第2部第130話 東海岸を目指します。その9
(3月3日です。)
大陸の東側は、西側と違って、豊潤な大地だった。平原がずっと続いていて、野牛や野生馬などの草食動物が群れを作っている。天敵がいないのか、のんびりした雰囲気がする。新緑の季節にはまだ早いが、雪も溶け、大地から長い冬を耐えた草花の新芽が萌え出て来ている。
道らしい道もないが、起伏も少なくこれなら竜車の旅も快適だろう。ぼくは、イフクロークから竜車を出した。御者台には僕とセレンちゃんが座り、キャビン内にはシェルとシルフが乗っている。地トカゲは、気温が上がった事により活動的になり、元気よく竜車を引いているが、その分、餌の消費も激しくなるので、セーブしながら走っている。地トカゲは、基本的には草食だが、肉や魚も好んで食べる。しかし最も好きなのは、甘い蜂蜜やフルーツで近くに蜂の巣があると、竜車のことなど忘れて、そちらばかり見ている。そうなったら役に立たないので、竜具を外し、放牧ならぬ放竜をしてあげる。
蜂の巣は、前足の鋭い爪でバリバリと木のウロなどを破壊して中の巣を丸ごとムシャムシャ食べている。怒った蜜蜂が襲いかかるが、硬い鱗が守ってくれるので全く気にしていない。当然、幼虫や蛹も口の中に入るが、構わずにムシャムシャ食べている。
食べ終わるのに時間はかかってしまうが、その分、走行速度が上がるので食べられないストレスを考えると、食べさせた方がはるかに効率が良い。時々、大型の爬虫類と遭遇するが、大抵の場合、地トカゲが威嚇の咆哮をすることによって、戦いにならずに済んでいる。
それでも襲ってこようとするトカゲ達には、目の前で小さなファイアボールを爆発させると、慌てて逃げ出してしまう。シェルが、模様の綺麗なトカゲは討伐しましょうと言うのだが、無駄な殺生はしたくないし、生態系を崩すとロクなことが無いので無視している。セレンちゃんは最近では、トカゲを見たくらいでは怯えることは無くなった。大分、耐性ができて来たみたいだ。
これだけの広い原野に人間が全くいない訳がないと思っていたら、前方の林の向こうから黒い煙が上がっていた。獣が火を使う訳がないので、野火か或いは集落の煙だろう。ゆっくりと近づいて行ったところ、三角形のテントが集まっている集落だった。しかし、西のエリアで見た獣人の設営しているテントと違い、きちんとした布に刺繍がされている立派なテントだった。ただ、そのテントの半数以上は焼け落ちていて、今、まさに燃え上がっているテントもあった。集落の至る所で戦闘が行われていたが、戦闘というよりも虐殺に近かった。襲っているのは、獣人それも最も戦闘力の高いライオン人種や虎人種で、襲われているのは、黒い髪と浅黒い肌の人間族だ。人間族の成人男子は、あちらこちらに倒れていて、今、戦っているのも彼我の勢力から長くは持たないだろう。女、子供それに老人達は、1か所に集められていて、狼人達が鞭を振るっていた。通常の戦闘だったら、戦闘の発端となった理由等があり、どちらが正当かどうかなど分からないし、そのようなことに口出しするつもりは無いが、弱い物を集め、鞭で打ち据えるなどそれだけで、獣人達の正当性は失われているだろう。シルフが、竜車の屋根に上って行く。異次元空間から『MI34ミニガン』を取り出し、屋根の設置台に取り付けた。7.62mmの銃身6本を電動で動かすのだが、電力は、異次元空間の大容量バッテリーから供給されている。1秒間に最大100発の銃弾を発射できるのだが、あまりの威力に被弾した対象は痛みを感じる前に絶命するという威力だ。
僕は、セレンちゃんを竜車の中に入らせ、シェルに守ってもらう。ゆっくりと竜車を降り、女性や子供に鞭を振っている狼人の方に向かう。向こうも気が付いたらしく、何人かの者が僕に弓を向けている。
「止まれ、てめえ、それ以上近づくと容赦しねえぞ。」
狼人は、下品な声で叫んでいる。この大陸の狼人は、身長が180センチ以上あり、筋骨隆々の体格をしている。グレーテル大陸では、特級の戦闘員なのだろうが、ライオン人や虎人は、身長が250センチ位あり、猛獣のライオンが立ち上がったような大きさだ。対する人間族の男達は、確かに立派な体格をしていたが、それは人間族の中での比較であって、戦闘系の獣人とは比ぶべくもない。そして彼等の決定的な戦力の差はその武器にあった。人間族の武器は、石器や銅製器なのに、獣人達は鉄製器だ。製鉄技術がこんなところまで広まっているとは考えにくい事から、彼らに鉄製の武器を渡している者がいるのだろう。
しかし、この状況は少し面倒だ。戦闘中の者達はもちろん、女子供を集めている奴らも、背後にいる人質のために斬撃や殲滅魔法を放てない。先ずは、人質の救出だ。シルフにミニガンを空に向けて撃つように伝えた。
ボーッ! ボーッ!
あまりにも、発射速度が速いため、1発1発の発射音ではなく、連続した発射音になってしまう。音の大きさに吃驚した狼人達は一瞬、逃げそうになってしまう。その瞬間を見逃さない。『瞬動』で、一気に間合いを詰めた僕は、右腰に下げた『ベルの剣』を抜きざま、男の頸動脈を切り裂いた。あ、少し、力が入り過ぎたのか、頚椎骨まで上下に切断してしまった。続いて、次の狼人の男も同様の目にあった。狼人は、全部で20人程いたが、全ての頸動脈を切り裂くのに30秒ほどしかかからなかった。きっと、最後に切られた男も、何が起きているのか分からないまま、絶命しただろう。
集落の至る所から聞こえていた戦闘音が止んだ。一体、何が起きているのかと思っているのだろう。シェルが、竜車の屋根の上に登って『ヘラクレイスの弓』を構えている。極端に短いミニスカートのため、パンツが見えているのだが、まったく気にする様子もないまま、一度に10本の矢を射ていた。すべてライオン人や虎人の心臓を射抜いていた。結構分厚い胸をしているのだが、胸を貫通している。特に魔法付与していないので、純然と弓の威力だけで射抜いているのだ。残りのライオン人達は、血相を変えて逃げ出そうとしていたが、人間族の男達がおめおめ逃がすわけなかった。しかし、かなり疲弊しているようで、追跡の速度が遅い。あれでは逃げられてしまう。僕は、獣人達が逃げようとする方向に転移して、ゆっくりと『オロチの刀』を抜く。ヒヒイロカネの刀身が鈍い光を反射しているが、全ての金属を断ち切ることのできる伝説の刀だ。いや、伝説ではなかったような気がするが、まあ、そんなことはどうでもいい。僕は、刀を地面スレスレまで下げたまま、逃げてくる獣人たちの方に向かった。皆、僕を躱そうと左右に分かれて広がっていたが、別に刀が届かなくても良い。単に、獣人の胴体を断ち切るイメージで剣を横に薙ぎ払う。2~3人の男達が、胴体を切断されてしまった。刀身の先から赤い光が伸びて、男達を切り裂いたのだ。後は、単に剣の『形』をやっているようなものだった。すべての男達を倒すのには1分はかからなかったような気がする。女性達が倒れている男達の所へ走り寄って行く。自分の夫や息子、父を探しているのだろう。至る所で、泣き叫ぶ声が聞こえてくる。男たちも息のある者達を一箇所に運んでいる。年老いた女性が薬草を持って来ているが、僕の知識では、その薬草はお腹が痛い時の薬の筈なんですけど。
シェルが、皆の怪我を見て歩いている。シェルの『治癒』の力で治せる者達は直しているが、内臓損傷や手足を切断されている者には、どうしようもなかった。僕は、女性達に、男達の手足を集めてくるようにお願いした。しかもできるだけ急いで。既に死んでいる者のうち、損傷がひどく、絶命してから大分時間が経ったものは駄目だけど。10分以内なら何とかなるかも知れないのだ。僕は、死んだ者の胸や首に手を当てて体温を測ってみる。まだ温かい者は、蘇生できるかも知れない。最初の男は、手首から先が無かった。妻らしい女性が、切り落とされていた『手』を大事そうに持っている。僕は、その『手』を切り口に当てて、『復元』の力を注ぎ込む。手首全体が光って、手は接合された。次に、男の胸に手を当てる。念動で、心臓と肺を動かしながら『復元』の力を流し込む。胸全体が白い光に包まれる。直後、男はうっすらと目を開けた。よかった。間に合ったようだ。結局、既に死んでいた者31名の内、蘇生できた者は12名に過ぎなかった。後は、首がとれていたり、胴体が二つに分断されていたりと蘇生できない状態の者ばかりだった。怪我人は、シェルがすべて『治癒』を完了していた。
今日、この集落を襲ったのは、流れの獣人達で、この辺では見ない者達ばかりだったそうだ。きっと西部地域を追われた獣人がビアナ台地を超えて、東海岸側に流れ着いてきたのだろう。男達は、獣人達が持っていた鉄製の剣や槍を回収していた。銅製の武器に比べたらはるかに頑丈で、切れ味も鋭いのだ。ところで、彼らが持っている銅製の武器はどうしたのだろうか。近くに銅を産出するところがあるのだろうか。聞くと、近くの河原で胴の鉱石を拾って、焚火で温めてから、叩いて剣や槍の形にしているらしいのだ。その河原に行って見たかったが、今日は、この集落に泊まることにしよう。
この集落の長は、キモサベットという人だったが、今回の戦闘で死んでしまったらしい。次の長は、まだ決まっていないが、きっとキモサベットの奥さんがなるだろうと言う事だった。その奥さん、メリオモトンさんと言うのだが、僕達の所へあいさつに来た。夫が死んだ印に、頭に黒い布を巻いている。他の女の人達は、綺麗な布に草花の刺繍をしたものを頭に巻いて、大きな鳥の羽を1枚から2枚つけているが、メリオモトンさんは、刺繍飾りのない黒い布を巻き、カラスの羽を2枚刺していた。
遺体は、明日、葬儀場に運ぶそうだ。葬儀場と言っても、高台の上にせっちしている木組みのベッドで、そこに衣服を脱がしてから安置するらしいのだ。1か月後に行くと、概ね、白骨になっているので、その骨を回収して埋葬するらしいのだ。樹木も多いので、火葬もできるのだが、人間は、自然より生まれているので自然の力で、生まれる以前の姿に戻さなければならないと言っていた。うん、そう言う事って、本当にいろいろな考えがありますね。




