第2部第162話 王都への道 その9
(7月5日です。)
今日は、マリアちゃんの誕生日だ。朝早くシェルと一緒に、ゴロタ帝国首都にある『白龍城』の転移部屋に転移した。転移部屋に備え付けられているソファでくつろいでいると、僕達の代理で日常業務をこなしているアンドロイド達が部屋に入って来た。僕達がいなかった時のトピックはシルフがクラウドで情報共有しているので、ある程度は知っていたが、今日の『お誕生会』について詳しく説明を受けることにした。
マリアちゃんの誕生日プレゼントは『魔法杖』だそうだ。ノエルが魔法の使い方の基礎を教えたら、すぐに発動することができたみたいで。既に『灯火』と『発火』は無詠唱でできるらしいのだ。この前、眠りながら『発火』を発動したらしく、お布団の一部が焦げてしまったらしい。すぐにクレスタが異常に気付いて消火してくれたのだが、魔法の制御を早く覚えさせるために、制御用の杖が必要らしいのだ。ノエルが、市販の黒檀製の『短杖』を購入しておいたらしい。本当は、魔石を組み込んだクレイスの木でできた杖が良いと思ったのだが、強力な魔杖では、アリスちゃんの膨大な魔力を蓄えてしまって、発動した時に大惨事になるとのことだった。それで、一定以上の魔力を貯えられない安価な杖にしたそうだ。
そのままマリアちゃんの部屋に行くと、マリアちゃんは未だベッドの中で眠っていた。クレスタが、傍のスツールに座っていたが、僕達が入っていくと、スッと立ち上がって、部屋の隅に下がって行った。本物のクレスタだったら、僕に飛びついてきてキスの嵐なのだろうが、アンドロイドのクレスタは、もちろんそんなことはしない。自分の役割をきちんとわきまえているのだ。過去の黒歴史は記憶のかなたに封印している。というか、シルフに頼んでメモリー削除をお願いしておいた。僕は、マリアちゃんにそっとキスをしてあげてから、静かに部屋を出て行った。
階下に降りると、ノエルがダイニングでお茶を飲んでいた。テーブルの上には、ピンクのリボンで包装された細長い箱があった。きっとマリアちゃんへの誕生日プレゼントなのだろう。僕達もお茶を飲んでいると、フミさんがリアちゃんを連れてきた。リアちゃんは、ティタン大魔王国から連れてきたのだが、幼いためにフミさんと一緒の部屋で生活している。僕達の姿を見て、フミさんのスカートの陰に隠れている。きっと恥ずかしいのだろう。今日は、マリアちゃんの3歳の誕生日だが、リアちゃんも7月8日、つまり3日後に4歳の誕生日を迎えるそうだ。だから今日は、マリアちゃんとリアちゃんの誕生パーティを一緒にやるつもりだ。
午前中は、カノッサダレス宰相と打ち合わせをして、午後はノンビリとすることにした。マリアちゃんとティタン大魔王国から連れてきたリアちゃんが遊んでいる。リアちゃんは、今月の9日で4歳になるので、ちょうどマリアちゃんよりも1歳年上だ。マリアちゃんがリアちゃんに魔法を教えている。
「だから、指の先からパーって火をだすの。ほら!」
マリアちゃん、何も詠唱せずに指先に小さな火を燃やしている。でも、リアちゃんはうまくできないようだ。あの世界での魔人族は、魔力を持たないのが普通なので、魔法の理論も分からないリアちゃんにとっては初歩魔法でも敷居が高いのだろう。『ウンウン!』うなっているが、全く魔力の流れが感じられない。まあ、マリアちゃんの指導では、きっとダメだろうと思うが、特に二人の会話には入り込まないようにしておこう。
表の皇帝執務室に行くとカノッサダレス宰相を筆頭とした閣僚及び各領地の首長が集まっていた。アメリア大陸の運営と新しい魔界の統治領の運営について協議するのだ。先週、各首長には示達していたみたいで、転移ゲートと使って、今日の午前中に集まっていたようだ。議事進行はいつものようにシルフが行うことになっていた。
アメリア大陸南北の統治領については、新たに首長を決めなければならない。当然、大陸出身者が適任であるが、当分の間は、神聖ゴロタ帝国の威光を背景にした物を総督として派遣することにした。まあ、2~3年もして、国内情勢が落ち着いてきたら、自由選挙により首長を決めて良いだろう。直接陸続きでもないし、言語、民族も違うので防衛も含めて自分達で決めて貰っても、帝国本土への脅威にはならないだろう。あと、北アメリア大陸の北部にあるという魔人族の国にも行ってみなければならない。国家制度や文明レベル等を確認し、交易の道を確立しておきたいと考えている。シルフの話では、豊富な鉱物資源と森林資源があるそうだ。また、極北に近い部分では石油の埋蔵も期待できるとのことだった。現在、帝国本土内で算出する領都、北アメリア大陸東岸で算出される原油で十分需要は賄えているが、将来的には、石油から抽出した『水素』でクリーンエネルギーを賄っていきたいそうだ。
水素を抽出後の石油からは、炭素と酸素、硫黄、窒素などが残されるが、それぞれ単独元素として分解され、いろいろな素材や肥料などにするそうだ。そのためには、膨大なエネルギーが必要らしいが、無限のエネルギーが得られる僕にとっては、微々たる量だということだった。まあ、詳しいことは分からないが、今は、ジェット燃料や発電で使っている石油を、将来的には水素燃料に変えていくらしい。まあ、お任せします。
魔大陸の運営については、人的資源が枯渇している現状では、大幅な支援が必要であるらしい。しかし、そうは言ってもゴロタ帝国にも余裕がないし、人間族では、習慣や民族的な差異により軋轢が生じる可能性がある。といって、僕とシェルがいつまでもいるわけにもいかない。いろいろと考えていたら、カノッサダレス宰相が発言を求めてきた。
「皇帝陛下、一つ考えがあるのですが。かの世界を、南のモンド王国に統治を委託したらよいかと思います。現在でも、治安維持のために少なくない人員の部隊を派遣していただいておりますので、当地に必要な人員派遣もそれほど負担にはならないのではないかと思うのですが。」
それは、僕も考えていたが、言語がことなるのと、こちらの世界では魔物として存在しているグールやレブナントとの共存がうまくいくのか不安があるため、言い出せなかったのだ。宰相が続けて発言していく。
「最初は、調査団を派遣し、問題点を把握するひつようがあります。今後、10年程度は我が帝国の支援が必要と思われますが、農業・鉱業それに工業生産が国内需要以上に増産できればきっと我が国の発展に寄与してくれるはずです。ここは、モンド国王陛下に相談してみてはいかがでしょうか?」
結局、新世界の運営については、デル・モンド国王陛下と相談することになり、明日、僕とシェル、もちろんシルフも交えて訪問することになった。
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次の日、モンド王国に行こうとしたら、デリカちゃんとデビちゃん、ぶりちゃん、それにリトちゃんまで一緒に行くことになった。まあ、久しぶりの帰国になるわけだけど、リトちゃん以外、学校はだいじょうぶなのだろうか。リトちゃんは、現在、大学付属幼稚園に通園しているが、園が終わってから孤児院で小さな子供たちと遊ぶのも大切なご用なので、ちょっと心配だ。あと、デビちゃん達は期末試験も終わり、あとは長い夏休みなので、一時帰省ということらしい。
リトちゃんは、新世界に興味深々なようで、新世界にも言ってみたいと言い始めた。リトちゃんの正体を知っている僕達は、あの世界でリトちゃんがどうなるのか心配だったが、まあ、最悪、僕がいればどうにかなるだろうとは思っている。
モンド王国に出発前、シルフが一人の少女を連れてきた。身長は150センチ位とシルフと変わらない。というかシルフとそっくりだ。違うのは、髪の毛の色が濃いブルーネットであるという事と、肌の色が少し褐色になっていること。あと一番の違いは、頭の左右に羊のような角が生えていることだ。これから、あの世界に同行していくのは彼女 (?)にするそうだ。シルフは、研究室で各種兵器の開発と、北アメリア大陸東海岸のプラント建設の指揮をしていくそうだ。新しい魔人タイプのシルフの名前は、『クラウディア』と言うそうだ。クラウディアは、きれいなカーテシを決めてから、僕のそばに接近し、腕をとって『さあ、ご主人様、行きましょうか。』と上目遣いで促してきた。その雰囲気が、とてもアンドロイドとは思えない妖艶さがあったため、シェルをはじめ、女性陣がキッとクラウディアを睨んでいたが、全く意に介していないようだ。シルフさん、このクラウディア、どんな性格付けをしたのですか?
皆で、モンド王国の王城内にある転移部屋まで転移した。出入口は、僕が開錠をしない限り絶対に開かない魔法をかけているので、モンド国王陛下や他の王族が勝手に使うことはできないようになっているのだ。扉を開けると、モンド国王陛下夫妻やデザイア伯爵それとデビアス宰相が待ち受けてくれていた。用件は、あらかじめシルフから電信で伝えていたようで、簡単な挨拶のあと、すぐに会議が始まった。会議では、クラウディアが議事進行を務めることとなったが、見たこともない魔人族の少女が重要な会議を仕切ることにモンド国王はじめ皆さんが吃驚していた。
新世界である旧ボラード侯爵領には、大都市が2つ、侯爵の寄子である旧貴族の領地内の市町村が28ほどあり、面積にしてモンド王国の3分の2ほどである。市や町を統治するためには行政機構として行政職員が100名以上、裁判所や刑務所などの司法職員が50名以上、それと治安維持の警察職員が100名以上必要である。そのほかに学校や孤児院、施療所の職員が人口にもよるが必要数を確保しなければならず、現地採用するにしても教育らしい教育を受けていない魔人族からは採用が難しく、グールかレブナントを採用しなければならない。モンド王国から派遣するのが管理職要因に限定するにしても15000人以上の職員を管理するとして1500人は最低派遣人員になるだろうとのことだった。また、その者達の家族が暮らすための住居を準備しなければならず、それだけでもモンド王国にとっては一大事業になるとのことだった。
クラウディアが、『その経費については、すべてゴロタ帝国で支弁いたします。領地経営が軌道に乗ったならば、最終的には現地での収益ですべて賄いますが、モンド王国への負担は人的負担以外一切ないとご承知おきください。」と言ってくれた。また、新現地政府つまりボラード信託統治領総督府の発足は10月1日を目途にし、それまでにすべての準備をすることとした。これにはデビアス宰相が難色を示した。派遣人員の人選だけでも3カ月は要するとのことだったが、現地での窮状を考慮すると、それほどの猶予はないと説明し、何とか理解してもらう。モンド王国は貴族制度をとっているので、派遣される人員も概ね貴族の爵位を持っている者達になるのだろうが、同時にゴロタ帝国の爵位も叙爵することになった。総督として赴任する者はゴロタ帝国侯爵に叙し、各行政機関の長及び地方領地の首長は伯爵または子爵に叙すことになった。また、衛士及び課長以上の管理職は準士爵や子爵、準男爵と男爵とそれぞれの階級、役職に応じて叙することとした。爵位認定証及び爵位証徽を作成するだけでも数が数だけに1カ月はかかるとのことだった。
結局、デビアス宰相及び随行20名くらいとともに現場実査に行くことになった。デビアス宰相と数人の閣僚が慌てて退席していったのは、実査に行く人選をするためだろう。




