第2部第160話 王都への道 その7
(5月1日です。)
今日、ゴロタ帝国のセント・ゴロタ市にある白竜城にいったん戻ることにした。ジェーンとシンシアちゃんの誕生祝をするためと、あと、山積している諸問題を処理するためだ。妻たちと、きちんと夫婦の付き合いをすることも必要だ。
誕生祝は、特に問題もなく終えることができた。シンシアちゃんには、世界名作児童文学全集をプレゼントしたし、ジェーンには一晩お付き合い券だ。希望地は、ニースタウンの別荘とのことだったので、誕生パーティが終わってから二人っきりで行くことにした。ジェーンは、そのために明日と明後日、役所を休むらしい。ジェーンは、内閣官房長官という役職についているらしいのだが、行政一般、総合的な調整をすることが主な任務で、シルフを通じて僕の判断を貰って宰相のカノッサダレスさんを補佐しているとのことだった。
それよりも問題はマリアちゃんだ。2歳9カ月になるマリアちゃん、もうお転婆と神童を重ね合わせて可愛らしさをこれでもかと付け加えたような状態で、お城の中では怖い物知らず。さすがに能力を使うことがまずいということは分かって来たようだが、それでも気に食わないことがあると、つい能力を使ってしまうらしい。最近は、お城から眺める外の世界が気になるらしく、いつもクレスタに外に行こうとお願いしているみたいだ。さすがに、二人だけで出かけることもできないので、皇宮を警護している警察官にお願いして、何人かついて来て貰っているが、このまま放置するわけにも行かないので、シルフと皇宮警察本部長で協議してマリアちゃん当番の専従班を組織してもらうことにした。全員女性警察官だが、体つきから見て、絶対に男性警察官並みの体力があると分かる方達ばかりだった。
マリアちゃんは、最近、簡単な魔法を覚えたらしい。メイドの一人が暖炉に火をつけるときに火魔法を使っているのを見て、真似をしたらしいのだ。薪に火をつけるのは、汎用魔法の一種で、特に適性がなくても呪文さえ唱えれば誰でも使える魔法だ。
「燃えろよ燃えろ、火よ燃えろ。火の精霊の力を示せ。」
これだけの簡単な魔法だが、魔力の集中及び作用の発露ができなければ、何もないところに火を起こすことなどできない。これをマリアちゃんは、最近、使えるようになってしまったのだ。
「燃えろよ、燃えて、しを燃えて。しの精霊のつかえをしめせ。」
かなり大雑把に間違えているが、それでもきちんと火が点灯するのだ。きっと魔法で火をつけるイメージがしっかりできているのだろう。ノエルが、こんな子は見たことが無いと言っていた。ノエルは魔法の天才と言われているが、それでも簡単な生活魔法を使えるようになったのは6歳になってからだそうだ。マリアちゃんは、まだ2歳だ。このまま行くと大魔法使いになること間違いないだろう。あと、ピアノも最近弾き始めているらしい。まだ、1本指でポロン、ポロンとしか弾けないが、楽譜など無くても、一度聞いた曲は、かなり正確に弾けるらしい。僕にはわからないが、絶対音感と言うものがあるらしいのだ。ドミノちゃんが、きちんとした先生に教わった方がいいと言っていたが、まだ指が短いので、手を思いっきり開いても鍵盤5つ位までしか開かない。本格的に習うのは、もう少し後でもいいのでは思うのだが、まあ、音楽のことはドミノちゃんに任せているので、好きなようにしたらよいと言ってあげた。
次の日、僕とジェーンが白龍城に帰ってきたら、ちょうどマリアちゃんが広間のピアノの前に座っていた。クレスタもある程度弾けるので、最初にクレスタが模範演奏したあとで、マリアちゃんが弾くのだが、驚いたことに両手を使って弾いている。というか、両手の親指と人差し指を使っているが、それ以外の音はどうやら『念動』で弾いているみたいだ。低音部と高音部は、誰も触っていないのに、自動的に鍵盤が沈み込んで音を出している。本人は、まったく見もしないで、自分の手先ばかりを見ているが、きちんと曲になっているのだ。こんな弾き方をしている2歳児なんて絶対にいないと思うが、何となくうれしいのは僕の親ばかかもしれない。
シェルが奥の事務室から出てきた。どうやら皇室の運営費に関して侍従長と典礼長の3人で打ち合わせをしていたようだ。大学に入学した女の子達の宮廷費の扱いについてだ。各人、年間に相当な額の宮廷費を支給しているが、ほとんど使わずに貯金しているそうだ。というか、使いたいときにはシェルに申し出て、その都度必要額を渡しているらしいのだが、さすが大学生にもなるとある程度の現金は持ち歩く必要があるみたいだ。それで、ジェリーちゃん、ジルちゃん、ブリちゃん、デビちゃん、それとデリカちゃんの5人には、毎月の宮廷費のなかから30万ギルを現金で渡すことにした。口座からの払い出しと本人への交付は、侍従長にお願いすることにした。シェルの代理のアンドロイドでも良いが、本人たちがアンドロイドとしっていることから、やはり本物の人間からもらった方が良いだろうということにした。そのほかにジルちゃんの実家には、定期的に仕送りしているみたいなので、それはその都度、シェルから侍従長に指示してから対応を取ってもらう。ジルちゃんの父親は、今ではゴロタ帝国タイタン領法務局長官をしており、それなりの年収があるのだが、けっこう親兄弟や親戚から借金の申し入れがあり、対応に苦慮しているらしい。長い間、下級官吏としてやってきていたが、それでも一族の中では出世頭として頼りにされているらしいのだ。
これ以上立ち入ることもできないので、ジルちゃんの判断に任せているが、無心があまり酷いようでは、ある程度対応をとる必要があるだろう。法務大臣は、旧ゴーダ共和国の司法事務次官をしていた優秀な人材だが、さすがに地方法務局長官のプライベートまで管理はできていないようだ。ジルちゃんの父親のウオッカさんは、真面目だけが取り柄の人で、法律の隅々まで熟知しているが、融通が利かない性格。そして対人関係が苦手な人のようだ。そのため、親戚から借財を申し込まれても、嫌とは言えないようなのだ。まあ、年収2000万ギルの中からやり繰りをしているらしいのだが、まだ高校生の長男と幼い次男がいるため、それほどの余裕はないのが現実だ。この世界では、高校や大学への進学は、本人がかなり優秀か或いは実家がかなり裕福でなければいけないのが現実だ。
あと、リトちゃんについても話し合ったらしい。リトちゃんは帝立セント・ゴロタ大学付属幼稚部の年長さんだが、友達から仲間外れにされているらしいのだ。本人は平気な顔をしているが、幼稚部の園長先生から、このままでは良くないので何とかしてくれないかといわれているとのことだった。詳しく話を聞くと、どうやら幼稚部の中でお姫様をしているらしいのだ。まあ、実際に辺境伯家のお姫様だからしょうがないのだけれど、お友達にも常に命令口調で、何かというと暴力をふるうらしいのだ。それと、いけないと言っても飼い猫のペルを連れて行ってしまうらしいのだ。リトちゃんがお城を出るときには、ちゃんとペルはお城の中にいるのだが、気が付くともういなくなってしまい、どうやって行くのか分からないが、幼稚部のお庭で日向ぼっこをしているし、雨の日は、軒下でじっとしているとのことだった。
最近では、注意もされなくなってしまったが、他の園児の示しがつかないので、これも困った問題だそうだ。しょうがない。僕が、直接注意をしよう。リトちゃんは、午後3時位に母親のノラさんとともに帰って来た。皇宮警察の護衛は、リトちゃん達が場内に入るまでの任務なので、広間に入って来たのは、リトちゃんとノラさんだけだ。僕は、リトちゃんにお話があると言って呼び止めた。とたん、リトちゃん、ビクッとしていた。物凄く警戒されていることが分かった。リトちゃんをソファに座らせてあげる。すぐそばにはペルがいたが、ペルは尻尾を丸めてお腹の方に這わせている。つまり怖がられているのだ。決して僕と目を合わせようとしない。
「リトちゃん、幼稚園、楽しい。」
「うん、リト、頼ちい。あのね、お友たち、たくちゃんいるの。」
うん、明らかにわざと幼児語を喋っている。ここに来たときは、4歳児とは思えない程、しっかりした喋り方をしていたのに、これでは来月6歳になる子の喋り方ではない。
「お友達は何人いるのかな?」
「ウーンと、えーと、18人かな?」
今、頭の中で数えていたみたいだ。と言うことは、二けたの数までキチンと理解しているのだろう。ここは、もう少し聞いてみよう。
「仲の良いお友達はいるの?」
「えー、ぜんぶ。全部仲がいいの。」
「幼稚園にペルを連れて行っているの?」
「ううん、ペルはね、あたちの事が好きなの。だから、いつも傍にいるの。」
「幼稚園には連れて行ってはいけないんだよ。知っていた?」
「えーと、ダメって言われたの。あたち、悲しくて泣いたら、連れてきてもいいって言われたの。」
僕は、ペルをじっと見つめた。微かだが、リトちゃんとの魔力のつながりを感じる。うまく隠しているようだが、わずかな魔力でも感知できる僕なのでその繋がりが分かるのだ。このペルは、単なる猫ではない。きっと使い魔或いは使徒なのだろう。本当の姿は分からないが、子猫の姿を装っているに違いない。それでも、他に害を及ぼす気配がないことから放っておこう。
「リトちゃん、リトちゃんはこのお城にいて楽しい?お国に帰りたくないの?」
リトちゃん、何も答えずに考えている。絶対にどう答えたらいいか考えているのだろう。
「お母ちゃまがいるし、お友達もいるし、それにペルもいるからお国に帰らなくても大丈夫なの。」
「そうか、いっぱいお勉強しようね。」
「うん。」
こうして、僕と『災厄の神アスモデウス』との何気ない会話は無事に終了した。




