第2部第132話 東海岸を目指します。その11
(3月6日です。)
レックスもどきの魔物の群れは、先頭の1匹が真っ二つにされたのを見て急停止していた。中には、止まりきれずに転倒してしまうものもいたが、あれだけのトップスピードを出していたのに、わずかな距離で止まれるなんて、優れた反射神経と肉体能力を持っているのだろう。
奴らは口から紫色の涎を垂らしながら、僕の周りを取り囲んだ。僕の後方にも配置しているところを見るとある程度知能はあるようだ。垂れた涎が落ちた場所の草が、みるみる枯れていく。強力な毒なのだろう。
後ろの1匹が、毒の涎を僕に向けて飛ばして来た。同時に、左右の奴らが、両脇に生えている毒棘を伸ばして来た。左右の動きを止めて、後ろからの毒液攻撃を確実に命中させようと言うのだろう。この戦いは、今、思いついてできるものではない。何回も実践を重ねて来た戦術だ。これでは、前方に逃げるしかないが、正面のレックスもどきが大きな口を開けて待ち構えている。通常なら絶体絶命だろう。
しかし僕は『オロチの刀』を左手に下げたまま動かない。
バチン!ボキュッ!バキュッ!
僕の周りに『蒼き盾』が現れ、全ての攻撃を弾き返した。左右から迫って来た毒棘は、ベッコリと折れてしまっていた。攻撃の速度が速いほど、反動の力も大きくなるのだ。その時、大きく口を開けていた正面のレックスもどきの頭が爆砕してしまった。左の方を見ると、遥か遠くに止めた竜車の屋根に乗ったシェルが『ヘラクレイスの弓』を構えた。距離は1キロ近くあるだろう。直ぐに次の矢が放たれた。赤く光っている。きっと火魔法の魔石を嵌めているのだろう。いつもなら10本同時に射っているのだが、今回は1本だけだ。距離もあるが、1本の威力を高めているのだろう。今、頭のなくなったレックスもどきの隣の右側頭部に赤い矢が突き刺さるのが見えた。完全に矢が頭の中に入り込むのが見えた。次の瞬間、頭部が内から爆発していた。命中率、貫通力も凄いが爆発力も凄まじい。
僕は、レックスもどきが逃げられないように3方をシールドで囲った後、ゆっくり浮上した。北の方に野牛の死骸が累々と転がっている。柳生そのものはあまり美味しい肉ではないし、毒にまみれたのでは食用にはならないだろう。角や皮は役に立つかも知れないが、未加工のものはそれほど価値はない。土魔法で埋葬してもいいが、かなり大きな穴を掘り、そこまで運ばなければならない。やはり燃やし尽くした方が簡単そうだ。
僕は、胸の奥深くにチロチロと燃えている赤い炎を空中に具現化する。炎のイメージだが、シルフが言うには永久燃焼している核融合炉のエネルギーを取り出しているらしいのだ。詳しいことは聞きたくなかったので、スルーしているが取り出したエネルギーを圧縮して小さな球体にする。ミニ太陽が眩し過ぎる光を放っている。表面温度が6000度だ。地上の物質なら、一瞬で蒸発して気体になってしまう温度だ。地上に見えてる野牛の死体は60体以上あるだろうか。全て焼き尽くしてから戻ったら、レックスもどきの殲滅は終わっていた。1頭だけ、頭部を貫通しただけの小さな穴が開いているのがあった。そのままイフクロークに収納しておく。ゴロタ帝国でオークションに出すつもりなのだろう。頭の傷を修復しておくのも忘れなかった。
シェルが、皮を剥いで貰いたいそうだったが、巨体を解体するのは面倒だし、血液まで毒のような気がするのでスルーすることにした。遥か南の土埃はようやく収まりそうだった。迫り来る危険がなくなったことを感知した野牛の群れが、疾走をやめたのだろう。
ゲルニちゃんは、ブルブル震えていた。よほど怖かったのだろう。あ、お漏らしをしている。しょうがない。ここで一旦休憩にする。ゲルニちゃんの着替えを出してあげて、セレンちゃんに世話をさせる。セレンちゃんは、汚れたパンツとスカートを洗濯タライに入れてシャワー石と洗濯石を使って選択する。最近、魔力の流し方が上手くなって来た。セレンちゃんは、火魔法や土魔法は全く使えなかった。火魔石に魔力を流し込んで火を起こすことは出来ても、対象を発火させることは出来なかったし、また、地面にこぶし大の盛り上がりを作ることもできなかった。風魔法も、空気がソヨとも動かなかった。かろうじて、水魔法は、手の平に水をためる程度は出来たが、それまでだった。魔力量に比較して、使用できる魔法がしょぼ過ぎた。聖魔法も闇魔法も全く使えなかった。3000以上もある魔力を何に使うのだろうか。謎だ。
ゲルニちゃんの集落を出てから6日、ゲル二ちゃんと同じ部族の集落の位置を示す柱を見つけた。精霊の顔が上から幾つか掘られていて、その順番で部族を表し、柱に取り付けられた翼の方向と羽根の数で、現在の集落の所在地を表しているらしいのだ。シルフが『トーテムポール』という柱だと教えてくれた。この柱は、聖霊が掘られているが、宗教上の偶像とは違い、表札みたいなものだそうだ。このトーテムポールによれば、個々から北へ3日位行ったところに新しい集落があるらしい。竜車の進路を一旦、北にとり進んで行く。馬うや牛の踏み分け道をたどりながら3日、その間に3本のトーテムポールがあったので、道を誤ることは無かった。
3日目の午前中に、目的の集落に到着したが、そこは集落だった場所と言うほうが正しかった。100近くのテントの殆どが壊されており、中には燃やされている物もあった。ほとんどのテントからは、物凄い死臭がして、大量の蠅が湧いていた。この集落は『死の村』だった。僕の鋭敏な嗅覚は、この前、野牛を襲っていたレックスもどきの生臭い匂いとともに、『死の匂い』と言われる瘴気の残渣を感じていた。アンデッドそれも高位のアンデッドの匂いだ。
「リッチとレブナントの匂いが残っているぞ。」
シルフが教えてくれた。冥界からの闇の使徒『リッチ』は、強力な魔法使いが不死化したもので、バンパイアとは違い、吸血をすることはないが、人間の脳味噌を喰らう事により、知識を吸収するとともに、魔力を増幅させている。普通に殺そうとしても、殺すことが出来ず、1体のリッチでは、重装備の防衛軍300人の大隊を投入しても殲滅できないかもしれない。いわゆる『都市災害』レベルの危険度だ。僕は『聖なる力』と『聖魔法』を駆使できるし、シェルも『ヘラクレイスの弓』に聖なる魔石をはめ込んで、聖属性の矢を射ることができるので何とか対処できるが、正面から対峙するとなると、それなりの覚悟が必要だ。
結局、この集落では生存者を発見することは出来なかった。僕は、残っているテントを全て肺にし、地面に転がっている腐乱死体については、大きな穴を掘って中に埋めた。腐乱してはいたが、3歳位の子は、胴体から上が無かったし、10歳位の女の子は、お腹を食い破られていた。あと、頭を割られて、鼻から上が消滅している死体も多かった。きっと、リッチに脳を食い荒らされたのだろう。すべての処理を終えたら、集落の至る所に立てられているトーテムポールを集め、埋めた場所の周囲に立てておいた。70~80本のトーテムポールを立てのだが、まるで墓標のように風に揺らいでいた。
ゲル二ちゃんは、始めてくる場所だったし、同じ部族と言っても知り合いがいる訳でもなかったので、大して悲しみもしていないようだった。僕は、ゲル二ちゃんにこれからの事を聞いた。母親のメリオモトンさんからの用事は、これでなくなった。帰ってもいいし、僕達と一緒に旅を続けても良いといったら、『一緒に旅する!』との即答だった。シェルが深いため息をついていたが、仕方がない。連れていく事にしよう。
それよりも、この集落を襲ったリッチどもだ。放っておくわけにも行かないだろう。奴らは、この集落を襲ったあと、南東方向へ向かったようだ。地面に多くの足跡が続いていた。ところどころに人間の物と思われる骨などが見つかることがあるから、この方向で間違いないようだ。奴らの侵攻速度がどれくらいか分からないが、愚鈍なアンデッドもいるだろうし、リッチやレブナント達は、バンパイアほどではないが、太陽光線を嫌うので、移動距離もおのずと知れている。集落の死体の腐乱状況と蛆の大きさから、死後6日程度と考えられることから、竜車で追いかければ、3日程度で追いつくだろう。しかし、その間に、他の部族や野生動物を殺戮されても嫌なので、僕だけ先行することにした。
南東方向へ約100キロ飛行した先に奴らはいた。最後尾は30体位のレブナント達だった。漆黒の甲冑を身にまとい、大剣を背中に背負っている。身長は250センチ以上はありそうだ。
一番格上のリッチの姿が見えないのは昼間の明るい太陽の光を避けているのだろう。群れの先頭はゾンビウルフやアーマースケルトンだった。僕は、先頭付近にファイア・ボンブを10発ほど炸裂させた。爆風で殆どが粉々になってしまった。
生き残っているアンデッド達の前に着地してから、聖なるシールドを前面に貼りながら群れの中に入っていく。シールドに触れたスケルトンやゾンビは、その場で消滅してしまう。低位レベルのアンデッドにとって、聖なる力のシールド程度でも、その存在を維持することが出来ない。
僕は『オロチの刀』を抜いて聖なる力を刀身に流し込んでいく。刀身が眩いばかりの光を帯びて行く。そのまま、群れの中央を突破して行く。左右のスケルトンやアンデッドを次々と倒して行く。300m程の長さの群れは、あっという間に殲滅されてしまった。
レブナント達は、自分たちを襲ってくる人間を見て、逃げ出そうとしていた。彼我の実力差を認識しているようだ。瘴気弾を撃ちながらジリジリと下がって行く。僕は、向かってくる瘴気弾を『オロチの刀』で弾き飛ばす。昔、この瘴気弾で痛い目に遭ったことがあるが、今は、蝿ほどの脅威も感じない。瘴気弾を弾き飛ばした刀をそのまま上に向けた。上空100mくらいの高さまで聖なる光が上って行く。そこで大きく弾けた光の球30個ほどが、レブナント達を襲って行く。レブナント達は、その空洞の目に、迫り来る光の球を焼き付けたのが最後だった。レブナント達は、武器や鎧ごと黒い塵となってしまった。残ったのはコロンと転がり落ちた翠や紅の魔石だけだった。全て回収しておく。
リッチの行方が分からない。然し、きっと近くにいるはずだ。放置しておく訳にはいかない。シェル達をゲートを使って呼び寄せ、近くでキャンプをして、リッチを呼び寄せることにしよう。




