第2部第118話 南北戦争その4
(ギブの回想が続きます。)
それからのギブ達は、あれよあれよと言う間に、村の中心的な役割を持つようになった。村長をはじめ、村人全員がギブの前に膝まづき自らの角を差し出したのだ。リラは、ギブの婚約者となったが、トムがいるのであまりベタベタは出来なかった。その年の暮、村に領主の使いが来て、今年の年貢は5割とし、その他に熊の皮30枚、鹿の皮300枚を要求された。勿論、そんな蓄えなどある訳が無かった。年貢でさえ5割も納めたら、来年夏まで持たないのは分かっていた。
領主は、昔からこの辺を納めている貴族で、いつも無理難題を言ってくる。特に今年の要求は過酷だった。領主の狙いは、こんな小さな村からの収入ではなく、娘のリラを差し出させることだったのだ。リラは、周辺の村々まで知れ渡っている器量良しだ。領主は、以前から好色癖があり、領都の娘達もかなり餌食になっていると聞く。村長は、ギブに相談した。ギブなら、熊や鹿を簡単に狩ってくれるだろうと思ったのだ。しかし、ギブの返事は全く思いもしない事だった。
村の若者たちで『義勇軍』を立て、領主をいさめに行くと言う答えだった。今までも、何度か、村々の有志で領主に陳情団を差し向けたが、皆、謀反の疑いがあると言う事で『火炙りの刑』にあっている。領主の抱えている騎士団に、村人の鋤・鍬がかなうわけなかったのである。しかし、今回は違う。ギブがいるのだ。ギブがしきりに人間族のトムにお伺いを立てている。今では、ギブがトムに隷従していることは周知の事実だった。トムが驚くべきことを言ってきた。
「皆さん、今こそ、正義が何であるかを領主に教えて差し上げましょう。力で押さえる者は力で屈服させるのです。さあ、皆、ギブに従ってください。」
これで、領主へ対する叛乱軍いや『義勇軍』が編成された。ギブが大将で、村の若者のうち16歳から25歳までの者26名が選ばれた。皆、それぞれの獲物を手にして集まってきたが、ギブから渡されたのは、見たこともない杖だった。ギブは、それぞれに弾薬60発を渡すとともに、『M16A1』の操作要領を教えた。また、4名の者には、可搬式誘導ロケット砲の操作要領も教えた。榴弾砲は、M114_155mm榴弾砲2門で、砲弾240発も一緒に保管されていた。榴弾砲は、地トカゲ4頭でけん引していたが、砲弾を別の馬車で運ばなければならず、使い勝手の悪いものだった。まあ、通常の戦闘で使う事は無いだろう。砲弾は、ワイバーン騎士が手動で空から落とせば、それなりに使えるだろう。
結局、領都であるカベック市を制圧したのは、12月の上旬の事だった。ギブは義勇軍首魁となり、各村からの志願兵が200人程になっていた。136丁の『M16A1』が義勇軍を最強の軍隊に仕立て上げていた。カベック伯爵麾下の騎士団200名を簡単に殲滅してしまった。また獣人の奴隷兵が300名程いたのだが、彼らは直ぐに降伏してしまったので、殺さずに義勇軍に組み入れることにした。獣人の中でもドラゴニュート達は勇敢かつ強靭な体力を持ち、変なプライドが無かったので、大尉以下の士官と兵士として採用することにした。ライオン人や虎人は、偉そうな態度を取っていたので、そのまま放置しておいた。きっと、今まで虐げられていた領民に殺されてしまうだろう。そのほか、狼人や熊人がいたが、工科隊員として使えそうだったので、最下級兵士として採用することにした。
カベック伯爵と一族を完全抹殺をしたが、伯爵夫人や娘たちは、村の若者たちが美味しくいただいてから処分してしまったようだ。ギブも、お付き合いをしたが、このことは、リラには内緒だ。それからカベック伯爵領全土を掌握するのには、大して時間がかからなかった。というか、領内の末端貴族たちは、ない尻尾を振って配下になってきたのだ。部下にするのに特に異論はないので、そのまま高級士官として部下にしたが、学問の無いギブが、人の上に立てる訳がない。すべてトムの指示に従うことにした。
トムは、とっても変わっていた。魔人族の女も、長身種や中人種にはあまり興味を引かず、身長が150センチ以下の短身種の女に性欲を覚えるようだった。あんな寸足らずどもに魅力などないと思うのだが、人、それぞれだから特に文句もない。あと、一度に3人以上の女を相手にサービスさせるのだが、そんなことをするのは外道だとしか思えなかった。魔人族は、魔王様の血を引く気高い種族だから、さすがにあんなことは出来ないはずだ。しかし、カベック伯爵は、結構、外道の行いをしていたみたいだった。
それからは、カナン王国全土を掌握するのに大した時間はかからなかった。常に最前線はドラゴニュート達で、『M16A1』の前では、旧来の鎧甲冑と槍や剣の騎士達は全く手も足も出なかった。先頭の部隊が、敵の抗戦能力を奪った後は、後続の槍部隊や剣士部隊がとどめを刺していた。カナン王国の王都、オワタ市まで、あと3日という所まで迫った時、王室軍から使者が来た。国王ケルビ・フォン・カナン3世からの特使だ。宛名は『大魔王ギブリン様』と記載してあった。ギブは、侵攻の途中から、自分の事を『魔王』と称し、遠い過去から転生してきた魔王だと言っている。すべてトムの入知恵だが、あの『M16A1』の威力に敵う戦力は、国内にはなかった。トムは、特使をその場で殺害し、生首を送り返した。和平交渉をする気などさらさらないようだ。
王都は、7日で陥落した。王都内の至る所に王国軍兵士の遺体が転がっていたが、誰も遺体を回収しようとはしなかった。国民を重税で苦しめ、さらには立場を悪用して国民に塗炭の苦しみを舐めさせた国王軍は、国民の怨嗟の的となっていたのだ。トムは、カナン国王と親族を全て抹殺したが、7歳の第5王女だけ下半身を貫きながら首を絞めて殺害したそうだ。絶対に変質者だね。トムは、最近、本当におかしくなってきたような気がする。
ギブは、カナン王室の滅亡と、神聖カナン魔王国の成立を宣言した。勿論、『魔王』とは、ギブのことだ。自分のことを
『ギブリン・メフィスト・ドラゴナ1世』
と名乗り、正当な魔王の後継者であると主張した。もともと、魔人族は、自分たちの先祖は魔界の王であり、いつか『魔王』が誕生して絶対的な力により、魔人族たちに素晴らしい世界を与えてくれるという言い伝えがあった。魔人族は、大昔の人間族との戦いに敗れてから、北の極寒の地に追いやられ、現在まで南進することができなかったのだ。
魔人族は身長が2m近くある長身種と、150センチ以下だが魔力を持っている小人種それとその中間の中人種に別れ、異種間の結婚は禁忌とされていた。そのため、人口が爆発的に伸びることはなく、そればかりではなく、同種同士の結婚が、血縁の近い者同士になりがちで、出産数も伸び悩んでいた。そんなときに魔王の後継者と名乗る者が現れたのだ。人間族が持ち込んだ謎の武器、この世界にはない技術がふんだんに使われた武器により、圧政により400年続いたカナン王朝を倒し、なおかつ悲願であった南進を果たそうとしている。国民は、老若男女すべからく欣喜した。戴冠式では、ギブは、『魔王』としてふるまったが、長身種であるギブが魔法を使える訳もなく、また『魔王』の証とされる空を自由に飛べる黒い翼などあるべくもなかった。しかし、新武器により、国内を平定したのは間違いなく、国民達は期待に膨らみ、様々な貢物が新国王の下に届けられた。
それから半年後、ギブは魔人族の将軍や将校達、それとドラゴニュートの兵士2000名を引き連れて、国境の山脈を超えて南の獣人の国『ウサ王国』に攻め入った。獣人達の武器は、やはり弓矢と槍、それと剣だけだ。獣人国防衛軍は、ドラゴニュート達の装備している『M2カービン』36丁の敵ではなかった。だが、最近、トムが旧来の弓矢や槍の装備を揃え始めていた。ギブだけに教えてくれたのだが、弾薬が乏しくなってきたらしいのだ。45口径の拳銃弾は、まだ豊富にあるが、戦闘の主力である『M16A1』用の5.56ミリ弾いわゆる『NATO弾』が心細くなってきたそうだ。連射をすると、僅か3秒で20発入りの弾倉が空になってしまう。ドラゴニュート達は、そんなことはお構いなしに、敵の真正面に立って『NATO弾』を撃ち続けるのだ。弾がいくつあっても足りる訳が無かった。
最近では、先頭の地トカゲに乗るドラゴニュート30騎が『M16A1』を使用し、あとは剣や槍による肉弾戦だ。しかし、殆どの戦線では肉弾戦になる前に、敵が降伏してしまうのだ。敵の弓矢が届かない距離から、『M16A1』の遠距離射撃を開始すると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出すか、白旗を上げて降伏してしまう。
たまに先頭で射撃中のドラゴニュートが、弓で打たれたり遠距離魔法で倒れることがある。そんな場合、後続のドラゴニュートが直ぐに『M16A1』を奪い射撃を継続するのだ。倒れたドラゴニュートを助けようとはしない。部隊にとって、『M16A1』と弾丸は、ドラゴニュートよりも大切なのだ。トムが言うには、あの倉庫の消えている部分には、本当に大量の銃器があったらしいのだが、こちらの世界に転移してきたのは受付や荷捌き場がメインの入り口付近だったので、ちょうど払い出そうとしていた分しかなかったそうだ。ギブにはよく分からなかったが、あの武器はこれ以上はないと言う事はよく分かった。
獣人国を平定して、『神聖カナン魔王国ウサ属国』が樹立されたのは、いまから1年半前の事だった。暫くは、ライオン族や虎族などの貴族たちを公開処刑をして財産を没収していたが、どうにも税収が上がらなかったので、再度、ライオン族や虎族の内でもギブに忠誠を誓ったものを、政府の中枢に抜擢した。ギブにとって、この国の獣人どもがどうなろうとも関係がなかった。
今年の6月、リラと結婚した。ギブは無宗教だったが、リラが魔王の始祖『ベルゼブブ』様に誓いを立てなければならないと言うのだ。そのための教会が急いで建てられた。教会の祭壇には、始祖様の像が祭られていたが、その姿はギブとは似ても似つかないものだった。大きく立派な翼と角があり、優しい顔だが目には鋭い光があった。左手に真っ赤に塗られた剣を握り、右手には青い盾を構えているが、あの剣が紅いのは、血塗られているからだろうか。ギブにはちっとも分からなかったが、ジッと見ていると身体が恐怖で震えてくるのだった。




