第2部第140話 闇の軍団その2
(3月30日です。)
結局、洞窟の行き止まりまで到達してしまった。イフちゃんが『隠蔽の魔法』の存在を教えてくれたので、行き止まりの壁に手を当てて調べてみた。すると、ある場所でスッと手がかべの中に埋まっていった。向こう側に何があるのか分からないが、行かないわけにはいかない。通り過ぎる感覚は、僕がゲートを利用するときの間隔に似ていた。と言う事は、この隠蔽された壁は、ゲートにもなっているのだろうか。『隠ぺいの魔法』の効果なのか、ゲートの存在には全く気が付かなかった。
隠蔽の壁をくぐり抜けたら、そこも洞窟の中だったが、今までと違うのは夥しい数のグール達が蠢いていたと言う事だ。普通の平民服を着ているので、パッと見には大勢の人たちが集まっていると言う感じしかしない。しかし、普通でないのは、彼らの目が赤いということと、部屋のあちこちに人骨が散乱していると言う事だろう。あっという間に戦闘モードに入ってしまった。僕の一番近くにいた女グールが足を高く上げて回し蹴りをしてきたのだ。あのう、そんなスカートで回し蹴りって絶対に見えちゃいますよ。通常だったら避けられないようなスピードの回し蹴りだったが、僕は、左手でガードしながら女グールに接近し、右腕で軽く鳩尾にパンチを出した。女グールは、そのまま後方に吹き飛んで行った。何人かのグールを巻き添えにして地上に転がってしまう。それからは次々と襲い掛かってくるグールの相手だ。僕は、両手、両足に力を込めて体術で応戦していく。剣で切り捨てても良かったのだが、グールは人間に近いアンデッドなので血液や体液で汚れたくなかったのだ。まあ、相手の戦闘能力を奪えばよいのだから体術だけで充分だろう。30人位倒したら、部屋に動けるグールは一人もいなかった。しかし、圧倒的な体力と回復力を持つグールだ。時間的余裕はない。僕は、部屋の出口に向かった。向こう側の部屋は、応接室のような造りの部屋だった。黒いマントを被り、小ぎれいな杖を持ったリッチ3人と2m位の身長の黒い騎士レブナント5人がいたが、僕の方には向かってこない。
「人間、この部屋を荒らすことは許されない。浚った者達は、返すから案内する。」
リッチの1人が話しかけて来た。そう言えば、この応接室はかなり高級な作りになっていた。リッチの姿を見ると、色こそ黒だが神官が来ているようなマントと法服だ。レブナント達は、壁沿いに立っているだけでピクリとも動かない。きっと、この部屋の主の警護役なのだろう。リッチやレブナントを従える者、最上位のアンデッド或いはその上の存在。あ、考えるのやめよう。
一人のリッチに案内されてドアの向こうに出る。そこは礼拝所のようだった。祭壇には、不気味な像が飾られている。上半身は裸に近く、頭には山羊のような角が生えている。奇異な感じを受けたのは、その胸だ。像の体格は男性のようだが、胸の膨らみは女性のものだった。そう言えば、顔つきも男性か女性か分からない。それに、背中には大きな蝙蝠のような翼が生えていた。
「あの像は誰だ?」
前を歩くリッチに聞いてみると、
「あのお方は『大魔王様』だ。すでにお隠れになって久しい。今は、『名前を呼んではいけない方』が、この世界を統べている。」
あ、あいつだ。僕は、ここの主人が誰か直ぐに見当がついた。と言う事は、ここはどこだ。
「ここはどこだ。アメリア大陸か?」
この質問には答えてくれなかった。黙ってしまったリッチの後に続く。廊下の端には階段があり、我々は階段を降りていく。結局、地下3階まで降りることになったが、そこには鉄格子のはまった牢獄となっており、パイン君達全員が投獄されていた。他の牢獄には、かなりの数の人達がつかまっていたが、老人はいなかった。特徴的なのは、彼ら、彼女らは頭に角が生えている魔人族の人達だった。と言う事は、ここは魔人の国なのだろうか。とらわれている魔人達は僕をじっと見ている。助けを求めるような目で。
パイン君達は、僕を見つけると、ホッとしたような顔をして、
「陛下、きっと助けに来てくれると信じていました。」
囚われて間もないので、それほどやつれていなかった。パイン君達の牢獄の扉に開錠魔法をかけているリッチに、
「この魔人族の方達はどうするのですか?」
「大魔王の眷属。どうするかは『あのお方』の思し召し次第。」
結局、どうなるかは『あいつ』次第ということか。『あいつ』は、食人や吸血をする必要などないので、良いように甚振って、用が済んだらグールやレブナントの餌にするか僕にしてしまうのだろう。そう言えばお決まりのバンパイヤがいない。
「バンパイヤ達はどこだ。」
「ここにはいない。はるかに遠い別の教会だ。」
なぜ、バンパイヤが教会にいるんだ。そう言えば、ここも教会のようだ。礼拝所に祭られているあの彫像は、悪魔ではなく『魔王』なのだろう。魔人は魔王に似せられて作られたという伝説があるので、魔人の崇拝の対象はどうやら魔王らしいのだ。現在の魔王がコミュ障のヒッキーだなんて知ったら、きっとガッカリするだろうな。そんなことを考えながら、僕は他の牢獄のカギを一瞬で開錠してしまった。開錠魔法などいらない。『念動』で物理的にこじ開けたのだ。
「さあ、皆さん、自由です。出てください。」
魔人達は、ためらいながらも外に出て来た。まず、地上部へ出なければ。リッチを先頭で案内させて地上部へ出る通路を通って行く。ここは教会の地下の筈なのに長い通路がウネウネと曲がりくねっている。通路は徐々に上り坂になり、突然、視界が開けた。眼前には、広大な森と青空が広がって行く。この先は、かなり200m位の高さの急な崖となっており階段や下るための坂は無かった。その時、前を歩いていたリッチが崖から飛び降りた。いや、飛び降りたように見えたが、空中に浮遊している。まあ、リッチだから当然か。
「さあ、お前たちはここで死ぬんだ。逃げ場所は無い。さらばじゃ。」
物凄く古臭い言葉を残して、リッチは掻き消えるように消えてしまった。残されたのは、僕やパイン君達バンブー・セントラルの皆さんと牢獄から脱出してきた魔人族30人位だ。洞窟の後方から足音が聞こえて来た。きっと、他のリッチから命令を受けたグールやレブナント達だろう。本当は殲滅魔法を洞窟の中に彫り込めばある程度方効果があるのだが、ここにいる人達に被害が及ぼないようにしなければならない。僕は、洞窟に接してゲートを開いた。その先は、元のキャンプ地だ。
「さあ、皆さん、このゲートの中に入るのです。パイン君、先導を頼む。」
そう、言い残して僕は、隊列の最後尾まで戻る。何重にも聖なるシールドを張って追撃のレブナント達を防ぐことにした。イフクロークから魔除けの魔法陣が彫られた石板を出す。その石板の中央に聖魔石をはめ込んで、洞窟の両壁に置いて置く。魔法陣を発動させた。これで、数カ月か数年はシールドが破られることは無いだろう。その間、逃げて来た全員がゲートの中に入って向こう側に行ってしまった。僕は、ゲートを閉じてこの国に残ることにした。浮遊スキルを使って、高さ500m位まで浮上し、周辺の状況を見てみる。僕達が出て来た洞窟は、高さ300m位の小山で山頂部は1キロ四方以上の広大な平地になっている。しかし、岩山のために樹々は生えていない。僅かに雑草のような草が生えているだけだ。山の向こう側まで行って見ると、岩山をくり抜いたようにして教会のような建物が建っていた。かなり高い建物だが尖塔の先まででも高さ50m位だろうか。その教会からはるか南に町が広がっていた。魔人の街だろうか。建物の様子から、今まで来たことが無いような気がする。町の至る所に残雪が残っていることから、この町はかなり寒いようだ。もうすぐ4月だと言うのに雪が残っているなんて、北の極地に近いのではないだろうか。
僕は、街の北門近くに『転移』して、普通の旅行者のようなふりをして街の中に入って行った。大きな通りを歩く人たちは半分以上が魔人族で、残りの人達は人間のように見える。しかし、どうも普通の人間とは雰囲気が違う。まず目が真っ赤だ。それに兵士達の着用している甲冑が黒く、兵士の肌もかなり黒に近いため、まるで闇が歩いているようだ。彼らの匂い、それは間違いなく魔物の匂い、それもグールとレブナントだ。彼らが、日中、平気で街中を歩き、そのことを他の魔人達も怖がりもしない。逆に、僕を見た魔人達が恐怖の眼差しを僕に向けてよこす僕は、直ぐにグール兵に囲まれてしまった。何人かは剣を抜いて構えていた。だが、殺気を感じないので、万一のために抜剣したのだろう。兵士さん達の指揮官らしい人が職務質問をして来た。
「お前は人間だな。ここまで、どうやって来た?」
変な聞き方だ。普通、『どこから来た?』と聞くはずなのに、『どうやって来た?』と聞いたのはどういう意味なのだろうか。僕は惚けて、
「いえ、普通に歩いて。」
「嘘をつけ。人間が一人でここに来れるわけがない筈だ。」
え?『ここ』って、この町のことだろうか。僕が黙ってしまったところ、指揮官さんは不信感を強くしたみたいで、
「ええい、とにかく聞きたいことがある。こっちに来い。」
何かいわれなき罪を着せられているような気がする。そもそもこの方達ってどう見てもグールなんだけど、死人からよみがえった様子が全くなく、単に大柄で色黒の兵隊さんと言う感じだ。今は太陽が輝いているし。街を歩いている一般のグール達も、目が赤いからグールって分かるけど、綺麗な服を着て普通に歩いているし、あのカップルなんか笑いながらラブラブだし。ここって、本当に僕がいた世界なんだろうか。
「あのうすみませんが、ここって何という国なんですか?」
「はあ、決まっているだろう。ティタン大魔王国に決まっているだろうが。ただ、今の支配者は、『名前を呼んではいけない』と呼ばれている冥界の王陛下だがな。」
ああ、段々頭が痛くなってきた。『ティタン大魔王国』って、もしかして『魔界』ですか。でも、随分イメージが違うんですけど。僕がいた『人間界』にはどうやって帰れって言うんですか?あれ、でもパイン君達を転移させたけど、特に問題は無かったみたいなんですけど。そのとき、イフちゃんが教えてくれた。
「なんじゃ、お主、異次元空間を自由に渡れるではないか。ゲートを繋ぐことなど簡単じゃろう。」
でも、それって次元の矛盾を生じてしまうからあまりやってはいけないような気がしたんですけど。特に時間軸を中心に行き来してしまうのは。まあ、それよりもこの兵士さん達から逃げなければ。よし、取り敢えず猛ダッシュで逃げよう。




