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第2部第158話 王都への道 その5

(4月25日です。)

  今日は、臨時の区長会を開催している。メンバーは、いつもの区長のほかに、各農場からの責任者にも来て貰っている。あと、城外のスラム街に居住しているオーク人とゴブリン人の代表者数名にも参加してもらった。彼らは、かなり匂うので、貴族街の空き家で、風呂に入ってもらい、ありあわせの服を着て貰っている。もちろん、故ボラード侯爵の農場からはビルゲさんとバランさんにも来ている。バランさんは、初めて見る貴族屋敷の中を興味深そうに見ていた。


  会議がはじまったが、とりあえず、今後の方針をシルフから伝えてもらう。というか、各農場の在り方及び場内に居住する者と城外のスラム居住者との融和統合についてだ。最初は農場の在り方だ。


  ①すべての農場は、土地、屋敷、農機具、牛馬や豚、鶏及び作物にいたるまでゴロタ皇帝陛下の所有物となり、そこで生産される物は、当然に皇帝陛下の収入となる。


  ②農場で働く農奴は、自由市民として市民権を得るとともに、農場で働く場合には、1日8時間作業で、最低保証賃金に換算した日当を得ることができる。なお、現在居住している奴隷小屋については、新住居が建設されるまで無償で居住し続けることができる。


  ③農場で働く管理者たちは、現任務を続行することができる。ただし、その任務は農場の生産性向上のために与えられるものであり、作業員への超越的立場を有していないので、私的な制裁等は一切認めない。


  ④農場内の財産を私物化することは、犯罪となることからこれを認めない。所有権を主張する場合には、正当なエビデンスを示して公証人に申し立てること。


  ⑤農場における生産が順調で、予定数量よりも収穫があった場合には、従事者に公平に分け与えるものとする。


  あと、こまごましたことがあったが、その辺のところは、あらかじめ準備していた書面を交付して対応をとるようだ。しかし、その書面たるや100ページ以上あり、とても読み切れないので、皆、受け取っても目をキョロキョロするばかりだった。


  「あのう、質問があるんだが・・・です。」


  ビルゲさんが質問をしてきた。彼は、各農場の管理者の中でも、一番格上のようで、農場管理者の代表のようになっている。


  「なんでしょうか?」


  「話の中にあった、最低賃金って何ですか。それと、それって南保ですか?」


  「最低賃金とは、あらゆる労働に関して、雇用者が労働者に支払うべき賃金の最低額で、業務の内容で差があることはありません。ちなみに、この領地内での最低賃金は、時給600ピコです。」


  「と言うことは、ゴブリンでも1日働くと4800ピコも貰えるんですかい?」


  「その通りです。このことは、市内で商店を営む方達も同様ですから、お間違えの無いようにお願いします。」


  「あのう、俺たちはどうなるんでしょうか。それと、奴隷いやオークやゴブリン達作業員の給料は誰が払うんでしょうか?」


  「あなた達管理者には、相応の報酬があります。基準報酬は月に15デリス。年に180デリスですが、収穫によりボーナスがあります。また、農場長については、役職手当が別に年に100デリス支払われます。また、住居については、従来通りに使用を認めますので、現在の住居をそのままご使用ください。」


  「てことは、俺は年に280デリスももらえるのかい。いや、ですか?」


  「はい、ビルゲさんの立場ならそうなります。その代わり、ビルゲさんには、農場の生産額についての責任を負ってもらうとともに、部下のグール人達が従前のような奴隷への折檻をした場合、当然に責任を取っていただきます。」


  「あのう、責任と言いますと。」


  「当然、罷免となりますし、部下とともに連帯しての刑事責任を取っていただきます。」


  「はあ。」


  どうやら、よく理解できなかったようだ。しかし、現場のトップの意識が変わらない限り、絶対に現場は変わらない。そのためにも、飴と鞭による管理が必要なのだ。説明がひと段落したところで、奴隷として働いていたゴブリン族の男が発言をしてきた。


  「今まで、グール人から受けていた暴力なんかはどうなるんでしょうか。」


  「基本的には、不問となります。奴隷制度があった時の懲戒権の範囲の暴行については、遡及しての処罰ができないからです。ただし、殺人や重度の傷害、それと強姦等については、旧法においても犯罪とされていたことから、告訴があれば当然に処罰されます。」


  「うちの娘は、12になった時に、グール人の親方に犯されて、あとは売られてしまったんだ。あのグール人を処罰して貰いたいんだけど。」


  そのゴブリン族の男は、北の男爵領の農場で働いていた奴隷で、今日の話し合いの席に是非にと出席したのだった。ビルゲさんに聞いたところ、どうやら北の男爵領では、奴隷に対して酷い扱いをしているとの噂があったようだ。奴隷商が行っても、奴隷を売られることはあっても買うことはない。つまり、どこからか奴隷を連れてきて売り払っているらしいのだ。北の男爵領の更に北の山脈には山ゴブリンが住み着いており、どうやらそこから奴隷狩りをして連れてきているらしいのだ。


  「わかりました。早速部隊を率いて調査に行きます。明日、案内をお願いできますか。」


  各農場へは、グール人の区長さん達から貴族達の追放及び奴隷解放について書面での連絡をしていたので、さすがに、それからの犯行は無いだろうが、実態はなかなか分からないのが現実だ。会合が終わってから、ビルゲさんをはじめ、数人の農場長が集まって来た。報酬の確認のためだった。聞くところによると、彼らの報酬は、年に200デリス、しかし住居費と食費が天引きされるので、年に100デリスちょっとしか手にできないそうだ。これでは、食っていけないので、女房、子供は場内で賃仕事をしているとのことだった。僕は、20人ほどの農場長に50デリスずつ渡し、これからの家族の引っ越し等に要する費用の足しにして欲しいと伝えた。もちろん、これからの収入から割賦で返済して貰うのだが。ビルゲさんは、10デリス金貨5枚を見て、涙を流し始めた。今まで見たことのないお金だそうだ。毎月もらえる手当ては、最初に領主への税金が天引きされている。収入の2割が税金なので、総収入の年200デリスから40デリスを引かれ、それから住居費や食費を毎月7~8デリス引かれるのだ。残りが手取りだが、5デリス、つまり銀貨5枚だ。これでは妻子を養うことなど不可能だ。農場長は、役得としてわずかばかりの芋や小麦を貰えるが、それさえも恩着せがましく与えられ、領主の靴を舐めんばかりの感謝をしなければいけないそうだ。


  ビルゲさんがオークに鞭打っていたのも、オークはすぐに傷が治るし、熱い皮下脂肪のために痛みもそれほどではないということを知っているからだ。そのため、ゴブリンの不始末も、常に職長のオークが処罰されることになっているとのことだった。結局、北の男爵領にはビルゲさんも一緒に同行することになった。





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  次の日、北の男爵領に行ってみた。しかし、そこにはオークとゴブリンの奴隷たち、それとわずかな魔人族のみがおり、グール人は一人もいなかった。オークの一人に聞いてみると、グール人達は、昨日のうちにどこかに立ち去ってしまったらしいのだ。男爵屋敷に行ってみると、鍵をかけていた玄関ドアが無理やり破られており、室内が荒らされていた。といっても、貴族達の本来の住居は、領都内の貴族街にある屋敷なので、ここには大したものが置いていないはずだったが、それでも乱雑に荒らされているところを見ると、金目の物を物色していたのだろう。


  訴えていたゴブリン人は、残念そうな顔をしていたが治安部隊がしっかりしてきたら、もう一度訴えてもらうようにお願いした。きっと指名手配をして検挙してくれるはずだから。きっと。


  この農場では、主に牧畜による乳製品生産をしており、大きな工場があった。ここではチーズやバターを作っており、そのための作業員が牛の世話以外にもかなりの数を占めていた。生乳は毎日搾乳しなければならないため、工場も休みなしで稼働しているそうだ。工場の中に入ると、ゴブリン達が一生懸命、牛乳をかき回している。バターを手作業でつくるため、かなりの労力を必要としているみたいだ。しかし、バターやチーズだけでは、彼らに必要なカロリーを得られることはできないだろうに、ここでは小麦やジャガイモはわずかな面積でしか耕作していない。というか、主食は、隣の農場や街から購入しているとのことだった。


奴隷たちのうちで筆頭格のオーク人に聞いたところ、農場長達が立ち去るとき、たいして金目のものがなかったのか、若い女ゴブリン達を連れて行ったそうだ。きっと荷物持ちと、用がすんだら奴隷として売るつもりなのだろうと言っていた。あと、ここでは食料があまり備蓄していないため、このままでは自分たちは飢え死にしてしまう。牛や馬をつぶしても夏までは持たないかも知れないと言っていた。領都から支援物資を配給することを約束してから、逃げたグール人達、いや連れ去られたゴブリンの娘たちを追いかけることにした。


  彼らの行き先は分からないが、西に逃げたのでは、僕の領内から出られないので、東へ、きっと王都を目指して逃げたのだろう。足の遅いゴブリンを連れているのだ。馬車に乗せたとしても、それほど遠くへは行っていないだろう。僕は、そのまま上空200m位まで上昇して東の方角へ追跡を始めた。


  王都への街道沿いに飛行して10分、ボラード市から50キロ位離れたところに馬が7頭と荷馬車が2両の隊列を見つけた。ゆっくり降下してみると、荷馬車の1両にはゴブリン人の女性が15人位乗せられていた。馬に乗っているのは、すべてグール人だ。もう1両には、男爵屋敷から略奪した物品や自分達の荷物が積まれているのだろう。僕は、隊列の前に着地し、両手を広げて止まるように指示した。先頭の馬が嘶きながら停止したが、乗馬している者は、そのまま馬上から質問してきた。右手は、左腰のロングソードに添えられている。


  「お前、魔法使いか。我々に何の用だ。」


  「後ろの馬車に乗っているゴブリンさん達を返してください。」


  「はあ、あのゴブリン奴隷どもは俺たちの物だ。お前に返すわけないだろう。」


  「ああ、すべての奴隷は自由になり奴隷ではなくなったことを知らないんですか。」


  「そんなことは聞いていねえ。そもそも、おめえは誰なんだよ。」


  「僕は、ここの新しい領主である『ゴロタ』です。おとなしくゴブリンさん達を返してくれれば、もう1台の荷馬車の荷物は見逃してあげますよ。」


  相手は、乗馬しながら会話していたので、かなり高い位置から僕を見ていて、自分の方が優位な立場にあると思ったのだろう。いきなり、ロングソードを抜いて切り付けてきた。僕は、特に何もしないで、その刃を頭で受けることにした。いや、正確には『蒼き盾』のシールドに任せることにした。当然、ロングソードは、固い岩に切り付けたような状態になり、火花を散らしながら真ん中から折れてしまった。他のグール人達も、一斉に得物を手にして僕に襲い掛かってこようとしたが、僕は、それぞれの額を狙って超弱めの指鉄砲を発射した。超弱めと言っても、頭蓋骨が激しく揺らされる位の衝撃があり、脳震盪を起こして、そのまま落馬してしまった。何人かは、嫌な音を立てて落馬してしまったが、きっと死ぬようなことはないだろう。僕は、後ろのゴブリンさん達の乗っている馬車に近づいて、皆を馬車から降ろした。ゴブリンの年齢って見ただけではわからないが、肌の皺とか目じりの見た目から若い女性ばかりのようだった。


  さあ、男爵領の農場に帰ろう。僕は、農場のお屋敷の前にゲートをつなげて、全員で『空間転移』をすることにした。


  

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