第2部第163話 王都への道 その10
(7月8日、デビアス宰相視点です。)
我がモンド王国は、永い間、領地を拡張できずにいた。北の人間族の国との間には高い山脈が立ちはだかっており、北侵するためには、短い夏の間に部隊を移動させて戦い、そして帰還させなければいけなかったからだ。しかし、最近になり山脈の下に長いトンネルが掘られ、北の大国と交易路ができた。我が国の積年の悲願が達せられた訳だが、それは北の大国の超技術の賜物であり、わが国の遅れた文明と武器では北侵など夢のまた夢に過ぎないということを思い知らされてしまった。それどころか、いかにして北の大国、つまりゴロタ帝国からの侵略を防ごうかということに全神経を費やさなければいけなくなってしまった。そんな情勢の時、ゴロタ帝国から新世界の統治を任されることになった。
へ?新世界?
聞けば、この世界とは異なる次元の世界があるそうだ。そこは魔人の国で人間族はいないそうだ。魔人だけの国、それはもしかすると我が国に伝承として残っている魔人族の王、『大魔王様』の国なのではないだろうか。大魔王様は、我々とよく似たお姿をしており、人間や邪な神に仕える異教徒どもから我々を守ってくれたと言われている。しかし、千年以上前の神魔大戦の際にお姿をお隠しになられてから、ご降臨されたことは歴史上はない。もしかすると、その異世界と言う国においてご降臨されたのかも知れない。
なにはともあれ、今日、その『新世界』に皆で調査に行くことになった。メンバーは、私を筆頭に各行政機関の次官級の職員20名だ。ゴロタ帝国側からはゴロタ皇帝陛下、シェル皇后陛下それとクラウディア秘書官殿だ。クラウディア秘書官殿は、魔人族だが出身地を聞いても『南の方だ。』とのみ答えるだけで、その出自を明らかにしてくれなかった。しかし、ゴロタ陛下から絶大な信頼を得ているようだし、恐れながらシェル皇后陛下よりも皇帝陛下に馴れ馴れしい態度をとっているところから、もしかすると愛人なのかも知れない。まあ、ゴロタ陛下の側室を狙って、今回帰省された3人のご令嬢と未だ幼いが
リトルホライズン・フォン・デビタリア嬢をおそばに置かせてもらっているのだから、クラウディア様が側室の座を射止めてくれる分には、わが国にとってはこの上ない安心材料ではあるのだが。
王宮の中庭に集まっていると、ゴロタ陛下、シェル皇后陛下、クラウディア様それにリトルホライズン嬢が現れ、それぞれ自己紹介をした。その後、ゴロタ陛下が右手を大きく回すと、中庭の真ん中に白く輝く転移用のゲートが顕れ、ゴロタ陛下を戦闘に、次々とゲートをくぐっていく。最後は、クラウディア嬢で、ゲートを占めるのもクラウディア嬢だった。あんなに小さな少女なのに空間魔法を自在に扱うなど、もしかして大魔法使いなのだろうか。そういえば、魔人族でも大魔法使いは小人種に限られていることから、クラウディア嬢は小人種なのかも知れない。しかし、小人種の女性にしては少し大きいような気がするが。
転移先は、大きなお屋敷の前庭だった。ここは、この地の領主だった元侯爵様のお屋敷だったそうで、あたりは夏の花々が一斉に咲き誇り、寒冷なモンド王国から比べても過ごしやすいような気候に感じられた。
我々を迎えてくれたのは、この街の区長総代と言う方と、モンド王国から派遣している部隊の総司令官それと住民代表という魔人のご老人だったが、驚いたことに区長総代は、魔物のレブナントだそうだ。一見したところ、皮膚の色が土色をしているだけで、人間族との差は分からなかったが、あれが都市災害級の魔物であるレブナントであると言われても、にわかには信じがたい気がした。クラウディア様は、この者達が、モンド王国のある現世界に行くと、世界に満ちている魔素の成分が異なるため、精神的なダメージを受けてしまって正気を失ってしまうらしいとのことだった。現在、抗魔素薬を開発中だそうだが、それが完成するまでは旧世界と現世界との往復は魔人族限定にしているそうだ。
その後、皆で会議室に集まり、ウルマティス代表から国情に関しての概要説明があった。この国は長い奴隷制度により国力が疲弊してしまい、国家存亡の危機にあるらしいのだ。
最も喫緊の課題は、魔人族やゴブリン族などの底辺もしくは最底辺の種族の生命維持だそうだ。長い間の搾取により、農業生産は低調を極め、すべての国民に十分な食料を供給できなくなっていたそうだ。おぞましいことに、辺境の地では他の亜人を襲って食料にしていたこともあったそうだ。しかし、今年の作付けは順調であり、風水害等もないため、すべての作物が順調に生育しているそうだ。また、秋の収穫期までの端境期には、ゴロタ帝国からの潤沢な支援物資により国民が餓死する危険は去っているとのことだった。
次の問題は、国民の教育に関してだ。国民の大多数を占める魔人族及び比率は少ないがゴブリン族に対する教育はまったくなされておらず、結果、国民の民度は低いと言わざるを得ない。特に、公衆衛生及び法令順守の意識の低さは破壊的で街壁の外に広がるゴブリン族の集落の劣悪な生活環境は、早急に改善の必要があるそうだ。
今日は来ていないが、ゴブリン族からも代表が決められており、定期的な会議には出席してもらっているそうだが、実際にゴブリン族の集落がいくつあり、種族の人口は何人なのかは全く分からない状況だそうだ。現在、ゴロタ帝国からの支援により簡易住宅が次々に建てられているが、まだまだ足りていないとのことだった。
次に、市内及び街道の治安維持が問題だそうだ。貴族制度が撤廃され、今までの貴族達が一般市民に格下げとなったわけだが、教養の高さ、魔法力の高さ及び戦闘力の高さは魔人族を圧倒しており、市内で公職についた貴族以外は、新しく施行された法律を守る気持ちが薄く、今まで通りの生活態度を保とうとしているそうだ。そのため法律的には違法でも、誰も咎めない状態が発生しており、これを諫めるためにも強い治安機構の構築が急がれるとのことだった。
会議の後、市内の視察を行うことになった。この街は、貴族街、一般居住区そして貧民街と3つの街区に分かれていて、高い塀で区分けされている。今までは、街区を自由に通行することはできなかったそうだが、今は完全にオープンされているそうだ。本当は塀も撤去したいそうなのだが、経費が掛かるので、将来的な構想としているそうだ。街壁の外は、ゴブリン族が主体のスラム街というかテント街なのだが、至る所に小さな真四角のボックスが建てられている。簡易住宅らしい。最終的には、もっときちんとした住宅を建設していくそうだが、職人の数が圧倒的に不足しているらしい。一つの住宅を建てるのに、職人1人とゴーレム10人位で住宅置き場から移動してきて設置している。設置は、土魔法で土台を作るのだが、土魔導士が極端に少ないために、ゴブリンや真人族の人海戦術で土台造りをしている。
出来上がった土台に住宅を載せてアンカーで固定し、上下水道を接続するのだが、上水は、井戸からくみ上げた給水塔の上のタンクから重力を利用しての給水だ。下水は、大規模な下水道処理工場を郊外の用水路の近くに建設済みだった。処理工場といっても大きな貯水池にためて、隣の濾過池で汚物を濾過・分解し、最終的に殺菌処理された水を用水路に流し込むのだが、かなり栄養価が高い水なので、農業用水と使用すれば肥料がいらないので一石二鳥であるそうだ。
何人かのゴブリン種の人と話してみたが、現世界のゴブリンと違い、きちんと服を着ているし、首の翻訳機を利用してだが、会話も成立している。ただ、ゴブリン種の人達は、目をしきりに動かして、周囲の様子を伺っているし、私が接近しすぎると、その場で固まってしまう。私達を恐れているのが一目瞭然である。この人たちが一般市民と仲良くなって、普通に会話できるようになるのに、これからどの位の期間がかかるのか少し自信がなくなって来た。
ゴロタ陛下の構想では、この国の第1公用語は『グレーテル語』、第2公用語は、ティタン語とするそうだが、驚いたことに、そのティタン語は、わが国で使われなくなった古語とよく似ている。発音などは違うところもあるが、文法及び単語は全く同じであった。我が国の公務員採用試験では古語の読解能力も出題されていることから、少し慣れれば言葉の問題は解決されるだろう。この前、モンド王国から派遣されていたダイキ総司令官も流量なティタン語で会話をしていたことから、わが国から派遣される事務官達も言葉の壁は無い者と思われた。
夜は、我々の歓迎晩さん会が開かれた。この国の郷土料理を食べてみたが、味付けが薄い以外は、かなりな高級食材を使っており、この国の農水産物のレベルの高さを伺い知れた。また、ワインについても温かく温暖な気候がブドウの育成に会っているのか、アルコール濃度の高い高級ワインがふんだんに出されていた。我が国ではトウモロコシから作られる醸造酒が名なのだが、この国では大麦やサボテンの実から醸造された酒も常飲されているようだ。
そして驚いたことに、この国には大きな山脈があまりなく、労働力さえあれば、農地として開拓できる原野が広がっているそうだ。毎年、恒常的な冷夏に見舞われ、食糧生産も低調な我が国としてはうらやましい限りである。クラウディア様の話では、将来的にはモンド国民を入植させていきたいそうだ。もちろん、入植に当たって人種的差別感を持っていないことが最低条件だと言われた。その点については、我がモンド国民は大丈夫だろう。貴族と言えども時には農地に出て作業をしなければ生きていけない厳しい自然環境で、人種差別などしている余裕などないのだから。
次の日、ゴロタ皇帝陛下が準備してくれた皇帝陛下専用旅客機で国内全域を見て回った。驚いたことに延々と穀倉地帯が広がっている。人手が入っていないところは広葉樹の森か草原だ。季節的に青々と広がっている草原を見ると、無限の可能性が感じられる。うん、この国に来たいというモンド王国民は多いのではないかと考えてしまう。
視察は無事完了した。何人かの高級官僚を侯爵邸に残し、我々はモンド王国に帰ることにした。帰り際に、ウルマティス代表から桐の箱に入った大きなメロンといかにも高級そうなワイン2本を各人にお土産としてもらったが、このワイン、我が国では絶対に生産できない超高級ワインであることは内緒にしておこう。




