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第2部第131話 東海岸を目指します。その10

(3月4日です。)

  昨日は、心ばかりのおもてなしがあったが、喪に服する者も多く、早々にお開きになってしまった。料理は、野牛をただ焼いただけの素朴な物だったが、デザートに出て来た乾燥フルーツがおいしかった。あとアーモンドの粉をまぶした砂糖菓子も美味しく、クセになりそうだ。


  変わった習俗というと、見たこともない葉っぱを乾燥させたものを刻んで、長い筒の先に詰め、火をつけて煙を吸うのだ。シルフが、『タバコ』と言う嗜好品だと教えてくれた。余り吸いすぎると寿命が短くなるらしい。僕も吸おうとしてみたが、『蒼き盾』が邪魔をして吸う事が出来なかった。少しでも害のあるものを摂取しようとすると、シールドで防いでしまうのだ。


  シェルは、全く興味を示さず、早々に野営地のテントに戻ることにした。野営地は、この集落から離れたところにした。集落の外には、多くの馬と若干の牛がおり、糞尿の臭いが結構きつかったからだ。ここの部族の人は、野牛の群れを追いかけて生活しており、1箇所にとどまっての生活はしていない。そのため、簡単なテントでの生活をしているみたいだった。


  次の日、かなり早い時間に集落を出た。族長候補のメリオモトンが、見送りに来てくれたが、側に女の子が1人立っている。そして馬が1頭、手綱を付けられ、女の子がその手綱を持っていた。馬は白地に黒の大きな模様の入ったグレーテル大陸では見ない種類の馬だった。


  メリオモトンさんが、『この子を隣の集落の族長のところまで連れて行ってくれ。』と言って来た。事情を聞くと、メリオモトンの部族は、この付近に5つの集落を作っているらしいのだが、東の集落が一番大きく、いつも族長会議の時は、東の集落に集まるらしいのだ。そしてメリオモトンが、ここの集落の族長になるのには、東の集落の族長の了解を取らなければならないらしいのだ。しかし、メリオモトンさんは、亡き夫の藻に服さなければならず、移動できないので、すでに成人している娘を名代に立てたらしいのだが、東の集落までは、馬で5日の距離だし、この子に護衛をつけることもできないので、一緒に連れて行って貰いたいと言うのだ。成人した女の子というが、どう見ても12〜3歳にしか見えない。それに身長もメリオモトンさんより頭一つ小さいので、一体何歳なのだろう。


  シェルが、とても嫌な顔をしている。一緒に連れて行くのはいいが、若い女の子というのが気に食わないらしい。シェルが断ろうと口を開いた瞬間、メリオモトンさんが手を顔に覆って泣き始めた。


  「う、ヒック。この子が行かないと、私達はここを追い出されるのです。狩りができない者は、狩りの分け前ももらえず、女二人だけでは、生きていけないのです。」


  それは可哀想だ。グレーテル大陸では、未亡人は、村で面倒を見るし、家政婦やメイドと言う仕事もあるが、皆が食べて行くのがやっとのこの大陸では、そのような仕事はないのだろう。僕は、泣き続けるメリオモトンさんが可哀想になり、シェルが反対するだろうとは思ったが依頼を引き受けることにした。依頼のお礼は、小さな袋に入ったドライフルーツだった。価値は分からないが、それほど高いものでは無いだろう。僕は気がつかなかったが、後でシェルが『あれ、嘘泣きだから。』と教えてくれた。え?僕には全く分からなかったんですけど。


  出発の時、女の子は、馬に乗ろうとしていたが鞍も鎧もない、ほぼ裸馬に近い装具だ。こんな小さな子が、馬に飛び乗ることなど不可能だろう。仕方がないので、馬は、竜車に繋ぎ、キャビンに乗ってもらうことにした。キャビンは、3人掛けのソファと1人掛けのソファ2つが向かい合っており、十分に余裕のある作りだ。こんな小さな子なら全く問題が無かった。


  女の子の名前は『ゲルニ』と言い、今年の正月が10回目の正月だと言っていた。と言うことは、誕生日前だと満9歳と言うことになる。どおりで小さいはずだ。でも成人したと言っていたけど、栄養状態がそれほど良くないこの大陸では、初潮がそんなに早いわけがない。部族は、何歳で成人なのか聞いたら、『13歳』でお嫁に行く子が多いと言っていた。しかし、お母さんが『成人した。』と言っていたけど。


  「あれ、嘘です。昨日の話し合いで、母様は隣のおじさんの後添えが決まったんですると。それで、私が邪魔になって追い出したんでしょ。」


  そう言いながらゲルニちゃん本当の涙をポロポロこぼし始めた。厄介払いをされたようなものなのに、今までジッと我慢をしていたんだろう。シェルとセレンちゃんも貰い泣きを始めた。でも、部族の習慣が分からないが、そう言うこともあるのだろう。往々にして、娘が再婚相手の男に犯されることも多いのだから、見も知らないけど強さだけなら一級品の僕達に娘を預けた方が安心な場合もあるのだろう。


  ところで、ゲルニちゃん、毛皮のコートを脱いだら、薄青色の木綿の服しか着ていないようですが。長い布を二つに折って、真ん中に丸い穴を開けているだけ。腰を紐で縛っているけど、脇や太ももが左右から見えているんですけど。


  このような服は、『貫頭衣』と言うらしいのだが、冬に着る服ではない。それに、さっきから汗と体臭の混じった酸っぱい臭いがしているんですが。仕方がない。まだ昼前だけど、一旦、停止して野営の準備だ。最初にお風呂を作った。少し大きめに作っておく。寒いので、大きなテントでお風呂をスッポリと囲ってしまう。下着のパンツとシャツ、靴下と上着、スカートにブーツを出してあげる。セレンちゃんにゲルニちゃんの世話をお願いして、ランチの準備だ。今日のランチは、玉子とハムのサンドイッチ、それに蜂蜜たっぷりレモネードだ。デザートには、貰ったドライフルーツを練り込んだ焼き菓子にする。簡易オーブンを出してお菓子を焼いておく。


  全ての準備が終わった頃、ゲルニちゃんがお風呂から上がって来た。頭も綺麗に洗って貰ったらしく、黒髪が艶々していた。真っ青なシャツにに赤いチュニックの重ね着、ピンクのミニスカートがよく似合っていた。


  浅黒い頬が真っ赤になっているのが分かった。シェルが、とってもとっても嫌な顔をしていたが、気がつかないフリをしよう。今まで来ていた服とコート派、取り敢えずイフクロークに収納したが、きっともう着ることはないだろう。


  ゲルニちゃん、サンドイッチは初めて食べるらしく、外のフワフワのパンや、中に挟まれている茹で卵やハムについてセレンちゃんに聞いている。セレンちゃんだって、答えられるほどの知識はないが、一生懸命答えようとしている。


  「これはねえ、サンドイッチ。とってもおいしいの。ゴロタ様が作ったの。」


  「この白いのは?」


  「これはねえ、パンというの。とても美味しいの。ゴロタ様が作ったの。」


  「この黄色い飲み物は?」


  「これはねえ、レモネーヅと言うの。とってもおいしいの。ゴロタ様が、作ったの。」


  うん、これ以上の知識はないよね。セレンちゃん、4月から学校に行こうね。セレンちゃんは、グレーテル語学習をシルフが開発した睡眠学習で行なっているが、もう絵本のレベルは終わっているらしいのだ。しかし、実生活経験が少ないので、言葉だけ覚えても、それが何なのか分からないそうだ。やっぱり、お友達がいて一緒に遊んだり、お勉強をする事が大切なのだ。


  ゲルニちゃんは、学校に行ったことは勿論、文字も習ったことはないので、言葉も辿々しい。アメリア語でも、かなり方言色が強く、しかも手や顔の動作を交えて語彙の少なさを補足しているみたいだ。


  セレンちゃんは、ゲルニちゃんに絵本を使ってグレーテル語を教えている。ゲルニちゃんは、牛や馬、草花は絵を見て理解できるようだが、海や都市の事象はイメージが湧かないらしい。海のことについては、セレンちゃんは良い教師だろうが、例えばエビという生き物を教えるのは、なかなか難しいようだ。


  「これは『エビ』と言うの。美味しいの。」


  セレンちゃんは、どうも食べ物に関しては詳しいが、それは食べられるか否か、美味しいかどうかと言う知識に偏っているようだ。でも、ゲルニちゃん、一生懸命、絵と文字を比べている。1文字1文字を尋ねているようだ。


  「これは『エス』なの。シュリンプの『S』、ソースの『S』、ステーキの『S』なの。」


  ゲルニちゃんには、セレンちゃんの言っていることは、半分も分からなかっただろう。昨日の夕食を見ても、牛肉は、串に刺して焚き火で焼き、岩塩を砕いてかけるだけの料理だったし、ソースという概念さえないのだろう。あ、今日の夕飯はステーキにしよう。ナイフとフォークの使い方も覚えてもらわなくっちゃ。


  次の日、東を目指して出発する。ゲルニちゃんの連れている馬は手間が要らなかった。タップリの水だけやっておけば、餌は周囲の若草を食べるだけでよかったからだ。少し遠くまで行っても、満足すると帰って来ていた。頭の良い馬だ。そういえば、地トカゲ達も大人しく利口だったが、草だけと言うわけにも行かず、大豆や干し魚を混ぜた餌を与えている。


  3月の暖かい日差しを浴びながら、草原を進んでいくと、遥か向こうに土煙が上がっている。それも南北に長い距離だ。イフちゃんが、野牛の群れが魔物に襲われていると知らせてくれた。しかし大きな柳生の群れは、仲間の1頭か2頭を犠牲にすることにより、多くの野牛が助かるのだ。その群れを維持するために群れを作っているはずなのに、あんな距離を逃げ続けるなど、通常はあり得ない。どうしたんだろうか。


  土煙のところまでその理由はすぐに分かった。大きな2足歩行のレックスに似た魔物が10匹ほど柳生の群れを追いかけているのだ。それも最後尾の野牛を殺しても食べる訳でもなく、ただ殺しながら追いかけているのだ。


  魔物は、アンバランスに大きい頭まで高さが10mほどあり、腕が4本、その内お腹側の腕は、指がなく鋭い棘のようになっていた。棘の先からは、紫色の汁が垂れているので、毒の棘だろう。


  奴らは、エサを狩っているのではなく、殺戮を楽しんでいるのだ。その証拠には、彼らの後方には野牛の屍が累々と倒れていたが、食べられた痕跡はなかった。奴らは、野牛の頭に齧り付いたり、毒棘で突き刺したりして単に殺しているだけなのだ。


  野生動物の生きるための営みとは違う、単に殺戮を楽しんでいるような行為は、絶対に許されない。生態系の崩壊のみならず、大量の屍肉による疫病の発生等も懸念される。僕は、魔物の群れの先頭にいた小ぶりのレックスもどきの正面に転移した。全速力で走っていたそいつは、止まることができずに僕の眼前に迫って来た。その瞬間、そいつは頭から尻尾まで縦に切り裂かれていた。僕の両手には、『オロチの刀』が握られ、赤い刀身にはほんのわずかに血が付着していた。

  

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