第2部第109話 南アメリア市の聖夜その3
(12月24日です。)
クレスタ達が、買い物を終えて帰ってきた。以前なら、大きな荷物を抱えて帰ってきたのだが、今は、手ぶらで行って手ぶらで帰ってくる。買い物をしなかった訳ではない。店の番頭さんが届けてくれるのだ。支払いは、月末払いなので、買い物の際は、伝票にサインをするだけでOKなのだ。
まだシェル達が帰ってくる前に、荷物が届くこともある。店も必死だ。サービスが悪いと、もうきてもらえなく無くなるかも知れないからだ。昼過ぎにシェル達が帰ってきた。早速、買ってきた物の品評会だ。今年の流行りの色はアースカラーだそうだ。僕から見れば、単なる茶色なのだが、勿論そんなことは言わない。セレンちゃんが、今日買った物をいろいろ見せてくれるが、着替えは部屋でしましょうね。
テレーズさんは、顔が赤くなっている。興奮しているようだ。今日買ったのは、冬物なのだが、上から下まで、全て買ったそうだ。それに普段着から寝巻き、下着にストッキング、勿論靴と靴下も忘れていなかった。あれ、その髪飾り、どうしたのですか?銀色の髪に似合うように金の細工に青い宝石が嵌まっていますが。それと、明日、セントゴロタ市の店で夏物を買うそうなのですが。
もう、好きにしてください。
フェルマー君とドミノちゃんが漸く帰ってきた。戦果は七面鳥4羽だったが頑張りましたね。早速、ローストターキーにするためにシェフに預けた。僕のレシピは渡してあるので、いつもと同じ味のローストターキーが出来上がるはずだ。クレスタは、ケーキ作りだ。大きなデコレーションケーキを4個焼いている。僕は、新鮮な魚介類をイフクロークから取り出して、シェフに渡しておく。流石に、この季節に野外でバーベキューはできない。ガーリック公爵から最高級発泡ワインが届けられていた。さあ、これで聖夜の晩餐会の準備は万全だった。今日の晩餐会には、妻と元婚約者達、それに留学で白龍城やタイタン離宮とグレーテル離宮に滞在している子達も来ている。あと、白薔薇会の皆やイチローさん達忍びの者も招待していた。はっきり言って、覚えきれない。それに南アメリア統治領からクリシア女王陛下やクララちゃん達もいる。しかし、無駄に広いタイタン離宮だ。テーブルにはまだ余裕があった。テレーズさんは、クリシアさんとテレーズさんは国賓扱いなので、僕の両隣に座っている。クリシアさん、今日は白のニットドレスを着ていて、大人の魅力を振りまいていた。
セレンちゃんが、僕にベタベタしてくるので、妻達ばかりではなく、元婚約者達まで、僕に抱きついたりキスをしようとして着た。このままでは晩餐会どころではないので、ここではっきりとさせておこうと思った。
「皆、このセレンちゃんは人間ではないのだ。魔物の『セイレーン』なんだ。僕が『隷従』させてしまったので、僕のそばに居たい気持ちが抑えきれないようなんだ。だから、みんなとは違うと言うことを理解して欲しい。」
この説得は、何も役に立たなかった。セレンちゃんが魔物だと言うことは、皆、知っていたし、『だからなあに?』と言う感じだ。結局、僕は、妻と元婚約者達と聖夜のキスをする事になった。
テレーザさんは、顔を真っ赤にして僕達の事を見ていた。男女の濃厚なキスなど見る機会がなかっただろうから当然だろう。セレンちゃん、不満そうに自分の席にすわっているけど、次々と目の前に運び込まれてくる御馳走に目が釘付けになってしまった。
僕は、長細いテーブルの東側に、僕を中心に右にテレーズさん、左にクリシアさんが座っている。右側の列には、右側には僕の妻達、シェル(25)、エーデル(26)、ノエル(32)、ビラ(25)、シズ(22)、フミさん(34)、ジェーンさん(28)の7人が座っている。席の左側には、セレンちゃん(?)が座り、その隣は、マリアちゃん(2)とクレスタ(?)、その先はフランちゃん(22)、ジェリーちゃん(19)、ジルちゃん(20)、ブリちゃん(19)、デビちゃん(18)、キキちゃん(17)、デリカちゃん(18)達元婚約者が座っている。僕は、この子達と結婚する気はないのだが、彼女たちはまだ結婚する気満々のようだ。
後は、政略的な婚約者などのレオナちゃん(6)とシンシアちゃん(6)、その母親のミキさん(21)とカテリーナさん(19)、それに修行中のフェルマー君(14)とドミノちゃん(14)、最後にリサちゃん(5)と謎のリトちゃん(5)が適当に座っている。ミリアさんとバーミット君、イオフさんとイオニ君、イオミちゃん達は別テーブルだ。後はクルリさん以下の『白薔薇会』のメンバー10人とイチローさん達元忍びのメンバー10人だ。イチローさんは、今は子爵として各統治領内の情勢を調査して回っているのだが、何しろ広すぎるので、『内閣調査室』という組織を立ち上げて、今は配下200人を抱えているそうだ。部下は、勿論、猫人、犬人が中心だが人間族も採用しているそうだ。専攻調査には人間族も必要だとのことだそうだ。
晩餐会は、僕の乾杯から始まった。発砲ワインは、甘くておいしいのだが、アルコール度数が高いので、シェルにはあまり飲ませたくない。テレーズさんは、アルコールは飲めないらしいので、リンゴジュースを準備している。未成年者達にはミルクかソーダ水だ。ソーダ水には、ピンクや紫など色々な色を付けているので、謎の飲み物のようになっている。
早速、ターキーから食べ始めていたが、突然、階段から3人が降りて来た。ブラックさん、バイオレットさん、それとワイちゃんだ。きちんとドレスに着替えてきたようだ。僕は、立ち上がって挨拶をしてから、席を準備させた。ブラックさん、少し怒っている。招待されなかったことが気に食わないらしい。うん、招待する気は全然なかったんだけど。今日は、内輪の晩餐会ですから。
ターキーは、フェルマー君が狩ってきた者だけでは足りなさそうだ。何しろ、バイオレットさんは、必ず2人前を食べるし、ローストターキーなど、2羽はペロリと食べてしまう。僕は、イフクロークから去年作っておいたローストターキーを3羽取り出しておいた。イフクロークは、異次元空間の狭間で時空の流れが止まっているらしいので、食材は、保存したときの状態のまま、鮮度、温度それにタレの染み具合まで維持できるのだ。それとブラックさん用に穀類から精製したアルコールをソーダ水で薄めた者をお出ししておいた。高級発砲ワインなど幾らあっても足りなくなるからだ。こうして聖夜の晩餐会は更けていった。
-------------------------------------------------------------------
私はテレーズ。聖クルス協会総本部で大司教をしているの。でも、大司教のお仕事って、ミサでお説教を話すだけ。それも、皆が分からない古代ルーン語とか言う言葉で話すの。私も意味は良く分からないけど、小さいときから、決められた言葉を暗記しているので、今では、平気で話せるわ。
今日、ゴロタ皇帝陛下のお国で聖夜の晩餐会に参加させて貰ったわ。今日の料理は、私には、初めて食べるものばかりだった。教会の食事は、朝は黒パンと水、昼はクッキーと水、夜は野菜の入ったスープと黒パン、それにミルクが付くそうだ。このメニューはずっと同じで、5歳の時からずっと食べているの。食事は大食堂で他のシスターやブラザーと共に食べるのだけど、他の人達は、いつも残してしまっている。もともと少ない食事なのに、あれで大丈夫なのかなと思うのだけど、皆、平気なようだ。教会の中では、他の者と口をきいてはいけないって言われているので、黙っていたんだけど、あるとき、他のシスターの部屋の扉が少しだけ空いていたので、閉めようと近づいていた時、部屋には何人かのシスターがいて、スカートをまくり上げてベッドにすわり、何かを食べているのを目撃してしまったの。あれは何だったんだろう。
あと、私だけ、日曜のミサの後も、礼拝堂の掃除をしたり、洗濯をしたりで、どこにも行けなかったの。婆やが、『これも修行です。』と言って、いつも夕方になると掃除の跡を点検していたわ。家庭教師のシスターは、月曜日から土曜日までの午前中にいろんなことを教えてくれるんだけど、クルス教の事はちっとも教えてくれなかったの。お昼が終ると、婆やが来て、今日の修行の科目を伝えてくれるの。全部、神の御心に従って決められているので、全て完全に終わらなければならないって言っていたわ。掃除に洗濯、皆の法服の修理やアイロンがけ、やらなくて良いのは炊事だけだった。というか調理場への出入りは禁止されていたの。調理場では、不浄な物を料理しているから、聖女は出入りしてはいけないんだって。でも、毎日の食事に不浄なものなんか出たことも無いのに。
お正月の夜だけは、婆やもいないし、掃除なんかの修行もしなくて良いの。それに、いつもの黒パンの他に、薄く切ったお肉がでるの。それも3枚も。このお肉、『ハム』って言うんだって。勿体ないから、少しずつ食べるんだけど直ぐになくなってしまうので、いつも、食べた後、悲しい気持ちになってしまうわ。実家にいた時のことはあまり覚えていなかったけど、もう少し、『ハム』を食べていたような気がしたわ。父様、母様はお元気かしら。婆やが、『聖女たるもの、弱みを見せてはいけません。』って言って、里帰りをゆるしてくれなかったので、もう父様や母様の顔も良く覚えていないわ。
家庭教師の先生は毎年変わるけど、婆やはずっと一緒。お昼に来て、夕食が住むと帰って行かれるのだけど、どこに住んでいらっしゃるのかしら。小さいときは、よく鞭で折檻されたけど、最近は折檻しなくなってきたの。でも、あの怖い目はそのままなの。婆やが付くのって、限られた身分の人だけなので、私は幸せ者なんだって。でも、限られた身分って、良く分からないので、黙っていたわ。
今日は、朝、聖夜のミサを終えたら、ゴロタ皇帝陛下と一緒にこのお城に来たんだけど、見たことも聞いたことも無い事ばかりだったの。シェル皇后陛下や他の皆さまと一緒にお買い物に行ったんだけど、あんなに綺麗なお店が有るなんて知らなかった。それにお洋服の数、絶対、こんなに着る人なんかいないだろうって位並べられていたわ。それを次々と買っていくんですもの。シェル様ってお金持ちね。そう言えば、婆やが『お金は不浄な物です。聖女様は触ってはいけません。穢れます。』って言っていたっけ。でも、シェル様、特に穢れているようには見えないんですけど。あれ、お金を払っていない。やはり、お金は触ってはいけないのだわ。
それにしても、今日の晩餐会、物凄い料理、香りもそうなんだけど、量が凄いの。テーブルには大勢座ってらっしゃるけど、これ、全部食べきれるの。それに真ん中に置いてある白い円形のお菓子。見たことは無いけど、すごく甘い香りがして、美味しそう。これがお菓子なのね。勉強の時に、教科書に乗っているのを見たけど、実物を見るのは初めて。え、これ、『ケーキ』っていうの。料理を食べ終わってから食べるんだって。今から楽しみだわ。




