第2部第128話 東海岸を目指します。その7
(2月22日です。)
バードリッチ隊長は、まだ信じられなかった。あの鋼鉄よりも固い鱗に覆われた大蛇を、それ程逞しくもなさそうな人間が、ソーセージでも切るようにスパスパ切るなんてあり得ない。それに、あの伝説の『飛空石』だ。あれを探しに、何人の仲間が旅に出て消息を絶ってしまっただろうか。あれさえあれば、空は我々鳥人のものだ。祖先から、その存在の言い伝えがあるが、実物を見るのは初めてだった。しかも、それを20個以上も持っていて、我々に寄付すると言うのだ。一体、この礼はどうしたら良いのだろうか。
人間族が貴重にしている金色の粒は、川まで行けばいくらでも落ちているが、あんな柔らかくて役に立たない小石など、喜んでくれるのだろうか。許されるなら、自分の娘でも与えたいところだが、まだ幼すぎるし、あの妻女のシェル殿を見ていると、どうも美醜感覚が我々とは違うようだ。我々の間では、まず目の色と羽の色、それと嘴の形が美の基準なのだが、彼らは目の形や鼻の形が重要らしいのだ。うーん、どうしたら良いのだろうか。バードリッチ隊長の悩みなど全く感知しない僕は、ある考えを伝えに衛士隊の隊長室を訪ねていった。
バードリッチ隊長は、突然の僕の訪問に驚いていたが、僕の申し入れに、更に驚いていた。これから、僕達は東海岸を目指して、この街を出ることにするが、この街にゴロタ帝国の領事館を作りたいと申し入れたのだ。バードリッチ隊長は、僕達を単なる冒険者達だとおもっていたようだが、領事館を作るなど、冒険者にできる訳無いのだ。僕は、ゴロタ帝国の君主であることを明かすとともに、領事館が出来ると、相互の国の交易や交通に貢献できるし、なにより今回のような困ったことが起きた時に、ゴロタ帝国に支援を要請することができるのだ。
バードリッチ隊長は、自分の一存では決められないので、明日、市長と評議会の長老たちに説明して貰いたいと言ってきた。え、評議会?今まで、この街の統治機構について興味が無かったので聞かなかったが、この台地には、鳥人達の集落が87か所もあるそうだ。それぞれは、100から1000戸位の小さな集落で、このトリミ市だけが、人口10000人を超えているそうだ。ほとんどの鳥人種は、夏は北の森に、冬は南の森へと大移動をするそうだが、ここトリミ市だけは固定の街で、この市以外の86集落の族長が集まって評議会を構成しているらしいのだ。年に2回、春と秋に族長たちが集まって、色々な情報交換をしているらしいのだ。昔は『族長会議』と言っていたが、ここトリミの集落の族長が、この街を『市』と呼び、自分の事を『市長』と名乗ったらしいのだ。きっと、西の獣人国の王都にでも行って得た知識なのだろう。
明日、市長に会う事は大丈夫だが、『評議会』の年寄り達に説明するのは気が重かった。しかし、シルフがこの台地はかなり豊かな鉱物資源があるので、交易のための条約を結ぶべきだ等言うので、仕方なく申し入れていたのだ。あ、そうだ。明日の説明は、張本人のシルフに任せよう。僕は、市長及び評議会の皆様へ説明することについて、直ぐに承諾しておいた。
次の日、朝早く、市行政庁舎に向かった。鳥人族は、とても目覚めが良く、太陽が地平線から登り始めると同時に、皆、活動を始めている。鳥人属は、夜、極端に視力が落ちるらしいのだ。ホテルで朝食を取っていると、バードリッチさんが迎えに来てくれた。バードリッチさんの案内で、僕達全員が市行政庁に向かう。庁舎は、個々には平屋建てだが、それぞれの部門ごとに分かれて建てられており、大きな木3本に分散して建てられていた。
僕達は、そのまま市長室に向かった。秘書の方が、僕達を市長室の中に案内してくれたが、すでに僕の訪問の用件は市長さんに伝わっていたらしく、市長が立って出迎えてくれた。市長室の脇には、10人程の男の人達が立っていたのだが、皆、年配で、中には杖を突いている人もいた。この方たちが、評議会の重鎮の方々なのだろう。市長さんが、皆を紹介してくれたが、この10人は、評議会の中でも実力者らしく各行政部門及び司法部門を司っているそうだ。
市長室のソファに座って、領事館設置についての説明を始める。勿論、説明はシルフが行っているので、僕は黙って聞いているだけだった。シェルとセレンちゃんは飽きてしまったのか、居眠りをしている。シェルはしょうがないが、魔物のセレンちゃんが居眠りとは珍しい。シェルの話では、どんどん人間に近い動作をしてきているそうだ。
評議会の長老たちには、領事館設置に関しての異論はなかったが、領事の許可を得た者は、南アメリア領の領都に『空間転移』することが出来ることを伝えると、皆、非常に興奮をしていた。評議員つまり各集落の族長の中で、このビアナ高原から外に出たことのある者は数少なく、また、帰ってきた者はその1割程度らしいので、人間や獣人の国の情報は極端に少ないらしいのだ。
シルフが、領事館建設に当たっての注意事項を伝えていた。領事館は、煉瓦造りの2階建てとし、地面に直接建設することにするので、一定の広さの土地を提供して貰いたいこと。また、領事は、ゴロタ帝国から行政官を派遣するが、鳥人族側からも名誉領事を派遣して貰いたいkと。最後に、ゴロタ帝国の通貨制度について説明して、今日の説明は終了した。まあ、直ぐには理解できないだろうが、取り敢えず領事館建設が始まれば、きっと納得して貰えるだろう。
評議会への説明が終ってから、直ぐにバードリッチさんと市の部長さんが僕達を領事館建設予定地に案内してくれた。まあ、特に道が整備されているわけではないのだが、なるべく市庁舎に近い場所で、誰かの建物が建っていない場所となると、結構難しいようで、場所が決まったのは、午後2時頃だった。敷地内の大きな木の上には、木製の小さな家が3戸ほど建っていたが、誰も済んでいないようだ。いわゆる空き家、しかも長期間放置されていた空き家であることを確認してから、大きな木も含めて、周辺の木々を伐採しておく。伐採した木材は、新しい領事館建設の部材として使わせてもらおう。
場所が決まったので、王都の『バンブーセントラル建設』の設計士達を呼び寄せることにした。内容は、王都常駐のシルフとクラウドで情報共有しているので、直ぐに手配をしていたみたいだ。ゲートを開くと、20人位の設計や職人さん達がゲートを潜ってきた。驚いたことに、バンブーさんと『ドエス商事』のドエスさんとその秘書の方も一緒に来た。どうやら、交易を独占したくて、シルフに頼み込んだらしいのだ。まあ、ドエスさんの所なら、しっかりしているから大丈夫だろう。
これで、僕の仕事は終わった。後は、きちんとした領事館が出来てからの作業になるが、金の価値を統一しなければならない。今、帝国では金1グラム5000ギルだが、この国では非常にあいまいで、片手で持てる量や両手で持てる量という単位で物々交換をしているらしいのだ。ドエス商事の社員の方が、バードリッチさんが持っていた金の粒を検査していた。この金の粒は、皮で砂鉄を採集しているときに副産物として採集できるらしいのだが、どう見ても片手で300グラム位ありそうだ。と言う事は、純度は鑑定していないから分からないが、重さをはかってみると、260グラムとあるので、これだけで120万ギルはありそうだ。あと、鳥人種の抜け落ちる羽根もかなりの商品価値があるとの事だった。とにかく、この台地の鉱山資源や動植物は、かなり有望な資源らしいのだ。大規模な鉱山や農園を開拓できれば鳥人属のみんなも働く場が出来て、いまよりも楽な生活ができるだろう。
僕は、後の事はシルフに任せて、シェルとセレンちゃんを竜車に乗せて、トリミ市を出ることにした。大きな木の上を見上げると、何軒かの家が建てられていて、その下には、下草が刈られていて、ベンチが置かれ井戸が掘られている。彼らが、魔物や肉食獣におびえることなく、地上で暮らせるようになるのも間もない事だろう。
市街地を出て、森の中をウネウネと進む踏み分け道に近いような街道に出ると、もう誰にも会う事はなかった。きっと、これからは小さな集落が点在しているだけなのだろう。僕は、竜車の手綱を握りながら、のんびりと進んで行った。
夕方、野営地にテントを張っていると、シルフが異次元空間を通って帰ってきた。バンブーさんとドエスさんは、今日は、トリミ市のホテルに泊まるそうだ。あ、そう言えば、バンブーさんには、イオーク王国の王都建設を頼んでいたけど、今度、一度見に行くことにしよう。シルフが、詳細な都市計画を作っていて、しきりに僕に見せようとしていたことを思い出した。あんな分厚い設計図を前にしたら、絶対、シルフの話が止まらなくなるので、見たくはないが・・・・。
最近、セレンちゃんが大人しい。平素から騒がしい方ではないのだが、妙に言葉が少ないのだ。顔色も余り良くないし。セレンちゃんに聞いても、『大丈夫。』の一点張りだし。どうしたのだろう。シェルに聞いても、良く分からないし。セレンちゃんは魔物で、人間の姿でいるときは繁殖能力が無いのだから、女性特有の月の物の訳ないし。シルフが、僕の心配に関する回答を教えてくれた。
ここビアナ台地は、標高が1200m以上あることから、もともと深海で生まれ育ったセレンちゃんにとって、気圧が低すぎるらしいのだ。
それに東に向かうほど、標高が徐々に上がってきているのだ。でも、セレンちゃんは僕と一緒にいたくって、ずっと我慢していたみたい。よし、今日は、南アメリア大陸のにしかいがんに西海岸に行って、しばらく滞在する事にしよう。




