第2部第157話 王都への道 その4
(4月22日です。)
今日の朝、帝国から派遣されてきた『国境のない緊急救護班』が西門を中心に200mおきに補給所を設けて、食糧の配給を行っている。帝国からのボランティアを全国から募ったところ、大勢の応募があったそうだ。必要な物資を運ぶ自走式荷車いわゆるトラックが60台、必要な機材や食料、衣料品を積んでゲートを潜り抜けてくる。運転しているのは、皆、アンドロイド兵だ。帝国防衛軍は、地上軍20万人を展開するだけの能力を持っているので、1万人程度の援助物資及び補給など容易だそうだ。まあ、常設の防衛軍は3000名程だが、各都市に在籍している予備役を入れると20万人近くになるそうだ。
アンドロイド兵も、日々、増強されており、現在、陸、海、空を入れると1万人以上にもなるそうだ。その他に警察本部のアンドロイド、通称ロボポリスも入れると2万人は兵力として使用可能であり、戦争のない帝国としては完全なオーバースペックである。今回、ティタン大魔王国との戦争には、アンドロイド兵を2000名程招集すれば十分だろう。というか、誰もいなくても良いのだが、相手方に戦争で負けたのだと自覚させるためには、ある程度の兵力を見せなければいけないとシルフがいっていたので、戦術面は完全にお任せモードにしていた。
それよりも、領内の農園の実態を調査する必要がある。旧ボラード領内には、故ボラード侯爵の直轄領の他にジェイン伯爵他23名の貴族が経営している農園や森があるそうだ。ボラード侯爵の所有している農園まで行ってみる事にした。ボラード侯爵の農園は、東の城門の近くにあり、500ha以上あるそうだ。栽培しているのは、主に綿花と小麦で、大勢の使用人と農奴を雇っているとの事だった。
しかし、農園の作業は繁忙期と農閑期がはっきり別れており、農閑期には農園の者達だけで何とかできるが、作付けなどで忙しくなると魔人族のパートタイマーを雇っているそうで。単に耕したり草抜きや水運びなどの単純作業はゴブリンでもできるが、種植えや苗の育成などは、ある程度スキルのある魔人族でなければいけないみたいだ。
ボラード侯爵の農園内の屋敷は、東門から1キロ位のところにあった。屋敷そのものはそれほど大きくはないが、収穫後の作物の保管庫や農機具倉庫、それに採取した綿花の実綿を綿操り、綿打ちと出荷するまで人手がかかり、そのための作業場も何棟も建てられていた。後、馬や牛などの家畜や養鶏場などがあり、見渡す限り農作業小屋が続いている。しかし大勢の使用人が暮らす宿舎が見当たらない。
数人のグール人が屋敷の前にいたが、彼等は皆、帯剣し手に鞭を持っていた。僕達が屋敷の玄関まで行くと、皆がゾロゾロと付いてきた。雰囲気は街のゴロツキいやそれ以下だ。玄関ドアのノッカーを叩くと、後ろのグール人の一人が声を掛けてきた。
「坊主、ここに何の用だ。」
「僕はゴロタと言います。この農園の責任者に会いたいのですが。」
「ボラード侯爵は死んでしまった。後任の領主が決まるまでの責任者は、農場長のビルゲさんだが、今、小麦畑の方に行っているので、用があるならここで待っていろ。」
「少し急ぎなので、こちらから伺います。小麦畑にはどうやって行くのですか?」
「はあ、魔人風情が、待っていろったら待っていればいいんだ。生意気な。」
「皆さんは、市内で起きている魔人族達の動きを知らないんですか?」
「なんだよ。貴族様達がいなくなって、魔人族と俺たちグール人が仲良くしていることか?そんなもん、王都から騎士団が来れば、またすぐに元通りだよ。」
「それでは、貴族を追い出したという魔王のことは聞いていますか?」
「なんか、そんな奴がいるって言っていたらしいけど、いつものデマだろう。俺達には関係ねえ。」
「わかりました。それでは、僕が勝手に農場長を探します。」
「待てと言っているだろう。」
その男は、僕を殴ろうとしたが、振り上げた手が、そのまま固まってしまっている。僕が、『念動』で抑えているから、動くわけがない。他のグール人が動こうとするが、僕の『威嚇』により、その場に座り込んでしまった。僕は、そのまま『飛翔』で、高度50m位まで浮かび上がり、周囲を見回すと、西の方に小麦畑が広がっている。秋蒔きの小麦の収穫が終わり、ちょうど今が春蒔きのシーズンなのだろう。大勢の農夫達が作業をしていた。僕は、ゆっくり飛んで行って、小麦畑の中央付近まで近づいて行った。
ちょうど、そこでは一人のグール人がオーク人の作業員に鞭を打っている最中だった。振り上げた鞭の根元を指鉄砲で撃ち込んで、単なる柄だけにしてから、その男のそばにゆっくりと着地した。鞭を無効にされたことと僕が空から降りてきたことに驚いた男は、腰の剣を抜いて身構えながら、『てめえ、何しやがる。』と見え見えの虚勢を張っている。
「あなたが、この農場の責任者のビルゲさんですか?」
「あ、ああ。そうだが、てめえは誰だ?」
「僕は、ゴロタ。今度、ここの領主になったものです。」
「はあ?あっ!お前、いや、あなた様がゴロタ様ですか?」
「はい、ところで、このオーク人を何故、鞭で打っていたのですか?」
「あ、このオーク野郎は、うちの奴隷だが、腹が痛いから休ませてくれってふざけたことを言うので、見せしめに折檻していたんで。王国法でも奴隷への懲罰権は認められているんで、何も悪いことなどしていませんぜ。」
「この農場には、何人の奴隷がいるのですか?」
「えーと、ゴブリンが200人、オークが60人、それと魔人が20人位かな。」
周囲を見渡すと、ほとんどがゴブリン達で、オーク人は数人しかいない。どうやら、オーク人はゴブリン人の監督役らしい。きっと指導的立場のオーク人を鞭打つことで、ゴブリン人達に見せしめにしているのだろう。
「ビルゲさん、はっきり言っておきます。この農場は、僕が管理することになりました。というか、ボラード領の新しい領主は僕となったのです。それで、僕の領内では奴隷制度を認めません。今いる奴隷たちは、すべて自由人となります。」
「え、それじゃあ、奴らを買った金はどうなるんだ。」
「それは、あなたには関係ないでしょう。あなたが買ったわけでもあるまいし。もし、あなたが買ったとしても、その権利は、現時点で喪失してしまいますので、購入費を誰かに請求することはできません。」
「ふ、ふざけるな。奴隷がいなかったら、この農場を誰が面倒見るんだ。これから春蒔きの農繁期だというのに。」
「もちろん、今、働いている人たちに頑張ってもらいます。ただし、労働には、当然に対価を支払う事となるので、お屋敷内の財産を確認させていただきます。」
僕は、あくまでも冷静かつ穏やかに話を進めているけれど、ビルゲさん、どうも納得いかないようだ。でも、先ほどの指鉄砲の威力を見ているので、逆らうこともなく、僕と一緒に、さっきのお屋敷に向かうことにした。僕達の後ろには、様子を見ていたオーク人やゴブリン人達がゾロゾロとついてきている。彼らのほとんどは、奴隷制度が廃止になったことを知らないのだろう。僕は、彼らに対し、今日の作業は注視し、住居である奴隷小屋に戻ってもらうようにお願いした。
ビルゲさんと、その場にいた監督補助のグール人、あと今、鞭で打たれていたオーク人と一緒にお屋敷に向かうことにした。僕達と一緒に来るように言うと、恐怖に満ちた目で僕を見ていたが、『ヒール』で傷を癒してあげたところ、今度は別の思いの目で僕を見続けていた。お屋敷には、ビルゲさんの部下のグール人が12人、下働きの魔人族の男性が7人、女性が8人いた。僕が、遠慮せずにお屋敷に入っていくと、ビルゲさんが後ろから
「誰に断って、ボラード様の屋敷に入ろうとしているんだよ。」
と怒鳴って来たので、振り返って
「この屋敷は、僕のものになったんだけど。というか、この農場も、他の貴族達が持っていた農場や屋敷それと奴隷たちは全て僕の物です。ちなみにビルゲさん達は、僕の使用人ということになるので、お間違いのないように。」
と言ったら、非常に不満そうだったが黙ってしまった。僕は、一番後ろからついてきたさっきのオーク人に対して、前に出るようにいうと、オドオドしながらビルゲさんの後ろまで出てきた。さらに前に出させて、少しだけ質問をした。
「あなたのお名前は?」
「トム、トムと呼ばれていただ。」
「本当の名前があるんですか。」
「奴隷狩りに会うまでは、『森の鎮守のバラン』と呼ばれていただ。」
「あなたは、奴隷狩りに会ったのですか。それはいつ頃ですか?」
「よく知らねえですけど、春の収穫を9回する前だった。」
バランさんは、奴隷狩りにあってから9年以上たっているようだ。
「ビルゲさん、あなたたちは奴隷狩りに参加しているんですか?」
「とんでもねえ。俺たちは、奴隷を連れてきた奴らからちゃんと金を払って買っているんで、です。」
「さっき、あなたはバランさんを鞭で打っていましたが、彼は何をしたのですか?」
「あ、あの、そ、そいつは何もしていねえ、・・・です。ゴブリンのメスッ子が腹を痛がっているから、休ませてくれないかとふざけたことを言っていたので、見せしめに鞭で打っていたんだ。」
「というと、彼は何も悪くはないんですね。」
「ああ、だがゴブリンを殴ると、けがが酷くて、死後にならなくなるから、頑丈なこいつを見せしめに痛めつけているんだ。オーク野郎は、とにかく頑丈だからな・・・です。」
農場経営や奴隷制度、それと身分制度、とにかくいろいろと見直す必要があるようだ。僕は、深いため息をついてしまった。




