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第2部第154話 王都への道 その1

(4月18日です。)

  今日、ハイ・ボラード市の貴族街で最も広大なジェイン伯爵邸に引っ越した。伯爵邸は、元侯爵邸とは道路を挟んで隣接しているが、森と間違えるほどの庭を挟んでいるので、元侯爵邸攻撃の余波は受けなかったようだ。伯爵と家族、そして昔からの執事さん達は伯爵とともに王都の別宅に引っ越してい行った。王都まで、馬車で2週間かかるそうだが、自分達が乗る馬車、召使達が乗る馬車、それと荷物を搬送する馬車で10輌にもなったそうだ。シルフが搬出する荷物を確認していたので、絵画や彫刻などの美術品や貴金属製品の家具などは差し押さえていたそうだ。宝飾品も祖先からの伝承がはっきりしている物以外は原則持ち出し禁止にしていた。最終的には、すべて売却する予定だ。


  僕達が入居して、最初にしたことは執事長とメイド長を指定することだった。双方共にグール人だったが、学歴や経験から魔人族の執事は皆無だったし、メイドも下働きの者しか魔人族にはいなかったので、必然的にそうなってしまった。彼らには、ゴロタ帝国の皇室勤務者と同等の手当てを支払うこととした。執事長で年1200デリス、一般執事で年600~800デリス、メイド長は年100デリス、メイドは年400~800デリスだ。その額は、現在、彼らが得ている報酬の倍近い額だそうだ。この国のグール人の年収は300万デリスと聞いているが、メイドや執事は住み込みで食事や衣服が支給されることから、かなり天引きされているそうだ。執事長は、グレンさんという方で、伯爵邸に15年位務めていたそうだ。


  「あのう、ご主人様のことはどう呼べはよろしいんでしょうか。」


  「そうですね。『陛下』で構いません。『皇帝陛下』、『ゴロタ陛下』、いろいろありますが、皆さんは『陛下』とだけ及びください。」


  シルフが答えてくれた。現在、この国には国王が不在だ。あくまでも『大魔王国』と称しているので、大魔王でなければ国王にはなれないとのこと。そのため、実質的に統治しているハイ・リッチの3官は『公爵閣下』と呼ばれているそうだ。さらに上位の『冥界の王』は、平素は顔を見せず、また『名前を呼んではいけない』とされているので、『あの方』とか『御方』としか呼ばないそうだ。あいつなら『ルシファ』と呼ばれても良いはずだが、その名は禁忌とされているようだ。


  今日の午後、一般居住区の東側にある行政庁で独立宣言をすることになっている。行政庁の長官も上級貴族だったため公職追放となり、現在はグール族の事務次官が代行を務めている。司法庁や財務庁も同様だ。治安関係は、非常に脆弱で、門番以外の衛士が存在していない。魔人族の居住区は、治外法権というか魔人族同士で争いが起きても全く放置されていた。一般居住区でも魔人族とアンデッド族の争いは、証拠があろうがなかろうが魔人族のみが処罰され、アンデッド同士では、爵位がある者が正しいとされる。爵位がある者同士では、爵位順序がものを言うし、爵位が無ければ、納税額が上下を決めるそうだ。各区長は、男爵以下の下級貴族に叙せられているが、ほぼ、高額納税により叙爵されているらしい。


  治療院は、一般居住区に3つ、貴族街に1つあるが、貴族街にある治療院の院長は上位子爵で貴族街への居住を許されている貴族だったそうだ。もちろん、今回の公職追放により、どこかへ旅立っていったそうだ。グレンさんの話では、貴族街にある治療院が最も設備も整っているし、治癒師や看護師の人数も充実しているそうだ。一般居住区にある治癒院は、教会が運営しており、神父やシスターが片手間で診ているとの事だった。


  教会には、孤児院が併設されていたが、保護されている孤児の7割以上はグール人などの子供だった。魔人族で孤児になった者は、ほとんどがスラム街で浮浪者のような暮らしをするか、城外に出てゴブリン達とともに農園等で家畜並みの生活をしているそうだ。孤児になる原因は、親が病気や事故で死んだり、あるいは生活に困窮した親が遺棄したりとなるわけだが、奴隷として扱われるのはある程度成長した女子のみで、あとは使い捨ての労働力として、農家の繁忙期に拾われている行くのが関の山だとのことだった。


  一般居住区にある繁華街の近くの風俗街に行ってみると、娼婦のほとんどは魔人族であることが分かった。この国の法律では、12歳以下の者との淫行や本人の同意のない性風俗業への従事は禁止されているが、その法律の最後には『魔人族は、この法律の保護を受けない。』と記載されて執事長のグレンさんと一緒に、市内を視察して回ったところ、この国の法制上の不備が至る所で判明した。この国は、もともとは魔人族が支配する国だった。アンデットや他の亜人達は、魔人族と共生していたのだが、大魔王がお隠れになった後、魔力やフィジカルの強いアンデッドが魔人族やエルフ族などを圧倒し、徐々に勢力圏を伸ばしていったらしいのだ。そして、今から300年前、あの『名前を呼んではいけない者』が現れてから、状況は一変してしまった。冥界から、悪魔の軍団が押し寄せてくるとともに、魔人族の将軍達を密かに殺害しまくったのだ。闇夜に紛れ、突然に現れる悪魔族になす術もなく命を刈り取られてしまうのだ。戦争は魔人族側の大きな被害で終了したが、悪魔族は、この世界にとどまることなく冥界に引き下がってしまったらしいのだ。


  悪魔や吸血鬼などは、人間の恐怖や絶望と言う負のエネルギーを糧にしている。吸血鬼が人間の生き血を吸うのは、血液を通じてエネルギー吸収しているし、悪魔族は魂のエネルギーを啜っていると聞いたことがある。そのため、戦争が終わってしまうと、もう大きなエネルギーの供給はなくなるので、魔界よりも常に争いごとが絶えない人間界の方が、彼らにとって美味しい世界と言うことらしいのだ。魔界では、いつか『大魔王』が現れ、魔人達を救ってくれるという救世思想があり、魔人達の負のエネルギーもそれほど大きくならないらしいのだ。


  不思議なのは、レブナントやグール達が、限りある命の者、つまり『死すべき者』として存在していることだ。人間界の知識では、戦士などが死してなお生き続ける怨念があって、アンデッドになり、そのうちでも死後間もない戦士などがレブナントになり、その他の者はグールになるという認識だったが、どうやらそうでもないらしいのだ。というか、ここ魔界では、レブナントになるかグールになるかは、あくまでも体力と魔力の総合値が一定のレベルにあるかどうかで決まるらしいのだ。そして、驚くべきことに彼らには人間と変わらない生殖能力があり、当然に女性のレブナントやグールもいるし、老人や子供、いや赤ちゃんまで存在するのだ。彼らと人間との違いは、皮膚の色がやや青ざめているのと、目の瞳孔が拡大したままだということらしい。そのため、昼間帯の活動は苦手であったのだが、眼鏡やコンタクトレンズにより光量調整ができるようになってから、昼間の活動が可能になり、今では魔力で自由に同行の大きさを変えられるようにする技術も開発されたらしいのだ。


  この世界に来るときに遭遇したレブナント達は、身長が2m以上あり、瞳孔も開きっぱなしというか、空洞のような瞳をしていたが、この世界の多くのレブナント達は、身長こそ高いが、人間としての許容範囲の中にあるようで、どうも人間界でよく見るレブナントとは違うようだ。グール人に至っては、瞳孔以外に人間との差など見つけられず、彼らがアンデッドだとしたら絶対に違反だと言える。そして、売春宿の並ぶ風俗街を闊歩して歩いているのが、グール人の男と魔人族の娼婦のカップル達だ。魔人族とグール人の間には子供はできないそうなので、ここでは避妊という概念がないらしい。そのため、謎の病気が流行っているらしいのだ。詳しく聞くとどうやら梅の病気らしいのだが、公衆衛生意識が低いこの世界では、たいして重要視されていないらしいのだ。ゴム製品がないわけではないが、かなり高額のため、娼婦との営みに使うなど勿体ないという意識が働いてしまっているようだ。


  ゴロタ帝国では、娼婦は毎週1度の血液検査を受けなければならず、検査の結果陽性と判明した時点で、接客禁止と隔離の措置を取らなければならないが、この世界では、もちろんそのような制度はない。そのため、娼婦の寿命は極端に短く、皆、40歳前には動けなくなってしまうそうだ。


  次に悲惨なのが教育制度だ。魔人族はおろかグール人達も満足な教育を受けていない。小学校はあるが、グール人と富裕層の魔人族のみ入学を許されるそうだ。10歳で4年間の小学校を終了したら、ほとんどは、商店や農園等に働きに出されるそうだ。ほとんどの子は、そこで専門的な知識を得て一生、その職業に従事するのだ。一人前の給料を貰えるのは、25歳を過ぎる頃だそうだ。


  満足な教育を受けることがないせいか、男爵以上の貴族以外の者には職業選択の幅がほとんどないのが、この世界の常識らしいのだ。グール人の王国兵士達は準男爵以上に叙されているが、それも1代限りで、子供たちは、自分で自分の生きる道を探していかなければならないのだ。稀に、本当にまれに魔力を持って生まれるグール人もいるが、通常のグール人は魔力がないのが普通であり、王国兵士か下級の行政官書記或いは商人見習いになる位しか選択肢がないらしいのだ。それでも、魔人族とは比較にならない位恵まれていると言えるだろう。魔人族の子たちは、10歳までは日雇いの賃仕事をするかゴミあさりや森での採集で自分の食い扶持を稼がなければならないし、10歳になると、奉公に出るのだが、5年間の奉公で、やっと大人1人の1年分の賃金しかもらえず、それも前借りと言う形で親に渡しているので、5年間、貧しい食事を与えて貰って朝早くから夜遅くまで働かなければならないらしいのだ。ほぼ奴隷に近い待遇らしい。それでも15歳の年期が明けると、正社員或いは正規の店員として雇ってもらい、月給を貰えるようになるが、それでも自分一人が食べていくのにやっと位の給料しか貰えないので、貯えなど無いのが普通らしいのだ。魔人族に早婚が多いのは、夫婦二人でなら何とか暮らしていけるので、スラム街の狭い家に住み、一般居住区や貴族街まで働きに行って何とか生きていくらしいのだ。


  シルフは、この街での労働対価の平準化と教育施設の充実が喫緊の課題だと言って、労働基準法、労働契約締結法とゴロタ帝国の教育基本法及び教育機関設置基準について統治領に公布することを決めた。かなり、時間はかかるかも知れないが、その辺の整備が終わらない限り、この国の将来はないと言っていた。


  

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