第2部第126話 東海岸を目指します。その5
(2月21日です。)
ビアナ高原は、針葉樹と落葉樹が入り混じった植生の大地だった。小さな川が網目のように流れていて、東の高山の手前に大きな湖があり、その湖へ川の水はその湖へ流れ込んでいる。今は、雪解けがはじまっているので、川の水量も多く、至る所で川の土手が決壊しているようだが、亜人種の集落は、氾濫区域を避けて作られているみたいで、大きな被害は発生していない。
この高原の亜人種は、通常の獣由来の獣人とトカゲ由来のドラゴニュート、それにこれは珍しいが大型鳥類が由来の鳥人種がいた。しかし、鳥人種は、羽毛が生えており、両腕を広げると、鳥の羽のように広がるが、自分の体重を浮かび上がらせるだけの筋肉量はないので、せいぜい、高い木から滑空するくらいしかできないようだ。鳥人種は、このビアナ高原のみの固有種かも知れない。顔も、黄色や茶色の嘴があり、耳も単に穴が空いているようで、人間の顔の作りとはかなり異なっているし、腕の下の翼が邪魔なのか、袖のある服は着ずに、冬だと言うのにベストのような物しか着ていない。下半身だって、膝までは羽毛に覆われていて、そこから伸びているのは完全に鳥の足だった。しかし、手はちゃんと5本指だし、人間の言葉を話している所から見ると、やはり獣人の一形態なのだろう。
鳥人達は、農耕ではなく、採集と狩猟で生活の糧を得ている。それも、弱弱しい羽ばたきでも、少しは体重が軽くなるのか、物凄い高い所に熟れている果実も平気で採取出来ているようだ。また、高い所から飛び降りて、滑空しながら投げ下ろす槍は威力も相当にあり、大型獣も簡単に仕留めることが出来ているようだ。彼らが高原を降りて平地で暮らさない理由は、ここでは他の獣人達と食物のことで争わずに生存できることと、下界ではあまりにも森が深すぎて、彼らの狩猟生活とは相性が良くないからだそうだ。それでも、何人かは降りて行っているようだが、他の大型獣や魔物に襲われたり、中には獣人に襲われて奴隷として売られたりして、下界に集落を築くほどの移住が起こらなかったようだ。
そんな集落のなかでも、最大の都市、バードサンク市に立ち寄りすることにした。高原台地の中では比較的大きな川のほとりにあって、水運航路もあるようだ。この市は、通常の市のような城壁等がなく、段々家が立て込んで来たなと思ったら、いつの間にか市の中心街に至ると言う状況だった。まあ、鳥人達にとって城壁などは、有ってないようなもので、近くの木の梢から滑空すれば、かなりの高さの城壁まで超えることが出来るからだ。
市内は、木造2階建の建物ばかりで、あまり賑やかな感じはしない。死と言うより大きな町と言う感じだ。西海岸にあるウサ王国とは、あまり交流がないようで、ウサ王国が滅び、ゴロタ帝国の信託領となったことも知らないようだった。僕達は、見た目に大きなホテルに泊まることにした。大きいと言うか広いと言うか、周囲を森に囲まれているので、正確な大きさは分からないが、間口が100m以上あるのは間違いなかった。
このホテルに人間が泊まるのは3年ぶりらしく、大きな紙に何か細かな事を色々と記入しなければならなかった。まあ、僕達は何も悪い事はしていないので、嘘を書くようなことはしないが、ゴロタ帝国の皇帝で有る事だけは内緒にしていた。大きなホテルなのに、宿泊料金が前払いなのには驚かされたが、まあ、一見の客だから警戒されたのだろう。客室案内係のあとからついていくと、僕達の泊まる部屋は離れとなっており、大きなモミの木の中腹に作られているウッドハウスだった。それ自体は、エルフ公国では普通の建造様式だから驚かないが、入口までの梯子等が無いのには驚かされた。防犯のため、あえて梯子等を設置しないようなのだ。鳥人のお客さん達は、軽やかに登って行くのだが、僕達はそうはいかない。僕は、高さ10m近くにある部屋の入口まで浮遊して部屋に入ってから、ゲートを地上と結んであげた。皆をゲートを通って部屋に入ってきたが、案内の鳥人の中居さんは吃驚していた。普通、人間族のお客さんは、昇ることが出来ないので、梯子を準備したり、中居さんが手を取って、引き揚げたりしているので、その度にチップが貰えるそうなのだ。
まあ、僕達の中居さんは、ここまで案内してくれたんだから、きちんとチップはあげることにしているけど。
夕食は、鹿肉料理だったが、かなり痛みが激しく、匂いを強力なハーブで誤魔化しているのだが、セレンちゃんは全く手を付けなかった。シェルは、『旨味が出て、丁度良い。』と言って、バクバク食べていたが、何が丁度良いのか分からない。僕も、特にそれほどグルメではないが、傷みかけた肉は普通に食べられるので、まったく問題は無かった。セレンちゃんにはオムレツを頼んであげたが、かなり高価な料理になるそうだ。この国では、鳥類の料理は禁忌とされており、神から許された者だけが、鶏肉を料理したり、卵料理をするらしいのだ。卵と言えば、鳥人種達は、卵を産んで繁殖する。それも身体の大きさに比較して極端に小さいのだ。一度に数個を産むらしいのだが、孵化するのは1個〜2個だ。後は、全て無精卵なのだそうだ。
この種族は、かなり変わっていて、産んだ卵は、男性が温めるそうだ。そのため、脇の下の皮膚に4個の袋が付いており、妻が産んだ卵を直ぐに袋の中に入れるそうだ。それから約300日間、ずっとあたため続けるのだが、その間にうっかり割ってしまうことがあり、孵化率は25%を下回っているとホテルの支配人が説明してくれていた。
部屋は立派なものだった。ベッドの羽毛布団の中身は考えないようにしよう。部屋の照明は、ランプだったが、燃料は植物油のようだった。驚いた事に、部屋の至る所に金属製の金具が使われている。この地域では、製鉄技術があるようだ。と言うことは、武器も金属製の可能性がある。明日、市内を見て歩く事にしよう。そう思っているうちに、眠ってしまったようだが、深夜、ホテルの下、つまり木の下で何か騒いでいたようだ。まあ、誰かが酔って騒いでいるのだろう位に思い、そのまま眠り込んでしまった。
翌日、ホテルのレストランで朝食を食べていると、鳥人の衛士のような人が訪ねて来た。体は、かなり大きいが首が長いので、肩の高さから言えば僕よりも20センチ位低かった。しかし、胸の筋肉ががっしりしていて、鍛えていることが直ぐに分かるような体格だった。
「食事中、失礼なのはお許しください。あなた様は、人間世界で言う冒険者様でしょうか?」
「はい、私達は冒険者、それもランク『S』クラスの最強冒険者ですわ。オホホホホ!」
ああ、シェルの高ビーな笑いが始まった。絶対に、頭の中では報奨金を計算しているに違いない。セレンちゃんは、不安そうにしている。セレンちゃん、大人の男性には未だに慣れていないようで、直ぐに僕の後ろに隠れたがるが、食事中で、テーブルに座っているのでそうは行かないことが残念そうだった。
「おお、それほどのお方とは存じ上げず、失礼しました。それで、食事後、皆様にお願いしたいことがありますので、是非、相談に乗っていただきたいのですが・・・。申し遅れましたが、私は、この市の衛士隊長をしているバードリッチと言う者です。お見知りおきをお願いします。」
僕達は、自己紹介をしてから食事を続けた。このレストランのスクランブルエッグは、すこし変わっていて、黄色というよりもオレンジ色のスクランブルエッグだ。味も、濃厚だが、ニワトリの卵よりも少し癖があるようだ。ボーイに聞いたところ、『イグニドン』という大型トカゲの卵らしいのだ。この高地の鳥人種の間では、このトカゲの肉や卵が常食らしい。しかし、河のほとりのドラゴニュートの部落では、絶対に食べないらしいので、なかなか食の文化交流は難しそうだった。
食事後、バードリッチさんのお話は、想像通り、討伐依頼だった。それも大型ヘビ『アナコンダ』の討伐依頼だ。昨日も、市内に迷い込んで来た大型ヘビを撃退しようと夜勤の衛士隊が頑張っていたが、1人、呑み込まれてしまったそうだ。アナコンダは、胴体の太さが1m以上あり、長さが20m近い蛇だそうだ。衛士隊の武器は、鋼でできた剣と槍だが、固い鱗に覆われ、なかなか致命傷が与えられないそうだ。グレーテル大陸や南アメリア大陸では、そんな大蛇は見たことが無い。きっと、この高地の固有種なのだろう。しかし、鋼鉄の剣や槍が通らないというのは変だ。単なる大蛇ではなく、魔物なのかも知れない。
僕達は、バードリッチ隊長と一緒に衛士隊本部に向かった。多くの鳥人種の衛士さん達がいたが、皆、羽の色や嘴の形、それと目の色が変わっている。それに嘴がなく、人間の顔の形をした鳥人種もいれば、まったく鳥の頭と同じ鳥人種もおり、見ていて飽きないと思ったが、あまりジロジロ見ていても失礼なので、昨日のアナコンダの様子を夜勤明けの衛士さんに聞くことにした。昨日出たアナコンダは、最近、この当たりに出没するアナコンダで、南の森から襲ってくるそうだ。アナコンダは、鳥人種のなかでも抱卵している男性鳥人ばかりを狙ってくるらしいのだ。ブッシュに隠れながら、ツリーハウスの下まで近寄り、その巨体を木の幹に巻きつけながら昇ってくるらしいのだ。蛇返しと言う装置を木の幹に取り付けているのだが、簡単に壊されてしまい、役に立たないとのことだった。アナコンダは夜行性で、昼間、森の中に捜索にいっても、深い土の穴の中に身を潜めているので、なかなか発見できないとのことだった。
シェルが、『討伐したアナコンダの遺体を貰っても良いか。』と聞いていた。バードリッチさんが、不思議がり、『アナコンダは、食べてもあまり美味しくないですよ。』と言ってくれたが、シェルは、皮だけ貰いたいと言っていた。絶対、その皮でハンドバックを作るつもりなのが丸わかりだった。




