第2部第164話 王都への道 その11
(7月10日です。)
今日、モンド王国の調査団が本国に帰っていった。それと、マリアちゃんの躾をしっかりとするために、シェルも一緒に帰ることにした。勿論、シェルはゴロタ帝国の白龍城にだが。どうやらアンドロイドのクレスタでは、マリアちゃんをやや甘やかしてしまうようだ。
区長代表のウルマティスさんとクラウディアの3人で、今度設立する裁判所について話し合っていたところに来客があった。執事長のグレンさんが申し訳なさそうに来客のある旨を伝えてきたが、何故、そんなに恐縮しているのだろうか。クラウディアが、来訪者について聞いたところ、
「会議中だから、面会は出来ないと何度も断ったのですが、どうしてもお話ししたいと申されて。」
と、グール人特有の灰色がかった顔色を青くして言い訳していた。
「別に構いませんよ。それより、何故面会を拒まれたのですが?」
「いえ、それが、少し変わったお方でして。背の高い男のようなのです。従者が10人位折るのですが、それが皆ゴブリンでして。本人はフードを深く被っていて、ハッキリとはしませんが、身元も分からず、怪しいのでお断りしようとしたのですが、『陛下にお会いするまで帰らない。』と申されて。」
ゴブリンを従者にするなどとは、この国の貴族ではありえない。本人がゴブリンだとしても、ゴブリンは身長が120〜140センチ位が普通で、背の高いゴブリンなど見たこともない。ゴブリンの特異種なのかも知れないので、取り敢えず会ってみることにした。客人は、玄関を入って直ぐの広間にある応接コーナーのソファに座っていた。灰色のフード付きコートを着ていて、顔はよく見えないが、座っている姿を見ても普通のゴブリンの体型ではないことが直ぐにわかった。僕が、近づいていくと、彼(彼女?)は立ち上がって迎えてくれたが170センチは優に超える身長はあるだろう。立ち上がると同時にフードを後ろに下げて、その顔を明らかにした。長い銀色の髪を後ろにまとめており、目鼻立ちが整っていて耳がとがっており、まるでエルフの女性のような顔立ちだ。しかし、肌の色は薄い緑色で、ゴブリン種とおなじであり、アーモンド型の目の色は、ゴブリン種にはない空色だった。供のゴブリン達は、屋敷の玄関の外に待たせているそうだ。
彼は、右胸を左手に当て、軽く左ひざを引いて頭を下げ、貴人のような礼をしたが、それは膝まずいての「臣下の礼」ではなかった。
「初めてご尊顔を拝し奉ります。来訪の内諾も得ぬままに突然拝謁を賜り、失礼の段、平にご容赦ください。私は、この大陸の北にあるゴーレシア王国の国王代行をしております、『ミネフトリーネ・アイム・ゴーレシア』と申します。以後、お見知りおきをお願い申し上げます。」
「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。私は、この世界とは異なる世界にある神聖ゴロタ帝国の皇帝でゴロタと申します。ここでは何ですから、こちらにどうぞ。」
クラウディアがグレンさんに貴賓客用の応接室にお茶を運んでいただくように指示をした。また従者の方々も第2応接室に案内してもらうようにお願いした。ウルティマスさん達との会談は、今日は中止にしてもらう。飛行式とは言え、他国の王族をお迎えするのだ、玄関先で対応するのは失礼と言いうものだ。
貴賓用応接室に案内しようとしたら、従者のうちから2名のみ同室したいと言われたので、特に危険も感じなかったのでご案内することとした。その2名は、身長こそ160センチ位とゴブリンとしてはやや大きいが、目つきがエルフのようなアーモンド色をしていて、明らかに他のゴブリン達とは異なる様子をしていることがすぐに分かる者達だった。ミネフトリーネさんが応接室のソファに座ると、その二人はソファの後ろに立ったままだった。ミネフトリーネさんが二人を紹介してくれた。右側に立っている人は、ゴーレシア王国の防衛軍総司令官をしているゴブリオン大将、左側に立っている人は、王国行政庁長官をしているゴラン侯爵とのことだった。
僕は地理的教養がないので、よくわからなかったが、ゴーレシア王国は、この大陸の北部山脈に沿って東西に長く所在しており、その領土の殆どは森林地帯だったそうだ。一部エルフの支配地域と混在していたが、森の獣を狩猟して生活をしているそうだ。ほとんどエルフと同じ生活圏であるが、極端に人数の少ない長命種のエルフと数こそ多いが、食事量もそれほど多くない短命種のゴブリンとは共存関係にあるらしいのだ。また、昔はゴブリンがエルフ族の女性を襲って妊娠させたこともあるらしいのだが、それは禁忌とされてからは、領主族の交雑は発生していないそうだ。ただ、昔の血筋からエルフの特徴を色濃く残しているゴブリンもおり、ミネフトリーネさんも、その一族の末裔らしいのだ。
数百年も続いたゴーレシア王国であったが、近年、ティタン大魔王国が侵略してきて、森を追われ、標高8000メートル級の山々が連なるノーザン山脈の中腹まで逃れて、山ドワーフやエルフ達に助けられて細々と王家を維持してきたらしい。侵略を受ける前は、30万人はいた国民も、現在では1万人を切る程度に減ってしまったらしいのだ。食料もままならない生活を何とかしようと山を下りて森に入る者達もいたが、ほとんどはかえって来なかった。まだ、森の中には国民が点在しているらしいのだが、その所在はよく分からなくなってしまっているのが現状らしい。
最近になって、ティタン大魔王国の西側で反乱が置き、大魔王国の軍隊を追い返したらしいと言う噂を聞き、その新しい国にゴーレシア王国の再建をお願いできないだろうかと思って、こうして王子自らが山を下りて来たらしいのだ。しかし、ノーザン山脈から、ここハイ・ボラード市までは2000キロ以上ある。徒歩なら3カ月以上かかるだろうが、彼らはどうやって来たのだろうか。聞いたところ、彼らは竜種を使役できる者がおり、3頭の地竜に乗って来たらしい。使役できる竜種というと、荷役用の鈍重な地竜しか知らなかったが、騎乗用の地竜もいるらしいのだ。今は、ハイ・ボラード市の郊外の森に放牧しているらしいとのことだった。
また、エルフ族の中には妖精と会話出来る者がおり、ここで起きていたことも、妖精を介してリアルタイムで知ることができるそうだ。そして、ミネフトリーネさんも、契約している妖精の声を聴くことができるとのことだった。
ミネフトリーネさんは、国王代行と言っていたが、現国王の第三皇子で二人の兄が戦士したことから、現在は皇嗣となっているそうだ。と言うことは、殿下と呼ばなければいけない訳だ。僕は、殿下の後ろに立っている二人もソファに座っていただくようにお願いしたが、『殿下と一緒に座ることはできません。』と固辞されたため、仕方なく会議用の椅子を二つ持って来てもらった。
現在のゴーレシア王国の現状について確認すると、旧領土の西半分からは王国軍が撤退したようで、森の中のシェダー町に兵士の姿は見えなかったが、ゴブリン狩りの冒険者や傭兵崩れ達がうろうろしているようだ。また、東側にあるキリング町とブタリオ村には、まだ王国軍が駐屯していて、周辺の森に棲んでいるゴブリンを定期的に狩っているらしいのだ。ゴブリン族は早熟短命で、一度に複数の子供を産むことができることから、一定の割合で狩っても、ゴブリンの集落が消滅することはないらしいのだ。それを逃れるために森を転々としているのだが、犬を使って追い立てられるので、完全に逃れるのは難しい状況だそうだ。聞いているだけで胸糞が悪くなるが、滅亡した国の国民など奴隷になるしか生き延びる道はないのだろう。
ミネフトリーネ王子からの依頼は単純だ。森から大魔王国の兵士達を撤退させていただきたいだけなのだ。クラウディアがゴラン侯爵に将来的構想を確認したところ、最終的にはゴーレシア王国の再建だが、当面はゴロタ帝国の庇護のもと、属領として統治していきたいそうだ。と言うことは、ティタン王国が了承しない限り、領土をめぐって戦争になる可能性が大であることは、誰にでも分かることだった。旧ゴーレシア王国とティタン大魔王国との境界線はどこだったのか確認したところ、ノーザン山脈の麓に広がる大森林すべてが旧ゴーレシア王国の領土で、境界線は、東西に流れるシンナン川に設定されていたそうだ。
僕は暫く考えていたが、この街の街壁の外に広がるゴブリン族のスラム、今は何とか支援物資で生活できているが、決して十分ではない。北に肥沃な森があるのならば、そこに移住させればゴロタ帝国ボラード統治領の食料問題や住宅問題も片付くし、またゴーレシア王国の再建も早くなるだろう。クラウディアが、僕の考えを読み取ったのかすぐに回答をしてくれた。
「わかりました。ゴロタ帝国としては全面的に協力いたします。この計画が成功した場合には、現在、国内で居住しているゴブリン族の皆様の入植を受け入れていただくことが条件です。もちろん、従前からの国民との差別がないことが前提ですが。また、ティタン大魔王国との領土交渉の前に、一度、旧ゴーレシア帝国領内を視察する必要があります。本日はお疲れでしょうから、隣の迎賓館にご宿泊していただき、準備ができ次第、視察に出発したいと思います。」
うん、そうだろうね。僕の考えていることをきちんと説明してくれるクラウディアさん、本当に優秀ですね。まあ、クラウド型並列処理アンドロイドだから、シルフと全く同じ思考回路を持っているのでしょうが。
翌日、さっそくクラウディアがティタン大魔王国の首都、グレート・タイタン市に出発した。もちろん、僕の親書、つまり領土割譲の申込書を携えてだ。移動は、もちろん『F35改ライトニングⅢ』を利用する。元ボラード侯爵邸があった跡地は整地され、航空機の発着位なら全く問題がない。さすがにジェットエンジンの大音量を響かせるわけにもいかないので、離陸は内蔵魔石から供給される浮遊魔力を利用している。無音のまま、スルスルと浮上して、高度200mでジェットエンジンを起動し、水平飛行に移る。マッハ0.9で西南西に進路をとってあっという間に見えなくなってしまった。あとは、大魔王国を支配している3人のリッチがどう回答するか待つだけだ。
あ、そういえばミネフトリーネ王子が『F35』を見て、口を大きく上げて驚いていたのはご愛敬かな。




