第2部第143話 闇の軍団その5
(4月1日です。)
今日は、セレンちゃんの小学校の入学式だ。本当は中学校に行かせたかったが、学力的に無理があるみたいだったので、小学1年生から始めて貰う。学校側には、どんどん飛び級させて下さいとお願いしている。本当はリトちゃんと一緒のクラスにしたかったのだが、リトちゃんは特別進級で5歳なのに2年生になっている。セレンちゃんも、去年、少しだけ学校に通ったので2年生に転入でも良かったが、基本的な事が分かっていないので、やはり1年生から始めたほうが良いだろうと決めておいたのだ。
小学校の入学式には、僕とシェルが父兄として参列した。帝立セント・ゴロタ大学初等部の入学式は、貴族や行政機関の職員それと裕福な商家の子女が多く入学してくる。幼いころから家庭教師を付けて入学準備いわゆるお受験のための勉強をさせているので、経済的に余裕のある家庭の子女が多くなるのも当然だ。約100名程の新入生達を見ても、良家の子女という雰囲気の子が多い。しかし、それにしても皆小さい。皆、身長100~130センチ位だ。セレンちゃんだけ、150センチもあるので、頭一つ分飛び出ている。それに少しだけだが胸も膨らんでいるし。当然に式場への入場は一番最後だったし、座る位置も一番後ろだ。
僕とシェルは『変身』スキルで、中年のおっさんの振りをしているし、シェルも眼鏡とカツラで変装しているので、皇帝と皇后が参列しているなどとは気が付かないだろう。しかし、身長だけはそのままだったので、他のお父さんたちに比べると、飛びぬけて大きいみたいだった。式典が終ると、そのまま教室に行って、HRの様子を参観する。担任の先生は若い先生だ。先月、大学の教育学部を卒業したばかりだそうだ。見るからに緊張しているのが分かる。自己紹介も噛みまくりだった。父兄さん達の失笑を買っていたのはご愛敬だ。それから生徒さん達の自己紹介だ。30人程の生徒達がアルファベット順に席が決まっていて、Aから始まる名前の子から自己紹介をしているが、セレンちゃんだけは、一番後ろの角の席だったので、自己紹介も最後になるようだった。そしていよいよセレンちゃんの番だ。立ち上がったが、下を向いたまま小さな声で喋り始めた。
「わ、私、セレン。セレン・タイタンです。今、12歳です。」
これだけだった。顔を真っ赤にして座ってしまった。他の子達は、どう見ても上級生位の子がクラスにいるので興味深々だったのだが、自己紹介を聞いて少し騒ぎ始めた。
「えー、12歳だって。何で?」
「何だよ。12歳かよ。ババアだな。」
「先生、なんでこんな大きな子がいるんですか?」
もう、おさまりが付かない。セレンちゃん、座ってもずっと下を向いている。あ、涙がポロリと落ちている。新任の先生、想定外の事態にどうしていいか分からないようだ。まあ、帝室から特別の依頼で無試験で1年生に入学させた子なので、他の先輩先生が担任を拒否して何も知らないこの先生に白羽の矢を立てたのだろう。学校には、皇帝の遠い親戚筋だとだけ話しており、今まで漁師の手伝いしかしていなかったとだけ話してないのだが、かなり無理のある設定だ。しかし、キティちゃんやリトちゃんの時もかなり無理をお願いしていたので、『ああ、またか。』と言うくらいにしか疑問を持たれなかったようだ。
「みんな、お口にチャックをしましょう。セレンちゃんは、ずっと働いていて学校に行ったことがなかったの。だから1年生から始めるのよ。皆さん、仲良くしてくださいね。セレンちゃんも泣かないでね。」
「えー、泣いているのかよ。泣き虫セレンだ。泣き虫セレン。泣き虫セレン。」
まあ、学校なんてこんなもんだろう。頑張れ、セレンちゃん。その時、一人の女の子が立ち上がって大きな声で発言した。
「はい、先生。セレンちゃんを虐めていけないと思います。セレンちゃん、とっても可愛そうな子だと思います。だから、みんな、仲良くしなくっちゃいけないです。」
あ、とってもいい子もいるみたい。セレンちゃん、吃驚したような顔でその子を見ていた。もう、泣いていないみたい。その子のおかげで、騒ぎは収まったようだ。これで授業参観は終わりだ。帰りは保護者と生徒たちが一緒に帰ることになっている。その前に、担任の先生に呼び止められてしまった。担任の先生はサリバンさんと言うそうだ。教室に僕達だけが残っている。セレンちゃんも一緒だ。
「あのう、あなた様はセレンちゃんとどのようなご関係でしょうか。」
「はい、私達は帝室で子供達の担当をしている執事とメイドです。今日はセレンちゃんの入学しなので、保護者の代理としてきました。」
シェルが、あらかじめ決めておいた設定を説明する。
「セレンちゃんのご両親はいらっしゃらないのですか?」
「はい、この子が小さな頃、嵐の海で遭難してしまい、それからは海辺の漁村で村子として育てられていました。」
「そうですか。それで、ゴロタ皇帝陛下とのご関係はいかがなのでしょうか?」
「陛下の遠い親戚としか聞いておりません。たまたま戸籍調査で出自が判明したもので。勿論、皇族としての扱いは不要にお願いします。」
「はあ、まあ、そういう訳にも行きませんが。それで、この子は去年、お試しで入学したときの記録を見ると、言語能力にかなり問題があったようなのですが、そういう特別なクラスに編入されてはいかがですか。」
「いえ、この子はあれからかなりグレーテル語について勉強しておりますので、問題は無いと思います。それに普通のお子様たちとお友達になることが、この子の将来の為にも役立つと思いますので。」
もう、シェルの独壇場だ。僕は、黙って聞いているだけだ。隣に座っているセレンちゃん、そっと僕の右手を掴んでくる。手が震えていた。きっと、怖いのだろう。そう言えば、僕も幼い頃、教会で勉強しているときは怖くていやな思い出が一杯あった。僕は、セレンちゃんの手をギュッと握り返してあげた。
先生との個々面談が終ってから、帝城に歩いて帰ることにした。2年生以上のクラスも新学期のイベントが終って帰ってしまったらしく、校内はシンとしていた。3人でゆっくり歩いていると、セレンちゃんが小さな声で僕に話しかけた。
「ゴロタ様、私、学校に行かなくちゃだめですか。ずっとゴロタ様と一緒に居たいんです。」
「うーん。それは駄目だね。セレンちゃんは勉強するのが今の仕事なんだから。何か困ったらお城のシェルやシルフに相談してご覧。緊急だったら、僕と連絡を取ってくれるから。それとキティちゃんやシンシアちゃん、レオナちゃん、後、リトちゃんも学年は違うけど同じ学校にいるんだから、何かあったらすぐに相談するんだよ。」
それから、3人で白龍城に近い超有名なお菓子屋さんに言って、シフォンケーキとレモネードでお昼を取ったら、セレンちゃんの不安はなくなったみたいだった。
次の日、セレンちゃんがリトちゃん達と学校に出発してから、僕とシェルは、異界の魔人の国へ転移した。
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私は、セレンちゃん、本当は人間でないんだけど、ゴロタ様の僕になってからは、ずっと人間の格好をしているの。人間の姿をするだけじゃなくって、学校にも行かなければならないの。まず、この国の言葉をキチンと覚えなくっちゃ。元の国では、アメリア語が標準語だったし。その前は、人魚とか海の神様達が使う言葉を使っていたんだけど、もうあまり覚えていないわ。
昨日、小学校の入学式だったんだけど、前に行ったときは、何も分からないままにお勉強をしていて、言葉と文字を覚えるのが大変だったことだけはおぼえているの。で、昨日から、きちんと最初からお勉強をすることになったんだけど、意地悪な男の子がいて、私の事を『ババア』なんて言うのよ。私、悲しくなって泣いてしまったら、『泣き虫』ってからかうの。あの子、海でおぼれてしまえばいいのに。でも、カレンちゃんて子がかばってくれたの。カレンちゃんって、とっても可愛くて頭も良いの。サリバン先生が学級委員に指名していたわ。よく分からないけど、とっても大切なお仕事みたい。
私以外のみんなは試験と言うものを受けて来たみたいで、これから1年間お勉強することは全部分かっているみたい。私は、まだ言葉を文字にするのが苦手で、読むことは出来ても書くのがどうも苦手。それと算数も嫌い。特に足し算や引き算、それに少しだけお勉強した掛け算も良く分からないの。でも、お魚の食べ方や、どのお魚が美味しいかなどは自信があるから、その科目なら大丈夫よ。
朝は、リトちゃんと一緒に学校に行くの。リトちゃんと手を繋いでいくんだけど、学校に着くまで手を離したらいけないんだって。でも、私、良く分からないけどリトちゃん、少し怖い。手を握ると、リトちゃんの強い魔力が手を伝わってきて、ピリピリしてしまう。ゴロタ様の時はそんなことは無いのに、リトちゃんってゴロタ様よりも魔力が強いのかしら。でも、リトちゃん、とっても頭がいいみたい。キティちゃんほどじゃないけど、私よりもずっといろんなことを知っているみたい。リトちゃんが、小さな声で『ゴロタ様とどこまで行ったの?』と聞いてきたので、『アメリア大陸の東海岸まで行ったの。』と答えたら、呆れたような顔をしていたわ。私、何か間違っていたかしら。
お城では、私はキティちゃんと一緒の部屋なの。一緒と言っても大きな部屋だったから大きなベッドを二つ並べても、まだまだ余裕があるみたい。あと、机と本棚も別々に使っているの。洋服ダンスなんかは、壁に埋め込まれているし、奥の部屋が衣裳部屋になっているので、洋服をしまう場所が無いと言う事は無いわ。でも、お勉強の時間以外は、居間にいて、リトちゃんの弾くピアノを聞いたりしているわ。私もピアノを習いたいんだけど、その前に学校の勉強を一生けん命しなくてはとシェル様に言われたの。でも、お城のシェル様、どうもアメリア大陸にいたシェル様とは様子が違うの。よく分からないけど、雰囲気というか、傍に近づいたときの感じが違うような気がして。でも、何でも相談していいって言ってくれたので、また、お願いしてみようかしら。あ、もうこんな時間。ここの大きなお風呂に入らなくっちゃ。




