第2部第123話 東海岸を目指します。その2
(2月3日です。)
僕達は、かなり朝早く部落を後にした。本当は、ストーン・ドラゴンを殲滅して直ぐに出発したかったのだが、宴会が始まってしまい、シェルを竜車に乗せて行くわけにはいかなくなってしまったので、仕方なく、もう1泊することになったのだ。朝起きたらすぐに出発をした。出発準備など特になかった。テントやキャンプセットは、そのままイフクロークに収納したし、簡易竈門などは土に戻して平らにならしておいたのだ。朝食は、昨日のうちに作っておいたフライドポテトと鳥の唐揚げだ。竜車に乗りながら食べることにした。竜車の操車はセレンちゃんだ。この前からちょっとずつ覚えていた。覚えるといっても手綱を右か左に引くことと、足元にあるブレーキペダルを踏みながら、手綱を両方引っ張るだけだった。道路標識などないので、太陽やお星様の位置を頼りに進路をとるのだが、目まぐるしく変わる自然環境には小さな身体は応えるらしく、強風や降雪の時は、僕が手綱を握っている。山岳超えの時は、力が強い地トカゲでもかなり無理があるらしく、また竜車の車輪が雪に取られてしまうので、僕が少しだけ浮かして走るようにしている。シェルが、『ずっと浮かし続けておいて。』と言うのだが、それでは折角の竜車の旅が面白くないので、必要最小限の使用にとどめていた。
それから3日間、野営をしながら進んだが、獣人達の集落は見当たらず、出てくるのは土系と石系の魔物、あとシェルが見たくないといっている大きなミミズ位だった。大型の野獣は、もっと温かい南に避難しているか、冬眠をしているようで全く見かけなかった。僕達の旅は、食料や飲料水には全く困らなかったが、たまに雪ウサギや鹿を狩猟しているのは、まあ、冒険旅行の雰囲気を出すために過ぎなかった。竜車は、森の中に入って行った。街道と言えるような道ではないが、それでも、周囲から比べても少し低く雪が積もっているので、きっとこのエリアの住人が通っているのだろう。
のんびりと進んでいると、遠くから女性の悲鳴が聞こえた。風に紛れてかすかに聞こえて来たので、1キロ位離れているだろうか。直ぐにイフちゃんに探索を頼んだところ、ウサギ人の親子が狼人の野盗に襲われているとの事だった。僕は、竜車を止めて、周囲の警戒をシェルとシルフに頼んでから、『ベルの剣』を持って、上空300mまで浮かび上がった。そのまま、声の下方向に飛行していく。時速300キロまでフル加速をしたので、僅か15秒足らずで、現場に到着した。
現場には、馬車が倒れており、傍には血まみれのウサギ人の男性がうつぶせで倒れていた。ウサギ人の女性と少女が狼人に耳を掴まれて引きずられている。狼人達は、口から涎を垂らしながら下卑た笑いをしている。ボスらしい男が大きな声を出している。
「てめえら、アマっこに手を出すんじゃねえぞ。俺様が最初に味見をするんだからな。」
狼人の集団は、ボスらしい男を入れても8人程度、それと遠くで、様子を見ている犬人の少年達が4人程いる。武器も持っていないようなので、狼人の使いっ走りをしているんだろう。僕は、ボスらしい男の頭の上に着陸した。狼人の頭は小さく、尖っているので立つのは難しいが、僕は、『浮遊』をしながら立っていたので、全く問題が無かった。
ボスは、まったく気が付かないうちに、頭の上に僕が乗ったので、慌てて、首を左右に振って僕を落とそうとしていた。ぼくは、ゆっくりと地上に降りてゆく。ボスが、やにわにショートソードを抜いて、僕に切りかかってきた。
ガキーーーン!
ショートソードは、何か硬いものに思いっきりぶつかって、刃が真っ二つに折れてしまった。ぶつかったのは僕の石頭ではなかったが、一応、ぶつかった所に手をあてて、振り向いた。その時には、ウサギ人の二人は僕の後ろにいた。僕の指鉄砲が音もなく、ウサギ人を拘束していた狼人の手の骨をくだいていたのだ。僕は、真っ白な雪面に真っ赤な血を広げているウサギ人の男を見た。もう息をしていないし、心臓の鼓動も聞こえない。ああ、既に死んでしまっているようだ。ウサギ人は、獣人の中では最も弱キャラだ。強いショックを受けると心臓が止まってしまうし、内臓等を刺された場合、出血や臓器損傷による死に至るまえに痛さのショックで死んでしまう事が多い。
この狼人達は生かしておく価値もなさそうだ。僕は、『ベルの剣』を鞘から抜かないまま、男の首元を横一線に払った。凄まじい勢いのため、空気が真空状態になって男の首を切り落としてしまった。直接触れていないので、鞘に汚い物もついていない。他の狼人達は、僕が何をしたのか分からないまま首が胴体から離れていた。遠くで見ていた犬人の子供達が、慌てて逃げようとしている。僕は、『動くな。』と一言、彼らに『威嚇』を飛ばす。かなり威力が強かったようで、4人とも『キャイン!!!!』と声を上げて気を失ってしまった。
全てが終った。ウサギ人の女の子が倒れているウサギ人の男に駆け寄って行く。
「お父さん、お父さん、ねえ、もう大丈夫よ。早く起きて。」
この子は、父親が既に死んでしまったことが分からないのか、それとも分かりたくないのか、仕切りに呼びかけている。僕は、男の遺体を、そのまま『念動』で浮かび上がらせた。胸腔内にたまっている血が夥しく垂れて来た。そのまま、男の遺体を半回転させて上向きにする。血に汚れていない真っ白な雪の上に遺体をゆっくりと降ろしてあげた。母親のウサギ人が、口に手を当てて嗚咽を漏らしている。女の子は、自分の父親が死んだことを理解したのか、大きな声を上げて泣き始めた。
ちょうど、竜車が到着した。シルフが『MP5』を構えたまま、竜車の御者台から降りて来た。シェルは、キャビンから降りて来た。セレンちゃんは、怖いのか降りてこなかった。僕は、遠くで気を失っている犬人たちへの『威嚇』を解除し、こちらに来るように手招きした。恐る恐る近づいてくる。ウサギ人の女の子が『キッ』と犬人の子達を睨み、やにわに父親の腰に差しているナイフを抜いて切りかかって行った。さすがに、何も聞かずに殺してしまうのは不味いとおもい、犬人の子達にシールドを掛けてやった。ナイフを弾かれたウサギ人の子は、吃驚した目でこちらを見ていた。
「この子達の言い分を聞こう。」
犬人の子達は、泣きながら話し始めた。この子達は、ずっと北の方の森にすむ種族だったが、今から1か月位前、村を狼人達に襲われたらしい。人口100名にも満たない小さな村だったが、生き残ったのはこの子達だけだったようだ。この子達は、狼人の食糧や飲料水を運ぶために拉致されてしまったのだ。この子達以外の村人たちは凄惨な最後だったらしい。女は老若に関わらず、股間を刺し貫かれながら、首を閉められたり、胸をナイフで抉られていた。男は、10人位が縛り首で吊るされ、残りの男達は、村長の家に閉じ込められて生きたまま焼き殺された。一番、可哀そうだったのは、赤ん坊達だ。皆、殺され、皮をはがされて食べられてしまったそうだ。犬人の赤ん坊の肉は柔らかくて格別だといいながら、骨も残さずに食べてしまったそうだ。僕は、聞いているだけで気持ちが悪くなってしまった。この狼人どもは、遠く西の都まで行って、金属製の武器を揃えたらしいのだ。
獣人世界のヒエラルキーでは、ライオン人、トラ人、熊人の次に位置しているのが狼人達で、特に集団で戦う時の狼人の強さは半端なく、相手がライオン人1人だけなら、10分もかからずにライオン人を倒すほどだ。彼らにとって、犬人は、使役のための存在でしかなく、ウサギ人に至っては、食欲と性欲の対象以外の何物でもなかった。あのまま放置していたら、このウサギ人の母親と娘は何度も犯された後に、今夜の夕食か明日の朝食になっていただろう。僕は、遺体をイフクロークの中に収納した後、現場で転倒している馬車を曳き起こしてやった。馬は、どこかに逃げて行ってしまったらしい。イフちゃんに探させたら、南の森の奥に2頭いるそうだ。後の事はシェル達に任せて僕は、馬を連れ戻しに行く。
30分後、馬を引いて戻った僕は、犬人の子達に馬の世話を任せて、母親と話をした。この一家は、北の森から南の森にすむ親せきの所へ避寒のために旅行中だったらしいのだ。ウサギ人は、農耕もするが、主に森や野原で採集するのが得意で、多くのウサギ人は温暖な南の森で暮らしているそうだ。しかし、幾ら南の森が豊かと言っても、ネズミ算式に増えるすべてのウサギ人の生活を支えることは無理なので、次男、三男などは王都に働きに出るか、厳しい冬が到来する北の森で暮らさなければならない。ウサギ人とネズミ人は、仲が悪いのに、いつも隣接して部落や村を作り、相互に争っている。きっと食性が似ているのだろう。両方ともに、生活の場に大きな樹木は絶対に必要で、どんどん伸びていく前歯を揃えるために、常に硬い木を齧り続ける必要があったのだ。南の森へは、ここから馬車で10日程の距離だそうだ。乗りかかった船だ。親子を南の森まで送っていく事にした。犬人の子達は、一緒に連れていくのも面倒だったので、ウサ王国の王都サンフラン市にある孤児院まで連れていく事にした。孤児院の院長は、犬人の男性で、この前、大量に食料品を寄進したら、涙を流して喜んでいた。きっとこの子達も引き取ってもらえるだろう。
そう考えていたら、シェルがいつもの行動を起こしていた。狼人達の懐やポケットを探っている。貴重品を回収しているのだ。シェルが、ウサギ人の親子にも同じことをするように指示しているが、普通、できませんから。死体をまさぐるなど。しかし、このウサギ人の親子は、働き手をなくして、母親一人で、この子を育てていかなければならないのだ。少しでも生活の糧を得ておくべきだろう。僕は、犬人の子達に、狼人どものポケットや懐を探って金目の物を集めるように指示をした。男の子達は、走って狼人の遺体のある所に向かって行った。
回収が一段落したら、まず、食事の用意だ。ウサギ人達には、野菜たっぷり小豆粥を作ってあげた。犬人達には、貯蔵していたドッグフードをお皿にたっぷり盛り、温かいミルクと砂糖をかけてあげた。犬人の子達は、最初、おそるおそる食べ始めたが、一口食べたら、目を輝かせて夢中で食べ続けた。あっという間にお皿は空になったが、長い舌を出してペロペロお皿を舐めている。とっても行儀が悪い。セレンちゃん、マネをしてはいけませんよ。




