第2部第169話 王都への道 その16
(9月1日です。)
今日は、ティタン大魔王国と神聖ゴロタ帝国の間で『和平条約』締結の日だ。5月に停戦状態になってから締結されていた停戦条約は、相互に侵略はせず平和的に両国が存続するための諸条件を定めるものだ。表向きは2国間の条約だが、再建されたボラード王国の国家としての承認及び国境線の画定も今回の重要な合意事項だ。そのため、ミネフトリーネ王子も防衛軍総司令官をしているゴブリオン大将、王国行政庁長官をしているゴラン侯爵を連れて条約締結の場に立ち会っている。
条約締結は、現在不在の国王玉座の間で行われたのだが、玉座は空席のままだった。ティタン王国の現在の国王は、あの『名前を呼んではいけない男』のはずなのだが、宰相であるハイ・リッチのキロロ公爵は、『あの方は、30年ほどお姿を見せられていない。』と言っていた。あいつは何をやっているのだろうか。というか驚いたのは玉座の後ろにある『大魔王像』である。大きさは高さ10m近くあるのだが、上半身が裸で、筋肉ムキムキのマッチョなのだ。背中には大きな蝙蝠のような翼が左右に広がり、頭部には羊のような角が左右に生えている。それよりも、その像の顔だ。どう見てもモデルが僕のようなのだ。どうりで僕がこの城を訪れた時に、宰相をはじめ皆が驚いていたはずだ。
条約締結については、事前にクラウディアが文言をチェックしていたので、調印はスムーズに終わった。あらかじめ白龍城にて使用していた玉璽の金印を持って来ていたので、調印即発効となったわけだ。締結された内容は次の通りだった。
・ティタン大魔王国と神聖ゴロタ帝国は相互に不可侵とし、相互に決めた範囲内で非武装地帯を設けるものとする。
・いかなる理由があっても、相手国への軍事力による侵攻をしてはならない。また相手国内に派兵する場合には、事前に了解を得ることとする。
・双方の軍人及び軍属以外の国民は、必要な手続きをした場合、自由に相互の国を訪問することを妨げない。
・相互の農産物、鉱産物及び商工業製品の交易は、原則、自由に行えるものとするが、両国の協定により定められた関税を課することができる。
・相手国に対して貴族の特権は及ばない。また、神聖ゴロタ帝国内の旧貴族の財産権は国家及び個人の権利として永久にこれを放棄する。
・奴隷制度は認めない。ただし人道的な契約による人身売買は、法律の定めるところにより自国内のみ有効とする。
・ゴーレシア王国は、神聖ゴロタ帝国への信託統治領として独立することを認める。同国国境については、3か国で締結される条約にて定めるものとする。
あと、物凄く長い文章がいっぱい書かれていたが、僕が覚えることのない内容だそうだ。それよりも、この調印の場に、なぜ、こんなに大勢の若い貴族令嬢が同席しているのだろうか?絶対、男性貴族よりも多いし、彼女たちの年齢だって5~6歳程度から16歳位までに限定されているようだ。リッチやレブナントなどは、肌の色がやや灰色が買っているはずなのに、彼女たちは白に近い肌色で、人間族の令嬢と言われても信じてしまうだろう。
今日の夕方は、王城に隣接している迎賓館の大広間で条約締結祝賀会が催される予定だ。僕達は、一旦、迎賓館に戻り祝賀会の準備をすることになっている。祝賀会には正皇后であるシェルも参加してもらうことにした。情報によれば、この祝賀会に備えてドレスとティアラを新調したそうだ。まあ、現在の帝国の資産状況から見れば雀の涙にもならないが、シェルさん、この際だからって物欲を満足させていませんか?
祝賀会には、リトちゃんも参加するそうだ。まあ、構わないけど同年代の子など絶対に参加していないのに参加したい理由って何なのだろうか。時間になったら『空間転移』で迎えに行く予定だ。リトちゃんは、姿こそ魔人族だが、その本質から考えて魔人族に特別の思いなど無いと思うのですけど。でも、この前、魔人族の母親を助けたというし、少しはこの世界が好きになってくれているのだろうか。
祝賀会に先立って、相手国の元首に自国の勲章を授与するのが習わしらしい。我が神聖ゴロタ帝国での最高勲章は
『大勲位精霊極光章』
なので、事前に勲記とともに準備している。もちろん、授与対象は元首である国王、つまり『名前を呼んではいけない男』なのだが、代理でキロロ公爵が授与されるそうだ。タイタン大魔王国で最高の勲章は
『勲特等大魔王記月光大綬章』
と言うらしいが、授与は、国王の名代として宰相のキロロ公爵が授与してくれるそうだ。さすがに一国の元首が、他国の宰相レベルに頭を下げるわけには行かないので、受け取るだけになるらしい。まあ、形式だけなんだけど。
ミネフトリーネ王子には、正式に『信託統治受諾書』に署名してもらってから、白龍城において勲章を授与する予定だが、まだ正式の国王になっていないので、
『勲1等精霊極日章』
を授与する予定だ。まあ、今年の暮れまでには新王都も落ち着くだろう。
祝賀会では、身分の低い者から入城してくるが、それでも男爵以上の者及びその家族に限られている。騎士爵や準男爵、名誉男爵などは招待されていないそうだ。最後に入城するのは僕達で、上の階から広い階段を下りて登場となる。その際には、ゴロタ帝国の国家が流れることになっているが、僕が初めて聞く曲だ。こんな曲があったんだと思ったら、クラウディアが去年の4月に制定されたと教えてくれた。曲名は
『無窮のかなたに』
と言うらしいが、歌詞は聞かない方が良いとのことだった。あのう、それってとても問題があると思うのですが。
祝賀会とは言え、流れは完全に舞踏会だった。最初にシェルと踊った後で、クラウディアと踊ったが、クラウディアさん、体が近すぎるのですが。クラウディアの身長は150センチ位なので、190センチ以上ある僕にとってダンスの相手としてはいささか小さいような気がした。しかし、そんなことなど構わず、僕の足に自分の足を絡めてくるのって、絶対わざとですよね。
クラウディアとのダンスが終わったら、待っていた貴族令嬢達が僕を取り囲んできた。彼女達は、すべて白いストッキングと肩までありそうなレースの手袋をしていて、素肌が見えるのは、首から上だけというドレスだった。まあ、彼女たちの本来の肌の色は薄灰色なので、魔人族である僕達には、なるべく地肌を隠そうとしているのだろう。実際は人間族?なのだが、ここでは頭の両脇に角を生やしているので、魔人族として認識されているようだった。シェルも付け角をしているし、クラウディアに至っては最初から付いている状態だったし。
シェルが、若い女の子に囲まれている僕をジト目で見ている。不味い。このままでは、今日の夜は正座で説教2時間だ。僕は、話しかけてくる女の子達を無視してミネフトリーネ王子に近寄って行った。王子は、ゴブリン族なのだが、エルフの血筋も引いているので眉目秀麗、超イケメンだ。そばには奥様だろうか。どう見てもエルフ族のような女性が一緒だった。聞くと、山岳地帯に住む山エルフの王女だったそうだ。名前がシラフさんだと紹介された。
王子にミネフトリーネ王子のご尊父、つまり現国王のことを聞いたら、永い逃亡生活を続けていたために体調が優れなかったが、王城が完成するまではと頑張っているらしい。ゴーレシア王国の再建が実現したことを聞いて、泣いて喜んでくれたと教えてくれた。
ミネフトリーネ王子から、一つの頼まれ事があった。娘を面倒見てくれないかと言うのだ。娘の面倒って、これ以上妻を増やしたく無いのですが。しかし詳しく聞いたら、面倒を見るってキチンとした学校に行かせて貰いたいんだそうだ。年齢は9歳だが、ずっと森林暮らしのため、満足に教育が出来ていないそうだ。また、一昨年生まれた息子さんも、6歳になったらちゃんと学校に行かせたいが、それまでに王国にきちんとした学校を作るのは、非常に難しいらしいのだ。
ミネフトリーネ王子に、2つの提案をした。魔人族の国であるモンド王国の王立魔道士学院附属小学校に編入するか、神聖ゴロタ帝国の帝国セント・ゴロタ大学附属学校に編入するかだ。本人達の適性によって一番相応しい学校で学ばせてあげるべきだろう。
取り敢えず、ミネフトリーネ王子の奥様と子供達をゴロタ帝国の王都にご招待することになった。王子は王都において、王城建設や行政機構の構築など多忙を極めているだろうから、奥様しか一緒に行けないそうだ。学校では2学期が始まったばかりだが、編入するなら早い方が良いだろう。奥様と娘さんの準備ができ次第、ゴロタ帝国に案内することとする。クラウディアは忙しいので、僕が直接案内しなければならないだろう。
ミネフトリーネ王子は、明日、奥様と共に自国に帰るのに、僕のゲートを使うのだが、一旦、旅客機でハイ・ボラード市に戻ってから、『空間転移』することになっている。その際、僕も一緒に転移し、その後、2人の子供と共にセント・ゴロタ市の白龍城に転移することになるのだ。
翌日、ティタン王城前の広場に、『B2改天山』がゲートから現れた。操縦は、いつもの通りアンドロイド・パイロットだし、CA6人もアンドロイドだ。3賢人に見送られ、僕とシェル、リトちゃん、クラウディアが先に搭乗し、その後ミネフトリーネ王子と奥様が乗り込んだ。
『B2改天山』は、本来3000m級の滑走路が離着陸に必要なのだが、小さな飛行石を10個ほど機体の各所へ配置し、魔力制御により浮力をコントロールして垂直離着陸ができるようになっている。
僕達は一旦、ハイ・ボラード市の屋敷に寄ってクラウディアだけを降ろしてから、そのまま大陸の北、ゴーレシア王国の王都建設地まで向かった。大理石の瓦礫の王城跡の周りには奴隷狩りの部隊や冒険者もどき共が使っていた建物が幾つかと、ボロのような布を貼った天幕が多数あった。ゴブリン達が森から切り出した木材で家を造ったり、王城の瓦礫を片付けていた。
僕達の搭乗していた『B2天山』が、着陸すると、皆作業を止めてこちらを見ていたが、王子と奥方が降りて行くと皆、その場で膝まづいていた。それだけを見ただけで、いかに王子が国民に親しまれているかが分かる。
僕は、王城建設作業をしている場所に近づいて行った。瓦礫と言っても、大理石のブロックが崩れているだけだ。一部割れているものもあるが、王城を再建する量は確保されているみたいだった。僕は、作業員の皆様を後ろに下がらせた。さあ、これからマジックショーの始まりだ。
僕は、全ての瓦礫をイフクロークの中に収納した。それから整地と基礎作りだ。土魔法と一部錬成スキルを使って、間口50m、奥行50mの基礎を作って行く。一部分は地下室にして、倉庫と牢獄にする。それから常備している鉄骨を利用して地上1階部分の床の梁を組み上げて行く。梁の上に太さ50センチ位の丸太を敷き詰めて行く。丸太の床だから、そのままでは歩きづらいだろうから、エアカッターで床を平らにする。1階部分の壁を組み上げて、同じようにして2階の床を組んでいく。最終的には、地上5階、地下1階の王城の基本的な部分が、夕方までに出来上がった。しかし、玄関扉や各部屋の扉、窓、それに階段や上下水の配管は全く作っていない。それは、これから内装部分と一緒に組み上げてもらおう。あ、屋根については総銅葺き屋根にしておいた。これなら100年は雨漏しないはずだ。




