第2部第111話 クルス教を改革します。その2
(12月26日です。)
異端審問は続きます。
「まず、最初はジョブ大司教代行筆頭にお聞きします。」
「なんじゃ?」
「あなたの今までの背徳、つまりあなたの信ずる神を裏切った事についてお話しください。」
「ふん、そんなもの、ある訳ないじゃろ。」
そう答えた瞬間、フランちゃんの持っている杖の宝石が禍々しく光った。僕が、光らせたのだが、同時に嘘をつけないように『威嚇』を掛けたのだ。
「か、神を裏切った事などありません。神など信じてはいませんので。」
はあ?貴方、聖職者でしょう?それが神を信じないなど、それこそ信じられません。この腐れエセ神父、本当にダメダメだった。それから明らかにされた真実は驚くべき事ばかりだった。この男は、聖職者でありながら、教会の外に妻以外の女を3人も囲うとともに、郊外に広大な農場を持っているそうだ。勿論、購入費用は教会の浄財をくすねて得たものだった。あと、テレーズさんを両親から買い取ったのもこの男だと言う事が判明した。
残りの司教達も同じようなものだった。信徒の女性と不倫したり、シスター見習いを手籠めにしたりと、下半身に関する不適切行為の他に、教会に対する寄進のチョロマカシや偽聖水を高額で売却するなど、自己の地位をフル活用しての背徳行為のオンパレードだ。最後に、あの『婆や』が審問に掛かった。驚いたことに、この女性、教会のシスターでも何でもなく、ジョブ大司教の昔の愛人だった女性だそうだ。今は、そういう関係ではないが、手切れ金代わりに率の良い仕事を斡旋しただけらしいのだ。それで、10年以上も美味しい思いをしたのかと思うと、かなり腹立たしいが、テレーズさん、裏の事情を知らないので、ただ、ただ驚いているだけだった。
「あなた達は、聖職者としてあるまじき行為をしてきました。この女性は、聖職者でさえありません。神と子と精霊の名において、あなた達に神罰が下るでしょう。」
全員が、その場の警察官に逮捕された。裁判は、ゴロタ帝国本国で行われる予定だ。当然に、彼らの財産は税務調査にかかり、教会に帰する物以外は没収となる。またまた国庫が潤ってしまう事になる。
さて、今後の総本部運営だが、どうしようか。とりあえず、残った3人の司教さん達を呼んで来て貰おうと思ったが、全員、この総本部にはいないそうだ。一番年長のミラノ司教は、現在、西の鉱山での布教行脚中だそうだ。次のベネット司教は、北の戦場跡で遺骨収集作業の責任者をしているそうだ。最後のミランダ司教は、ここから10キロほど離れた孤児院の院長として活動しており、総本部へは、月に一度の司教会議の時だけしか来ないそうだ。
それでは総本部の運営に支障をきたしてしまうし、かと言って、世間知らずのテレーズさんが、ここの運営などできる訳が無い。
仕方がないので、その孤児院の院長をしているミランダ司教に来て貰って、孤児院の運営は、どなたか代わりの人にして貰えばいいだろう。僕達は、総本部のシスターに案内して貰って、その孤児院に行って見ることにした。孤児院は、閑静な住宅街の一角に建てられているが、周囲を森に囲まれて一般住宅とは隔絶されているような気がする。建物そのものは、木造2階建てのそれほど大きいものではないが、この中に100名程の孤児が収容されているそうだ。特徴的なのは、建物と、その前の広場の周りをぐるりと高い塀が囲んでいて、外とは自由に出入りできないようになっていた。まるで監獄のようだ。広場では、子供達が畑を耕していた。この畑は、以前はなかったが食料の調達が少しでも楽になるようにと3年前から広場を潰して作ったそうだ。畑を耕しているのは、10歳位から上の子達だったが、かなり人数が多いようだ。以前は、12歳になると外で働いていたそうだが、新しい法律のせいで雇うところが少なくなり、仕方がないのでこうして農作業をしているのだと案内のシスターが説明してくれた。
ミランダ司教は、年配の女性で、優しそうな目をした方だった。ジョブ大司教以下総本部にいる司教達全員が逮捕された事にも驚いていたが、大司教のテレーズさんが奴隷として買われてきた事に一番驚いたようだった。僕は、ミランダさんに、聖クルス教会総本部の綱紀粛正をお願いしたが、自分には無理だと頑なに固辞されてしまった。理由を聞くと、あまりにも階層化が細かすぎる組織と、慢性的な赤字財政をなんとかできる自信がないと言うのだ。そういえば、大司教になるまでは、次席の代行をはじめ非常に細かなランクが存在している。そのため、昇進するために信徒や社会に向き合わずに組織の方ばかり向く神父さんが増えてしまったそうだ。
あと財政赤字も深刻だ。教会は、神の教えを広めるための学校を開設するとともに、市町村の福祉施設、つまり治癒員や孤児院を運営しているが、信者からの寄進だけでは運営できないそうだ。
建物の中は、至る所に寝具が畳まれている。食堂や勉強室も、夜は仮の寝室になっているそうだ。以前から総本部に施設の拡充をお願いしているのだが、毎年、予算がゼロ査定とされてしまうのだそうだ。それと、先の内乱で多くの兵士が死亡し、生活に困った母親が幼い子を王都の商店などに奉公にだしたのだが、重労働や苛め、それに性的虐待に耐えられずに逃げ出した子供達がこうして孤児院で保護されているそうだ。
ミランダ司教は、僕達を厨房に案内してくれた。食糧倉庫には、大量の食材があったが、皆、古く賞味期限が切れていそうなものばかりだ。これだけあっても1週間分はないそうなのだが、食材の種類が問題だった。黒パンは、すこし黴ていても、黴を削れば食べられるのだが、干し肉や干し魚は異臭を放っていた。これは良く煮込むか、お日様にもう一度当てて殺菌してから食べるそうだ。野菜は、ほとんどクズ野菜と思われるものが籠に入っていた。全体的に新鮮なものはなく、廃棄処分されたものを集めてきたように思えたが、本当にそうだった。ミランダ司教は、昼間は飲食店や食料店を回って、売れなくて廃棄する食材を無料で引き取っているそうだ。塩や油などの調味料だけは購入しなくてはならないのだが、総本部から支給される予算では全く足りないそうだ。それに子供達の着る洋服や勉強に必要な道具も全然足りなかった。
ミランダ司教は、ここだけではなく国内すべての孤児院が同じような状況だそうだ。こんな所にも、今までの悪政と飢饉の影響がでているのだ。僕は、広場に出て、適当な場所に大きな竈門を土魔法で作り上げた。竈の上に大きな網を乗せ、そこにイフクロークに収納している串刺しの肉や野菜を乗せていく。農作業をしている子供達が周りに集まってきた。建物の中で勉強中の子供達も全員出て来ていた。さあ、BBQパーティの始まりだ。お肉が焼ける匂いが辺り一面に漂い始めた。隣の竈門では調理担当のシスターが3人がかりで焼いている。年長の子達が建物の中からテーブルと椅子を運び出している。女の子たちは食器をテーブルの上に並べている。100人も子供がいると、並べるだけでも大変そうだった。
どんどん、焼きあがる端からテーブルに運ぶ子もいた。勿論、シェルやテレーズさん達も手伝っている。準備ができたので、食事の前のお祈りだ。ミランダ司教のお祈りの声が聞こえる。同時に、子供達のお腹が鳴る音も聞こえて来ていた。BBQは、単に塩・胡椒を掛けただけのものや秘伝のタレに付けたものなど味のバラエティも工夫しているが、一番人気は、お肉ではなくフランクフルトソーセージを焼いたものだった。あと、トウモロコシの醤油焼も人気メニューだった。
大体、焼き終わったところで、一人のシスターがいくつものお皿を建物の中に運んでいた。理由を聞くと、具合の悪い子が何人かいて、ベッドで寝ているので、その子の所に持って行くそうだ。僕は、そのシスターを手伝って、一緒に運んであげたが、2階の寝室に行ってみると、そこだけは扉に立ち入り禁止の札が貼っていた。シスターは、扉の前で、口と鼻を覆うように大きな布を巻いてから部屋に入って行った。勿論、僕は何もしないで入って行く。どのような病原菌でも僕を犯すことなどできないからだ。
部屋の中は、それほど広くないのにベッドが8つも置かれていて、それぞれに小さな子が横になっていた。見るからに不健康そうだ。僕は、直ぐにシェルを呼んだのだが、テレーズさんも一緒に上がってきた。部屋の状況を見て、シェルはテレーズさんを部屋の外に追い出そうとしたが、『自分なら大丈夫です。』と言って、出ようとはしなかった。シェルが、一人の女の子の頭に手を当ててみた。かなり熱が高いようだ。次に首筋や胸、お腹と手を当ててみる。病気の原因を探っているのだ。シェルが首をかしげている。原因がはっきり分からないのだ。分かったことは、心臓と肺の機能が低下していることと、なにか細菌性の炎症が肺の中で起きている事だそうだ。シェルが『治癒』の力を注ぎ込む。シェルが女の子の胸に当てている手が白く光っている。暫く、そうやっていたが、なかなか寛解しないようだ。
『ゴロタよ。瘴気を感じるぞ。』
イフちゃんが、異次元空間から呼びかけてくれた。え、瘴気?ぼくには、感じられないほどの弱い瘴気がこの子をむしばんでいるようだ。どうしてこんな子が瘴気に犯されるのだろう。瘴気に犯されるのは、瘴気に直接触れるか、空気中の瘴気を吸い込んだ場合なのだが、この子が魔物に遭遇することなどあり得ない。あ、待てよ。この子が食べていたのは、あの食糧庫にあった傷んだ食材の筈。それが原因かもしれない。瘴気に対する抵抗力は個人差があって、微量でも具合が悪くなる者もいる。大量に瘴気を浴びたばあいは、殆どの場合は即死となるが、微量でも長期間摂取しつづけると、このように発熱や呼吸困難、それと各臓器の機能低下が起こる場合があるのだ。
僕は、『聖』なる力を流し込もうとしたが、テレーズさんが前に進み出て来た。その子のベッドの脇に膝まづき両手を胸の前で合わせて、首を垂れた。
「父なる神よ。我が主よ。その大いなる力で、この子の病をお治し下さい。この子は悪しきものにあらず。父なる神から祝福を受けて生を受けた者なれば、父なる神の慈悲を与えたまえ。父と子と精霊の力をお示しください。」
テレーズさんの身体が、青白く光り始めた。その光は、部屋全体に満ちて、子供達の苦しそうだった呼吸も落ち着いて来た。僅かに感じていた瘴気、イフちゃんに言われるまで気が付かなかった瘴気は、今は完全に消え去ってしまった。一緒にいたシスターが、テレーズさんに対して膝まづき、涙を流しながら祈りをささげている。後から来たミランダ司教が部屋の様子に驚いていた。
「ああ、テレーズ大司教、あなた様が聖女ではないかというお噂は本当だったのですね。聖女様のお力により、この子達は救われました。ありがとうございます。」
涙を流しながらお礼を言っている。あのう、テレーズさんの使われた力って、もしかしたら『神の御業』ではないですか?これは、絶対に能力測定機に架けなくてはと思う僕だった。




