第59話 ランドルフ・フォーレスト
ゴロタ達は、ついに王国最東端の町に来ました。もう、これより東には、村はありません。でも、この町では大きな試練が待っています。
(6月7日です。)
駅馬車が出発した。今日1日で隣町であるランドルフ・フォートレス町まで行く予定だ。
従って、かなりの長距離を走破するため、町に着くのは、午後8時頃との事だ。え、それってホテルがなくなっちゃうと思ったら、到着時刻に合わせてホテルや食堂も営業しているので、心配しなくても良いそうだ。
周辺は、森林地帯から、段々、緑が少なくなって、荒野のようになって来た。かつて戦場となった場所で、多くの将兵の遺体も打ち捨てられているので、日没後にはアンデッドが出没するらしい。
アンデッドは、ジェイク村やノース村でも戦ったので、そんなに恐ろしくはないが、ゴーストなどもいるらしい。女性陣は、ゾンビも嫌いだが、ゴーストはもっと無理らしい。ゴーストの上位種であるファントムやシャドウも出るとの事だった。
日没が過ぎて、宵闇が濃くなってきたとき、馬車の周りに青白い炎が灯りだした。ゆらゆら揺れて、何もしないが、見ていて気持ちの良いものではない。
目を凝らしてみると、炎の中に人らしき顔が見える。ここで、亡くなった戦士が、天国に行けずにさまよっているのだ。
突然、先頭馬車が停止した。何かなと思ってみてみると、ゴーストらしき青白い影が、御者の周りにとりついている。ゴーストは、人にとりついて生気を吸い取ってしまうらしい。他に攻撃能力はなく、聖なる力で成仏させれば消えてしまうらしい。
ここは、クレスタさんに任せた。クレスタさんは、先頭馬車のゴーストを排除すると、ホーリーを詠唱した。
先頭馬車から、最後尾の騎士まで、白い光に包まれた。何故か、良い匂いがした。それからは、ゴーストは現れなかった。
そのまま、馬車はランドルフ・フォーレストを目指した。
街に着いたのは、午後8時過ぎだった。街と言うよりは、砦である。騎士2,000人が常駐しており、騎士さん相手の商売をする店と、旅行者を相手にするホテルや旅館が中心の町で、騎士を除くと、住民は800人程度だそうだ。そして、そのほとんどは獣人だった。
騎士相手の『夜の商売』の女性は兎人が殆どで、わずかに猫人と狐人がいるそうだ。ホテルや真っ当な商売をしているのは、鼠人と犬人が多い。
僕達は、町で一番上等なホテルに泊まった。ダブルを1つとツインが1つだ。ダブルには簡易ベッドを追加してもらう。
泊まるところも、確保したので、夜の街を歩いてみることにした。レストランを探していると、明るく、賑やかな場所に出た。どうやら歓楽街らしい。兎人の女性が多い。彼女らは、水着のようなワンピースを着ているが、股のところの角度が異常に狭く、何か大事なものがこぼれて見えそうだったが、網タイツを履いているので、きっと大丈夫なのだろう。中には、乳首だけを丸い穴から出している人もいて、僕とノエルは顔が真っ赤になってしまった。
レストランは、肉料理がメインの店に入り、ひき肉の丸めたハンブルク焼きを注文して食べたが、とても美味しかった。騎士さん達の城塞での楽しみは、食べることと、『あれ』しかないのだろうと思った。
驚いたことに、レストランの中でも、兎人さんが、堂々と客引きをしている。中には、出したおっぱいを吸わせながら交渉をしている兎人さんもいて、目のやり場に困ってしまった。
明日は、この町の代官様に、紹介状を渡して、帝国領事館に行かなければならない。そのため、3台の馬車は、そのままチャーターしたままにしておく。通常の、乗車賃のほかに、1台に付き、銀貨3枚が必要だそうだ。まあ、馬の飼料代と御者さんの宿泊費、日当を考えると妥当だろうと思う。
夕食が終わって、もう見るものもないので、ホテルに戻って寝ることにした。今日僕とベッドを一緒にする相手はノエルだ。昨日、僕の申し出はことごとく拒否されたので、元気よくノエルが僕の上に乗って来る。
僕は、今日見た兎人の事を考えながら、ノエルにされるがままになっていた。僕は、まだ少年のままなのに、こんな事って何が面白いんだろう。
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(6月8日です)
翌日、遅い朝食をとってから、代官所に行った。代官所は、砦の一番高くなったところにあり、代官所から四方の城壁に向かって、なだらかな坂になっている。代官所の前で立っている衛士の方に、訪問の理由を告げたところ、早馬で連絡が来ていたみたいで、直ぐ、代官室に通された。
代官は、大柄の中年男性で、シルバー子爵と言う人だった。確かに銀髪が目立つが、名前とは関係が無いのだろう。ダンベル辺境伯からの紹介状をシルバー子爵に渡したところ、それを読んで、目を大きく見開き、直ぐに立ち上がって、エーデル姫に臣下の礼を取った。もう見慣れた光景なので、皆はスルーした。
席に戻ったシルバー子爵は、帝国の領事に対する入国許可申請書の保証人欄に署名と押印をし、僕に渡した。それから、帝国領事について色々と教えてくれた。
帝国領事は、ドミノ初級1等認証官で、文官だそうだ。金に汚い女好きの小物で、普通は、銀貨1枚の入国許可手数料に色々と言い訳を付けて、リベートを上乗せすると言う噂がある。
また、若い女性が申請に来ると、何かと難癖をつけて交付を遅らせ、毎日、領事館に来させるようにするらしい。最後は、諦めた女性が、ある程度、領事のいう事を聞いてしまうと言う醜聞まである男だそうだ。
領事館の事務員は、すべて帝国から派遣された文人と軍人で、軍人はスパイの役割もしているそうだ。
シルバー子爵は、そのドミノ領事が大嫌いなようで、必要な時以外は、会わないようにしているとの事であった。この代官様は、子爵様なのに、なかなかさばけている方で、僕達は、好感を持ったのだった。別れ際に、今日の夕食を代官の家族とともにしたいので、夕方、屋敷に来てくれるようにとの誘いがあり、ありがたく受諾させてもらった。着る服もあるので、特に困ることはないと思ったのである。
帝国領事館は、代官所の隣にあり、周囲を高い塀に囲まれていた。僕達は、入口の門の脇に立っている衛士の人に、訪問の理由を告げたところ、裏に回るように言われた。
不思議に思った僕達は、言われたとおりに裏に回ったら、そこにも衛士が立っており、その人に用件を言ったところ、シェルさんの顔を見ながら、今日の受付は終わったので、明日、また来るように言われた。
シェルさんの顔が、明らかに、怒りで青くなっていたが、僕は、黙って『威嚇』を衛士に放った。衛士は、顔が真っ青になって、直ぐに扉を開け、中に案内してくれた。結局、裏門から入って、領事館の建物をグルッと回って、正面玄関から中に入るようになっていた。
僕が『威嚇』を解除したら、はっと気づいた衛士が、周囲を不思議そうに見まわして、あわてて裏門に帰っていった。
僕達は、領事館に入って、受付のカウンターに座っている女の人に案内を求めた。驚いたことに、その人は猫人であった。しかし、首に付けているベルトみたいな首輪が、とても奇異な感じがした。
「すみません。ヘンデル帝国への入国許可証をいただきたいのですが。」
「皆さん、全員が入国されるのですか。それでは、こちらの入国許可申請書に必要事項を記載し、隣の王国代官所に行って、保証人欄に代官様の署名と押印を貰ってから、再度、こちらにおいでください。」
「えーと、もう貰っています。こちらでよろしいですか。」
シェルさんは、シルバー子爵から貰った申請書を差し出した。
ちょっと吃驚したその女の人は、申請書の中身を確認し、机の上にある台帳に何やら書き込んで、赤い受付印を押して、シェルさんに返してくれた。
「書類は、揃っているようです。何か身分を証明する書面はお持ちですか。」
「はい、辺境伯爵様からいただいた証明書と依頼状があります。」
「そうですか。それでは、この申請書とともに、右側の出納窓口で手数料を納めてください。手数料は、1人、銀貨1枚になります。」
この受付の女の子は、終始愛想が良く、また事務処理もテキパキとしていて、見ていて気持ちが良い位だった。
書類を受け取り、右側の出納窓口のところへ行った。鉄の格子の中に二人の女性がいたが、二人とも何かの話に夢中で、僕達の方を見ようともしなかった。
「すみません。すみません。」
シェルさんが、大きな声で呼びかけると、面倒くさそうなそぶりで、シェルさんをちらと見ると、また、二人でおしゃべりを始めた。
「すみません。聞こえないんですか?」
シェルさんが、再度、呼びかけると、一人の女性が、こちらを向いて、
「聞こえているわ。でも、私達、今、大事な話をしているの。少し待ってもらえるかしら。」
と、棘のある言葉つきでシェルさんの呼びかけを無視しようとした。僕は、大きなため息をついて、また『威嚇』を、その女性2人だけに放った。
「ひっ!」
小さな悲鳴を上げたその女性は、直ぐに手続きを始めてくれた。僕達は、銀貨5枚の手数料を支払い、納入証明書を受領した。その後、2階にある入国許可証審査室に行くように言われた。
2階に行くと、待合室みたいなところは、がらんとしていた。他に申請者はいないようだ。入国許可証審査室は、階段を上がった正面にあった。
誰もいなかったので、勝手にドアを開けたら、中には、たくさんの椅子が並べられており、正面奥には、机が一つ置いてあった、机の向こう側には、眼鏡をかけた40代の女性が一人座っていた。その女性は、僕達をチラリと見て、
「誰が入って良いと言ったかしら。呼ばれるまで、廊下で待っていて頂戴。」
これも木で鼻を括ったような喋り方だ。
「でも、廊下には誰も待っていませんでしたよ。」
というと、眼鏡をずり上げて、シェルさんをちらと見てから
「フン、エルフ風情が生意気な口を利くんじゃないわよ。」
と言って、また下を向いて、何か書類を読み始めていた。今度は、クレスタさんが、前に出て
「あの、私たち以外に申請者がいないようですけど、何故、待たなきゃいけないんですか。」
今度も、顔をちらと上げて、
「それは、こちらが決めることで、あなた達は、言われたとおりに待っていればいいのです。」
と訳の分からない言い訳を言った。
本当に、どこかの政府のお役人みたいな嫌な感じです。通常、領事館というのは、渡航者の利便を図ることと、自国民の保護が主な目的ですが、この国では違いそうです。




