第2部第168話 王都への道 その15
(7月14日です。)
今日、ティタン大魔王国との停戦協定ラインの東側に展開していた王国軍が、戦線を撤収して、北に向かったとの報告があった。宣戦布告がないままに作戦行動に移るなど、かなり卑怯な気がするが、少しでも有利な地点に陣を貼りたいのだろう。まあ、こちらとしては特に文句もないので放っておくことにした。2万近い部隊を移動するのに莫大な経費が掛かるだろうし、兵士の指揮もダダ下がりだろう。本格的な戦闘になる前に、北の森に駐屯している大魔王軍を殲滅しておけば、後は北進してくる主力部隊と正面から戦える。今までは、爆撃しかしていないので、ゴロタ帝国軍の強さを実感してもらうのも、今後の和平交渉で有効なはずだ。
森の中には、神獣及び霊獣達の活躍して貰うことにした。
炎の精霊であるイフリート、通称イフちゃん
氷結の精霊であるフェンリル、通称フェンちゃん
神界の門番である狛犬、通称コマちゃん
北の方角神である玄武、通称ゲンさん
東の方角神である青龍、通称アオちゃん
南の方角神である朱雀、通称スーちゃん
東の方角神である白狐、通称シロちゃん
皆に北の森に潜んでいる王国軍の兵士やゴブリン狩りをしている冒険者達を殲滅してくれる様に頼んだ。最近、戦闘がなく白龍城内4階の居室でブラブラしているのに飽き切ってしまった方角神達やコマチャンは、久しぶりの出動で張り切っていた。イフちゃんとフェンちゃんは過剰戦力で森が消滅してもこまるので、もしもの時の予備戦力になって貰う。
戦略としては、深夜2時に、交互に襲撃して貰う。概ねの戦闘時間は1時間程度にして貰う。一度に殲滅する事なく、徐々に戦力を削ってくれる様にお願いした。彼等は、時空の狭間を渡って移動するので、労力的には『朝飯前』だろう。何故、午前2時にしたかと言うと、その時間は草木も眠る時間だと誰かに聞いたような気がしたからだ。
最初は、コマちゃんだ。襲うのは、かつてのゴーれシア王国の王都だった場所。石作りの王城や神殿は、僅かに原形を留めるのみとなり、廃墟の周辺に2000人程の王国兵士が駐留しており、その周りに奴隷狩りを請け負っている冒険者、いや野党崩れがキャンプしていた。コマちゃんは、本来の大きさである体長3m以上の獅子、デビルライオンもどきになった。口からはチロチロと炎が漏れている。キャンプ地の南側から襲い掛かるが、まずは咆哮のご挨拶だ。
「オグギャオオオオオ!!」
見張りをしていた兵士は、暗闇から突如現れ、炎を撒き散らしながら咆哮するコマちゃんを見て、失禁しながら本体の方に逃げ出した。コマちゃんは、その後を追いかけるように走り出した。途中、何人かの兵士が踏み蹴られて潰れていたが、構う事なくそのまま走り続け、王城廃墟前広場まで走ってから、立ち止まって振り返り、炎を噴きながら咆哮をして、白龍城まで転移した。
次の日の午前2時、今度はシロちゃんが、本来の姿になって東の空から西に向かって駆け抜けて行く。下界には鋭い剣が降り注ぐ。兵士の体を上から貫通したと同時に剣は消滅してしまうので、突然肩口から血を吹き出して倒れる兵士には何が起きたかわからぬまま、生命の灯火を消してしまう。
次の日は、スーちゃんだ。翼幅10m以上の孔雀のような姿になるが、全身炎に包まれているので、完全に『火の鳥』だ。燃え盛りながら低空を飛翔して行く。ただ飛翔しているだけだが、接近された部隊は、そのまま燃え上がり炭になるまで燃え続けていた。
次の日の午前2時、アオちゃんが体長20mの竜になって、キャンプ地に豪雨を降らせようとしたが、直ぐに異常を感じて攻撃をやめてしまった。キャンプ地には誰もいなかったのだ。イフちゃんの話では、昼前に部隊は撤退して行ったそうだ。明日、ゲンさんが100m以上の巨大な亀の姿になって、キャンプを押し潰そうと思っていたのに、全く活躍出来なかったので、ブツブツ文句を言っていた。
森の中を強行軍で南下して行った王国軍と奴隷狩り達は、森を出た所で、フェンちゃんに氷柱にされてしまった。真夏に零下30度のブレスを浴びたのだ。一瞬で芸術的な氷柱になってしまうのも無理はないだろう。彼等は、これまで何人のゴブリンを奴隷として捕らえたのだろう。一つの国が無くなるほどの略奪と殺戮を繰り返して来たのだ。彼等を無罪放免で許すつもりなど、最初から無かった。
後は、大森林の中に潜んでいる奴隷狩り連中を狩り出すだけなのだが、小規模なグループばかりなようなので、放っておいても、その内ゴーレシア王国の者に処刑されるだろう。
ゴーレシア王国再建の目処が立ったので、王都建設要員及び王国軍兵士を募集することにした。ミネフトリーネ王子は、あれから毎日、壁街の外に広がっているゴブリン居住区において再建の手助けしてくれる者を募集している。既に200名ほどが志願して来たそうだ。今まで奴隷以下の暮らしをしてきた彼等にとって、自分達の国で働けるのなら、それが厳しい生活になろうとも我慢できるし、やり甲斐があるのだろう。
クラウディアが、彼等の移住計画を策定して来た。森の中ではあるが、旧王都はそれなりの広さがあり、そばを川が流れているので、水資源に不自由する事はない。王城は瓦礫の山となっているが、キチンと組み直せば、ある程度は復活できるようだ。しかし、ちゃんとした都市計画を策定し、重要インフラから整備していかなければ、嘔吐の早期復興は難しいそうだ。
またバンブーさんにお願いしなければならないようだ。取り敢えず200戸分の簡易住宅を建設するとともに、森を切り開いて、ハイ・ボラード市と結ぶ街道を整備する必要がある。この街の建設業者も活用して新都市建設を進めることにしよう。
ティタン大魔王国とボラード統治領の境界線近くを、ティタン大魔王国軍が北進している。未だ開戦とはなっていないが、少し意地悪をしてみる。今まで何もしていないイフちゃんに活躍して貰うのだ。もちろん意地悪程度だから、部隊本体を殲滅などしないし、なるべくなら人的資源を損耗させたくない。狙いは輜重隊の荷馬車だ。食料や飲料水はもちろんのこと、飼葉や武器の補充などが積まれている。輜重部隊は、戦闘部隊ではないので魔人族で構成されているとのことだった。その人たちにはなるべく被害を及ぼさないように配慮してもらう様にお願した。さらに1回の襲撃で、荷馬車の損害は3台以下にしておくようにもお願いした。部隊に対するダメージをジワジワと感じさせるためだ。また、襲う時間も当然午前2時としてもらう。
イフちゃん、ニヤリと気持ち悪い顔で笑っていた。
それから1週間後、ティタン大魔王国からの使者がワイバーンに騎乗してやってきた。随行の竜騎士が10騎着陸していたが、ワイバーン程度の脅威は 全くないので、誰も驚かなかった。使者から渡された宰相からの手紙には、何が書いているのか良く分からなかった。クラウディアに読ませたところ、『戦争はしたくないけれど領土の割譲には応じられない。共同統治と言う訳にはいかないだろうか?』と書かれているらしい。さらに両国の友好のために高位貴族の姫を3人ほど嫁にくれるとも書かれている。高位貴族というとリッチかレブナントなので、その娘さんを嫁に言われても『ノーサンキュー』だ。うん、ここは断ろう。クラウディアが返書をしたためている。内容は、次の通りだそうだ。
・共同統治の案は承諾できない。
・戦争を回避はしないが、こちらから攻撃を開始することはない。
・既にゴーレシア王国の旧領土は、亡命中の国王一族により掌握済みである。大魔王国軍が侵略するならば徹底抗戦する。
・高位貴族の娘を寄こす話は、顔を見てから決める。
もちろん、最後の条件については削除してもらった。これ以上妻を増やす気はさらさらないのだから。返書を受け取った使者さん達はすぐに帰って行った。まあ、接待するつもりなどサラサラなかったんですが。
既に、ゴーレシア王国の再建は始まっている。かつては森林地帯が主要領土だったが、それだけでは国民が暮らしていくのも大変だろうと、大森林の南端から50キロ位の地点まで領土を拡張しておく。まあ、街道沿いに境界標を立てるだけなんだけど。そして、大魔王国との境界付近にはゴロタ帝国軍を展開しておいた。アンドロイド兵12000体だ。重火器は120ミリカノン砲だ。森林地帯でのゲリラ戦にしようかとも思ったが、敵がまとまって行軍してくるので野戦で対応した方が良いだろうとのことだった。敵の行軍がそのまま進んでくれるならばの話だが。
8月になって春播きの麦が始まるころ、ティタン大魔王国から再び使者が来た。ゴーレシア王国の再建を認めるそうだ。また、国境線も現在策定している大森林南端から50キロの地点で良いそうだ。やはり、輜重隊へのしつこい攻撃が効果を上げていたらしい。途中から、ゲンさんやコマちゃん達も参戦していたので、敵軍にとって何が起きているのか分からないまま兵站が壊滅してしまったのだろう。国軍と言っても地方領主の私兵も徴収しての混成部隊なので、王都からの解散命令が到達した段階で、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの領地へ帰って行ったらしい。
そして、最終的な和平条約を結びたいので、ティタン大魔王国の王都にある宮殿に御光臨賜りたいとの言葉で終わっていた。かつて大魔王が統治していたこの世界の居城、それをゆっくり見る良い機会だ。二つ返事で受諾した。和平条約締結日は9月1日とした。あ、あいつも顔を出すのだろうか。まあ、あいつがいても、直ぐに戦闘になることはないだろうが。




