第2部第114話 中央アメリア王国の危機
(1月4日です。)
南アメリア統治領のブランク宰相が、南アメリア市とセント・ゴロタ市を結ぶ旅客期に乗ってやって来たのは、もう夕方になろうとする頃だった。宰相は、グレーテル語が不自由なので、通訳を一人連れてやって来たのだ。旅客機は、帝国本国に本社を置く航空会社が、1日1往復の定期便を飛ばしている。
片道120万ギルと、驚く程高額だが、半年先まで予約が埋まっているそうだ。南アメリア空港は、現在工事中だが、滑走路ができれば、更に便数を増やせるだろう。
ブランク宰相の火急の用とは、我が領地の北に位置する中央アメリア王国が、更に北の大陸の亜人種達に襲われており、我が国に救援を求めて来たらしいのだ。北の大陸の事はよく知らないが、亜人種がいると言う事はよく分かった。
僕は、戦況について聞いたが、詳しい事は分からないとのことだった。ベンジャミン国防軍総司令官は迎撃の対応に追われているが、早馬でも1週間もかかってしまう。鳥を飛ばしても、激しい戦地には降りてくれないので、安全な後方陣地に飛ばし、そこから鳥を飛ばすが結構時間がかかってしまうのだ。この密書のみでは詳しい事は分かる訳は無いか。
ブランク宰相は、国防軍の出撃準備に1か月、北方の戦線に到着するのに1か月、合計2か月はかかるので、救援が間に合わないかも知れないと言っていたが、僕が『国防軍』を招集する必要はない。』と言うと、キョトンとしていた。
「シルフ、アンドロイド兵はどれ位準備できる?」
「現在の白龍城及び離宮警備等に従事している兵士型アンドロイド及び掃除等に従事しているメイド型アンドロイドを総動員すると、1個連隊約2000体です。重爆撃機『B2改ー天山』が900キロ爆弾13発搭載で16機、『F35B改』が、対地攻撃フル装備で48機、30式重戦車が32輌、6輪装甲車66輌、高機動兵員輸送車120台、輸送トラック60台が準備でき、歩兵は4個大隊1200人の編成になります。」
「出撃準備は?」
「今日の夕方には可能です。」
それだけの銃器・弾薬を積載するのに時間がかかるだけで、アンドロイド達には、クラウド通信で一瞬で全員に示達できるのだ。ただし、警備や掃除を人間がしなければいけないので、そちらの準備に時間がかかるそうだ。ところでシルフさん、それだけの兵器、いつ、どこで作ったのですか?シルフの話では、タイタン離宮の裏手にあった研究所を拡張して、軍事物資や最先端機器を製作しているそうだ。製作に特化したアンドロイドが、休憩なしで作り続けているので、倉庫はほぼ満タン、戦車や大型兵器は、必要最低限の配備以外は異次元空間に収納しているそうだ。ただ、弾薬などは地上で実装するので、その時間がかかるそうだ。
準備は、シルフに任せて、僕は先に南アメリア離宮にフランク宰相と戻る事にした。自室で戦闘服に着替えてから、階下に戻ったら、シルフが『これをつけろ。』と幅広の白いベルトを差し出した。それには、左腰に白のホルスターが装着されており、金色メッキされた『ベレッタM92』が収められている。グリップは、真っ白な象牙で作られ、ゴロタ帝国の紋章が彫刻されているものだ。装弾数は15発だが、薬室は空にしているので14発の9ミリ弾が装填済みだ。
右腰には、『ベルの剣』を下げて準備完了だ。ゲートを開けて、『白龍城』地下1階の『危機管理対策室』に行く。ゲートを閉じようとした時、リトちゃんが飛び込んできた。え、何で?
「面白そうだから、妾も見学じゃ!」
完全に5歳児のモードではない。リトちゃんの正体を知っている僕は、放っておく事にした。シルフが、後からリトちゃんサイズの戦闘服とベレー帽を持って追いかけて来てくれたが、リトちゃん、皆の前で着替えるのはやめましょうね。
危機管理対策室には、ベンジャミン国防軍総司令官ら軍の中枢である将軍達が揃っていた。状況を聞くと、昨日、早馬で中央アメリア王国の特使が城を訪れ、去年の聖夜の日に、突然、北の蛮族が国境線を破って来たそうだ。敵の先鋒部隊は、ドラゴニュートつまりトカゲ人だが、不思議な武器を使って中央アメリア軍を殲滅したそうだ。文字通りの殲滅らしく、生き残ったものは皆北の国に連行されてしまったらしいのだ。
グレーテル王国のドラゴニュートは水棲のトカゲから進化したのか。泳ぎは得意だが地上での戦いは不得手だ。地上型のドラゴニュートは、初めての相手だろう。現在、危機対策管理室では、緊急招集のため、手配をしているが正月休みを利用して帰省したり旅行に行っている者も多く、隊員に中々連絡がつかない状況らしい。北の国は、それを狙って、この時期を選んだのだろうか。
僕は、部隊の招集を取り止めさせ、今後の対応を指示した。まあ、対応と言っても何もしない事なのだが。僕は、中央アメリア王国野特使の人と面会して事情を聞く事にした。この薄暗い部屋は、早く畳んで、2階の閣議室に移る事にした。
閣僚は、半分位しか集まっていなかった。自分の領地から此方に向かっている人が2人、国土交通大臣と厚生労働大臣それに文部大臣は連絡がつかなかったようだ。まあ、正月休み中だし。
特使の人は、屈強な熊人の若者だった。中央アメリア王国の王都からここまで1週間位で走破するには、乗馬技術のみではなく、屈強な身体と精神力が無ければ到底無理なはずだ。彼は、僕と初めて会うらしく、口をポカンと開けていた。まあ、こんな若造が皇帝陛下などとは思ってもいなかったろう。以前、僕たちの国と戦争をしていた頃、僕は中央アメリア王国を訪れたが、ごく一部の人としか会っていなかったので、ほとんどの国民は、僕のことを知らないはずだ。
僕は、戦況について詳しく聞いた。敵は、戦闘がドラゴニュートで戦士で、地上走行用のドラゴンに乗り、長い槍を伸ばして突進してくるそうだが、それだけなら騎馬戦で何とかなるのだが、その槍の穂先が、轟音とともに飛んできて、敵の身体深くに突き刺さるらしいのだ。あのような魔法は見たこともないそうだ。
また空からはワイバーンに乗ったドラゴニュートが、空から爆弾を落として来て、中隊単位で殲滅されているそうだ。そのワイバーン竜騎兵の数も半端なく、空を埋め尽くすほどの数だったそうだ。有効な手立てのないまま、初戦で中央アメリア王国の防衛部隊の殆どが殲滅されたそうだ。
閣議室に集まっていた皆はシーンとなっていた。中央アメリア王国の国王ドエル・フォン・タイガ3世は藁にもすがる思いで特使に親書を託したのだろう。今、現地時間は午前6時だ。夏の日の出は早い。戦線では、敵が動き出しているかもしれない。僕は、ゲートを中央アメリア王国ハブナン市の王城中庭に転移した。最初に特使が、おそるおそるゲートを跨ぎ、続いて、僕、シルフ、リトちゃんそれとベンジャミン総司令と参謀のロキ大佐だ。ロキ大佐は、もとは領地持ちの貴族の6男だったそうだが、領地及び爵位の相続の見込みがないことから、士官学校を経て、王国騎士団に入隊、現在の地位まで来たらしいのだ。かなり優秀らしく、今までの軍事作戦は殆ど彼が立案していたらしいのだ。今回は、特に戦闘はないが、中央アメリア王国の内情を知るために同行しているとの事だった。最後に、この場の雰囲気に一番似つかわしくないリトちゃんが来た。
この前会った猿人のアンヌ宰相が出迎えに来てくれた。早速、王城奥の作戦本部に行く。タイガ国王陛下をはじめ、この前会った方々もいた。虎人のサント国防軍最高司令官が、僕に深々とお辞儀をしてから、戦況を報告してくれた。特使が出発してから、戦況ははかばかしくなく、現在、敵軍は王都ハブナン市の北方300キロまで迫ってきている。これまでに、国防軍の精鋭3万人を動員したが、敵の圧倒的火力の前になす術もなく、既に2万人以上の兵士が消耗しているとの事だった。それだけでは無く、彼らは、ここまでの間の主要な都市をワイバーンを使った爆撃で、火の海にしているそうだ。さすがに住民の大虐殺はないが、敵軍の侵攻ルートである南北街道の都市は、難民達が東西や南へ逃れてきているが、王都では、これ以上、難民を受け入れる余地がなく、現在、北の城門は閉鎖されているそうだ。
僕は、本日の午前10時に北門の外に部隊を集結させるので、皆さんも来ていただくようにお願いした。その際、甲冑は、いらないので平服か作業服で来られるように伝えておいた。武器も携行しなくても結構ですが、どうしてもと言うならショートソード程度までなら許すことも付け加えておいた。
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午前10時、ハブナン市の北門の外側にタイガ国王陛下以下宰相に国防軍総司令官等かなりの人数が揃っている。国王陛下の普段着だが、それでもかなり装飾の多い服だった。シルフが、全員に戦闘服上下、編み上げ靴、ベルト、ヘルメットを渡す。神聖ゴロタ帝国国防軍の正式採用品なので、サイズはきめ細かなところまでカバーされている。来ていた服は、全員分を大きな袋に入れて保管する事にしている。
皆、怪訝な顔をしていたが、シルフが、
「戦時中は、国家元首以下、全員が戦闘服を着るのです。」
と初めて聞く理由を説明していた。着替えが終わって、いよいよ部隊が現れるのを待つこととなった。すでにゲートは開かれている。最初に現れたのは、6輪装甲指揮官車だ。屋根には7.6ミリチェーンガンが装備されている。後部には、長いアンテナが6本も立っている。続いて30式重戦車が32輌が出てきた。長い砲身は44口径120ミリ滑腔砲弾を発射する。後、12.7ミリ重機関銃が砲塔上部に、7.62ミリ機関銃が砲身と同軸で付いている。全長9.5m、全高2.2m、全幅3.2m、車重44トンの巨体が無限軌道で唸りを上げてゲートから出てくる様子は、初めて戦車を見るものにとっては、恐怖以外の何者でもない。
続いて6輪装甲車がゲートから出てきた。この装甲車、エンジンとモーターどちらでも走行できるハイブリッド仕様だ。ゲートを出るときは、モーター駆動にしているので、音もなく次々と出てきた。装備は固定20ミリバルカン砲が1門と12.7ミリ重機関銃が1門だ。この車両は砲塔がなく、斜めにカットされた前面装甲から6連装の回転式砲身が突き出ており、上下の照準は砲身その物が動くが、左右の照準は車体そのもので行うようになっている。
次に高機動兵員輸送車が出てきた。この車輌は、4輪のHMMWV(高機動多用途装輪車両)で、運転席と助手席の後ろに3名用のシートが1列、その後ろに2人用のシートが設置されているのだ。7名が乗車できるようになっている。
最後に輸送トラックが60輌が出てきた。その中にはトイレットカーやキッチンカーなどがあったが、これは随伴の人間用である。殆どのトラックは、弾薬、燃料そして充填済みの魔石などの補給品を積載していた。本当は、異次元空間に収納すれば補給品など必要ないのだが、シルフが『軍隊は、それだけで完結しなければならない。』との拘りがあるようだ。
航空部隊は、着陸場所がないので、南アメリア市郊外に完成したばかりの空港に駐機しているそうだ。この空港は、やっと4000m級滑走路が1本できただけで、空港施設はまだ建設中だ。機体の整備などはセント・ゴロタ市のヒースロー空港で行っているそうだ。
最後に、完全装備のアンドロイド兵1200体が出てきた。身長175センチ、体重75キロで肌の色は褐色なのだが、顔付きが僕に似ているのは何故ですか。以前は身長がもっと小さかったが、いつの間にかグレードアップしているようだ。動力である魔力の消費を抑えた設計なので、標準的な直径7センチの魔石1個で2日間稼働できるようだ。
アンドロイド兵は、M4カービン銃とグロック17を装備し、手榴弾を4個ぶら下げている。背嚢を背負っているが、中身は何か僕は知らなかった。きっと、絶対に必要のない携行食料や救急セット、簡易テントや衛生用品が入っているのだろう。
通常は、部隊に対して作戦行動を指示し部隊長からの督励の言葉でもあるのだろうが、そんなものは特になかった。シルフが、白い杖をあげて『乗車』と叫ぶと、それぞれが猛ダッシュで兵員輸送車や輸送トラックに乗り込んだ。それなら最初から乗り込んでおけば良いのにと思うのですが。
僕達も、兵員輸送車2台に分散して乗車した。勿論、国王陛下は留守番だが、何故か残念そうな顔をしていた。僕と同乗するのは、南アメリア統治領国防軍総司令官ベンジャミン将軍と随行のロキ大佐、中央アメリア王国国防軍最高司令官サント将軍だ。サント将軍の随行者や作戦参謀は別の車両に乗っている。
シルフは助手席に乗って、色々な機械を操作している。全ての車両とアンドロイド兵には、現在位置を表示するための発信機が付けられており、シルフは衛星から送られてくる膨大な位置情報を処理しているらしい。
リトちゃんは、何故か僕の膝の上だ。リトちゃんは『色欲の災厄』神なのだが、今日は、単に座りごごちがいいので座っただけのようだ。
部隊は、30式戦車を先頭にして進んでいく。30式戦車は、最高速度70キロだが、燃費と乗り心地を考慮して持続40キロで走行している。前線まで300キロ、約8時間で到着予定だ。直ぐに夜戦をしても良いが、やはり一斉攻撃は明朝未明になるだろう。そう思っていたら、いつの間にか眠ってしまった。




