第56話 悲しみを乗り越えて
ゴロタは、皆の力を合わせて強敵をやっつけます。でも、人々は僅かしか救えませんでした。
(ノーマン騎士団長の手紙)
拝啓、スターバ近衛騎士団長閣下 殿
先日、閣下が推奨していたゴロタ殿と共に、「バンパイア・ロード」を倒す栄誉を得ることができました。非常に有意義で、武人として名誉ある戦いが出来ました。その際、愚官は、とんでもないものを見てしまったのです。
その前に、ゴロタ殿が、愚官らに指示された作戦について申し述べなければなりません。ゴロタ殿は、我々に、まずレッサー・デーモンやゾンビの徘徊する村の外で待機するように要請されたのです。愚官は、部隊に命じ、当初200m程度の距離をとっていました。
ゴロタ殿のチームが村に近づいて行くと、突然、村の陰から、漆黒の暴風の二つ名を持つ黒龍が現れたのです。その竜は、我々を襲うかと思っていたところ、村の上空から炎のブレスを吐いたのです。その炎のすさまじさは、どんな魔法でも為せることは無いほどの威力でした。
それから、ゴロタ殿は、愚官達に、もっと下がるように命じたのです。愚官達が必死になって300mほど下がったところ、なんと村の上に、あの『イフリート』が現れたのです。『イフリート』の放つ『地獄の業火』は、すべての物、岩をも含むすべての物を焼き尽くしたのです。
村全体が焼けただれ崩れ落ちた時、ゴロタ殿の後ろにいた魔法使いが、ロッドを振り上げて、村の上から大雨を降らせたのです。と同時に、物凄い爆発が起きました。500m以上離れた愚官達の中にも、その衝撃で転倒する者が続出するほどでした。
その後で、ゴロタ殿の後について、村の探索に行ったのですが、案内をしてくれたのが、何とあのイフリート殿だったのです。しかし、イフリート殿の容姿は、にわかには信じがたいものでした。ほんの10歳程度の女児だったのです。愚官は、今でもあれが夢では無かったのかと思うことがある次第です。
その後、イフリート殿は、迷うことなく瘴気の漂う場所に行き、その瘴気の壁の向こう、空間に大穴をあけて、中に閉じ込められていた200名以上の村人たちを救ってくれたのです。救助されたのは30代以下の女性と15歳以下の男の子でした。彼らは、バンパイア・ロードの餌として、生きたまま貯蔵されていたものと思われます。
まずは、報告まで。
東部辺境地区守備騎士団団長 準男爵ノーマン・ヒルクライム拝
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(5月26日です。)
僕達は、しばらくの間、何もする気が無かった。心が重い。
ジェイク村のように、ノース村でもわずかばかりの人しか救えなかった。今回は、助け出した村の人々の住む家まで焼き尽くしてしまった。
一番最初に、シェルさんとゴブリン退治に行ったとき、ゴブリンを倒したけど、攫われて犯され続けた女の人が、崖の上から飛び降り自殺したことがあった。あの時もやるせなかったけど、今回も同じような気持ちになってしまった。
何か、してあげたいけど、今の僕では何もできない。
そうだ、明日、救護院に行ってみよう。生き残った人たちがどうやって暮らしているのかを見に行ってみよう。
夜、皆で一つのベッドで寝たが、静かな夜が更けていった。時々、誰かがすすり泣いていたが、誰も詮索しなかった。
(5月27日です。)
翌日、ダンベル辺境伯から呼び出しがあった。皆で行ってみると、叙勲の話であった。今回の功労により、国王陛下に代わり、叙勲したいが、受けてくれるだろうかとの事であった。
僕は、黙って大金貨1枚を差し出した。皆で相談して決めたことだった。
「このお金は、わずかですが、あの村の復興のために使ってください。私たちを叙勲していただけるのはありがたいのですが、そのお金も復興のために使ってください。今日から、私たちは、自分たちのお金で旅館に泊まります。あの贅沢なホテルに掛けるつもりだったお金も、復興のために使ってください。お願いします。」
シェルさんは、そういいながら涙ぐんでいた。ダンベル辺境伯も涙を流し続けていた。
辺境伯邸を出た僕達は、救護院に行ってみた。救護院には、救い出された女性達が収容されていた。
ちょうどお昼時だったので、皆で食事の準備をしていた。小さな子を抱いたお母さんもいた。驚いたことに、悲しそうにしている人は誰もいなかった。朗らかに笑っている。
でも、あの笑っている人たちの夫はもういないのだ。お父さんはもういない。その悲しみを乗り越えて生きて行こうとしているんだと感じた僕達は、そっと救護院を後にした。
次に、孤児院に行ってみた。3歳位の女の子が泣いている。シスターが慰めているが、泣き止む気配は無かった。泣いてるその子を見て、他の子たちも泣き出し始めた。皆、両親を亡くして収容されている子達だった。建物の中から、シスター達が大勢出てきた。泣いている子達は、めいめいに自分を愛してくれていた人の名前を呼んでいる。
ママ、母さん、お母さん、シル
僕は、7歳の時の事を思い出す。今でも、心の中に澱のように溜まって無くならない。僕は、泣いている子達を見て、涙が溢れてきた。シェルさん達も泣いている。
僕は、シスターの1人に金貨3枚を渡した。驚いているシスターには構わずに、孤児院を後にした。
午後は、ホテルを引き払い、安い旅館を探した。お金がないわけではない。でも何か、豪華なホテルに泊まるのが罪のような気がした。偽善かも知れない。しかし、このやるせない気持ちを少しでも和らげるために、贅沢なホテルではなく、安い旅館に泊まることにした。
旅館は、シャワー付きのツインを2室取った。一部屋は追加ベッドをお願いした。しばらくの間は、一人一つのベッドで寝ることにしようと言う事になったのだ。
夜、僕は一人で寝ていた。シェルさんと旅を始めてから、そんな記憶はなかった。ゆっくり寝られると思って、眠りについたばかりの時、背中にシェルさんが抱き付いてきた。また、いつものエッチな夜の始まりかと思ったら違った。シェルさんは、肩を震わせて泣いていた。僕は、向きを変えて、シェルさんを優しく抱き寄せた。
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(5月28日です。)
翌日、僕達は、防具屋によって、僕の防具を預けた。ミスリル製の防具だったが、表側に黒の牛革を張って、あまり目立たないようにしていた。それを水竜の皮に張り替えてもらうためだ。
2週間位かかると言っていたが、大銀貨1枚を追加して1週間で仕上げるように頼んだ。
それから、ギルドに寄ることにした。依頼料を稼ごうと言うのではなく、気を紛らわせるために討伐に出ることにしたのだ。防具がないので、あまり難易度の高いのは無理だが、それなりの依頼を受注しようと思っている。
依頼ボードを見てみると、大したものはなかった。ゴブリン、オーク、トロール、どれも瞬殺レベルだ。でも、この依頼が来るという事は、困っている人たちがいるという事だ。僕達は、討伐依頼のうち、場所が近いものを3枚重ねてボードから外した。
依頼は、南の村からのもので、
●洞窟にオークが住み着いて、村に降りて来て家畜を食べている。
●村の近くにゴブリンの巣が出来て困っている。
●オーガが出て来て、街道が通れなくなっている。
の3点であった。
最初に、街道のオーガを討伐することにした。街道を南下していると、確かにオーガの匂いがしてきた。匂いの方向を確認したら、街道沿いの森の中から匂ってくる。
僕とシェルさんで、森の中に入った。しばらく歩くと、オーガが2匹いて、何かを食べている。良く見てみると人間の足だった。もう一匹のオーガは、人間の女を犯しながら、その女の腕を食っていた。シェルさんは、矢を2本つがえると、一杯に引き絞って放った。風を纏い轟音を立てながら、2本とも、それぞれのオーガの心臓を射抜いた。
僕は、魔石を回収してから、人間の遺体とオーガを炭にした。
次に、ゴブリン討伐の依頼の村に行った。先ほどの場所からそんなに離れていない。依頼主の村長に会ったら、近くにゴブリンの巣があるから討伐して欲しいとの事だった。報酬は、来年の収穫から払うからしばらく待ってくれとの事だった。
盗伐依頼の理由を聞くと、娘がゴブリンに襲われ、輪姦されたそうだ。それを発見して救ってくれたのは、娘の許嫁の男だった。悲観した娘は、首を吊って死んでしまったというのだ。話を聞いた僕達は、お礼は何時でもいいからと言って、ゴブリンの巣に向かった。
ゴブリンの巣はすぐに見つかった。7匹のゴブリンがいた。何か食べている。きっと碌なものではないだろう。
ノエルが、中規模のファイア・ボールを打ち込んだ。致命傷にはならない。エーデル姫が、レイピアを抜いて、走り寄った。円を描くような動きの中に、殺気を込めた。ゴブリン達は、音もなく突き刺され、次々と死んで行った。レイピアには、殆ど血が付いていなかった。エーデル姫は、それでも洗濯石で何度も何度もレイピアを拭いていた。
最後は、オークの討伐だ。最初に、僕だけが、依頼人のいる隣村まで走る。それからイフちゃんの力で全員を呼び寄せた。
依頼人の話では、村の共同墓地にオークが住み着いている。村人の何人かは食べられてしまったらしいが、主に家畜を襲ってくるらしい。このままでは、村を捨てなければならないし、夜、道を歩けない。何とかしてほしいとの事だった。
ノエルが、囮になってオークを誘い出し、共同墓地から離れたところまできたら、戦線離脱した。僕は、珍しく詠唱を唱え、極大魔法を使った。
「ヘル・ファイヤー・テンペスト」
ズドドドドーーーーン!!!!!
上級魔法のうち災害級の威力を誇る最上級極大魔法だ。僕を中心に直径300mの火柱が上空に駆け上がって行く。あまりの熱量のため、火柱の中で雷鳴が轟いている。火柱は、遥か彼方へ駆け上って行った。はるか上空の雲が、すさまじい上昇気流により乱れ散っていった。
オークは、魔石さえ残さず消滅した。完全に、オーバーキルだった。
それからの1週間、僕達は、そんな風に時間をつぶしていた。喜んでくれる村人の顔、涙を流して感謝する人達、そんな顔を見るたびに、自分を取り戻していく僕達だった。
そして、防具が出来上がった。
試着をしてみると、牛革を張っているときよりも軽い。色は、黒錆色で、鮫肌だが、ザラザラの目を潰し、漆を塗って研いで塗って研いでを繰り返して、艶を出している。
いよいよ帝国へ向けて出発だ。
グレーテル王国の活躍も終わりが近くなりました。専制と隷従の国、ヘンデル帝国、ゴロタは理性を持って対応するでしょうか?




