第2部第159話 王都への道 その6
(4月28日です。)
ジェイン伯爵邸の広間で、ゴロタ帝国から招聘した建築作業員さん達と打ち合わせをしているとき、区長代表のウルマティスさんが訪問してきた。というか、ほとんど飛び込んできたという方が正しい。かなり焦った様子だったので、打ち合わせ中の作業員の方々も何事かとウルマティスさんの方を見ている。
「へ、陛下。大変です。王都から王国騎士団飛空隊がこちらに向かっているそうです。」
聞いていた作業員さん達は、驚くでもなくニヤニヤしている。僕も、きっとそれくらいは来るだろうなと思っていたが、特に感想などはない。
「ウルマティスさん、ご苦労様です。情報提供ありがとうございます。でも、そんなことより、今、この都市の再建計画を打ち合わせ中ですので、ウルマティスさんにもお願いがあるのですが。」
この都市の一番の問題点は、魔人族が暮らしてる街区と城外の亜人達が暮らしているスラム街の住環境を何とかしなければならないということだ。時間さえあれば、石や煉瓦でしっかりした家を作りたいのだが、テントか掘っ建て小屋に大人数が暮らしているスラム街、小さな部屋に押し込まれている魔人族街、これらの住宅を早急に立ててあげなければならない。そのために、現在の状況を調べにきているのが、ここにいる皆さんだ。をバルーンセントラル建設や、他の建設会社の現場監督や設計士さん達が50人位集まってもらっている。とにかく急ぎの工事なので、すべての家屋は同一にして、2階建て4LDKのボックス構造とし、もちろん上下水道及び浴室完備だ。これを12000戸は立てなければいない。地面の硬化処理も含めて、今年の秋までに完成させるために必要な資材、人員を準備しなければならない。帝国から派遣されてきた作業員の皆さんは、王国軍が攻めてきたからと言って、動揺したり、作業を中断したりなどする気は鼻からないようだ。そうは言っても、心配そうなウルマティスさんを放っておくわけには行かない。僕は、シルフに帝国軍の編成及び迎撃計画を丸投げしてから、
「御心配には及びません。王国飛空騎士団には帝国軍が対応いたします。おそらく偵察目的だと思います。ウルマティスさんは、戦争のことは心配されずに、これからの建設計画についての問題点や質問等にお答え願います。」
これで、僕は作業員さん達からの質問に答えなくてよくなった。うん、やはり優秀なブレーンって必要です。そっと屋敷を抜け出した僕は、シェルと一緒に昼食に出かけることにしたんだが、どうも街が騒がしい。王国軍が攻めてくるという噂、本当のことなんだけど、それが出回っていて、戦火を逃れようと家から家財道具を運び出している人たちもいる。うーん、やはり皆、心配なようだ。なんといっても、こちらには軍隊らしい軍隊など存在せず、奇妙な格好をしたアンドロイド兵が800体いるだけで、市中の警戒に当たっているが、とても少なく感じているのだろう。やはり、人間の兵士も若干必要になるかも知れない。
僕は、屋敷をそっと抜け出して、今は広大な空き地となっている旧ボラード侯爵邸跡地に『F35改ライトニングⅢ』をイフクロークから取り出し、搭乗することにした。本来ならば飛行帽や耐Gスーツ飛行服、酸素吸入器等が必要なのだろうが、僕一人だけならそのような装備は一切必要ない。そのまま乗り込んで、エンジンを始動する。物凄い爆音と金属音を立ててエンジンに火が入ると、そのまま上昇を始めた。高度100mで水平飛行に移行し、そのまま急上昇をする。高度1000mで水平飛行に移った。進路は、当然に東南東だ。
ハイ・ボラード市の東南東約10キロの地点上空にワイバーン10騎の飛空部隊を発見した。ハイ・ボラード市の上空を偵察する前に、遠方から監視しているのだろう。
僕は、そのまま彼らの更に上空を通過してからハイ・ボラード市に帰還しようとしたが、後方から熱源の接近を感知した。高度1000mで攻撃されるわけないと思ったが、赤外線レーダーには、確かにゆっくりと接近してくる熱源がある。そのままインメルマンターンにより後方に向きを変えたところ、3体のワイバーンが迫ってきていた。相互の距離は500m位だったが、『遠視』スキルにより、騎乗している兵士がそれぞれに2名であることを確認した。後部席に騎乗しているのは魔導兵士だろう。ワイバーンの飛行速度にファイアボールの打ち出し速度がプラスされてかなりの速度で打ち出された火球だが、僕がターンしたことと時間的に限界だったのか当たることなく消失してしまった。
僕は、そのままジェットエンジンの噴射口に燃料を追加噴射してフル加速に移った。ワイバーン達は焦って回避しようとしたが、その前に僕の機体が通過して、轟音と熱噴射の洗礼を受けてしまう。僕は、そのまま高度6000mまで上昇してからゆっくりと帰還した。真っ青な空と下界に広がる真っ白な雲海の間を飛行するのは、いつも気持ちよく、このまま飛び続けていたくなる。しかし、そういう訳にもいかないので、またボラード市に戻ることにしたのだ。
旧ボラード侯爵邸に垂直着陸した機体をイフクロークに収納して、屋敷に戻ると、すでに公営住宅建設計画の話し合いは終了していた。シルフからの報告によると、1戸当たりの建設費用は、帝国通貨でおよそ2000万ギル、12000戸建設するとなると、2400億ギルかかってしまう。しかも上下水道や道路などのインフラ整備は別となるのだが、まあ、月に3万から5万ギル程度の家賃を徴収すれば、何とかなるだろう。シルフが、世帯収入に応じて家賃を定めるとともに、帝国の建設債を発行すれば資金的には十分賄えるとのことだった。グール人の中にも富裕層がいるみたいなので、結構引き受け手があるかも知れない。
夕方、ゴロタ帝国国防軍陸軍討幕長のサラ中将との打ち合わせを行う。サラ中将は、もともとは旧ゴーダー共和国の陸軍中佐だったが、国防軍再編の際に上級将校達が腐敗と適性試験不合格により次々と罷免されたことにより、繰り上げ昇進した人だ。国防軍では、初めての女性将軍と言う事だったが、左目に黒い眼帯をしている金髪の美人さんだった。特に目が悪いわけではないが、この方が格好いいからという理由で眼帯をしているみたいだった。あと、右手の包帯も特に怪我をしているわけではないそうだが、何かポリシーがあるみたいだった。まあ、あまり深く詮索しない方がよいみたいだ。女性の軍人って、結構変わった人が多いみたいだった。
侵攻軍に対する防衛方針は、大きく二つだ。一つは、ハイ・ボラード市の絶対防衛、つまり城壁の一欠けらも損傷させないということ。二つ目は、敵側の人的被害を最小限に抑えるということだ。作戦は、シルフに任せることにした。シルフは『B2改-天山』爆撃機による空爆を実施することを作戦のメインに当てた。ただし投下する爆弾は、爆破はせずに催涙ガスを噴出する特殊爆弾のみに限定するそうだ。1発の900キロ爆弾での有効範囲は半径160メートル、それを1機あたり16発搭載して絨毯爆撃を行う。いくら催涙爆弾といっても、直撃を受けたら命は保証できないが、それは最小限の犠牲と言うことで我慢してもらう。この爆弾は馬にも有効なので、爆撃が始まれば騎馬隊は瓦解することは間違いない。ただ、この爆撃機は垂直離着陸能力を有していないので、飛翔石の力を使っても2000m位の滑走路は必要らしい。僕は、ボラード市の北側、旧男爵領の北側の荒れ地に飛行場を作ることにした。
現場に行ってみると、草木も生えていない荒野だったので、土魔法で簡単に地ならしをして、あとは幅員50mの滑走路を造っていくだけだった。帝国軍の土魔導士工兵部隊を招集し、誘導灯も含めて滑走路及び駐機場を造成させることにした。あと、コントロールタワーもさらに北の森から伐採してきた樹木から仮組の塔屋を作るようにお願いする。さすがに無線装置やレーダーとなるときちんとして建物が必要になるが、それは後で作る予定だ。
滑走路が完成したら、滑走路上空に『ゲート』を開く予定だ。この『ゲート』は、ゴロタ帝国国防軍ビート空軍基地上空とつながっており、同基地を発進した『B2改-天山』爆撃機は、空中にぽっかり開いた『ゲート』の中に入っていくと、こちらの世界に出てくるという仕掛けだ。そのまま、眼下の飛行場に着陸すれば、帝国軍爆撃部隊の転移完了だ。
12機の爆撃機と『F35BⅡ』24機の護衛戦闘機が着陸したところ、さすがに駐機場がいっぱいになってしまうだろうが、何とか間に合るだろう。パイロット及び爆撃手等は全てアンドロイド兵なので、隊舎の準備をしていなかったが、彼らはそのまま、自機の防護に当たることになっていた。彼らが携行しているH&K-MP5短機関銃の9ミリ弾は、この世界ではオーバーキルの装備なので、魔物が出現したとしても何も起こらないだろう。
飛空騎士団は、偵察をあきらめて王都に帰って行ったみたいだった。




