第2部第148話 恐怖の街 その3
(4月13日です。)
僕達は、剣を構えた兵士達に囲まれた上に、問答無用で斬りかかられてしまった。領主のボラード侯爵に面会を申し込んだだけなのに、何がいけなかったのだろう。
「あのう、僕、何かいけないことしました?」
指揮官のレブナントに、如何にも吃驚したという口調で聞いてみた。僕が、怪しげな魔法を使い、剣での攻撃を無効化した事に警戒したレブナントが、兵士の陰から上ずった声で叫んできた。
「黙れ!魔人のくせに、侯爵閣下のなされたことに文句を言うなど万死に値する。貴様も無礼打ちにしてやるから、覚悟しろ。」
あ、こいつアウトな奴だ。今朝の無礼打ちのことを知っているみたいだ。僕は、左手を上に向けて、手の平を握り、親指と人差し指だけを伸ばした状態にした。つまり『指鉄砲』を上空に向けたのだ。兵士達が、釣られて指鉄砲が向いている上空を見てしまった。僕は、その瞬間、エネルギー弾9発を発射した。上空に撃ち出されたエネルギー弾は、1センチ位の白い光の球体となって高さ30mほどの高さからグニャリと軌道を変えて、見上げている兵士達の顔を直撃した。特に意識していなかったが、兵士9人全員の頭部に当たるように誘導するイメージだけで、ちゃんと命中したので結構便利だ。エネルギー弾の威力を弱めていたので、兜を貫通する事なく頭部に衝撃を与えただけで済んだようだ。しかし、その衝撃は、脳震盪を起こすのには十分な威力があり、あっという間に意識を失ってしまって倒れ込んでしまった。2人の兵士は、上空を見上げたままだったので、顔面に直撃を受け、
目や鼻が潰れて血だらけになってしまっていた。このままでは可哀想なので、外相だけはシェルが治癒してくれていた。
僕は、指揮官のレブナントにゆっくり近づいていく。へっぴり腰で剣を両手で持ち、前に差し出していたが、僕が『威嚇』の力で意思をコントロールする。彼に聞きたいことがあるのだ。勿論、今朝の事件の真相だ。『威嚇』の影響で、剣を持つ腕の力が抜け、カランとケンが手から滑り落ちた。
「今朝の事件のことを教えてくれ。」
「今日、侯爵閣下が愛人宅から帰ってくるとき、魔人一人を『無礼打ち』したと聞いている。」
「手を下したのは誰だ?」
「王国騎士団ボラード駐屯部隊長のヘラルド様だと聞いている。」
「侯爵は、その事を知っていたのか?」
「侯爵夫人は、国王陛下の第3王女だった人で、非常に嫉妬深い人だ。そのため、明るくなる前に寝室に戻る必要があったのだ。そのため帰りの邪魔をした者を許さなかったのだろう。」
「王国騎士団が、何故侯爵の護衛をしている?」
この国では、王族以外の貴族が私兵を擁することは許されていない。そのため、我々が警備のために駐屯しているのだ。」
「愛妾の家の送り迎えもするのか?」
「侯爵閣下から特別手当が出るので、隊長が引き受けているみたいだ。」
「この街に駐留している王国騎士団は何名だ。」
「320名だ。」
「この屋敷には?」
「私以下24名だ。残りは、東門に詰めている。」
成る程、大まかな情勢は把握できた。さあ、それでは公爵閣下に会いに行きましょうか。特に案内はいらない。あの馬鹿でかい屋敷が、侯爵の居宅なのだろう。僕は、指揮官に対する『威嚇』の力を強くする。指揮官は、白目を剥いてその場で気絶してしまった。
屋敷の正面玄関は、東側にあり、ぐるっと回り込んで行ったが、途中誰にも会わなかった。まあ、あれだけ厳重に門の警備をしているのだ。不審者が入り込んでくる可能性は極めて低いと考えるのが普通だ。
玄関ドアの脇には呼び鈴を鳴らす紐がぶら下がっている。紫色の見るからに高級そうな組紐だ。丁寧に紐を引くと、屋敷の中のどこかで可愛らしい鐘の音がしている。暫く待つとドアの覗き穴が開き、中から中年の男が顔を出した。
「どなた様ですか?」
「僕は、ゴロタと申します。侯爵閣下に面会したいんですが。」
「侯爵閣下は、現在、他の用事があり面会できません。お帰り下さい。」
「僕をそのまま帰して良いのですか?」
「どういう意味ですかな。」
「それは、こういう意味です。」
僕は、庭に植えられている立派な欅の木を燃え上がらせた。
「何なら屋敷も同じようにしましょうか。」
慌てて覗き窓を閉めてから、何処かに走り去って行った。きっと警備の者か兵士を呼びに行ったのだろう。暫くすると、東門の警備兵が後方から走ってくるのと、玄関が空いて、同じく警備兵が出てくるのが同時だった。ただし、屋敷内から出てきた兵士は、鎧もつけずに鎖帷子だけなのは、おそらく待機中だったのだろう。シェルは、『ヘラクレイスの弓』を構えたが、それではオーバーキルなので手で制し、『オロチの刀』を鞘ごと左手で構えた。
一人の兵士が、槍で背後から突いてきた。それが戦闘開始の合図だ。僕は2m位の高さまでのバク転で飛び上がり、そのまま突いてきた兵士の右肩を鞘のままの『オロチの刀』で打ちつけた。ほんの少しだけ雷属性を纏わせているので、致命傷ではないが、電気ショックで気を失ってしまう。あとは僕の独壇場だ。誰も僕の体はおろか、剣に触れることもできない。少し離れた場所にいるレブナント兵が何やら呪文を唱えている。魔道戦士なのだろう。人間界のレブナントは、体内の魔力を使って無詠唱で魔法を放ってきたが、ここではきちんと呪文詠唱しているようだ。やはり、人間界のレブナントとは能力が少し違っているようだ。そのまま魔法を放たれてしまって、シェルに被害が及ぶのもいやだったので、ノールックで指鉄砲を打ち込んでやる。白目をむいてその場で気を失ってしまったようだ。魔道士系は肉体的な防御力が弱いので、かなり弱い指鉄砲だったが、それでも人生で初めての衝撃だったのだろう。
所要3分程度だったろうか。20人以上いたすべての兵士が地面に転がっている。僕は、玄関ドアを開けて、シェルと二人で入っていく。邸内には、先ほどのぞき窓から見ていた執事だろう。その人と、あと、何人かの執事さん達、それとグールのメイドさん達が8人位いて、一か所に固まっていた。僕とシェルが全くの無傷で入ってきたのに驚いているようだったが、まあ、ちゃんと挨拶だけはしておこう。
「こんにちは、僕はゴロタと言います。旅の者ですが、今日の朝というか夜というか、魔人の作業員の方がここの兵士に殺されたことについて、侯爵閣下と話し合いをしたいのですが。」
「こ、侯爵閣下は、先ほど申し上げたように多忙なので、わ、私が代理で話を聞きます。」
うん、この執事さんが一番偉い執事、つまり家令さんなのだろう。僕は、話し相手が誰でもよかったので、その家令さんと話をすることになった。奥の応接しに案内される。とっても豪華な刺繍の入ったソファに座り、とりあえずおいしい紅茶をいただくことにした。メイドさんが紅茶をテーブルに置くとき、手が震えて、だいぶ、ソーサーの中に紅茶をこぼしてしまっていたが、まあ、しょうがないか。こぼれた紅茶は、カップの中に戻せばOKだから。
家令さんは、僕たちが紅茶を飲む間、じっと黙っている。こういう場合、沈黙は金だ。相手から話をさせて、それに反駁する。これが上級の交渉術だ。仕方がない。僕が話を始めようとしたら、シェルが右手で僕に『黙って』という合図をしてから、おもむろに話し始めた。
「今朝、魔人の道路作業員1人が、お宅の兵士さんに殺されました。馬車を止めたということで『無礼打ち』だそうです。理由は問いません。その魔人の奥様に慰謝料や損害賠償をしていただけませんか。」
ものすごくストレートな物言いだ。交渉も何もない。要求をじかに伝えている。
「そうですね。損害賠償として、これから30年間働いて手に入れる金額、およそデリス金貨450枚、慰謝料としてデリス金貨200枚を支払って貰いましょうか。」
成人男性が1年間で得ることができるお金は、魔人族では10デリス金貨20枚位つまり200デリスだそうだ。人間界のゴロタ帝国でいうと200万ギル位かな。それから生きていくための必要経費を引いて、年に金貨15枚、それが30年分だ。妥当な額だと思うのだが、家令さん、口を大きく開けて動かなくなってしまった。魔人1人の命に金貨650枚なんて天文学的な数字に聞こえたのだろう。金貨1枚が10デリスなので、6500デリスというわけだ。
「この金額は、まけられませんわ。今日中に支払って貰いたいのですが。」
ハッと気が付いた家令さん、額に汗をかきながら、
「そんな大金、すぐには準備できませんし、それに閣下がどのように判断されるか?」
「えーと、それって交渉ですか?今日は交渉に来たのではなく、支払いをいただきにまいりましたの。この屋敷がなくなるのと金貨800枚、どちらが大事かしら。」
あのう、これって完全に恐喝のような気がするんですが。家令さん、『しばらくお待ちください。』と言って、奥の階段から二階に上がって行った。きっと主人に僕たちの要求を報告するつもりなのだろう。僕は、冷えた紅茶を指さして、入れ替えてくれるようにメイドさんにお願いした。すぐに温かい紅茶を入れなおしてくれたが、かなり大きな胸のメイドさんだ。そういえば、人間界では女性のグールって見たことがなかったような気がするんだけど。なんとなくシェルの厳しい目線を感じて、『ウホン』と軽く咳ばらいをする。
しばらく待つと、立派な服装をしたリッチが階段を下りてきた。リッチなのに、頭部は頭蓋骨ではなく、きちんと肉と皮膚がついている。ただし、かなり痩せているのは、やはり骸骨だけのリッチの特性を引き継いでいるのだろう。侯爵閣下は、僕たちの対面のソファに深く座り込んで、僕達をにらみつけている。当然、知らんぷりだ。そのまま無言の静寂が流れていく。口を開いたのは、向こうが先だった。
「それで・・・。」
「はあ?」
「それで、貴様らは、この交渉でどれくらい礼金を貰うつもりだ。」
あれ、なんでそんなことを聞くのだろうか。あ、わかった。きっと、僕達を、その礼金以上の額で買収しようとしているんだ。
「いえ、鉄貨1枚たりとも頂戴するつもりはありません。全額、遺族にお渡しします。」
「そんな馬鹿な。それでは何のためにここに来ているんだ。」
僕は、フッとため息をついてから、イフクロークの中に右手を差し込む。金貨100枚が入っている革袋を取り出す。10個以上をテーブルの上に並べたが、これ以上並べるとテーブルが壊れそうなので、やめておく。ゴロタ帝国金貨だが、金の価値は変わらないので、侯爵にもその価値がわかるはずだ。
「この袋の中には金貨が100枚入っています。全部で1000枚あります。デリス金貨は、凡そ10分の1の重さしかないので、ここにあるだけで、デリス金貨1万枚分になります。600枚位のデリス金貨など、欲しいわけないことがお分かりいただけたでしょうか。」
家令が侯爵の指示により中を調べて、確かに金貨が詰まっていることを伝えていた。




