第2部第139話 闇の軍団その1
(3月30日です。)
僕は、大きな木の陰に隠れてグール達が警護している岩山を監視していた。パイン君達を早く助けに行かなければならないが、岩山を見ても入口など見えない。一体、どこから入って行くのだろう。そう思ってみていたら、岩山の一部に空洞が現れ、そこから人間らしいものが10人程出て来た。もう既に陽は落ちて、森の中は真っ暗だったが、僕は『暗視』スキルがあるので昼のように見ることが出来た。出て来たのは、若い女達だ。気温がかなり下がってきていたが、彼女達は透けて見えそうなガウンしか着ていない。胸の所には髪の毛を垂らして見えないようにしているが、下半身は丸見えだ。彼女達は、そんな恰好を恥ずかしがるでもなく、大きく手を広げた。黒い霧のようなものが彼女達を包み込んだかと思ったら、彼女達は翼長1m以上もある大蝙蝠に変身して飛び立って行った。真っ赤な目をしていることから、きっとバンパイアなのだろう。これから獲物を探しに行くのだろう。
岩山を警護しているグールは5体、広域殲滅魔法を使うと地下にいる仲間たちにばれてしまう恐れがあり、また精神魔法は彼らには効果が無い。この場では接近戦で彼らを殲滅することにした。取り敢えず、『聖なる障壁』で彼らの上からドーム状に結界を張る。これで、彼らは結界から出ることは出来ないだろう。『念話』で地下に通報されると不味いが、結界が邪魔をして、遠距離まで届く『念話』は使えない筈だ。彼らは、突然に張られた結界に驚いたようだが、その組成が聖属性であることから、うかつに結界に触れられないことは理解しているようだ。よし、これであの結界内は僕のフィールドになったわけだ。
僕は、『オロチの刀』を左手に『ベルの剣』を右手に持って、最大速度でグール達の方に向かう。オロチの剣は炎属性で赤く光り、ベルの剣は氷属性で青く光っている。僕の接近に気が付いたグール達は、それぞれの武器を抜き放った。一人は、弓を構えていたが、矢の準備が間に合わないようだ。僕は、両手を後ろに伸ばしたまま接近し、グール達の間を駆け抜ける。僕を中心にして半径1.5m以内は僕の『絶断』の餌食だ。このスキルは、自分で意識することなく、剣の攻撃範囲内に入ってきた者を切断するスキルだ。それが剣の刃だった場合には、その刃さえ切断してしまう。ただこのスキルは剣の切れ味を大幅に劣化させるので、『オロチの刀』や『ベルの剣』のような神刀や魔剣でなければ使えないスキルだ。しかし、その効果は絶大で、奥のアーチャーの所まで行った段階で、他のグールの首は、地面に転がっていた。身体は黒っぽい血を首から吹き出しながら立ったままだった。
『ナニモノダ?』
アーチャーは、最後の言葉を発すると同時に、僕の『オロチの刀』で心臓を深く貫かれていた。僕は『ベルの剣』で首を切り離し、それから地面に転がっているレブナントの頭を、一つずつ『聖なる光』で消滅させていった。デュラハンではないが、グールも首を切り離しただけでは完全には死なない。あ、もともと死んでいるのだから当たり前か。スケルトンやゾンビなどの低級アンデッドなら『聖なる光』で殲滅できるのだが、肉体がしっかり残っているレブナントやグールは、それだけで殲滅することは難しい。やはり、物理的な攻撃も併用しなければいけないのだ。まあ、膨大な『聖なるエネルギー』を浴びせれば、彼らの持っている『魔障エネルギー』を消去・浄化させることができるが、そのためには長時間浴びせ続けたり、笑えるほど膨大なエネルギーを浴びせる必要がある。それよりも、今回のように肉弾戦で殲滅した方が簡単だ。
僕は、さっき女バンパイアが出て来た部分に近づいてみた。手で叩いてみても、普通の岩肌だ。しかし、叩いたとき、手に違和感を感じた。この感覚、『魔障』だ。リッチのような高位アンデッドが『魔障エネルギー』で岩山の出入り口を隠蔽しているのだ。しかも物質化をしている。エネルギーを物質化するなど、普通のアンデッドではできない筈だが。僕は、疑問を持ちながら『聖なる光』を岩山の偽装岩肌に当ててみる。相対しているエネルギーが、お互いを消し合い、岩山にぽっかりと出入り口が開いた。出入り口の中からは、血の匂いが漂ってきている。不味い。パイン君、大丈夫だろうか。僕は、『オロチの刀』を納刀してイフクロークに収納すると、『ベルの剣』を左手に持ち換えた。狭い洞窟では、『ベルの剣』のようなショートソードの方が使い勝手が良いのだ。
洞窟の中はシーンとしている。血とアンデッド達の匂いの中にパイン君達の匂いも漂っている。イフちゃんが、パイン君達の所在場所まで案内をしてくれようとしていたが、洞窟の中は一本道だ。ずっと奥の方から匂いが漂って来ている。きっとこの奥だ。僕は、洞窟内を真っ直ぐ進んで行く。200m位進んだところで、広い空洞に出た。天井も高いが、横幅が30m位ある。その広くなった中央部分には水溜り、いや池があった。濃い緑色の水が溜まっていた。陽の光がささない洞窟内で珪藻類などの光合成を行う微生物がいる訳ないのに、何故、池の水が緑色なのだろうか?だが、そんな事を考えているよりもパイン君の行方を探す方が先だ。僕は、池の縁に沿って奥に進んでいった。真ん中付近まで進んだとき、突然池の水が光った。水全体が光ったわけではなく、沢山の光虫が光っているようだった。しかし、その個々の光はモゾモゾと蠢いているのだ。池の水と思っていたのは、ジェリー上の魔物の集まりだった。森の日の差さない暗がりや木のうろの中に潜んで、虫や小動物の死体などを餌にしている森の掃除屋と呼ばれているスライムだ。しかし、この数。半端ない数だ。スライムは、攻撃的な魔物ではないが、集団では人間を襲ってくることがある。女性冒険家からは忌み嫌われている魔物だ。当然、奴らの粘液からにじみ出ている消化液は、女性の衣服も溶かしてしまうからだ。しかし、スライム自体は大した攻撃手段もなく、移動速度も極端に遅いため、警戒する必要などない程度の魔物だ。通常なら。
僕は、スライムを注視しながら、池の周りに沿って向こう側に移動していた。突然、スライムたちが揺れ動き始めた。ちょうど、風に吹かれた水面のように。その風が段々強くなっているかのように揺れが大きくなってきた。まるで、多くのスライムが一つの生き物のように。そのうち、スライムの光が池の中心に集まり始めた。そして、緑色の光は一つの光、かなり大きく光も強い者になってしまった。そう、スライムの核のように。もう、水面だったようなスライムは存在せず、大きな大きな球体が池の中心にあった。嫌な予感がしたので、はやくこの広間から出ようとしたところ、大きな球体から何かが飛び出て来た。スライムのジェリー状の身体の一部だ。かなり早い。というか、飛んで来たと認識したと同時に僕の『蒼き盾』に激突していた。被害は無かったが、激突したジェリーは『蒼き盾』の一部にべったりと付着していた。かなりグロい。本体はブルブルと震えてから、今度は大量のジェリーを飛ばしてきた。洞窟の壁に激突したジェリーは、小爆発を起こしている。ジェリーそのものは柔らかいのだが、速度が速いため、衝突エネルギーが膨大で、そのエネルギーにより爆発しているのだ。しかも、爆発してもジェリーが消失するわけではなく、大きく開いた壁の穴の周りに付着している。そして、ウネウネと動いて集まっているのだ。
次々と攻撃を受け続け、僕の身体の周りはジェリーで埋め尽くされてしまった。『蒼き盾』が防いでくれているから大丈夫だが、気持ちの悪さは防ぎようが無かった。このスライムの破片は、核が無いのでそれ以上の攻撃などしないだろうと思ったら、本体の大きな核の一部が飛んできて、僕を包んでいるジェリーの中に入ってしまった。同時に、ジェリーから紫色の液体がにじみ出て来た。『蒼き盾』がいたるところで光っている。防御しているのだ。きっと、この緑色の液体は毒液なのだろう。服を溶かすだけなら可愛いものだが、毒液は頂けない。僕は、『ベルの剣』に力を込める。赤く熱せられた『ベルの剣』の周りのジェリーが干からびていく。周りのジェリー全てを強制乾燥させて脱出したのだが、残った核は、本体の核の方に浮遊しながら戻って行った。その間に僕は、出口の付近まで移動し、小さな小さな熱の塊を大型スライムの中に投げ込んだ。サイズは、スライムの核と同じくらいの大きさだが、表面の温度は摂氏100度に抑えておいた。水蒸気爆発を起こさずにスライムの水分を飛ばしてしまうために、その温度設定をしている。大きなスライムは苦しそうに蠢いていたが、構わずに奥の出口からさらに奥を目指して進んで行く。
その奥は、何かの木の根のようなものに覆いつくされている。ところどころに空間があり、なにか得体の知れない小動物がいるようだ。
「ライティング!」
熱を発しない光球を空中に浮かばせ、良く見た所、身長50センチ位の人型魔物だ。ゴブリンの半分位のサイズしかないが、顔つきはゴブリンによく似ている。大きく違う点は、背中に蝙蝠のような黒い羽が生えていることだ。『ゴブリンフライ』だ。そいつらは、ライティングの光で目がくらんだか、潜んでいた穴の奥の方へと逃げ込んでいる。攻撃する気配がない所をみると、こいつらは真っ暗な中で侵入者を空中から攻撃する位しかできないのだろう。亜人種ならと思い、『威嚇』を思いっきり洞窟内に広げてやる。ドサッと何かが落ちる音が至る所でした。きっと、上空や天井付近に潜んでいたゴブリンフライ達が気を失って落ちたのだろう。まあ、体格的に対して攻撃力があるようには思わないが、ハエのようにブンブンと頭の周りを飛び回れてもウザいだけなので、意識を刈り取っておこうとしたわけだ。
しかし、彼らの潜んでいた穴の周りには、人間の物と思われる骨片が散乱している。骨の状態及び量からしてもパイン君達の物ではなさそうだ。と言う事は、これらの骨はどこから持ってきたものだろうか。この洞窟が何処につながっているのか分からないが、この大陸以外の可能性もあるのではないかと思ってしまう。しかし、他の大陸とつなげる能力、つまり『空間転移』のためのゲートを設けるともなると、かなり高位の魔物、リッチの上位者或いはバンパイアロード以上の国家災害級の魔物がこの洞窟のボスであるかもしれない。一番最悪なのは、あの『名前を呼んではいけない者』の存在も考えられる。しかし、そんなことを考えても仕方がない。今は、兎に角パイン君達を探さなければならない。




