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第2部第120話 トムという男

(1月15日です。)

  ギブは、シルフが提示した条件を全て飲んだ上で、カナン王国を差し出すというのだ。ギブは、学校にこそ行っていないが、根は正直で頭のいい青年だった。僕の態度を見ていて、自国を託しても良いと判断したようだ。


  ここサンフラン市は、雪の降らない地域だ。作物も豊潤に収穫できるのだが、北の大地で収穫する作物にも独特の美味さがあり、ここウサ王国で取れる大味な作物とは大違いだった。特に、魚介類は圧倒的にカナン王国の方が質、両共に優れていた。


  ギブは、結婚したばかりのリラをカナン王国の城に残していた。ギブ達が制圧しているのは、ここサンフラン市と、同市とカナン王国を結ぶ街道沿いだけだ。東の山脈のさらに東には小さな部族国家はあっても大きな国がないと聞いている。しかし、ウサ王国との戦争に勝った時、多くの獣人達が東に逃亡していった。それまでの支配階層だったライオン人種や虎人種は、其々の故郷に落ち延びたのだが、それを追撃するだけの余力はギブの部隊にはなかった。それどころか、逃亡したライオン人達は、『ウサ王国自由統一戦線』と言う臨時政府を樹立し、ゲリラ戦を挑まれている。彼らの武器は、相変わらず弓矢や槍・剣だが、猫人種独特の忍足と高いところへの跳躍力、それと獣人トップクラスの暗視能力は、夜間のゲリラ線では魔人はおろかドラゴニュート達も敵わなかった。これまで大規模な掃討作戦を何度か行ったが、たいした成果もないままに現在に至っている。


  去年の暮れからさらに南方の中央アメリア王国に進撃していったが、魔人族は僅かな将校が随行するのみで、その殆どはドラゴニュート達だった。


  トムは、それまで被差別所属とされていたドラゴニュートを重用する事により、魔人の王国の王、つまりギブに対する忠誠を誓ってくれた。しかし、ギブ自身はどうしてもドラゴニュートが好きになれなかった。あの鱗だらけの肌と瞬きの少ない真っ黒な目、後、敵を殲滅するときの残酷さがギブには気に食わなかったのだ。


  5年前、トムと会ってから、トムの言う通りに行動してきたが、今回の敗戦がいい機会だ。もうトムと決別する頃だ。カナン王国に帰ろう。許してくれるなら、王位を廃し、一猟師としてリラと一緒にカベックに帰ろう。そこで何人かの子供を作るのだ。最初は、女の子がいいなと思っているギブだった。






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  トムは、この日、ゴロタ帝国北西部の端、タイタン領にある工業技術研究所に犯罪奴隷として勾引された。ここには、性格に難はあるが、発明の才能に溢れるシュタイン博士が所長をしていた。トムは、犯罪奴隷なのだから、鉱山送りになっても文句はなかったが、異世界の知識を有しているのでシュタイン博士の下働きとして働く事になったのだ。勿論、首には隷従の首輪が巻かれ、マスターであるシュタイン博士の命令には、生命の危険がない限り絶対服従となる。命令違反の場合、程度によって電撃レベル1から3のショックが与えられるし、許しなく半径2キロ以上遠ざかると首輪が締まってきて、最終的には行動不能になってしまうのだ。力づくで外した場合、首の後ろに埋め込まれた小さな呪いの魔石が発動し、呼吸停止になってしまう。マスター及び高位術者が隷従の誓いを解除した場合、首に埋め込まれた魔石は無害のものになってしまうが、取り出すには外科的手術が必要だ。


  トムは、『空間転移』を初めて経験して、度肝を抜かれたが、転移先の研究所を見てもっと驚いた。サンフラン市では、昼過ぎだったのが、ここは既に深夜だった。しかし、真冬の深夜に関わらず広大な敷地は煌々と照明が付いていた。あの野外照明は、故郷のアトランタのトゥルーイスト・パーク野球場にあったものとよく似ている。道路もアスコン舗装で、何故か雪が積もっておらず、真っ白な白線で4車線に分かれていた。


  研究所の前には、見たこともないジェット戦闘機が駐機されている。雪に埋もれないように、大きなテントが貼られていた。深夜のため、通行人はいないが米軍の戦闘服によく似た迷彩服装の警備兵が銃身の短い機関銃を携行して何人も立っている。トムが知らない機関銃だったが、トムがこの世界に転移してからヨーロッパで正式採用国が増えているH&K製『MP5』だった。


  それよりも、兵士の顔が皆同じ事に気がついたトムは、背筋が凍りつくのを覚えた。


  『こいつら人間ではない。』


  一緒に転移してきたゴロタ皇帝陛下と同じ顔なのだ。身長こそ175センチくらいだが、均整の取れた体格と堀の深い顔、絶対人造のものだ。


  研究所に入ると、そこはサロンのような大広間だった。深夜だと言うのに、超ミニスカのメイド達が並んでいた。え、ここは何だ?


  「「「「お帰りなさいませ、ご主人様。」

」」」


  全員が、同時に挨拶をした。トムは慌ててお辞儀をしたが、何か感じがおかしい。メイド達が同じメイド服を着ているのはいいとして、皆、身長が160センチ位で揃っているし、髪の色こそバラバラだが、全員ツインテールだし。あ、このメイド達。顔が同じだ。人間ではない。しかし、どうやって動かしているのだろう。人間と同じ動きをして、皆バラバラに活動している。


  奥から、白衣を着た一人の男が出てきた。見た目が貧相な人間だが、この男も人間ではないのだろうか。


  「やあ、トム君だね。トム・・・?」


  驚いた。英語だ。しかもクイーンズだった。


  「トンプソン。トンプソン・ジョージ・レイノルズ。トムでいい。」



  「そうか。僕はシュタイン。アインズ・シュタインだ。」


  トムは、あの相対性理論を産んだ天才物理学者を思い出してしまった。まあ、シュタイン博士はもっと若いが。


  ゴロタ皇帝陛下が、シュタイン博士の手を取って、トムの首輪に当ててきた。何故か、首輪が暖かくなった。これでシュタイン博士が、トムの正式なマスターになったのだ。


  「トム君、お腹は空いていないかな?」


  そう言えば、まだ昼食を摂っていなかった。シュタイン博士が、インターホンでメイドに夜食の用意を命じていた。トムは、シュタイン博士の通話の中に『ハンバーガー』と言う言葉を聞いた。この世界に転移してきて、最も食べたくて食べられない物ベスト3のうちのトップに位置している。しかし、ここはどこなんだろう。綺麗なイングリッシュ、見た事もない機関銃やジェット機、こんな文明がどうしてこの世界にあるのだろう。戦車や装甲車、兵員輸送車だって、全て見たことは無かった。そして、ハンバーガーだ。絶対、地球の技術を応用している。


  暫くして、メイドがハンバーガーと何か飲み物を運んでくれた。トムは、目の前の飲み物を見て驚いた。カットグラスの中に氷と共に入っているのはコーラだった。ストローで一口飲んでみる。後、ハンバーガーを一口食べてみる。確かにハンバーガーだ。トムは、夢中で食べながら、涙が止まらなかった。


  食べ終わってから、自分用の部屋に案内された。部屋は、大きな部屋でベッドとソファテーブルセットそれとバストイレ付きだ。クローゼットの中には、幾つかの着替えが入っていた。トムは、シャワーだけ浴びて寝る事にした。


  翌朝、遅くに起こされたトムは、ダイニングで研究スタッフを紹介された。皆、結構若い感じだ。人間族や獣人族、エルフ族がいた。驚いた事に、魔人族もいた。雑多な種族が入り混じっていたが、皆、生き生きとしていた。


  それぞれ、異なる研究をしていたが、トムにはよく分からなかった。トムは、地元アトランタの高校を卒業してから、すぐに陸軍に志願した。陸軍では、戦車隊の整備兵をしていた。実際の戦闘は、訓練で経験しただけで、ベトナムでも後方で、戦車や軍用車両の整備を担当していた。1975年、ベトナム戦争が終結した時、トムは伍長に昇進していたが、除隊せずにそのまま陸軍で働いていた。駐屯地は、メンフィスだったが、そこで兵器倉庫の管理係をしていた。


  あの日、部隊の大規模訓練があり、武器、弾薬の在庫確認をずっとしていた。必要な資材一覧を見ながら足りないものは発注伝票を切っていたのだ。


  その日の夜は、恋人のキャサリンとデートの約束をしていた。キャサリンは、少し身長が低かったが、クリクリッとした目が可愛らしい赤毛の子だった。高校卒業のパーティーで、トムから好意を打ち明けたが、それ以来、ずっと交際していた。キャサリンは、もう27歳、きっと誰かと結婚してしまっただろう。そう考えると、心の奥がギューッと締め付けられてしまう。


  あれ以来、いろんなことがありすぎて、キャサリンのことをあまり思い出さなくなって来ていたが、この研究所でロボットとは言え、人間そっくりの女の子を見ていたら、思い出してしまったのだ。


  朝食は、スクランブルエッグとトースト、それとオレンジジュースだ。ほぼアメリカでの朝食と一緒だ。あ、あれだ。ケチャップだ。カナン王国には、ない調味料だ。不思議だ。ここには地球にあったものは、ほぼ揃っていた。もしかしたら、ここはアメリカ合衆国で、あのカナン王国だけが異世界だったのではないだろうか。そう思ってしまうほどだったが、午後、案内の執事さんと共にタイタン市の中心街まで行って驚いた。自動車こそ走っていなかったが、路面電車が走っており、あらゆる商店が並んでいる。


  区画整理された街並みは、まるでアトランタの中心街のようだ。それに、ここには浮浪者やゴロツキがいないようだ。若い女の子や子供達が、普通に買い物をしている。アトランタだって、黒人街は治安が悪く、1日中、パトカーのサイレンの音がしているのに、この街にはそんな状況は皆無のようだった。


  執事さんが、トムを冒険者ギルドに連れて行ってくれた。ゴロタ皇帝陛下の命令で、トムを冒険者登録するそうだ。トムは、ギルド2階の冒険者登録窓口まで行った。係の者から渡された書類に必要事項を書き、能力測定機に手を差し入れた。


ゴメンね。


******************************************

【ユニーク情報】

名前:トンプソン・ジョージ・レイノルズ

種族:人間族

生年月日:王国歴203年1月28日(27歳)

性別:男

父の種族:人間族

母の種族:人間族

職業:奴隷

******************************************

【能力】

レベル     3

体力     30

魔力      0

スキル     0

攻撃力    10

防御力     5

俊敏性     5

魔法適性    なし

固有スキル   なし

習得魔術    なし

習得武技    なし

*******************************************


  見事なほど、能力値が低かった。これでは、10歳の少年にも負けてしまうだろう。


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