第2部第136話 イーストコースト開発計画
(3月28日です。)
今日、バルーンセントラル建設のチームがやってきた。驚いたことに彼らは簡易事務所兼宿舎セットも持って来ていた。広さはそれなりだったが、総勢30名近い人員が生活しながら作業をするには十分なものだった。土魔法士が地盤を固めた上に、土台になる基礎を作り上げ、その上に簡単な板と細い柱を組み合わせてあっという間に出来上がってしまった。プレカット工法だけではなく、構造も簡単にしていた。しかし強度は、鉄筋なしの煉瓦造りよりも高いそうだ。
今日は部長達も来ていて、二人はニモさんに挨拶をしてから帰って行った。ニモさんへのお土産は『白龍饅頭』だったが、こんな饅頭いつできたのだろうか。製造元を調べた所、『クレスタの想い出製菓工場』となっていた。今、クレスタの想い出は白薔薇会のクライさんが経営を任されている。帝都でも一番の目抜き通りの角に大きな店を構えており、憂いを秘めた女性の横顔が月を眺めている特徴的な看板が、その交差点のランドマークになっていて『タイタンの月交差点』と呼ばれているそうだ。後は、『ティファサン』本店や『LVとHr』本店、それに『ドエス百貨店』本店が角を占めていた。ドエス百貨店は、ドエス商事の直営店で、誕生から葬儀まで必要なあらゆる商品を扱っている。ドエス商事も物品販売のみならず、重化学工業から夜の下半身相手の商売まで手広く事業を展開しており、納税額も『バルーンセントラル建設』と肩を並べている超優良企業だ。帝国には、独占禁止法が無いので特に肥大化を抑制することなどない。そのためどんどん大きくなっていくようだ。
話を元に戻すと、こうして東部開発が順調にスタートした。パイン君は、なかなか気が回り、冒険者姿で、お供の護衛2人を連れて開発予定地周辺を探索して歩いている。どうやら、かなり大きな都市構造を考えているみたいで、農作物や酪農等に適した場所も調べているようだ。必要なら用水路も建設しなければならず、その工事だけでもかなり莫大な経費が掛かることを見越しているみたいだった。あと、交通インフラについても鉄道網及び高速馬車道を建設してみたいようだ。その経費は、莫大だが建設国債を発行して、収益で還元することを考えているようだった。国債って借金みたいなものなので、少し怖いが、建設国債の場合は、建設したインフラがすべて国の財産になるので、国民の負担にはならないとの事だった。
あと、即時取り掛かるべき事業は、空港及び港湾建設だそうだ。空港は、現在の民需用飛行機の所要滑走距離が2000mなので、最低でも3000m級以上の滑走路が2本、横風用に1本必要だそうだ。建設予定地は、海辺の高台が適地だと言われた。パイン君、頭の中にはきちんと都市構想だ出来ているみたいだ。聞いたら、帝国セントゴロタ大学工学部を首席で卒業したらしい。なるほど、納得した。しかし、パイン君の身体はかなり小さく165センチ位しかない。これではゴブリン程度の魔物に襲われても勝てないだろう。本人も魔法は使えず、また武道も習ったことが無いそうだ。そのため、バルーンさんも屈強な護衛を付けてくれたのだろう。今度は、北の方に探索に行くそうだ。2泊位の工程を考えているそうだ。測量隊の業務に関しては、シルフに任せているし、シェルとセレンちゃん達は毎日釣りをして楽しんでいるので、僕もパイン君と一緒に探索に行くことにした。
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(3月30日です。)
今日、パイン君達と北の方を目指して探索の旅に出た。海から吹く風も弱まり、春の温かい日差しを浴びながら竜車でのんびりと進んでいる。竜車の屋根にはテントや食料品などを満載していた。何かあった時のために5日分の水と食料、勿論竜車を曳いている地ドラゴン2頭の餌や水も積載している。本当は何もいらないのだが、口を出さないようにしている。
パイン君、冒険者服の上にミスリルの鎧と小手を付けている。何かあった時のために護衛の人に装備してくれるように頼まれているらしい。護衛の人達は普通の鋼の鎧を付けている。二人とも僕と同じくらいの慎重だが、横幅はかなりあり、いわゆる筋肉マッチョという体格だ。二人とも、何故か色の濃いガラスを嵌めた眼鏡をかけている。なんのために付けているのか聞いたところ、単なるファッションだそうだ。ああ、どうしてこの世界には残念な人たちが多いのだろう。
パイン君は、短めのショートソードを装備していたが、装飾が多いわりに刃体のミスリル部分が少なく、いわゆる『なんちゃってミスリルソード』だ。まあ、ゴブリンやオーク程度なら大丈夫だろうが、それ以上になるときっと跳ね返されてしまうだろう。護衛の二人は、鋼鉄製のロングソードを背負っている。『亀の甲羅武道具天本店』で購入したもので、飾りも何もないがよく切れるそうだ。見せて貰ったが、昔、僕が使っていた『黒の剣』とよく似ている。質実剛健の剣だ。ナイスチョイスだろう。
護衛の方の名前は、クロウさんとシナイさんという名前で、もと帝国国防軍の兵士だったそうだ。帝国国防軍の装備が銃器等で近代化されたことから、剣の腕に自信のある二人は、やりがいが無くなり、今の護衛の仕事に就いたそうだ。収入は兵士時代の倍を貰っているそうだ。バンブーさん、金でうちの兵士を引き抜かないでください。まあ、本人の適性にもよるが、一般の志願兵の場合、30歳が一応の定年となっている。大尉まで尉官は40歳、大佐までの佐官は45歳、将軍以上になると定年はあってないようなものだ。この世界の人間の平均寿命が50歳程度であることを考えると妥当だろうが、最近、国民の栄養状態と医療技術が著しく向上するとともに、野良の魔物があまり出なくなったことから、平均寿命もグングン延びているらしい。二人は、ともに33歳だそうだ。まだ結婚はしていないそうだが、帝国内男子の平均婚姻年齢は18歳であることを考えるとかなり晩婚だ。しかし、最近でこそ平和だったが、以前は戦争や魔物狩りで多くの兵士が死んでいく状況だったので、なかなか結婚に踏み切れないでいるうちにこの齢になってしまったそうだ。
今、竜車の操車はクロウさんがしているが、突然、竜車が急停止した。
「前方に魔物の群れが見えます。」
クロウさんが、大きな声で知らせてくれた。僕は、随分前から魔物nの存在に気が付いていたが黙っていた。パイン君やクロウさん達の実力を知りたかったからだ。パイン君、顔が青ざめている。シナイさんが、窓から首を出して前方を見ている。元の席に戻って、
「坊ちゃん、魔物はオークが5~6体程度です。きっと、鹿か何かを追いかけているのでしょう。坊ちゃんは、ここで待っていてください。」
そう言うと、走行中の竜車の扉を開けて、御者席に飛び移って行った。パイン君、ショートソードを握る手が真っ白になっている。緊張して手に力が入り過ぎているのだろう。
「パイン君、学生時代、何か武道をやっていたの?」
「いえ、授業で剣術を少し習っただけです。僕、魔物がいる世界に初めて来て。今までクロウさん達が対処してくれているんですが、僕だったら絶対に食べられてしまうと思うと・・・怖くて怖くて。」
まあ、武術や魔法の能力がない場合は、これが標準的な反応だろう。グレーテル大陸だって、駅馬車には必ず護衛の衛士隊や騎士団、そうでなければ冒険者の護衛を付けている。戦闘系以外の普通の人は魔物と戦うなど考えられないのだろう。
「陛下は、冒険者としても超一流とお聞きしたのですが、魔物と戦って怖くなかったのですか?」
「最初は、ゴブリンだって怖かったよ。でも、自分や他人の命を守るために何度か戦っている内に、段々怖くなくなってきたんだ。パイン君だって、この国にいると、段々怖くなくなると思うよ。」
もう帝都周辺は、かなり開発がすすんでいるので、魔物が棲息する場所も少なくなっており、冒険者組合が管理しているダンジョンの中で細々と生きながらえている状況なので、市内で魔物に遭遇する機会など皆無であったろう。パイン君は、グレーテル王国の王都で生まれ、高校までは王立大学の付属高校に言っていたが、大学は、タイタン大学に留学していた。専攻は建築で、特に大規模構造物の設計計算を研究していたそうだ。お父さんのバンブーさんの手伝いをしているが、主に現場での仕事を学び、2年後、帝国セントゴロタ大学大学院に入学を希望しているそうだ。経営に関しての勉強はあまり好きではなく、それは妹さんに優秀なお婿さんを迎えて貰って対応しようと考えているそうだ。まあ、いろんな考えがあるからいいけど、この世界でオークで震えているようでは生きていくのは辛いかもしれない。ゴロタ帝国内でさえ、魔物や野盗が跋扈しているのだ。まして、ここ北アメリア大陸などは警察・軍事力は皆無で、自分の身は自分で守らなければならないのだ。僕は、パイン君に竜車を降りるように指示をした。パイン君に続いて、僕も竜車を降りて、前で何かに齧りついているオークの方に向かう。クロウさん達も、竜車の御者台から降りて来た。二人とも既にロングソードを抜いている。それを見たパイン君も慌ててショートソードを抜いた。ショートソードは片手剣ともいわれ、片手で素早く振り回すのが定石なのだが、パイン君、へっぴり腰で両手で持っている。
僕達の接近に気が付いたオーク達がこちらを見ている。新しい餌が来たと思っているのだろう。豚顔が醜くゆがんでいる。きっと笑っているのだろう。そう言えば、オークをまじまじと見るのは久しぶりだ。いつもは、瞬殺、爆殺なので顔を見ることなどなかったからだ。オーク達は、口から血まみれの涎を垂らしながらこちらに向かってきた。決して早くはないが、獲物を逃がさないぞという意思がはっきりと感じられる。パイン君の初陣はファングラビットかサーベルウルフ程度が良かったのだが、まあ、仕方がない。先頭の敵はクロウさんとの一騎打ちになっている。その後方のオークにシナイさんのファイア魔法が撃ち込まれた。御者台を降りた時から、詠唱を始めていたようだ。がっちりした身体で魔法詠唱なんて似合わないけど、肉弾戦と魔法の両面で戦闘できる魔法戦士だったのだろう。クロウさんの相手のオークは、クロウさんよりも少し小さいが重量はクロウさんよりもありそうだった。オークの錆びた剣とクロウさんの鋼鉄の剣が打ち合っている。火花が出るほどの激しい打ち合いだが、暫くするとオークの錆びた剣が折れてしまった。その瞬間、クロウさんが突きを入れて、オークの胸に深々と剣を差し込んだ。あ、不味い。オークは、死に物狂いで、折れた剣を振り回す。クロウさんの剣は、オークに刺さったままだ。クロウさんの頭にオークの剣が届きそうになった瞬間、僕がオークを『念動』で突き飛ばしてあげた。あのままでは、クロウさんの頭が二つに割れていただろう。オークは、心臓を刺されてもすぐには死なない。死ぬ間際の悪あがきをするのだ。そのため、剣を深く差して抜けなくなるのが最も危険なのだ。オークは、首を跳ね飛ばすか足を切り離すのが最も効果的だ。喉を切り裂いてもいいが、とにかくスピードが大切だ。
後ろのオークが、体中から煙を吐きながらこちらに向かってくる。死の断末魔を上げているが、後5分程度は生き続けるだろう。火傷の苦しさで、滅茶苦茶に剣を振り回している。その後ろからは、3匹のオークが迫ってきている。クロウさんの剣は、さっきのオークに突き刺さったままだし、シナイさんの魔法詠唱は未だ途中だ。クロウさん、腰からナイフを取り出した。解体用のナイフにしては少し大きいが、オークを相手にするには少し無理があるだろう。僕は、後ろの3匹が近づかないようにシールドを張るとともに、パイン君にブスブスくすぶっているオークの相手をするように指示をした。さあ、パイン君、どこまで頑張れるかな。




