第2部第161話 王都への道 その8
(5月25日です。)
定期的哨戒飛行をしている『F35BーⅢ』から、敵部隊発見との知らせが入った。ハイ・ボラード市の東南東250キロの地点だ。その数はおよそ6万人、うち馬に乗っている騎士団が200名、それとワイバーンに騎乗している飛空騎士団がおよそ20騎だそうだ。6万のうち、後方の2万は、食糧や武器などを運ぶ輜重部隊だろう。王都から1200キロ、恐らく王都とハイ・ボラード市の中間地点あたりに部隊を集結させてから出発したのだろう。それでも宣戦布告から1カ月程度でここまで進軍してきたのは、かなり強行スケジュールだったのだろう。侵攻部隊への対応方針は、シルフとサラ将軍で何度も趣味レーションしているみたいなので全く心配していないが、あのような大舞台に補給するだけの食料があるのならば、少し、こちらにも分けてくれればいいのに思うのは僕だけだろうか。
東側城門の外側に、『神聖ゴロタ帝国国防軍陸軍大魔王国派遣部隊駐屯基地』を設営した。軽金属製のカマボコ方兵舎が並び、ホリゾン大佐以下200名の部隊が駐屯している。そのほかに、アンドロイド兵が2000体おり、以前からの派遣アンドロイド兵800体と合わせると、陸上部隊だけで3000名以上の精鋭部隊となるわけだ。しかし、市中警備や東西南北の城門の警戒人員もあるので、今回新たに派遣された2000体のアンドロイド兵と『10式戦車』や『6輪装甲車』が対戦部隊の中核となるわけだ。そのほかに、ハイ・ボラード市の北にできた航空基地の部隊もあるが、彼らが地上戦を行うことはないので、ホリゾン大佐らが敵部隊と正面で対処することになる。
ホリゾン大佐は、カーマン王国の騎士団で親衛隊隊長をしていた人で、40歳位のイケメンさんだ。その起居動作をみると、絵にかいたような軍人さんだった。朝起きると幕舎の外で木刀の素振りをし、それからライフル射撃訓練をしてから、やっと朝食、あとは暇さえあれば部隊の視察をしていて、決してじっとしていない。『休日位は市内観光をすればよいのに。』と言ったら、『ここは戦場です。戦場の将官には休日はありません。』と固辞されてしまった。一番驚くのは、就寝する際にも、軍装を解かず、さすがに軍靴は脱ぐが、拳銃と軍刀は、ベッドの枕元に置いたままだそうだ。
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次の日の朝、6時00分、催涙爆弾を搭載した爆撃機がボラード北軍事空港を発進していった。僕も、皇帝専用機で追尾していく。勿論、後部座席にはシェルが登場している。まあ、興味本位と暇潰しに登場しているだけだが。今日は、キチンと飛行服セットを装着している。シルフは、基地の完成タワーの上だ。まあ、単に台の上に座っているだけなのだが。それでも全てのパイロット、爆撃手とコンタクトできているので、作戦指揮が出来るわけだが。
侵攻軍には、3日前、このまま引き返すように警告のビラを撒いておいた。このビラには、この世界では使われていない用紙とインクが使われており、自然環境に配慮しつつ雨で文字がにじまない物を使用している。ビラの内容自体は、『こんな意味のない戦争になど参加せずに故郷に帰りましょう。お父さん、お母さん、それに妻や恋人が待っていますよ。』などというたわいのない言葉と、今日の午前6時から攻撃を始めるということが書かれている。これで引き返すわけはないが、『F35』戦闘機そのものに驚いていることだろう。ワイバーンなど比較にならないほどの大きさと速度、そしてジェットエンジン独特の音、すべてが脅威の象徴のはずだ。
わずか200キロ程度しか離れていない敵部隊への攻撃は、基地を発進して30分後から始まった。向こうは、まだ進軍前の準備段階のため、テントを収納したり、食事を交代で摂ったりと朝の慌しい時間の真っ最中だ。そこに爆撃編隊が上空500mから催涙爆弾を次々と投下していった。催涙ガスの内容はオレオレジン・カプシカムというそうだが、要はトウガラシの辛味成分を粉末にしたものらしい。着弾すると爆弾内の炭酸ガスボンベにより、大量に噴出され、1発の爆弾で周囲30mは粉まみれになるようだ。敵戦闘員全員にかける必要などなく3割程度の戦闘力をそぐことができれば御の字だ。
『F35BⅡ偵察機』が上空でホバリングしながら地上の様子を見ていたところ、もう見ていて可哀そうな状態になってしまっている。もろに粉をかぶって真っ赤になったものは、地面に転がって苦悶しているし、ほとんどの者がクシャミを連発している。まあ、大量に吸い込まない限り健康被害はないとのことだったので、今日の午後には通常の状態に戻るはずだ。多分。
なかには、爆弾の直撃を受けて大けがをした者もいるようだ。弾体は、環境にやさしく土に還える素材の樹脂製だが、それでも総重量500キロはあるだろう爆弾だ。当たり所が悪ければ命を落とすこともあるだろう。まあ、本来の爆弾を投下するよりも人的被害は何百分の1だろうが。全弾投下が完了したのは、午前6時30分だった。全機異常なく帰還できたのだが、さすがに着陸して駐機場まで戻り終えたのは午前8時を回ってしまった。次の出撃は、午後8時の夜間爆撃の予定だ。夕食を終え、野営の準備に入った時間を狙うそうだ。この作戦は、殺傷を最低限にしようという人道的見地からとられているが、爆撃を受ける方はゆっくり休めないわ、クシャミと涙は止まらないわという悲惨な状況だし、寝袋やテントに不約した催涙粉末を除去しなければ、ほぼ使用不可能になるという鬼畜の所業のようにも思えるのだが。
まあ、夜の爆撃はシルフとアンドロイド兵達に任せきりなので、僕はゆっくり眠れるのだが。王国軍が攻めて来たことは、一部の者にしか知らせていない。しかしボラード市内から東の空へ向かっていく爆撃機の編隊がよく見えるので、市民達は何か起きていることは分かるだろう。市内は、大分落ち着いている。チラホラとだから、市内見物に来ているオークやゴブリン達の姿も見かけることができた。古着ではあるが、彼らのためにゴロタ帝国からの支援物資の中には衣料品もあったので、かなりこざっぱりした姿をしている。略奪を防ぐために貴族街だけは封鎖しているが、その他の区域は原則自由に通行できる。グール人や魔人族の中にはゴブリン達を見て眉を顰める者もいるが、知性を持っているゴブリン達は、アメリア大陸のコボルト族と何ら変わらないようにも見える。彼らの小さな手は、きっと細かな作業に向いているだろうし、オーク達は、グール人以上の体力を生かした仕事に就くことができるだろう。
攻撃開始をした翌日の昼過ぎに、王国軍の使者がワイバーンに騎乗してボラード市にやって来た。レブナントの将校1名とグール人の下士官10名の飛空隊だ。おそらく王国騎士団のメンバーなのだろう。彼らは、東門外の駐屯基地からそれほど離れていない地点に着陸して、白旗を掲げながら大将との面会を求めてきた。基地からの通報を受けて、僕は、基地外で応対することにした。僕とサラ総司令官、ホリゾン大佐それに市民代表のウルマティスさんだ。ウルティマスさん達一般市民は、東門の通行を禁止していたので、今日、始めた駐屯基地内を見ることになるわけで、金属製の隊舎と大勢のアンドロイド兵それに見たこともないような武器を見てかなり驚いていた。
「あのう、陛下。この兵士達は、すべて陛下の軍なのでしょうか。」
「そうですよ。この前、帝国から派遣してもらったのです。」
「はあ・・・。」
ウルティマスさんは、これだけの兵力と物資を自由にできる帝国の力を実感したみたいだった。使者の方は、僕達を見ると、ホリゾン大佐を最上級士官と思ったみたいで、最初にホリゾン大佐の方に挨拶をしようとしたので、サラ総司令官が慌てて訂正していた。お互いに自己紹介をしてから、準備された会見場の宿舎に入っていく。会見場は、粗末な椅子とテーブルだけが置かれたがらんとした部屋だったが、それでもテーブルには白い布が掛けられており、直ぐ傍には女性兵士がお茶の準備をして待っていた。
使者は、王国軍西方討伐軍司令官のジェルドウイン侯爵閣下からの停戦協定だった。現在、王国軍が駐屯している地点を境界線として、そこから約100キロの幅で非武装地帯を構築し、お互いに侵犯しないようにしたいとのことだった。こちら側には、爆弾と燃料を消費したぐらいで大した被害はなく、相手方にはそれなりの死傷者が出ただろうから、その条件での停戦には特に異論はなかった。
「停戦には応じますが、王国軍は撤退はしないのでしょうか?」
「撤退に関しては、旧ボラード公爵領の独立と神聖ゴロタ帝国への帰属を王国が承認した際に結ばれる和平条約の内容によります。今のところ、我が王国への侵略の意思が否定できないので、王国軍の撤退は無いものと考えます。」
これは、当然の措置ではあると思うが、王国にとっては何もメリットがないはずだ。6万近くの兵士が野戦体制で駐留する際の人的・経済的負担は計り知れない。通常、騎士や常駐の兵士以外は、農民や商人達を徴兵するのだが、農地の作付けや刈り入れ時を避けて、長くても3カ月程度の期間の徴兵が一般的だ。それ以上長くなると、農作物の収穫に多大な影響がでるからだ。そして、その戦争により相手国から賠償やら領土の割譲があるのならば何とか消費した戦費を補充できるのだが、撤退の道しか見えていないのならば、早々に軍を解散したほうがダメージが少ないはずだ。王族や貴族の体面もあるのだろうが、ここは早急な決断が必要であろう。
会談は、使者さんに、停戦の申し入れを受け入れる趣旨の文書を授与して終わった。その後、サラ総司令官達と今後の方針について話し合ったが、帝国陸軍は、当分の間、この地に駐屯してもらうことにした。また、帝国行政府から400人の役人達を招聘し、領内各地を巡閲してもらう。役人30人と兵士30人の構成だ。それと食料や医療品など救援物資を積んだ荷馬車を10輛、これで飢餓状態にある農園の人達を支援するとともに、各地の治安情勢、食糧事情、人口動静などを調査してもらうのだ。もちろん、僕とシェルが初めて訪れた町は、領都の西南にあり、旧ボラード侯爵の直轄領だったらしい。街の名前は、ニュウ・ボラード市と言うのだが、『南部領』ということで通用しているらしい。もちろん、この南部領もゴロタ帝国の支配下になるので、別動隊を派遣することにした。とにかく、旧ボラード侯爵の支配地を完全にゴロタ帝国の統轄領として運営していく必要があるのだ。




