第2部第129話 東海岸を目指します。その8
(2月26日です。)
あれから3日程、南アメリア市のずっと西、高い山脈を超えて、大陸の西海岸で静養していた。いつものマングローブ大陸の西にある離れ小島に行っても良かったのだが、この海岸線も気になっていたのだ。ずっと続く海岸線は、真っ白な砂浜だった。ここは、赤道近くだったので太陽も近く、砂浜から300mくらいの所に珊瑚礁が防波堤のように連なっていた。僕とセレンちゃんは、毎日、食材を探しに海に潜っている。セレンちゃんは、海の中に入る時は、下半身は魚になってしまうので、パンツを履かずに海に入っていく。胸は、ほんの少しだけ膨らんでいるので、水着のブラジャーだけはつけていた。
セレンちゃんは、海藻や貝類の採取が担当だ。僕は、凶暴な鋏を持っているエビやカニを採集している。魚類は、動きが早いので、普通に泳いで捕まえることは出来ない。僕は、魚の進行方向に電撃のカーテンを張って、魚がショック状態になるのを待つ事にした。気を失って、プカリと浮いたクロマグロやシマアジをイフクロークに回収する。イフクロークは、時空間の狭間で、時間の流れも止まっている。そのため、大きく空いた穴から流れ込もうとする海水も、瞬間的に時間が止まってしまい、中に流れ込むことができないのだ。しかし僕が、異次元空間の中をイメージした場合には、そこは僕の領域となり、自由に物の出し入れができるのだ。『意識すること。』が、その存在を確定すると言う、偉い猫の先生が発見した理論らしいのだが、猫を研究していて、どうしてそんな事が分かるのか謎だ。
海の中は、とても気持ちがいいのだが、サメや怪獣達が、僕達を獲物と間違えて襲ってくるのがとてもウザかった。大体は指鉄砲で撃退できるのだが、大型のクラゲには効果がなかった。体内でエネルギー弾が爆発しても、透明なゼリー状の身体に穴が開くだけで、あまりダメージを受けていない。全く意に介さずに毒の刺胞を伸ばしてくるのだ。しょうがないので、クラゲだけは、沖合い10キロ位のところまで転移させてしまう事にした。サメや、トカゲのような怪獣達は、ちゃんと捕獲する事にした。海の無い南アメリア市で売れば、結構なお金になるはずだ。エビとカニは一番小さいのを1匹ずつ捕まえた。一番小さいと言っても、体長1m以上はあるので、3人では絶対に食べきれないだろう。
セレンちゃんは、手に持ちきれないほどの貝を抱えている。1つが20センチ位あるハマグリだ。海中だから持てるけど、絶対に地上には上がれないはずだ。3個有れば十分なのに10個以上持っている。取り敢えず、全部イフクロークに収納だ。
浜に上がったら、シェルが水鳥を何羽か撃ち落としていた。この水鳥も大きい。初めて見る鳥だが、真っ白な羽根の鳥だ。
「アルバトロス。」
セレンちゃんが、呟いた。遠い記憶から、この鳥の名前を思い出したらしい。セレンちゃんの記憶では、取ってはいけない鳥らしいのだが、まあ、あんなにいるんだから、2〜3羽位はいいんじゃないかな。
食材の量は、絶対に食べきれない量だ。保存しても良いが、この際だから、大バーベキュー大会をする事にした。大きなテントをいくつも貼り、テーブルSETTOWONARABERU。BBQ竈門もいくつも作って置く。さあ、準備は、これくらいで良いだろう。
白龍城の転移部屋にゲートを繋げる。エーデルを始め、皆に水着になってくるように白龍城のシルフに伝えた。時間的には、丁度夕食時間のはずだ。暫くすると、ゾロゾロとゲートから出て来た。全員、水着姿だ。あのう、エーデルさん、その水着、子供の教育上、刺激的すぎるんですが。
大浜焼きパーティーが始まった。皆、お皿を持って食材が並んでいるテーブルから好きな物を取り、自分で網に乗せて焼くのだ。味付けは、BBQソースのほかに、醤油ベースのタレや塩コショウだ。中には辛いチリソースにつけて食べる者もいた。食べ終わったら、海で泳いだり、砂浜で遊んだりだ。マリアちゃんは、就寝時間をとっくに過ぎているので、お昼寝タイムだ。あまり遅くならないうちに白龍城へ帰る事になったが、エーデルが帰りたく無いと騒いでいる。このまま僕達と冒険旅行をしたいと言うのだ。気持ちはわかるけれど、ゴロタ帝国冒険者ギルド総本部の本部長がいなくなっては、向こうも困るだろうから、連れていく訳にはいかない。僕は、エーデルの耳元で囁いた。
「今度、二人で別荘に行こうね。ゆっくりと。」
これで泣き止んでしまった。チョロい。今度と言う、いつ来るか分からない未来の約束をしてお終いかと思っていたら、ジェーンやシズ達まで、約束をすることになった。ジェーンは、そう言う事はきっちりとしている性格だ。今年のカレンダーに印をつけていく。あのう、どうして、約束の印がハートマークなのですか?
結局、これから3か月間のうちに、妻達全員の分のマークがついてしまった。しかし、最後のシェルのマークはおかしいだろう。僕は、さりげなくシェルのマークだけ消しておいた。
結局、西海岸には2泊してしまった。これから北アメリア大陸のビアナ台地東の山脈を踏破しなければならない。飛翔スキルを使ったり、『F35改ファルコン』で超えれば、何も苦労はないだろう。しかし、それではこの国の本当の姿など見えてこない。やはり、地道に旅をして、そこで暮らす人々の生活を見、話をしてこそ旅をしたと言う事になるのだろう。
セレンちゃんは、この3日間でみるみる元気になってきた。これなら暫くは大丈夫だろう。シルフの見解では、ビアナ台地は、標高が高い分だけ大気が薄く、セレンちゃんは『酸素欠乏症』になった可能性があるので、これから山に登って行く場合には、一定時間ごとに酸素吸入をする必要があるそうだ。幸いに簡易型の酸素ボンベは大量にあったので、それを使う事にしよう。ビアナ台地も東の山脈に近づくにつれ、大地から大木が消え、草花が消えていった。周囲が岩ばかりになった時、後ろを振り返ったら、ビアナ台地が地平線の彼方まで伸びている絶景がそこにあった。真っ青な空と、雪解け水で増水している川、そして季節の変わり目に北に向かって飛び立っていく鳥たち。ちょっと平らな場所があったので、そこでお茶にすることにした。小さなコンロを出してポットにお湯を沸かす。3人分の簡易チェアを出して、お湯が沸くまでゆっくりしている。雪ウサギが近くまで来て、こちらを見ている。雪ウサギは、非常に美味なのだが、あの可愛らしい目を見てしまうと、どうも狩るのをためらってしまう。セレンちゃんが、そっと近づいて行ったが、雪ウサギは逃げようとしない。どうやら人間を初めて見るようだ。興味深げな目でこちらを見ていた。セレンちゃんが、あと50センチと言うところまで近づいたとき、危険を察知したのか、雪ウサギは脱兎のごとく逃げ出した。セレンちゃん、自分は何もしないのにと言う涙顔をこちらに見せていたが、僕は、上空を指さした。上空では餌を探している白頭鷲が2羽、円を描いている。きっと雪ウサギを見つけたが、傍に僕達がいたので、襲えなかったのだろう。決してセレンちゃんを恐れて逃げたわけではありませんから。
登りの傾斜がきつくなってきたが、右にシェル、左にセレンちゃんの手を引いて昇って行く。大きな岩が張り出したり、極端に足場の悪いところは、一人ずつオンブして登って行く。まあ、登りというよりジャンプに近いが。シルフは、小さな体のわりに器用に登って行く。それもその筈、手足の関節が信じられない角度に曲がって登っているのだ。さすがアンドロイドだけあって、関節のストッパーと油圧ダンパーを変更すればできると説明していた。でも、僕には全く興味のない話だったので、スルーしていたら、シルフが残念そうに舌打ちをしていた。彼女は、最近、アンドロイドの中に人間の魂が入っているのではないかと思う時がある。何か、間違えてしまったのだろうか。まあ、これから何百年も付き合うのだろうから、あまり気にしないようにしよう。
僕が単独で登攀したら、きっと2~3日で登頂していただろうが、さすがにシェルとセレンちゃんを連れてでは10日位かかってしまう。しかも、3000mを超えたあたりから、空気が薄くなり、このままでは二人は完全に病気になってしまうので、シールドで覆い、常に低地からの新鮮な空気を供給するための転移ゲートを開けながら背負って昇るので、思ったよりも日数がかかってしまった。さらに、大気圧が薄いので、水の沸騰点が低く、温かい料理もなぜかパサパサした感じだし、お茶やスープも生ぬるかった。仕方がないので、ポットに大量の空気を押し込めて、シールドで蓋をしてからお湯を沸かすと言うとても手間のかかるやり方をして、やっと飲めるレベルのお茶を煎れることができた。
シェルが、しきりに『頭が痛い、下に降りたい。』と我儘を言っている。セレンちゃんは、シールドが効果を上げているみたいでジッと我慢していたが、マイナス20度の薄い空気は、いくらシールドをしていてもきついみたいだった。この山脈の最高峰は、ミレーヌロンダ山と言うらしい。まあ、この名前も鳥人属だけにしか知られていないのだが、シルフの話では、標高9,387mで、この星で一番高い山らしい。今、8合目の上で、頂上がくっきりと見えている。まあ、ここまで頑張ったから、もういいかと思い、頂上付近にゲートを繋げて、皆で初登頂だ。頂上から見ると、この星が丸い事が良く分かった。さすがに、東海岸は見えなかったが、それでもはるかかなたまで陸地が続き、素晴らしい光景だった。
さあ、ここで一休みしたら、さっそく東の尾根を伝って下山しよう。そう思っていたら、シルフがゴロタ帝国の旗がついている鉄の杭を出してきた。山で初めて登頂した者は、自分の国籍の旗を掲げるらしいのだ。僕は、固い岩盤に細い穴を開けて、その穴に、旗棒を刺し、周りの岩を少しだけ溶かして、抜けないようにしておいた。
これで登山は、終わりだ。下山は、ここから見える平地まで、一気に『空間転移』してしまおう。




