第2部第135話 新大陸に植民地を作ります。
(3月21日です。)
この村は、ギョーク村と言い、7つの部族が一緒に暮らしている。人口は3500人位だが、村の運営は部族長会議で決めている。農業と漁業それと銅製品の製作などの軽工業があるらしいのだが、他の集落から海産物を求めて人が集まるので交易が盛んな村だそうだ。湾内に小さな港もあり、沿岸沿いに交易船も就航しているとのことだった。交易船と言っても帆柱が1本だけの小さな船だが、村内の旅館があるのも、交易のための旅人が利用するからだろう。通貨もアメリア大陸の標準通過が使用できるようだが、ここでは最低通貨は貝貨だった。鉄は貴重品なので、鋳造しやすい銅製品よりも希少だそうだ。
旅館で朝食をとっていると、族長総代という人が訪ねてきた。この村に他の大陸から人が訪ねて来たのは久しぶりらしいのだ。ここ北アメリア大陸は獣人族と魔人族が主な種族で、人間族はビアナ大地の東側に散在しているだけのようだ。獣人国の中央アメリア王国から、海岸沿いでここまで交易線が来ているが、人間族が乗ってくることは殆どないらしいのだ。
族長総代は、ニモさんと言い、40歳位の男の人だった。ニモさんの話では、この村いやこの国で困っていることは、鉄製品が極端に少ないことと住宅建設などのインフラ整備の職人がいないことらしい。ニモさんは若い頃交易船で中央アメリア王国に行った事があり、そこで製鉄の技術を学ぼうとしたが、人間種は差別されていて技術を教えてもらう事ができなかったそうだ。
ここは、土地はふんだんにあるが、絶対的な労働力がなく広大な原野が広がっている。何とか人間族の入植をしてもらうことが出来ないかとの相談だった。入植となると、ゴロタ帝国の各州から入植者を募らなければ行けないが、この大陸にはしっかりとした国家機関がないので、今のままゴロタ帝国の国民を入植させる訳にはいかない。
シルフが、ニモさんに提案があると発言した。
「この大陸の東側半分をゴロタ帝国のものにされたらどうですか。想すれば、ここにもゴロタ帝国の庇護が及びます。国土と国民の権利を守るのは国家の責務ですから。」
え?この広大な大陸を統治するのって、とても費用がかかるのですが。シルフの考えでは、まず、北アメリア大陸の東側を統治領にして、入植者を募ることにする。入植者は、ゴロタ帝国のみならずグレーテル王国、ヘンデル帝国、エルフ公国連合国、モンド帝国、そして北のザイランド王国まで広く募集する。
基本的には入植者は自給自足の生活をしてもらうが国防、治安、教育及び医療はゴロタ帝国が面倒を見る予定だ。ゴロタ帝国内もそうだが、各国の国民も決して裕福とは言えない。貴族や一部の富裕層が富を独占し、効率の悪い農業や産業経営をしているからだ。ゴロタ帝国内では貴族制度は有名無実化しているが、それでも非効率な農地経営のために夫婦2人で耕せる農地では、自分達が食べる分プラスアルファの収穫がやっとだ。大地主は、小作の労働力に見合った報酬を支払うように制度を改正したが、それでも夫婦2人では年収200万ギルがやっとだ。この大陸で新規に広大な農地を開拓し、大規模農場を経営できれば、倍以上の収入が見込まれるだろう。
ニモさんはシルフの説明を黙って聞いていたが、とても難しそうな顔をしていた。ニモさんは、自分達と周辺の一部の部族とは交流はあるが、この広い大陸のすべての部族を知っているとは言えない。そんな自分が、シルフの提案に了承することなどできないと思ったのだ。それは、当然の考えだ。シルフは、説明を続けた。
「この大陸全ての人々の了解を得ることなど不可能なことは十分に理解しております。まず、ここ、ギョーク村を中心として、ゴロタ帝国の市政下に入ったことを宣言します。新しい都市を建設するとともに、新しい産業を興します。幸い、この村から北に100キロ程の所に良質な炭鉱があります。また、南部には油田もある可能性が有ります。全ての産業の基礎となるエネルギー問題は、これで解決できるでしょう。」
ニモさんは、シルフの言っていることの半分も理解できなかったようだが、民族は異なるが人間族が増えることは長年の希望だったので嬉しいようだった。ゴロタ帝国の統治領になることについては、特にナショナリズムがある訳でもなくどうでも良い事のようだった。これから人選をするつもりだが、統治領の総督を駐在させなければならない。そのための総督府を急いで建設する必要がある。総督府の建物は、新しい港に面したところに建設するつもりだ。シルフが、適当な場所があるので、明日、現地調査に行くことになった。ついでに港の候補地も見ておこうと思っている。
--------------------------------------------------------------------
(3月21日です。)
翌日の早朝、シルフとニモさん、それとニモさんの息子さんと一緒に竜車に乗って総督府候補地に向かう。候補地は、海から1キロ位離れた小高い丘の上だった。あまり海に近いと、津波や高潮で被害を受ける可能性があるので、あえて丘の上にしたのだ。丘の上からは、湾が一望できる。湾の名称は決めていなかったが、シルフが、『ニュー・ギョーク湾』としましょうと言って来た。都市の名前は『ニュー・ギョーク市』だそうだ。丘の上は、桜やこぶしの木が群生しており、蕾も膨らんで、開花もまもない感じだった。
この丘から、海辺までの道を作る必要もあるが、その道沿いには、建設予定地内で伐採予定の桜を移植すれば、すぐに並木道ができるだろう。後、北を流れている大きな川から水路をひけば、飲料水や水運関連で不自由しないだろう。
ニモさんの息子さんが、『このように何も無いところでいいのですか?』と聞いていたが、新しい建物を建てるのだから、無いほうが都合がいいのだ。場所が決まったので、まず、都市計画のプロに現地調査をお願いしなければならない。今は、セントゴロタ市は真夜中だろうから、今日の夜まで待ってから、『バンブーセントラル建設』に転移をすることにした。ニモさんの息子さん、名前を『サモ』さんと言うそうだが、サモさんも一緒に行くことになった。
セントゴロタ市は、午前9時、丁度業務開始時間だった。二人でバンブーセントラル建設の正面玄関に立っている。大理石造りの立派な建物だ。石段を上がって行くと大きなガラス扉になっていて、僕達が近づくと自動で開いてくれた。サモさんが驚いていたが、なんてことはない。ドアの向こう側で衛士の方がスイッチを操作しているのだ。中に入って、受付の女の子の所に行こうとしたが、向こう側から走り寄ってきた。
「ゴロタ皇帝陛下、いらっしゃいませ。ただいま、社長がお迎えに上がりますので、こちらでお待ちください。」
そう言って、奥の貴賓室に通された。シックな赤を基調とした分厚い絨毯と、カラーコーディネートされたソファやテーブルがある、確実に1000万ギル以上の経費をかけている部屋だ。サモさんが、落ち着かなそうに座っている。汗をかいているのは、北半球の3月の季節に合わせて毛皮を着ているのだが、ここではまだまだ暑い夏の終わりなのだ。皆、半袖の薄手のシャツを着ている。僕は、いつもの冒険者服だが、常に薄いシールドで覆われているので、気温に左右されることは無い。
美味しい紅茶を飲んでいると、直ぐにバンブーさんがやってきた。すぐ傍には、バンブーさんによく似た青年が付いて来ている。バンブーさんの息子さんらしい。バンブーさんに用件を話すと、非常に興味を持ってくれた。ここでは詳しい話がしにくいので、5階の役員特別会議室に案内された。新しい統治領でやらなければいけないことで、バンブーさんの会社がお手伝いできることがかなりあるらしいのだ。まず、総督府建設は勿論だが、道路建設や水道敷設、電力発電所の建設、電力供給網の構築、運河の建設、港湾施設の建設、学校施設、診療所、警察本部をはじめとする官公庁の建設などなど、ニューギョーク市が文化的な都市になるためには膨大な工事が必要になるのだ。
資金的にも、莫大になってしまうが、それは金鉱山や石油資源で賄えるのではないかと思う。とくに、グレーテル大陸の大商人達に利権付きで入植させたら、湯水のごとくお金を使ってくれるはずだ。そうなってくれれば、インフラ整備での投資など直ぐに税収でカバーできるはずだ。
バンブーさんはm秘書さんに2人の部下を呼ばせた。直ぐに会議室に入って来たのは、眼鏡をかけた律儀そうな大人の人達だった。1人は都市計画部長のプランさんで、もう1人は測量部長のスケールさんだった。2人は、僕の話を聞き終わってから、サモさんに土地のことや現地の生活環境について聞いていた。勿論、サモさんには翻訳首輪をつけていたので、相互の会話に支障はなかった。
都市建設プロジェクトチームが現地入りするのに10日程掛かるそうで、それまでの間は、バンブーさんの息子さんと、護衛の男性2人が先に現地入りすることになった。息子さんは、パイン君と言い、今23歳だそうだ。パイン君は、セントゴロタ大学の建築家を卒業して、今年から父親の会社に入社したが、今は工事現場の手伝いをしているそうだ。通りで真っ黒の顔をしている訳だ。護衛の男性2人は、自宅付きの警備員で、今、出張準備をしているといういことだった。パイン君も準備があるだろうから、今日の夕方、またうかがう事にして、それまでの間、サモさんと一緒に市内を見て回ることにした。
サモさんは、煉瓦造りの建物が並んでいる繁華街や、舗装道路上を走る路面電車に吃驚していたが、都市間交通の要の鉄道や飛行機を見たらどんな反応を見せるのだろうか。しかし、サモさん、段々無口になってきた。どうしたのだろうか。具合でも悪いのだろうか。聞くと、自分の村とあまりにも文明が違い過ぎるため、ギョーク村がこの街みたいになるのか心配になってきてしまったそうだ。うん、気持ちは良く分かるが、きっと大丈夫だと思う。ギョーク村は、これから良くなるだけなんだから。




