近くのレストランに入ったところ、魔人族のウエイトレスが窓際の席に案内してくれた。店にはレブナント族やグール族以外に魔人族の客も多く入っていたが、客同士でもめることもなく、皆、仲良く食事を楽しんでいるようだ。
グール人のウエイターがメニューを持って来てくれたので、ランチとワインを頼んだところ、ワインをグラスにするかボトルにするか聞かれた。昼からそんなに飲めないので、グラスをお願いしたところ、しばらくしてからグラスを持って来て、ワインをその場で注いでくれた。銘柄は知らないが、色といい、香りと言い王都なら高級ワインでとおりそうなものだった。料理は、魚がメインのランチだったが、真っ白でフワフワのパンが添えられており、またパンプキン・スープやグリーン・サラダもついて非常に美味しかった。食事を楽しんだ後、ウエイトレスが置いて行った請求書には1200ピコだったが、料理やワインの内容からすると驚くほど安い値段だ。王都では、間違いなく5000ピコ以上請求されるだろう。
食事をしてから街をブラブラしてみた。街の中心街の方に向かうと、高い壁に囲まれた一角があり、また壁門があったが、その門は閉ざされていて、そこにもアンドロイド兵が配置されていた。しかも8名も配置されていたので、きっとここから先は、ゴロタ皇帝陛下達が居住する貴族街なのだろう。この辺の造りは王都と同じであった。驚いたことに魔人族の市民が、門を開けて貰って中に入って行った。もちろん、特別な通行証を持っているのだろうが、王都や他の都市では考えられない。どのような用件があろうと、貴族街に入れるのはグール族以上のアンデッドに限定されているからだ。ここでは正当な用件さえあれば種族に関係なく貴族街に入ることができるようだ。
貴族街にあるボラード侯爵邸がどうなっているのか興味があったが、今回の目的とは違うので、貴族街の西川に回ってみることにしよう。ここハイ・ボラード市は辺境にあるため、王都から来やすく来るところではない。そのため私がこの街に来たのは200年位前であり、今とは大分様子が変わっていた。西側も一般居住区と商店街が一緒になっていたが、東側よりも明らかに魔人族やゴブリン族の姿が多かった。至る所で工事をしていたが、道路を砂利道から石畳の舗装工事をしている。そして、道路の中央付近には鉄の棒が4本埋め込まれており、大通りから貴族街の周囲をグルリと回すための工事のようだった。何の工事か分からないが、この工事にはアンデッドではない人間族が現場監督をしているようだ。使っている言葉も、妙な訛りがあり、きっとゴロタ帝国の職人なのだろう。私は、その職人に何の工事をしているのか聞いてみることにした。
「あのう、お忙しいところ恐縮ですが、これは何の工事でしょうか?」
「ああ、これか?これは市内電車のレール施設工事だ。まだ始まったばかりだけど、このまま市内を一周する予定だよ。」
市内電車?レール?良く分からないが、私達の知らない技術で道路のような物をつくっているようだった。工事の邪魔になってはいけないので、そのまま北の方に進んでいくと、大きなレンガ造りの建物があった。入り口の看板には、『神聖ゴロタ帝国冒険者ギルド_ティタン大魔王国統治領シェルナブール市支部』と書かれていた。冒険者ギルドは、その昔、我が国にもあったのだが、魔人族から政権を奪取したさいに、ギルドは閉鎖してしまった。代わりに騎士団で魔物の討伐をしていたのだが、神聖ゴロタ帝国では今でも存続しているようだった。中に入ってみると、グールやレブナント族以外にも魔人族やエルフ族、それに驚いたことにゴブリン族までいて賑わっていた。
入り口を入ると同時に、周囲から注目を集めたが、すぐに『なんだ、爺か。』と落胆と侮蔑のこもった声が聞こえてきた。私は、そんな声に構わず奥のカウンターまで行ってみる。カウンターの中にはエルフ族の女性が立っており結構人が並んでいたが、私の番になったら、にっこり笑ってから次のように声をかけてくれた。
「いらっしゃいませ。帝国冒険者ギルドシェルナブール支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか。」
「私は、王都から来たばかりなのじゃが、このギルドでは何をしているのじゃ?」
「はい、いろいろですが、依頼者から依頼を受けて、冒険者の皆様に依頼をしたり、魔物を狩ってきた場合には皮や角、或いは魔石などの買取も行っております。詳しいことは、この『サルでもわかる冒険者の一歩』に書かれております。1冊1デリスですが、お買い求めになりますか?」
「ああ、貰おうか。」
私は1デリス支払って、紹介された本を購入した。その女性は、続いて
「冒険者を目指すのならば、『冒険者認定試験必須問題集』と『私は冒険者になるためにこのようにした。』というノウハウ本もありますが、いかがしますか。」
私は、冒険者になるつもりはなかったが、参考までにその2冊も買うことにした。2冊で3デリスだった。
「ありがとうございます。それでは冒険者を目指されるようですので、冒険者必携の『幸運の魔石』はいかがでしょうか。ほんの少しですが、魔物からのドロップの確立が上がるそうです。」
うん、この受付嬢の言うことを聞いていると、財布の中がスッカラカンになりそうだったので、礼を言ってその場を離れることにした。次に、冒険者登録受付に行ってみることにした。そこは、他の窓口と違い、誰も並んでいなかった。受付には、やはり女性が立っていたが、今度はグール族の女性だった。
「いらっしゃいませ。帝国冒険者ギルドシェルナブール支部へようこそ。冒険者登録をご希望でしょうか?」
「うむ、冒険者登録をしたいのじゃが、どのようにすればよいのかな。」
それでは、最初に冒険者としての知識について試験をさせていただきます。毎日、夕方に実施しておりますが、朝からの1日講習を受けることをお勧めします。冒険者になるための資格は特にないのですが、能力測定をして冒険者の適正がないと判断されれば、残念ながら冒険者になることはできません。本日は、午後4時から認定試験がありますがどうなさいますか?」
今は午後2時だ。どうしようか悩んだが、まあ、明日、1日講習を受けてから試験を受けてみることにした。講習料は3デリス、受験料は200ピコだそうだ。物凄く料金に差がある気がしたが、まあ、しょうがない。明日の講習の予約をしてから、一応、クエスト依頼ボードをのぞいてみる。ここは冒険者ギルドとして歴史が浅いのか、クエスト依頼書はすべて真新しい紙に書かれており、乱雑にボードに貼られていた。
ちらっと見たら、薬草の最終からケルベロスの討伐など難易度のかなりの差があるようだったが、まあ、私には関係ないかなと思い、ギルドを立ち去ることにした。これから、今日止まるホテルを探さなければならないのだ。少し歩いたら、大きなホテルが見つかった。石造りの3階建てで、いかにも高級そうなホテルだった。入り口から入ると大きなロビーになっており、カウンターには受付の女性が5人も並んでいた。軍服のような制服を着たボーイも何人もおったが、私が何も荷物を持っていないので、特に声もかけてこなかった。
その日、私が予約した部屋は3階の2部屋続きの大きな部屋で、朝食のみで1泊12デリスもする部屋だった。




