第2部第155話 王都への道 その2
(4月20日です。)
今日、貴族街の最後の貴族が街を出て行った。向かった先は、東方面、つまり王都のある方向らしい。王都は、グレート・タイタン市と言うらしい。今から1000年以上も前にこの国の王都と制定されてから、ずっと存在しているらしいのだ。ここハイ・ボラード市から南南東1300キロの距離にあるらしいのだが、街道は大きく北に迂回しているので、行程的には1800キロ位あるとのことだった。
4頭馬車で、時速20キロで1日に5時間走れたとして、18日、途中、馬の休養日等があるので約20日以上の旅になるだろう。馬車の護衛や荷物を搬送する随行馬車も雇わなくてはならないので、馬車の旅は結構割高だ。王都まで、一人約160万デリスもかかるそうだ。もちろん、宿場町などでの宿泊代や昼食代は別になるのだ。貴族達は、自分専用の馬車を持っているし、護衛の騎士もお抱えの者たちがいるので、すべて自己経費で賄うのだが、王都までは1000万デリス以上の経費が掛かるだろう。
貴族達が出て行った後の屋敷は、当分、空き家になるだろうが、そのうち競売にかけるつもりだ。とりあえずは、すべて国有財産として差し押さえたので、屋敷の警備のためにゴーレム兵を10体ずつ配置をしておく。これで、屋敷内の家具・調度品を狙った泥棒などを防ぐことができるだろう。貴族街を囲む石造りの城壁の東西に設けられている城門のうち、西門は破壊されていたので、僕が『復元』の力で修理しておいた。日中は開放していて誰でも自由に通行することができるが、防犯のために夜間は閉鎖しておくことにしている。
元ジェイン伯爵邸、現在は『神聖ゴロタ帝国大魔王国統治領離宮』となっているお屋敷には、区長さん達が定期的に集まってもらっている。一般居住区には10の行政区があり、各区の区長さん達は、それまでは無給のボランティアだったそうだが、僕から手当てを支給すると言ったら驚いていた。区長さん達は、商店やホテル、レストラン等を経営してそれなりに年収があるそうだ。しかし、大商店や超高級ホテルなどは貴族が経営しているので、区長さん達の経営する規模はそれなりで、収入も一般的なものだそうだ。贅沢はできないが、それなりに生活に不自由はしないレベルだが、区長としての仕事で持ち出しもあり、若干でも手当てが出ればうれしいらしい。シルフが、区長としての手当てが、月に50万デリス、年に600万デリス支給すると言ったら、一瞬、皆の間に沈黙が走った。
「少なかったですか?」
「と、とんでもない。あのう、そんなに貰っても良いのでしょうか。」
「当然です。将来的には、各区に区役所を建設し、区長さん達には、そこで勤務してもらいます。専従となった場合には、手当ては倍額にする予定です。それまでの間、家業を任せられる後任の育成をお願いします。」
「は、はあ。それは大丈夫だと思います。」
区長さん達は、結構年配の方が多く、家業を息子なり娘夫婦に任せても大丈夫な方達ばかりのようだった。
「それと、各区に小学校を2つ、中学校を1つ作ります。また、警察署または警察出張所も1か所作りますので、教員及び警察官の募集をお願いします。警察官は、レブナント族、グール族、魔人族のほかに、城外で暮らしているゴブリン族、オーク族からも採用しますので、ご了解ください。それと、外縁部の城門は、終日オープンといたします。もちろん、通行税など聴取しません。」
「あのう、それでは外のゴブリン共が勝手に入ってくるのでは。」
「もちろん、それも自由です。しかし、ゴロタ帝国の精鋭アンドロイド兵が警戒しています。窃盗や傷害などの悪さをすることなどできないはずです。」
実は、先日、僕とシェルは、ゴブリンやオークが居住する城外のテント村に調査に行ったのだ。彼らの居住する区域は、上下水もなく、糞尿と腐敗臭の入り混じった物凄いにおいがするものだった。彼らは、朝早くから城門の外に並び、その日の仕事を待つことから1日が始まる。うまくいけば、場内でのごみ収集や掃除の仕事がもらえるのだ。ゴミやレストラン、食料品店の廃棄物は、彼らにとっては宝の山で、その中から、金目の物や食べられるものを選別して家に持ち帰るのだ。また、わずかばかりの日当ももらえるので、割の良い仕事と言える。
場内の仕事にありつけなかった者は、郊外の農園の下働きだ。夕方暗くなるまで野良仕事に従事して、300ピコ程度しか貰えない。あとは、農園のそばに生えている食べられる草などを採集して帰るらしいのだが、昼食は自分持ちで、当然に農作物など貰えないので、非常に人気のない仕事だが、それでも他に現金を得る方法が無ければ、仕方がないと応募するらしい。熱中症にかかったり、悪い虫や蛇などに噛まれて命を落とす者もいるが、雇い主からは知らんぷりをされるらしいのだ。そんな酷い仕事も、冬の間の農園は牛馬の世話以外、仕事らしい仕事が何もなくなるので、城内の仕事にあぶれた者たちは、遠くの森まで行って、食べられる野草や虫、木の皮などを採りに行くそうだ。
農園の所有者は、貴族達で、その貴族達がいなくなった現在、農園を経営しているのは誰なのだろうか。ゴブリンの一人に聞くと、『お代理様』というグール人が何時も差配しているらしいのだ。これから作付けのシーズンだ。その前に田畑を耕さなければならない。その募集が毎日来ているらしいのだ。次の日の朝、募集の状況を見に行くと、城門の外にはゴブリンやオーク達の長い列ができていた。皆、やせ細っていて、お腹だけが異様に膨らんでいる。典型的な栄養失調の体型だ。皮膚はカサカサに乾いていて色もどす黒くなっている。皮膚病の者も多いようだ。
城門が開くと、中からグール人が何人か出てきて、ゴミの収集が何名、ゴミの搬送が何名と今日の募集人員を告げている。作業時間は、午前7時から午後7時までの12時間で、1日の日当は1200ピコと言っていたから、時給100ピコにしかならない。それでも、大事な収入源だ。我先にと殺到するが、顔色や皮膚病の有無等で選別されていて、わずか100人程度しか城内に入れて貰えなかった。あとは、郊外の農園の仕事だ。いかにも人相の悪いグール人が十数人集まって来た。両手を挙げて、指を何本か立てている。今日、募集する人数のようだ。指を3本たてると30人と言う訳だ。300ピコの日当では、パン3個位しか買えないが、木の根や虫を食べるよりはましと、大勢の者が群がっている。見ていると、子供と女性、それに老人は弾かれている。選別されるのは屈強な若者ばかりのようだ。なかには、女性を雇う者もいるようだが、目つきが嫌らしく、目的が違うような気がする。しかし、女性も募集していると分かると、大勢の女性が殺到し、グール人に対して胸をさらけ出したり、スカートをめくりあげている。
シェルは、目を背けているが、これが現実のようだ。気が付いたのだが、テントの数に比較して、極端に子供の数が少ないようだ。近くの老人に、訳を尋ねると、僕の顔と服装をじっとみてから、そっと手を差し出した。金銭を要求しているみたいだ。僕は、皆に見られないように、1000ピコ銅貨を渡しすと、さっとポケットにしまってから、ボソボソと話し出した。
「子供は、病気ですぐ死んでしまう。それに働き口もないので、口減らしに会ってしまうのさ。」
「口減らしって?」
老人は、右手で自分の首をさっと撫でてから、上を向いてしまった。きっと、自分の体験を思い出しているのだろう。ついでに、その老人に、この集落の長はいないのか聞くと、そんな者はいないが、野獣や野良犬から守るための自警団があり、自警団長が、この集落のことについて詳しいそうだ。『団長は、門の近くにあるテントの中にいて、今は、寝ているはずだ。テントの前には物乞いの女の子がいるから、すぐ分かるはずだ。』と教えてくれた。
西門の近くまで戻ってみると、確かに粗末なテントが張ってあって、その前には見すぼらしいオークの女の子が座っている。顔にはグルグルと布が蒔いていて、目が見えないようだ。自分の前には、小さな木の箱が置かれていて、なかには10ピコ鉄貨が2個入っていた。
「団長は、このテントの中ですか?」
女の子に聞くと、顔を巻いている布の隙間を広げて、大きな目で僕を見上げている。
「お父ちゃんは寝ているよ。夜中、一睡もしていねえんだ。何の用だ?」
「うん、今度、皆も街に自由に入れるようになったんで、いろいろ相談したいんだ。起こしてもらえるかな。」
「え、何だって。あんた、誰だい。レブナント様でもないようだが、お貴族様のような格好だし。」
「ああ、今度、ここの領主になった『ゴロタ』と言うんだ。よろしくね。」
『領主』と言う言葉に驚いたのか、慌てて立ち上がって、後ろのテントの入り口の布をまくり上げて中に入って行った。父親を呼ぶ声が聞こえてきた。しばらくすると、身長が2m位はありそうなオークが出てきた。身長は高いが、やせ細っていて、イメージしているオークとはだいぶ違うようだ。
「あ、新しいり、領主様ってのは、お、おめえ様か。いや、ですか?」
「うん、あまり気を使わないで。そう、僕が今度、ここの領主になったんだ。ゴロタっていうんだ。よろしくね。」
そのオークは、急に土下座を始めた。周囲のゴブリン達にも土下座をするように大声をあげていた。門番をしているアンドロイド兵は、じっとこちらを注視しているだけだった。
「こ、この前から、も、門番様が見たことねえ格好の方達に変わったんだけんど、あ、あの門番様も、あ、あなた様の手下でしょうか。」
「うん、彼らは人間じゃあないけど、人間よりずっと強いよ。」
「に、人間と言うと、あの、大魔王様を倒した神の国の人達でしょうか。」
うーん、大分、情報がねじ曲がっているね。まあ、そんなことより、彼らのことを何とかしなければならない。
「えーと、あなたの名前は?」
「あ、申し訳ねえです。あっしは、オークの『グエ』です。この娘は『ミエ』、おっ母はこの前死んじまったです。」
「うん、ところで、あなたも、周りのみんなも土下座を止めて貰いタンだけど。普通にしていてください。」
最初は、イヤイヤと首を横に振るばかりだったが、5回ほど頼んだら、ようやく土下座を止めてくれた。僕は、グエさんに自警団の人達は何人位いるのか聞いたら、現在はオークが20人、ゴブリンが68人いるそうだ。彼らは、日が落ちてから明け方まで、一睡もしないで集落の外周を警戒して歩いているそうだ。狼の群れや、魔物に襲われることもあるが、自警団に入ると、集落の皆からわずかばかりの金銭や食料を分けてもらえるので、希望者も多いそうだ。彼らの武器は、木の枝や石それと大きな骨などで、とても武器とは言えないが、それでも無いよりはましだそうだ。幸いなことに、魔物といっても狼やイノシシが魔物かした位の者しか出ないので、こんな武器でもなんとかやっていけるそうだ。それでも、一度の戦闘で何人かの死人がでるのは仕方がないとあきらめているそうだ。
この集落は、オークが1000人ほど、ゴブリンが10000人以上いるが、正確な数は分からないそうだ。でも、食糧事情からそれ以上はいないだろうということだった。僕は、とりあえず、全員分の食料をイフクロークの中の緊急援助物資エリアから取り出す。一人、3000カロリー分のパンと干し肉、野菜フレーク、それとチーズと粉ミルクの詰め合わせだ。32個入りの木箱を400個、積み上げた。団長には、一人にワンパックずつ分けて配布してもらうようにお願いした。明日からは、他の者が持ってくるが、同じように配布を手伝って貰うことにした。さあ、あとのことはフミさんとフランちゃんにお願いしよう。




