第2部第121話 異世界の技術
(1月20日です。)
今日は、トムが博士と共に兵器工場を訪れている。タイタン市の周囲には、色々な工場が有り素材ごとのパーツが生産される。しかし、完成までの組み立ては絶対にさせない。それは、超国家機密として、この研究所の職員のみが知っているだけだ。勿論、設計図書を異次元からデータ転送させているシルフは別だが。また、ここの職員も銃器専門職は、飛行機や車両系の技術は触れられない仕組みになっている。シュタイン博士も基本的な仕組みは知っていても、飛行機用のアルミ合金パネルの作成方法などはブラックボックスとしてシルフだけが知っているのだ。
工場見学の後、工場の会議室でトム君の能力テストを行った。能力テストといっても、学力テストのことなんだが。数学、英語、物理、化学それと正確テストだ。数学や理科系は、高校3年製レベルの出題だ。トムは元の世界で高校を卒業していると言うことなので、テストをしてみるが、50点も取ればいい方だろう。ちなみに、僕も昔受けたことがあるが、全く歯が立たなかった。
トムは、意外にも平均60点は取ったようだ。特に物理については、かなり得意だったらしく、86点も取ってしまった。シュタイン博士も、予想外だったらしく雑用係の奴隷ではなく、研究者として働いてもらう事にした。
今、博士が研究しているのは射程2000キロ以上の長距離弾道ミサイルだ。正確な着弾を狙うなら、衛星から位置情報を受信しながら飛翔コースの微調整をしていかなければいけない。シュタイン博士は、原理は未来の設計図書で把握しているが、衛星を打ち上げる技術もないため、至難の技だった。
取り敢えず、成層圏まで5トンの弾頭を打ち上げるためのロケットブースターを試作している。燃料は固体燃料を使うのだが、安定した燃焼をさせるためには、微妙なコントロールが必要だ。基地からの遠隔操作は、自爆指示位で、基本的には自動で燃焼コントロールをさせる必要がある。そのためにも、弾頭の中に制御装置も組み込まなければならないのだ。
後、軍用車は製作済みだが民生用の乗用車を開発中だ。幾つかのプロトタイプを試作したが、乗り心地や各パーツの耐久性能などは、作って試乗してみなければ分からないのだ。
トムは、試乗車のテストライダーも兼ねているのだ。トムも、それ程運転経験があるわけではないので自信はないが、16歳で運転免許を取得し、友達の車を借りでキャサリンとドライブをした事もあった。また、軍用トラックから戦車まで、一通り運転はできるので、なんとかなるだろうと思った。
工場の裏手は倉庫になっていて、色々な試作車が置いてある。当然、30式戦車のプロトタイプも置いてあった。トムは、興味があるのか、しきりに見ていた。
「この砲身は随分太いですが、何ミリあるんですか?」
「120ミリです。」
「そうすると、この砲身の長さでは、十分な回転が与えられないのでは?」
「ええ、そのため、砲身はスムーズボアで、砲弾に安定翼をつけて命中率を上げています。」
「なるほど。内部を見せてもらっても良いですか?」
「どうぞ、どうぞ。」
トムは、戦車内部に入って驚いた。砲塔内には砲弾や砲塔を操作するためのハンドル類が一切なかった。それどころか砲身に砲弾を装填するためのスライド部がないのだ。砲塔手は、モニターを見ながら小さなスティックを操作するだけだった。
操縦席も見慣れないものだった。大型モニターと、左右にスティックがあるだけだ。クラッチや変速レバーがないのだ。辛うじてブレーキペダルがあるが、それだけだった。この戦車は、電動戦車だった。小型タービンエンジンはついていたが、これは発電用で、履帯を直接駆動するのは4基のモーターだ。積載バッテリーで60キロ位走行できるが、秘匿行動以外は、充電しながらモーター駆動で走行するのだ。
博士が、奥の方に置いてある乗用車に案内した。この車は、トムの知っている車だった。シボレー・カマロだ。大きな二つ目のヘッドライトが印象的で、トムの憧れの車だった。
「この車は、異世界からの設計図をもとに作った物ですが、どうも振動が酷くて、時速60キロ以上では、真っ直ぐ進まないんです。原因を探っているんですが、どうもよく分からなくて。」
トムは、早速、試乗してみた。確かに、車体がフワフワしているし、振動も酷い。こんな車を修理したことがある。トムは、カマロを工場に戻し、ジャッキアップしてみた。点検してみて直ぐに原因が分かった。ゴムブッシュの強度不足だ。こんなに柔らかいゴムを使っては、使っていないと同じだ。後、ホイールバランスやアライメント調整も必要だ。キャブも、調整が必要なようだ。この辺の微調整は、設計図では分からない。長年の経験がものを言う。トムは、シュタイン博士に、このことを伝えて、必要なパーツと工具の調達をお願いした。シュタイン博士は、一生懸命メモをしていた。
僕とシルフは、トムが転移して来た場所に来ている。案内は、勿論ギブだ。ギブの故郷は、カベック領内でもかなり田舎の方で、豪雪地帯だった。転移場所あたりに小さな丘があったが、それがトムと一緒に転移して来た倉庫だとのことだった。
僕は、倉庫に降り積もった雪を取り除いた。所々錆びているが、しっかりとした倉庫だった。中は、オイルとカビの匂いが立ち込めていたが、荒れた様子は無かった。
シルフと一緒に中を点検した。銃器類は、殆どが持ち出されていたので、大したものはなかったが、シルフが面白いものを見つけた。大量の医薬品だ。痛み止めや消毒薬の他に、抗生物質まであるそうだ。後、注射器や点滴用品、手術道具まであった。シルフが、成分分析をしなければ使えるものかどうか分からないが、製造方法の記録が無い医薬品も有るそうだ。特に抗生物質は、かなり貴重なものばかりだそうだ。
後、地雷や仕掛け爆弾なども大量にあったが、あまり使いたく無いような気がした。この倉庫、あまり最先端のものがないようなので、医薬品や服飾品、サバイバルバッグ等、使えそうなものだけを回収してから、倉庫ごと爆砕する事にした。500m位離れてから、倉庫の中に熱エネルギーの塊を送り込んだ。一瞬にして、数千度に熱せられた倉庫は、大爆発を起こし、この世界から永久に消えてしまった。
それからカナン王国の王都に行ってみた。かなり大きな街だったが、道ゆく人たちは皆暗い表情だった。それはそうだろう。連戦連勝だった王国軍が、初めて負けて、それも惨敗して、武装放棄をして逃げ帰って来たのだ。中央アメリア軍が攻めて来たら対抗することができないのだ。
僕は、王城内にいる行政事務官達に各地への伝達をお願いした。伝達内容は簡単だ。鳥を使ってもワイバーンを使っても良いから、全国津々浦々まで今後の王国に関する情報を広めてもらいたいのだ。その内容は、
1.戦争は終結した。今後、中央アメリア王国との争いは一切無いから安心すること。
2.今年の秋の収穫について年貢を免除する。また、2月に収めている各種税金も、今年は免除する。
3.カナン王国は自ら神聖ゴロタ帝国の麾下に入り、ゴロタ連邦の一員となる。『ギブリン・メフィスト・ドラゴナ1世』は、引き続き王政を遂行すること。
4.『ギブリン・メフィスト・ドラゴナ1世』は魔王にあらず。皆と同じ魔人なり。ただし、神聖ゴロタ帝国のゴロタ皇帝陛下が唯一認めた王なり。
以上の内容だ。まあ、奴隷制度の廃止などは後にして、国内の貴族達がゴロタ帝国に隷属させることは、ギブに任せておこう。結局、僕はこの広大な南北アメリア大陸のうち、中央アメリア王国以外の全てを支配してしまった。しかし、この北大陸は、グレーテル大陸に比較してかなり文明的に遅れている。もともと、獣人の国と魔人の国はそれほど仲良くは無かった。魔人は、長い間、獣人を奴隷として使役してきた。南グレーテル大陸では、魔人の国モンド王国と獣人の国中央フェニック王国とは前人未踏の険しい山脈が交通を遮断していたし、カーマン王国が真ん中にあるので、直接の接点は無かった。しかし、ここ北アメリア大陸では長い間、争いが続いていた。特にウサ王国は、国土も西海岸付近のみと狭く、度重なる侵略の都度、南の中央アメリア王国に援軍を求めて最悪の事態を避けて来た。しかし、基本的に人種的な優劣では魔人族の方が上位種として位置づけられている。ライオン人種や虎人種などの大型肉食獣系と魔人族の長身種で同等、魔力比較で行ったら、短身種の魔力には全く敵わない。
しかし、長らく続いていた両種族の争い、略奪、殺戮は今回で終わりだ。僕は、争いを好まない。今まで、魔人族の先鋒として獣人族を迫害してきたドラゴニュート達は、東の山の奥に引っ込んでしまった。自分たちの種族を守るために仕方が無かったのだから、それほど責任を感じることはないのに、けじめをつけるために、当分、街には降りてこないそうだ。しかし、山の奥は食べる物も少ない。僕は、20000人以上が春先まで山で暮らせるだけの食糧をドラゴニュート族の代表者に渡しておいた。その時、必ず山を下りて来てくださいとお願いしたら、代表者は、まつ毛のない目からボロボロ涙を流して感動していた。
カナン王国は、ゴロタ帝国憲法が適用されるが、憲法の規定を受けて、カナン王国独自の法律を制定することができる。しかし、税制及び行政組織そして刑罰法令についてはゴロタ帝国本国の法律をそのまま移植している。唯一異なるのは、カナン王国の国教ともいうべきベル教の教えが、法律の至る所に記載されている。
創造主たる神と、闇の聖霊、そして始祖たる『大魔王』、この三位一体を競技としているのがベル教だった。ベル教って、もしかして『ベルゼブブ』が教祖なのだろうか。




