第2部第167話 王都への道 その14
(7月13日です。リトちゃん視点です。)
妾は、今、魔界にいる。確か、この世界は災厄の神と魔王との戦争があった世界のはずだ。あの時、災厄の神は消滅し、魔界は魔王が支配する世界になったはずなのに、何故、奴がこの世界を支配しておる。奴は、いつだって魔王の目を逃れ、人間界で好き勝手をしていたのに、この世界で、何をしておるんじゃ。しかも、今はこの世界にはいないようじゃ。
この世界に来た理由は、人間界の支配に失敗した場合に、この魔界を妾が支配しようと思ったからじゃ。そのために妾の唯一の使徒であるペルも連れてきておるのじゃ。ペルは、未だ真の姿を表していないが、本当は体長3m以上にもなるワー・キャットなのじゃ。まあ、普段は生後3か月程度のペルシャ猫の仔猫なのじゃがのう。
こちらの世界に来て思ったのじゃが、何故か子供が少ないようじゃ。というか、周りはアンデッドばかりではないか。彼奴は何をしてくれたんじゃ。妾は、人型のモンスターは好きなのじゃが、アンデッド系だけは苦手なのじゃ。一番嫌いなのはゾンビで、あの皮膚からポタポタと垂れてくる腐汁の色と匂いを想像するだけで吐き気がしてくるわい。
次に嫌いなのは、グールどもじゃな。彼奴らは屍肉を喰らいおる。しかも腐っていてもお構いなしじゃ。あの口から臭い液体を垂らしながら屍肉を貪り食らう姿を見ると、3日は飯が喉を通らないわ。
後、レブナントも少し苦手じゃ。戦闘馬鹿のアンデッドなんぞ、物理攻撃がほぼ無効じゃし、彼奴を殺すと汚らしい土塊にいなってしまうのじゃ。その土塊の中から蛆虫がモゾモゾと出てくるシーンを思い出しただけで、食欲減退じゃ。
まあ、そんなアンデッド達など、子供を作る必要もないのじゃろう。基本、彼奴らは死ぬこともないのじゃから。そう思っていたら、この世界では、そうでもないらしいのじゃ。確かに、この世界のグールやレブナントどもは長命ではあるが不死ではないそうじゃ。そのため、弱いが繁殖能力も備わっているのだそうだ。この屋敷の執事長のグレンも妻と子供がいるが、子供は43歳だそうじゃ。本人は165歳とのことなので、一体、幾つの時の子供なんじゃ。
この屋敷の執事やメイドは、殆どがグールなのじゃが、妾が滞在している時に限って、下働きの魔人族の女がメイドとして使えることになったのじゃ。名前は、メルノと言い、14歳だとの事だった。この女、年のわりに世の中のことを知らず、生まれ育った貧民街とお屋敷の中のことしか知らないようじゃ。まあ、随分前に、この屋敷に来てから、洗濯や掃除しかしていないのじゃから、当然かもしれないのう。メルノは、今回、初めて小綺麗なメイド服を着ることができて、嬉しいようじゃが、妾から見てもメルノは可愛らしい顔をしているので、メイド服を着ると別人のようじゃった。
屋敷の中ばかりにいても面白くないので、ゴロタ殿に街に出る許可を貰うことにしたのじゃ。昼食の時、頼み込んでみたのう。
「ゴロタちゃま、明日、メルノと一緒に街に出て良いでちゅか?」
「街に出て、何をするのかな?」
「うーん、お友達を探ちゅの。」
ワザと幼児語を使うのも苦労するのじゃが、まあ、しょうがない。ゴロタ殿は暫く考えてから、グレンにモンド王国兵の警護人員を付けてくれる様に依頼してから、許可してくれた。
次の日、妾の魔王国デビューとなった。妾は、真っ赤な半袖ワンピースにストラップ付きサンダル、後はつば広麦わら帽子という服装で出かけたのじゃ。メルノは大きな日傘を差して、妾に直射日光が当たらないように翳してくれるのじゃが、結構邪魔なんじゃがのう。
一般居住区の大商店を見て回ってから、魔人族居住区に行ってみる。境の街壁を越えると、街の雰囲気がガラリと変わった。妾よりも小さな子達もいっぱいおり、身なりこそ貧しそうだが、目が輝いており卑屈な感じがしない。メルノは、お屋敷に方向に来てから5年ぶりの魔人族街らしいのだが、メルノが暮らしていた時に比べて街の雰囲気が格段に良くなっているそうじゃ。
「あのう、リトお嬢様。お願いがあるのですが・・・。」
「何でちゅか?」
「この近くに私の実家があるのですが、少しだけ寄ってもいいですか?直ぐそこですし、時間もちょっとだけでいいんですが。」
「良いでちゅよ。行ってみまちょう。」
メルノの必死の表情を見ていたら、ダメとは言えない。しかし、向かってみたら決して近くではなかった。妾は、体つきこそ5歳児だが、強化魔法を使えば、身体能力は成人女性位はあるのだが、それでも1時間以上歩かなければいけなかった。
メルノの実家に近付いたのだろう。歩調がさらに速くなった。バラックが並んでいる一角に、何人かの幼い子供達が固まって遊んでいる。その内の1人が妾達をみてキョトンとしていた。メルノと同じ栗色の髪の毛の女の子で、顔立ちもメルノによく似ている。
メルノが、その子に話しかけた。
「あなた、メサリちゃん?」
「うん、お姉ちゃんは誰?」
「お母さんはいる?」
「うん、お母さんは家で寝ているの。胸が痛いの。」
メルノは、引き攣った顔で走り出す。もう、妾のことなど構っていられないのだろう。直ぐに護衛のモンド兵達が妾のそばに寄ってくる。まあ、ペルがいれば、護衛など必要ないのじゃが。メルノが走り込んだ家に向かう。板戸の玄関の中からメルノの泣き声が聞こえる。しかし、母親の声が聞こえない。嫌な予感がする。
断りも無く家の中に入ってみると、奥の粗末なベッドに一人の女が横になっていた。メルノが、その女の手を握って泣いている。
「お母さん、しっかりして。何処が悪いの?お医者様には診て貰ったの?お薬は?」
しかし、母親は、弱々しくメルノの手を握り返すばかりで、喋る声は弱々しすぎて聞き取れない。ベッドの周りを見ても、水差しが置いてあるだけで、薬らしき物は見当たらなかった。そのうち、メサリちゃんが帰って来た。メサリちゃんは、私よりも2つ位上のようなので、7歳か8歳位だろうか。メルノは5年も実家に帰っていないとの事だったので、メサリちゃんはメルノを見ても誰かは分からないのじゃろう。
妾は、母親の力を見てみたところ、体力も落ちていたが、問題は生命力じゃ。殆ど尽き掛けている。病魔が、体を蝕んでいるのじゃろう。特に胸の辺りに瘴気が澱んでいるところから、胸の病気が原因と思われた。
「お医者ちゃま。」
「え?」
「早くお医者ちゃま呼んで。」
「え、でも、お金が・・・」
内緒のポケットから、金貨10枚を取り出して渡す。メルノは、目を見開いて、じっと金貨を見つめている。妾の小さな手に不自然に握られている金貨10枚、それをそっと受け取ると、目に涙を浮かべながら頭を下げている。妾は、メルノの手を引いて表に出ると、警護のモンド王国兵に、メルノに同行するように指示をした。
「お姉ちゃん、お医者ちゃま行くの。一緒に行くの。お願いなの。」
妾の言葉にピンと来たのか、一人の兵士がメルノと一緒に一般居住区の方に走って行った。
「誰も入れてはダメ。」
そう言ってから、再び家の中に入って行く。母親の枕元には、喀血を拭いたと思われる赤黒く汚れている布が隠されていた。妾は、母親の瞼の上に手を置いて、意識を混沌の中に沈めて行く。精神操作は、妾の最も得意な神技だ。一瞬で意識を失った母親は、それでも苦しそうな息使いが続いている。
次は、母親の着ている寝巻きの胸を開いて、素肌に直接、妾の手を当てる。妾の持っている負のエネルギー、『瘴気』を母親の肺臓の中に満たして行く。瘴気は、母親の胸の中の病根と同化して行く。病気により破壊された肺臓の細胞も瘴気に取り込まれて行く。体内の病根全てが瘴気となった所で、全ての瘴気を妾の体内に取り込んでいく。母親の体内から、完全に瘴気がなくなると同時に、体内には病根の片鱗さえ存在しなくなっていた。
この母親の病気は、微細な単細胞レベルの生命体が繁殖したことが原因だろう。そのような低級な細胞が、妾の高エネルギー体に同化して生存出来るわけがないのじゃ。しかし、病根により破壊された肺臓を復元するのは、ちと難しい。事物を作り出すには正のエネルギーが必要なのじゃ。妾にはちとハードルが高いのじゃ。
まあ、母親の容態は峠を越えたのじゃ。暫く、様子を見てみよう。1時間位したら、メルノが医者を連れて来た。母親は、呼吸も落ち着き体温も平熱に下がっているようじゃ。医者は、胸の音を聞いたり、体温を測ったり喉を診たりしてから、メルノに母親の病状を説明した。
「お母さんは疲れが溜まっていたようですな。今は、落ち着いているようなので、このまま休ませておいてください。一応、滋養の高い薬を出しておきますね。」
と言って、どう見てもニンニクと蜂蜜を混ぜたような飲み薬を処方していた。医者が帰った後で、妹のメサリも家の中に入って来た。母親が心配だったが、怖くて家の中に入って来れなかったのじゃろう。
姉妹2人がベッドの脇に座っている。妾は、黙って二人の手を取ると、母親の胸にその手の平を当ててやる。2人は、妾のやることに驚いていたが、嫌がってはいないようじゃった。
妾は、2人の体内に流れている正エネルギーを母親の体内に誘導し、病根により破壊されてしまった肺臓組織の錬成を始めた。2人の手が白く光っている。これには流石に驚いている様だった。直ぐに光は消えた。妾には、母親の肺が健康な頃のように修復された事が分かった。
「お嬢様、お嬢様は一体?」
「この事は内ちょでちゅ。今日は、母様と一緒ね。」
そう言い残して、メルノを残して家を出て護衛の者と一緒に屋敷に帰ることにした。護衛の2人は何も言わなかったが、私が何をしたのか知っているようだった。
屋敷に帰ってから、護衛の兵士達は執事長のグレンに事情を話した様で、メイドの1人が、お見舞いの品を持って行った事は、妾の知らない事だった。
その日の夜、ゴロタ殿が妾を突然ハグして来たが、妾は決して『魅了』など掛けていないから。でも、恥ずかしいけど嫌な気がしなかったのは何故だろう?




